第462話 気の早い
流石にこちらに来て初日からそこまで無理をするような物では無い。トラノスケに連れ出されて、しっかり怪我をしたオユキがそれを言ってもという物ではあるのだが。
不慣れな状態で動き回れば、当然疲労も早い。結果として、数十分も立ち合いが続けば明暗がはっきりとして終わるという物だ。
「私などの称賛は、不要でしょうか。」
「いいえ、有難く受け取りますとも。」
勿論オユキからの言葉ほど響きはしないが。
「己の事でもありますが、動きとして型を使うよりも場に合わせて組み立てる物です。慣れないうちは、抑えながら、それが正解でしょう。」
「ええ、散々に理解しました。そちらも優美な動きでお付き合いいただき。」
「オユキさんは好みませんし、私も見世物は好かないのですが演武も勿論ありますから。」
オユキの動機はこちらで魔物と戦うため。当然そう言った物は後回しだ。結果として分かりやすく、直ぐに覚える事が出来た初歩、それをもって立ち合いを楽しみたい相手をすげなくあしらったという事だろう。独学、それが事実であるのなら、流石に教えを授けた相手がかけた時間が同じであれば余程才覚に開きが無ければという物だ。
「ああして素直な子供が喜ぶ、その程度には動けたと今はそれで良しとしましょうか。」
「飾り布などがあればと、そう思いますが。」
確か、本来であれば何かついていたはずだがとトモエが口にする。それもあれば、もう少し視界を制限したりと出来る事も、舞の中で相手を縛る手管も増えただろうに。
「斬られて終わり、そのようであったかと。」
「流石に、練習で替えの無い武器を破壊しようとは思いませんね。」
既にウーヴェを始めとした職人たちもこちらに運ばれたと聞いている。そちらに持ち込めば、少しは融通も利く物だろうが値段ばかりはどうにも。これまでこの町で扱われていた物に比べて値段は上がる。ウーヴェにしても新しい修理の手を得たこともある、体調が戻ればアイリスが追加を持ち込みもする。暫くは新しく打つよりも、修繕の依頼が続くだろう。
「今は一先ずここまでとしておきましょうか。あの子たちが聞きたい事が有るといった風ですが。」
「勿論、構いませんとも。息が整う時間はこうして待っていただきましたもの。再演の催促は応えられそうにないですけれど。」
「後は、オユキさんが指示を出していましたし、私たちも一度身を整えて食事としましょうか。新しく来た中で一人だけ得意を示す場がないというのも。」
「ああ、それであの色男さんがいないのね。」
そう、そして残りの一人はこの立ち合いが終わるころには食事をと、オユキが買って来るようにと頼もうとすれば、ならばとばかりに手を上げて早々に演目の観衆から抜け出している。流石に誰もつけぬわけにはいかぬし、オユキが案ないという訳にもいかない。人を呼んでと、そう言った差配なども行っている。
ヴィルヘルミナにしても、恐らく非常に世話というのがしやすいのだろう。物腰にしても、求める物にしても。以前使った物を使い回す形にはなっているが、騎士が緋傘を広げて作る影の下で、用意された机からこちらを見ている。そしてそれを当たり前と受け取れるだけの下地がある。
「こちらの文化がどの程度かは分からないけれど。」
「魔道具もありますから、およそ不便はありませんよ。」
「それは有難い事ね。」
さて、身だしなみを整える、汗を流す。それを思って口をついて出たのだろうが、以前はともかくこの屋敷にその辺りの不足はない。寧ろ過剰なほどの用意がある。
他国の重鎮予定、神授の品を次々に得る巫女、神に気に入られた武芸者。そして庇護している相手は公爵家。急な仕事と言えども相応の格式が求められるという物だ。
「まぁ、でも、まずはあの子達でしょうね。」
オユキがこちらの短い休憩も十分と、アナの制御を手放したこともありわらわらと側に寄ってきている。トモエにしてもこれまで見せた事がない種類の動きを多く使ったために、説明も出来る事はしなければならないだろう。
「慣れない身では、不足も多い舞でしたが。目を楽しませられたのなら、何よりです。」
「すごかったです。」
「ああ。なんかこう、初めて見るのが多かったけど。」
「勿論実戦にも使えますが、やはり元々それ以外のための物ですからね。」
「でも、アイリスさんやオユキさんがこの前やったのとも。」
「あれは当流派の奉納演武の流れによるものですし。ところどころ気が逸って互いに枠を超えそうになったりと、問題もありましたが。」
オユキの方でもかなり負担がかかった場である様で、どうにかやり遂げようと気を張った結果、アイリスもそれに乗った。結果として演武の枠を少し超える気迫であったり、互いに勝気な部分が出たりと、後でトモエがきっちりと言い含める事になったが。常日頃遊んでいる相手だ。そういうこともあると理解はできるのだが、それを諫めるのが師でもある。動きそのものは、褒められる物であったが。
