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憧れの世界でもう一度  作者: 五味
13章 千早振る神に臨むと謳いあげ
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第449話 そよそよと

トモエとオユキ、未だに実感は遠いものだが自分たちの物、そう呼んでもいい空間で随分と久しぶりに感じる時間を過ごす。合間に数度、そう言った事はあったがしっかりと互いにというのは、実のところこちらに来て初めてではある。

こちらに来て間もなく、子供たちの面倒を見る事になり、否応なくそちらに手が取られることとなっていたのだ。一人でも練習できる相手と、そうでは無いいよいよ新人たち。指導者としてトモエがどちらに時間を使うのかと言われれば、そんな物考えるまでもない。加えて、オユキが新しい道の模索を始めたこともあるのだが。


「楽しいですね。」

「全くです。」


合間にそんな言葉を交わしながら、乾いた音を鳴り響かせる。型の応酬、決められた枠から出る物では無いが、互いにリズムを変えながら動き続ける。

何時しかなる音に意識が引っ張られ、周囲の色が失せる。

オユキからは、トモエと自身、それだけしかいないとでもいうかのように。トモエは指導の為か、集中がそこまで深くはなることは無いが、オユキだけを見て動き、それの修正を合わせた練習用の武器越しに。

響く音、その美しさとリズム、それだけでも十分に良し悪しが解る。ほとんどはオユキに由来するものだが、時にはトモエが乱すこともある、そんな時間。音楽としての多様性は確かに無いが、それでも二人にとっては非常に心地よい二人の音。それが続くところに外から。


「はい、お二人ともそこまでですよ。」


季節、かつてのそれに比べれば鈍いものではあるが確かに移り変わりを感じさせる弱くなった日差しと、冷たさをかすかに感じる風の中で楽しんでいる所に体勢を崩すどころでは済まない風が吹き、流石に続けることが出来なくなる。

その前段階にあった、地面の隆起。足を捉えようとする地面の蠢きなどは互いに躱して見せたのだが、周囲を薙ぎ払うほどの暴風に体勢を崩せば、否応も無いという物だ。


「それほど時間が経ったとも思いませんが。」

「時間では無く、医師として止めています。」


久しぶりの時間、周囲の眼もあり制限も多いものだが、その中でも久しぶりの出来事を楽しんでいたオユキとしては不満もある。


「いえ、ありがとうございますカナリアさん。私もついつい楽しんでしまって、オユキさんに負担をかけていましたね。」


トモエがそう言いながら、体勢を崩した後、膝を着いたまま動けなくなっているオユキに近づいてくる。


「負担ですか。確かに疲れは相応に。」


疲労、それについてはオユキは隠せるような物では無い。呼吸の乱れが、こうして集中から離れればすぐに現れる物であるし、流れる汗、吹く風が体を冷やすのもよくわかる。ただ、その程度であり下半身を土に包んで迄止める、そこまでの物とは考えていない。

疲れた中でどう動くのか、それとて鍛錬の内だと、その程度の理解はあるでしょうと。

カナリアの制止を止めなかった近衛、護衛である相手を何処か責める様な心持でもって言葉が零れる。


「オユキさん、一先ず得物を置きましょう。治療も要りますから。」


トモエの不安げな言葉に、こちらではどれだけ振っても豆さえできないのにどういうことかと、そうオユキが思いながらも、改めて自身の手を視界に納めれば、握ったそこからこぼれているものが有る。


「おや。」


痛みをこれまで感じてもいなかったが、自覚すればそれも生まれる。


「そこまで激しく動いた覚えもないのですが。」


痺れ、固まったようになっている手をどうにか開こうとして失敗していると、側に歩いてきたトモエによってそれがなされる。


「いえ、以前でもここまででは無いでしょうが。」

「そうなのですか。」

「私の方でも加護などありますし、以前よりも力も入っていましたし、速度も上がっていましたからね。」


申し訳なさそうに、指導者として気をかけるべきことを忘れていた反省が見て取れるトモエがゆっくりと指をはがして、持ち手が血にまみれた武器をオユキから取り上げる。


「こちらでは、初めてですね。」

「もう、常の加護もマナが無くなると弱くなりますし、働き始めたと、今朝そういったばかりですのに。」

「ああ、これはそう言う。」


どうした所で手の中で武器は動く。そして擦れたところは水膨れになり敗れ、そこからさらに肌に傷が入っていく。その結果として、オユキの掌はなかなかの惨状になっている。


「懐かしい物ですね。やはり疲労から握力が落ちていったのでしょうが。」

「はい。まだ皮膚そのものがそこまで丈夫では無いので、もう少し早めに止めるべきでした。」


そう言いながらトモエが己の衣服、そちらに迄飛んだ血痕を示す。


「あの、こうなる前に、気が付いて自分から止めるとか。」


研究のためにこもっていたところを、侍女が呼んできたのだろう。カナリアによらずとも、それこそシェリアでもタルヤでも、強引に割って入って止めることは出来た物だろうが、それをしなかったのは気が付いた時には治療がいると踏んだのだろう。今もてきぱきと、オユキの両の掌はカナリアによって治療が行われている。


