第456話 鎹に
結局のところ、ミズキリに対する尋問は大きな成果を得られている。
使徒である、現在彼以外に他にいるのかも分からない存在が一部とはいえ明るみになったこともそうであるし、本来の計画、前倒しになったとされるそれのマイルストーンを聞けば、ではそこから先は何なのか、その予測も経つという物だ。
勿論、それぞれの知識や経験の背景を下敷きにしたうえで、異なるものも出てkるうだろうが、それこそ別で話して可能性の模索をすれば済む。現状、問題として計上するべきは前倒しになった、その現実以上に存在しないということ。それが最も大きな問題だと認識を共有してその場は解散となった。メイの思考が空転を続け飲み込むのに時間をとそう配慮するより他なかったというのもある。
「そこまで考えて、最初に身分を明かしたのでしょうね。」
「かといって止める訳にも行きませんし。」
そして、夜。流石に寝台に入るには時間が早い為、護衛も同席の上でオユキはミズキリとの話の概要を改めてトモエに共有している。分からない事であれば都度尋ねればいいと、そう構えてトモエに話しかける体を取っているため、なかなか割って入りたいところではいれない、そう言ったもどかしさを与えてもいるようだが。
「トモエさんであれば。」
「恐らく、そう言った諸々を述べる前に一撃を望んだでしょうね。」
トモエはオユキに比べて愛情深い。オユキにしてもミズキリを責める構えを取るのだが、それにしても行き過ぎていると感じなければそうするものでもない。
「ミズキリの余裕を思えば、常に働いているもののようにも思えますが。」
「同格以上で神々からの納得が有れば、恐らく通ると思いますよ。そうでも無ければ私はオユキさんに刃が届かない事になりますから。」
「だとすると、アベルさんの怒りは不当とそう思われたのでしょうか。」
「いえ、アベルさんも結局のところ怒りを覚えた部分については部外者ですから。」
トモエの言葉にオユキはなる程と、そう納得を作る。
切欠を運んだ相手はいたとしても、それが無ければそもそも関係のない人物だ。常に渦中にいたトモエとオユキと同列に語る事ができる相手でもない。前提として出自の差もあるが。
「ああ、申し訳ありません。こちらでばかり。」
そこまで、一連を話したうえでオユキから新しくこの場に増えた顔に話を向ける。
本来であればゲラルドの下に付き家の管理を行うべき相手もいるのだが、その人物は過酷すぎる移動に今は身体を起こせずにいる。少年たちに劣る身体能力を考えれば、それこそ明日もまだという物だろう。
「何、分からぬ事などあって当然。我らを動かしたいのであればそのようにお申し付け下されば宜しい。」
今日はシェリアとタルヤの両名に加えて、王都から同行してくれている第二騎士団、そこに所属している人物も。
追加の人員があり、警備体制にようやく余裕が出来たこともあり、こうして同席が叶っている。河沿いの町、今はレジス侯爵の領地として名前を考えており、何か助言をとの書簡も届いたりしているが、そこに残した人員、教会に貸し出している人員もあるのだ。屋敷の警護に今回の増員でようやく十分な人数が揃ったものであるらしい。
「過日から今日まで。」
「陛下からの追認も確かに頂いております。神々の計画、それがあるのであれば否はありませんとも。」
改めて、過剰な負担があったとオユキが謝れば、言葉では軽く返ってくるが首をしっかりと左右に振りもする。
「無理が無かったとは申し上げにくい物ですが。」
「人数と業務、それを考えれば理解は出来ますとも。イマノルさんから、以前に最小単位が3人とも聞いていますから。」
そも警備などという物は24時間体制だ。どうしたところで人数は十分といえる物では無い。最初に付けられたのは12人。その大半を教会を新しく作るための奇跡の守護に置いたのだ。近衛がいたとしても、こちらでの警備に過剰に気を張ることになった、その責任はオユキとしても確かに感じている。
「今後の事についても、ある程度のご理解は頂けた物かと思いますが。」
オユキとしては、これまで確認していなかったことを改めてローレンツ、以前席を設けたときに名を受けた相手に確認を取る。彼らの与えられている任務が、トモエとオユキへの随行なのか。それとも場を守る事なのか。
「何名かはやはり残さねばなりません。引継ぎも直ぐにという訳にも行かない事ばかりですので。」
「慣れた方について来ていただける、身の回りをお願いできる。それだけでも十分以上に有難い事ですから。」
そして、先々の予定には既に移動が組み込まれている。それも国外に。王都、ともすればそこを後回しにした上で他国に対して利益を配る道行きだ。それを既に予定として考えている、認めにくい前提に対して決断がなされているというのは有難い物だ。
「指揮系統に対する理解は、正直かなり薄いのですが。」
「アベル殿が骨を折ってくださっておりますからな。流石に我らも王命を易々と翻したりは。」
どうやら、メイ経由であるかは正直不明だが、アベルが、王家の血を引く人物が細かく間に入ってくれている物らしい。このあたりまで含めて計画の内ではないかと、そう言った勘繰りも生まれる物ではあるしミズキリの言葉の中にはそれを肯定するようなものもありはしたが、それは表に出さない。
