第464話 並べられ
「やはり、一度で決まる事というのは少ないんですのね。」
「そうであれば、どれほど良いかと。そう嘆かずにはいられませんが。」
話すべきことは多岐にわたる。進捗があった、結果が出た事柄が存在する。それらを改めて共有したうえで、互いに認識の齟齬が存在しないのか。では、新しく増えた足元における情報、その上に何を積み上げるのか。次は何から手を付けようか、話し合いなどというのはそうい物だ。
「細かく見れば決まっていることも勿論多いのですが、この場では大まかな方針についてですからね。」
「確かに、そのような物になりますか。」
「なんにせよ、私は私で書簡の確認も要りますし。」
一先ず、この場にいる者達として降臨祭迄は恙なく。それを新たに確かめたという事だ。色々と、それこそ河沿いの町に迄意識を割かなければならないのは確かだが、そちらについては今は一度後に回そうと。当然、資材などは相応の量を輸送しなければならないのだが、それだけを行い開発は後回し。あの町に対して計画を行える人物が現在いないため、やむを得ない処置として。
「私は、これで数日は書類仕事だけでようやく休めそうです。」
「オユキはそうよね。私は明日からはようやく問題なく動けそうだけれど。そう言った面倒はそっちに押し付けていることもあるのだけど。」
「国が違いますから。それを言えば私も異邦ですが、こちらにはありませんからね。」
巫女として、そう言った仕事についてもまずはオユキの方に話が来る。これまでの中で、どちらが適任かを判断されたというよりも、単に他国に慮っては難しいこともあるからという事でしかない。要は、オユキに相談する体を取った上で、同じ位を持つもの同士で融通してくれとそう言う内容だ。
そういった雑事に相対するのは、それこそ手癖の一環として片が付くため問題はせっかく問い詰め、情報を得たはずのそれがあまり役に立たないと思い知ったことだろう。今回の急な変更はミズキリにしても不測の事態であったらしく、何やら思案顔だったとそうアベルからも報告を受けている。
「降臨祭までは動けない、そうであるなら今はそれぞれにとするしかありませんものね。」
そうメイがこの場を締めたところに、アルノーが新しいワゴンと共に近寄ってくる。会話の切れる時期を計っていたのは少し前から感じていたが、なかなか直ぐにともいかなかった。
「お待たせしてしまいました。」
「いいえ、こちらこそお話の邪魔を。なかなか、私たちもまだ慣れていませんから。」
そうして、話の中で少しづつ手を付けていたものが一度下げられ、新しくそれぞれの前に皿が置かれる。話しながらということもあり、喉も乾けば他が話している間にと自然と手を伸ばす、それほどの物であったためオユキとアベル以外の者たちの前には空の皿が暫くあったのだ。
茶会で女性が主体、そのため甘いものが多く二人の手が進まなかっただけではある。
「おや、これは。」
そして新しく用意された物は、オユキには非常に馴染みがある。
「懐かしいな。」
「アベルさんにとってもですか。」
ただ、置かれたガレットに反応を示したのはアベルもだ。
「ああ。こっちに来る前だとよくある軽食でな。」
「蕎麦粉は、そう言えばいくらか頂いた物がありましたか。」
「流石に少なく、トモエ様から、オユキ様は半分ほどがお好きと伺っておりましたので。香草の配分も東洋の方の口に合いやすく変えておりますので、アベル様にとっては少し違うかもしれませんが。」
「いや、何。それこそ作る人間、好む人間によって千差万別だ。」
「機会があれば、お好みの物も勿論ご用意させて頂きますが、今は。」
そうして勧められたため、オユキがまずは口を付ける。領都で買い足した銀食器が早速の活躍を見せるという物だ。一口大に切り分けて口に運べば、アルノーが言うようにオユキにとっては非常に食べやすい風味に仕上がっている。どうしてもチーズの香りであったり、それに負けぬよう、現地の好み取れる物に合わせたそれでは思ったのと違うと、そのような感想を得ることもあったのだが。今用意された物は、オユキにとって実に食べやすい物だ。領都で買い込んだ癖のないチーズに、キノコの食感がアクセントとして程よく、包まれた卵の柔らかさと甘さが楽しさを与えてくれる。目玉焼き上では無いのは、それこそ何かの理由があるのだろう。口に入れた後に香草が苦さを感じさせることは無く、それでも華やかな香りを与え、噛む位置が変われば燻製肉の油や歯ごたえという物も実に楽しませてくれる。
「これは、美味しいですね。」
「あら、オユキがそうはっきりというのは珍しいわね。」
「そうでしょうか。」
「ええ。貴女、食事の解説などはしても自分の感想を言う事はこれまでほとんどなかったもの。」
アイリスがどこか呆れたようにそういってから、自分の分へと手を付ける。
「ああ、これは確かに。こちらの食材でとわかるのに、やはり懐かしい。困ったな、これほどの腕であるなら、久しぶりに口にしたいものも思いついてしまう。」
「お客様と、そうお伺いしております。私が解る物でしたら勿論ご用意させて頂きますとも。食材の都合はお願いしますが。」
