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憧れの世界でもう一度  作者: 五味
13章 千早振る神に臨むと謳いあげ
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第460話 零した思いが

「ありがとうございます。」


周囲から彼女の芸を讃える声が、否応なく上がる。それに対しては、やはり実に慣れた素振りでお礼を返している。


「見事な物ですね。」


ただ、まぁ、トモエとオユキの感想はやはり周囲程ではない。

確かにその時間は圧倒されるものであるのだが、評価の基準それが純粋に異なる。そう言った人間にすら明確に素晴らしいと、勝算の言葉以外を作らせない技量、実力について疑う事は無いのだが、では武器を持てばどうか。

そう言った評価がどうしても根底に存在しているためにという物だ。


「ええ、本当に。慣れない体でしょうに。」

「歌であれば、呼吸と喉、でしょうか。」


呼吸法、そう言った物を習う身としてはそちらにどうしても目が行くという物だ。多方、こちらに来たばかりのカリンが称賛の言葉を上げているのが、純粋な差とそう呼ぶべきものなのだろう。

トモエは純粋にそれを軸に。オユキにしても呼ばれた人物の能力をどう使う、そう言った思考がどうしても興奮を醒ます。叩く手を止める様な物では無いが。オユキとしては更に周囲にも目を向け、こちらの世界で暮らしていた者たちが、こういった芸事に対してどういった感性を元に対応しているのだろうかと観察に余念がない。

確かな称賛はそこにある、神の示した恩寵に対して敬意を払っている。しかし身近な相手に限ればそのような状況だからこそ気を張っているのが見て取れる。これまでそれに対して距離を置き、日陰とした現実、闘技大会でも存在したそういった思考というのが確かに見て取れることに、オユキとしてはため息の一つもつきたくなるものだが。

響く喝采、それを受け流しながらも歌姫は視線をオユキ達でもなくただ呆然と、魂消るとはまさにこういった様相を指すのだろうと、そう言った様子で視線を送る子供たちに近寄っていく。


「如何だったかしら。異邦の歌、神を讃える物ではあるけれど、やはり合わなかったかもしれない、そう言った不安はあるの。」


久しぶりだった、それもあるけれどとそう恥ずかし気に尋ねれば、ようやくといった様子で子供たちも彼女を讃える。これまでの祭祀にしてもそうではあったが、朗誦は行われても歌という項目は無かったのだ。

触れたのが初めてだと、全身でそう語るようなその言葉に背景が分かる物には予想がつきそうな悲しみが浮かび、それも直ぐに消したうえで改めて拙い言葉に喜びを返している。


「あの様子だと、歴史にあったことも無かったと、そう言う事ですか。」

「はい。魔物がいます。安全な場所が少なく、私はそのように理解していますが。」

「祭りは普遍的に民の人々の間から、私は歴史をそのように理解していたけれど。」

「その余裕すらない、こちらに来る時に伺いませんでしたか。」

「不足、人が人であるための魂、魄はあれども地に返るそれだけではそう言う事なのね。それを悲しく寂しい世界というのは、元のそれを喜んだ私たちの傲慢なのかしら。」

「新たな喜びを、楽しめるものが有るのだと伝える、それができる余地があるのだと考えればいいのでしょう。与えられた物をああして素直に喜んでくれる下地はあるのです。」


アルノーとカリン、こちらは子供たちの意識の外にいるからだろう。寂しさ。過去現実として過ごしたある程度の円熟を見せた社会との差に感じるそれを隠す様子もない。

オユキとしては試しにと、どの程度なら伝わるかと振った言葉、この世界の不足の革新でもあるそれが問題なく伝わったのだと、それを改めて記憶しながら会話を続ける。


「せっかくですから、カリンさんにもお願いさせて頂いても。」

「あなたの師父でしょう。同じ流れであしらわれるだけよ。」

「私は無理でも、トモエさんなら付き合えますから。慣れの無い状態では難しいかとも思いますが。」

「ああ。貴方から見てそこまで差があるのね。慣れは、良いわよ。私は常に最善だもの。」


慣れない体、違和感を得た結果としてつい先ほど体制を大いに崩した相手が、笑いながらそう言い切る。


「舞の舞台、そこでは私は常に最善よ。熱があろうと、疲労が有ろうと。それこそ足が折れていたのだとしても。」

「素晴らしい心構えというべきか、休むべき時にはと諫めるべきか。悩む言葉ですね。」

「でも、いいのかしら。」


カリンの問いかけ、その意味はオユキにもわかる。


「私がとも思ったのですが、許可が頂けそうにありませんから。お互いに用意に時間がかかる、それで納得できるわけでもないのでしょうし。」

「今更素人でもないのだし、いえ、そうよね。新しくこちらに来たんだもの。そう言う事もあるのよね。」


未だに包帯がまかれた手を示せば、直ちに理解は得られる。ここまでそれに気が付いていなかったのは、時間の無い中でもあったしそれよりも多くの事に意識を割いた結果でもあるだろう。こちらに来たばかりのトモエとオユキがそうであったように。