オユキとしては、あたえられる好意には頭を下げてただ礼を述べるにとどめるだけだ。
「お手数を。」
「何、有事でも無ければ暇な団ではありますからな。」
そうして豪快に笑いながらグラスでは足りぬと、木でできたジョッキを一息に空けてそこに手酌で瓶から次を移す。古老と見るからにそれを感じさせる佇まいからは相応しい振る舞いに見えるが、シェリアからは少々厳しい目が向けられる。
「もう。せっかくの場ですのに。」
「レイン家の跳ねっ返りが良くも言った物だな。私を始め、どれだけ多くの者が頭を抱えた物か。」
「叔父様。」
「人のふりを見て注意ができる、私はその成長が嬉しい物ですけど。」
そうして顔見知りらしい会話がそこで交わされる。
「ローレンツ殿は、シェリアさんと血縁が。」
「何、おいぼれと呼んで頂いても構わんよ、この場ではな。年の離れた弟、その先での子でな。全く、お前が剣を興味を持ち手ほどきをしたからと、私も散々に言われたのだぞ。」
「作法についても問題ないと、そう言われていました。片手間で出来たそれをこなし、空いた時間を趣味にあてただけですもの。」
「結果として、お目付け役として巫女様の側に私が置かれているのだ。まぁ、神々に分けられた魂だ。その本質が変わることもないだろう。これまでがあり、こうして有難いお役目を得る事も出来たのだ。それこそ私としても、弟しても後は跡継ぎを望むくらいか。」
剣呑な気配を向けられたところで、酒を口に運ぶ手を止める事もなく笑い飛ばしてそうローレンツが話しを進める。
「タルヤさんはともかく、シェリアさんは、確かに。王太子様の言を考えれば、そのようなこともあるかと思いましたが。」
「オユキ様、私がともかくとは。どういった了見でしょうか。」
ローレンツの言葉、若者を揶揄うそれにさけのせきとして迂闊に乗ったオユキには相応の罰が待っている。
「その、花精の方の寿命は私たちには。」
「成程。花の盛りも過ぎだ枯草と。」
「いえ、あの、まだ若く、みずみずしい佇まいでおられるかと。」
「つまり、盛りの時期でも雄花を見つけられぬ器量なしと。」
ルーリエラのこともあり、酔う事は無いだろうと。増員もあり手も空いたからと前回とは違ったタルヤも公爵からの荷物に含まれていたワインを空けている席で、何やら派手な失言をしたらしいとオユキとしてはここでようやく気が付くものである。
「ええと、言葉が足らず思慮に欠ける物であれば申し訳なく思いますが。」
種族、それがあまりにも異なるため初校としての言葉も意味がなさないほどに文化背景が異なっている。恐らくそこから生まれるのだろう圧に、オユキがたじろぐ。トモエにしても苦手な分野であるため、その補助を行えるものでもない。
「タルヤさん。如何に楽な席とは言え。」
「シェリア、貴女はいいですよね、家の方が相手を見繕ってくださるのですから。」
「乙女の悩みは根深い物であるな。小雀共の言葉を聞く限り、花を讃える言葉はこの老骨の耳にもたびたび入るのだが。」
「後に残らぬ種など私たちが求める訳もありません。特に私の場合特徴が人によっているせいもあり、年齢を聞けば誰も彼も。」
「その、異邦の私たちよりも種族差の理解はありそうなものですけれど。」
「理解と実感は別物ですから。」
シェリアの言葉にローレンツが変わらぬ速度で葡萄酒を口に運びながら豪快に笑いだす。
「まぁ、そうであろうとも。私が出仕した時より変わらぬ姿で咲き誇る花だ。手折るのが無粋、手を伸ばす事すら難しいと、そう言う思いも生まれるであろうとも。」
「え。」
「なんだ、知らなかったのか。有名な話だぞ、五代陛下の頃より変わらず王家に仕える花の話は。」
さて、老人の迂闊な噂話は部屋の破損を行われることなく、どこからともなく現れた茨の檻によって咎められる。
「事実は2代目の陛下の御代ではありますが。」
鳥籠のように周囲を囲む茨、そしてそこから伸びる棘を携えた蔦が加護の中の人物を容赦なく縛る。あまりにも突然に、それこそ、元々そこにあったとでもいうかのような在り様で。
「すまんすまん。そなたらと違って、既に枯れ木だ。若芽の心持などわからぬ身でな。」
相応に締め上げられている、そう見えるというのにそれで何が起こるでもなく変わらぬ速度で酒杯をローレンツは傾ける。タルヤにしても、それに対する理解があっての振る舞いだとそう理解は及ぶものではあるのだが。
「それに、私がかつて送った文をすげなくあしらったのだ。」
「伯父さまがですか。」
「うむ。美しく咲く高嶺の花だ。若さに任せて、私も勿論挑んだとも。岩を割って咲く花に届くほどの熱量は無いのだと、そう返されたがな。」
「華の中でも、咲き誇る祖を持つものなら熱量にほだされるのでしょうけど、得私の様な日陰の花は。」
「陰に紛れても美しさが隠れる事もない、妖精に例えられる祖を持つのであればそれこそ熱を上げる方は確かに多そうですね。」
明かされた由来に、名前から予想できるものにトモエが乗る。
事実、タルヤ、オユキ程ではないが小柄であり、妖精と言われれば納得してしまうような幼くも怪しげな美しさを持っているのだ。出仕したばかりの頃であれば、実に多くの者が惑わされるだろう。