「にしても、違う武器を一つの鞘に入れんだな。」
「気になるなら手に取ってみますか。」
「お、あんがとな。えっと。」
「カリンよ。こちらのトモエに習っている子達でしょう。全く違う文化で育ったものだから、まぁなかなか見ないでしょうし。」
「いや、オユキが使ってるし、そっちのアンも真似してるけど左右に別々だしな。」
「そちらだと二刀でしょう。」
そうして話しながらも、受け取った舞に使うには武骨な双剣をシグルドが矯めつ眇めつとしている。
アナもそれに興味があるようで、横合いから覗き込もうとしてトモエが止める。
「刃がついていますからね、一人づつがいいでしょう。」
「あ、そうなんですね。」
練習用には、これまで武器から選んだこともあり、そういう物だと思っていたようだ。
「へー、なんか、これまで見たのとも色々と違うもんだな。」
「武器に合わせて、そう言った側面もあるけれど、動きに合わせた武器それもあるのよ。」
「成程な。」
「えっと、すごくきれいな動きでした。私も今あんな感じで色々とやってるんですけど。」
刃から本人に興味を移してアナが話しかける。
「ありがとう。でも既に習っているのなら、私からは。」
「正式に弟子としているわけではありませんから、動きを見て、カレンさんから思うところがあるのなら。」
「畏まりました。ただ、老師と違って私は実際に動いてもらわないと。」
「じゃあ、今度また機会があれば。カリンさんは狩猟者に。」
言われた言葉に、しかし返答は直ぐに返るものではない。
「どうしようかしら。日々の為に身を置くことも仕方ないでしょうけど、魔物向きじゃないのよね。」
そう、カリンの行うものはトモエ以上に人相手の物だ。
「以前は、まぁ、そうですか。」
「ええ。それこそ最低限、それでどうにでもなりましたから。好まれないようですが見世物として、そう言った大会の賞金、それで十分に。」
かつてのゲームとしての世界、現実、どちらも併せてという事だろう。
それについては、トモエがとやかく言えるような事ではない。こちらの世界のように、存分に太刀を振るって生活ができるそのような世界では無かったのだ。道場にしても、どうにか赤字ではない、父亡き後にはそのようになってしまったのだから。習おうと思うものが減れば、当然の帰結ではある。
「あんちゃんもそうだけど、人相手って言い切るのに、魔物とやれるってそうも言うんだよな。俺ら、最初こう訓練の種類が違うとかで。」
「どういえばいいのかしら。師に良く習いなさいと、それもあるけれど応用が利かないわけでは無いのよ。」
シグルドとして、以前きちんと対象を想定した訓練をと言い含めたこともあり、その辺りに疑問を持つものであるらしい。上段にしても、鹿であったりと、それが有効になる敵を狩猟対象に入れてから始めたこともあり、より一層そういった感覚があるのだろう。
「だって、魔物よりも人の方が強いじゃない。そこで油断したり侮ったりはどうかと思うけど、より弱い相手だもの武器が一枚落ちたところで、対応できるわよ。」
そして、カリンのあまりに率直な言葉にこうして側であれこれと話を聞いている少年達だけではなく、周囲も動きを止める。あまりに当然の言葉ではあるが、その意識が無かったという事だろう。
魔物など有象無象と蹴散らせる相手がいくらでもいる世界で、どちらを強者として語るのか。
「えっと、でも、怪我したり、亡くなったり。」
「それはそうでしょ、命を懸けた場で事故が起これば、それは命を落とすわよ。そうならないように気を付ける、それが当たり前でしょ。」
「それは、そうなんですけど。」
「ああ、ごめんなさいね、変異種や溢れもある物ね。流石にあそこまでになると天災のような物でもあるし。」
さて、こうして色々と。トモエでは話すのが難しい事も多い、オユキはトモエを立てる立場だ。そこに別の理解による話というのは、少年たちにとってもためになる。そう思いはするのだが、そろそろ食事の用意をという事でもあるらしい。
「さて、そろそろ一度身支度をして、食事にしましょうか。」
「もういい時間ですしね。私たちも簡単に食べてから、外にいこっか。」
「いえ、皆さんも都合が合うようでしたら、ご一緒に。」
少しの間話の輪から外れて色々と確認していたオユキがそう話す。
「えっと、良いんですか。招待の順番がって。」
「皆さんでしたら、トモエさんが教えている相手というのもありますが、午後からファルコ様とメイ様が来られますから皆さんもいたほうが良いでしょう。」
人の手も増えた、最低限の資材も追加がなされた。ならばいよいよ本格的に。
王都でのものに比べて慌ただしさと言った物はないし、予定に調整が効くものであるのは救いだが、まぁ色々とやるべきことはあるという物だ。そして、少年たちもいよいよ本格的にメイの名前の下に動くことも出てくるという事だ。