「流石に、私からも許可は出せませんね。」

「痛みはないですし、一度なら問題ないと、そう思うものですが。」

「少なくとも、一日過ごす中で血が滲まないそうなる迄は。」


トモエにはっきりとそこまで言われてしまえば、オユキからなにかそれ以上があるわけでもない。日々確かに治っている、これまでに比べればあまりにも遅い物だが、それでも以前に比べれば早い。カナリアの見立てではまだ数日かかるとそうとも言われている。マルコからの薬もあるにはあるのだが、それの作用にも最低限はという事であるらしい。日常生活に問題も今は感じられず、その最低限すら機能していない事にオユキとしては疑問を感じてしまい、それをそのままぶつけてみればそれだけ重篤な状態に陥っていたのだと、そう返された。

実際には、以前にも話を聞いた証明の完了していない理論、それにも関わりのあるマナを扱うための生物に存在されているだろうとされている器官が損傷し、回復していないのだという事らしい。アイリスに行われている回復というのも、肉体と共にそちらを癒す物だということだ。

そして、それが願えるほどの回復の見られないオユキは、後回しになっている。


「私も、気を付けなければいけないわね。足さばきもだけれど。」

「あの子たちの目もあってよいのなら、確認のため、それを主体としましょうか。」


そう言い切った上で、トモエが改めてカリンに向き合う。


「どうしましょうか、かつての門徒が行ったであろう流れも想像がつきますが。」

「互いに道に足を置いたばかりの出来事だったのでしょう。御指南頂けるのであれば、改めて技の意図をご教示いただけましたら。」

「流派の物、その切欠程度ですので、どうぞそこまでかしこまらず。」


オユキとしては、かつての拙さの採点を改めてと言われれば恥ずかしさもある。


「さて、お二人は確かに示すものが有るのなら私としてもと、そのように。どうにもあちらに同業者の装いの方々はおられるのですが、あまりにも。」

「慣れがあれば気が付かれますか。護衛をお願いしています。そうですね、既に慣れぬながらもお願いしている方もいますし、それなりの物を買い込んできてはいますが。」

「であれば、煮込みは時間が要りますので素材の味を確認する意味も込めて、ガレットのご用意をさせて頂きましょう。後は、それこそ既に先に任されている方々にお聞きしてとしましょうか。」

「良いのですか、スーシェフの立場で無くとも。」

「当然でしょう。既に先を任された方がいるのです。こちらの食材にも道具に対する理解も私の方が低いのですから。」


勿論、今後の実力で奪い取る、その意識はもって望みますが。

そう言い切って、アルノーがにこやかに笑う。ただ、分野が違えど込められた意思の鋭さは実にわかりやすい。食われるままになるなら、そのまま食いちぎってやろうと、そう言った。


「ええと、慣れていない方と聞いています、どうぞお手柔らかに。」

「さて、侍であれば戦場で加減など、そのような言葉が出るとも思えませんが。鉄火場、まさに戦場ですよ厨房は。」

「ええ、でしたらそのように。流石に先達の言葉は無下にする気もありません。調整を行うこともあるでしょう、ただ、言葉は勿論求めましょうとも。」

「召し上がっていただく、それだけで十分ですとも。」


しかし、そこで瞳に確かにはっきりと熱が浮かぶ。


「歌に対しても、あのようでした。さて、日々の心を豊かにする、特別な日に確かに花を添える。それが余裕のある相手ばかりとなっているのであれば、今日で決着と、そうしましょうか。」

「流石に今日は歓迎会をとも、そのように考えもしていましたが。」

「私たちにとって、日々の食事というのは確かな訓練です。食べられる量に限りもありますので、猶の事納得のいく質を求めますから。」


職人気質と、そう呼ぶしかないのだろう。そこには譲らぬと、そうはっきりとしたものがある。

どうにも、一筋縄でいかない人物が集まってくるものだ、そう言った思考もどうした所でオユキの頭に浮かぶが、まさに己がそう言われ類は友を呼んでいると苦言を呈されたこともある。

ならばこそ、当然の帰結だとそう受け入れるしかない物だろう。

少年たちが歌姫に二曲目を遠慮がちに強請り始めているのだが、それではあまりに場を占拠しすぎる事にもなる。ならばこそ、教えている事の流れとして見せる事が出来るほか、それを話して纏めてとそうなるだろう。順序の問題もあり、歓迎会も兼ねた席まで誘えるものは無いのだが。


さて、こうして異邦から明らかな目的のような物をもっていそうな相手が来たのだ。ならばトモエとオユキがそうであるように、先に大きな幸運を得て余裕があるのだからこそ、各々の未練が晴らせるようにと、オユキとしてはそう願うものだ。

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