「私もそこまで詳しくは無いのだが。キッシュにしても中身は千差万別であるしな。」
「家庭によってレシピが違うものは、そのままというのは流石に。成程、慣れた地方も分かりました。こちらでご用意できるものをまた。」
「有難い。」
さて、そうしてオユキとアベルは喜んでいるが他の同席者、特にあまり体を動かさぬ二人からは並んでいた茶菓、その後には重すぎるとそういった風ではあるがアイリスからもしっかりと好評は得ている。離れた席では勿論のことだが。
「私としては、もう少ししっかりと肉主体の物が嬉しいのだけど。」
「獣人の方々は、健康の維持に必須でもありますから、その感想も当然の物かと。トモエ様から兎肉を使った物を口にしたい、そうお話を頂いていることもあります。」
「あら、そうなの。楽しみね。」
「そういえば、アイリスさんの国許、テトラポダではどういった料理が。」
アベルが懐かしいとそう話した流れに、メイが乗る。リュディは流石にメイよりもこういった場に慣れていないこともあり、情報がすでに過剰になっているのだろう。話し合いの最中から徐々に口数が減り、疲れを見せている。社交として、それも勿論あるのだが仕事の場として使っていることもあり、そればかりは仕方がない物だ。もう一人口数が減っているカナリアについては、いよいよ疲れ切っていることもある。
こうして気楽な話題で、最後に気楽な時間を。それくらいは席に着いた一同共通するくらいには、理解が及ぶ。
「私たちの所だと、基本は肉の串焼きね。こう、大きな串に纏めて肉をさして。」
それに思い当たるところはオユキにもあるが、どうにも文化圏として振る舞いと料理が一致していない。ただ、それこそ種族の特性を考えれば納得のいくものでもある。
「ああ、私も覚えはあるが。実に豪快とそう言えばいいのだろうか。」
「シュラスコですか。体を動かされる方も多いですし、良いかもしれません。」
「あら、期待できるのなら嬉しいわね。」
「ただ、流石に調理は屋外となりますが。」
「トモエとオユキがよさそうな焼き台を作っていたし、使えるんじゃないかしら。大串は流石に無いけれど。」
それこそ刺突剣と言われても納得のいくサイズの串など、当然手配はしていない。
「であれば、そちらも日程を調整してご用意しましょうか。」
「こちらでは、アサードとよべば伝わるでしょうか。」
想像がつかないといった様子の二人にオユキが言葉を選べば、帰ってくる表情は何とも複雑な物だ。
「私も、流石に量は難しい類の物ですからお気持ちは分かります。」
それこそ以前の同じ年頃であれば喜んだものだろうが、今となってはその量の調理を見るだけで気分が悪くなる恐れもある。実際にこちらでの食事、その肉をオユキは大抵の場合トモエに手伝ってもらっているのだから。
「勿論、そちらはそのように。しかし、周りからは期待もあるようですね。となるとやはり相応に肉が要りますが。このあたりですと兎が主体、それだけも寂しいですから。」
「家畜もいますし、かつてと比べて多少は変化もあります。鹿は向いているのでしたか。」
「温度管理次第、ですね。」
「となると炭が要りますね。炭焼き小屋くらいは作ってもと思いますが。」
そこまで言って、そう言えば町中で煙が上がるのはとそう言う話があったなと、オユキが町の管理者に目を向ける。
「鍛冶でも使うようですから、既に立てていますよ。そちらから回すのが良いでしょう。」
「アルノーさん、他にも必要な物があれば。」
「食材については、自身でまずは。厨房という事であれば、やはり冷蔵、冷凍が可能な設備があればと考えてしまいますが。」
「魔国に行った折に、探してきましょうか。それまでは、ご迷惑をおかけしますが。」
そこでオユキは改めて視線をカナリアに向ける。魔術でそこまでを頼むのはどうかと、それはオユキも思うものではあるが。
「こちらでは、そう言った魔道具の類は作られないのでしょうか。」
「ええと、ありますし、作れますよ。一般化された魔道具の術式、回路と言った物は広く公開されますし。」
「おや、そうなのですか。」
「ただ、どうでしょう。細かい調整が効いたりしない、最低限の物ですから食材の管理に向くかは。」
最低限、それだけしか会共有されていないという事でもあるらしい。
「流石に、しまった物が等しくみな氷漬けというのも困りますか。」
「そうならないよう、それこそ一定の空間内を決められた温度にとすれば、食料の保管でしょうから開閉の度に負荷がかかって維持のためのコストが。」
さて、そうなると屋台としてそれを実現していた相手は、それを叶える道具を持っているという事になる。こちらであれば、それこそ一定温度の冷気を発し続ける、そうや手叶えるのだろうとオユキとしてはあたりが付くものだが、ではそれをどう実現するのか、そう言われてしまえば何を出来る訳もない。
「こちらでも、改めて魔術を得られるようにとするしかありませんか。」
「おや、アルノーさんは過去。」
「今も火を起こす程度であれば。やはりすべてそのままとはいきませんでしたが。」
どうやら彼は極少数派であったらしい。