「いえ、この程度ならままある事ですし。」

「それもそうですが、止められなかったのは。」

「久しぶりで、違いも大きいですから。それこそかつてであれば、まだまだ続けていたでしょうし。」

「あの、既に昼食も近いんですけど。」

「日が沈むまで、そう言うこともありましたからね。」


そうして話しながら、オユキとトモエ、実に懐かしい事だと笑いあう。勿論、その影にトモエの不安は感じる物だ。掌程度ならまぁさしたるものでもない。


「骨や腱には問題がなさそうです。」

「私では、見ただけでは分かりませんけど、痛みは。」


一先ず掌に薬が塗られ、清潔な布で巻かれと処置が終わる。握りこめる物では無いが、他に不都合がないかと改めて動かせば、覚えのある違和感というのもあるものだ。


「少し捻った感じが。」

「ああ。そうですね、その辺りの筋力の差が頭から抜けていました。」

「私が逸らせると、そう考えての事だったのでしょう。」


何度も剣を合わせた、そこからの動きもある。居付けなどは流石に体格差が大きすぎるし、他の理合いを見せすぎるために避けた物だが。合わせた刀越しに、タイミングを計って持ち手を壊す技などもあるのだから。


「やはりまだ十全にとも行きませんね、お互いに。」

「それほどの差異ですから。多少馴染んだと思っていますが、こうして以前の流れを持てばやはり粗が目立ちます。」

「トモエさんも、ですか。」

「ええ、慣れない角度が多いですし、やはり慣れ、手癖は厄介ですね。こうして違う体でも意識の方でしみついているのでしょう。先の流れに置こうと思っているそれと、体が違うところに動いていることが多いですから。」


そこまで言って、こういった事については実に珍しく大きなため息をトモエが零す。


「得難い経験、そう思って生かすのが良いのでしょうね。」

「そうですね。」


二人でそう話していると、カナリアが間に割ってはいる。それこそ体ごと。


「もう、そこまでです。仲がいいのも結構ですし、先を求めるのも構いませんが、怪我をして言い訳などありません。」

「いえ、鍛錬には付き物、その範疇ですし。」

「駄目ですよ。怪我前提の鍛錬なんて。」

「まぁ、それは確かに。」


なかなかの剣幕でカナリアにトモエが詰め寄られる。


「オユキ様。」

「ご心配をおかけしました。カナリアさんに声をかけて下さったのでしょう。」

「いえ、思わず見入って、遅れました。止めに入るのも、私たちでは難しく。」

「足元、地面に対してはタルヤさんだったのでしょう。」


そして、この二人があれ以上の方法を取ろうと思えば加減が利かない、そう判断したのだろう。トモエとオユキにしても、どれだけ実力差が有ろうとあの最中にシェリアが飛び込んでくれば咄嗟の事として得物を向けもしただろう。それが分かっての処置である以上、オユキから不満というのは無い。止められたこと以外は。


「分かった時点で、そう思いはするのですが。」

「程よい緊張感、そうとしか思えませんでしたから。」


突然変わる足元、それについては楽しい事として処理してしまった。以前の鍛錬では得られぬ類の緊張感。先ほどまで足を置いたところどころか、今まさに足元の感触が変わり崩れそうになるのを制御して。その流れは実に目新しく、訓練に良い物であった。


「ええ、実にお楽しそうでした。しかし今は。」


シェリアの横から、タルヤの厳しい声が通る。


「まさか、とは思いますが。」

「ええ、回復にも使われます。」

「いよいよこちらの生命、それについてはマナありきなのですね。」


肉体の損傷、それにもマナが使われるそうはっきりと断言されれば、オユキとしても少々反省せざるを得ない。


「確かに、直りが早いとは思っていましたが、成程。」

「勿論、個体差はありますが。」

「ただでさえ不足している所に、怪我をするのは良くないでしょうね。」


であれば、鍛錬としては今後控えめな物を選択し、かつ、身になる物を選ばなければならないだろう。そんな事を考え、頭から他が抜けている事に気が付き一度頭を軽く振る。


「軽めの物にするしかありませんね。それと、トモエさんあの子たちは。」

「私の方は空き時間もありますし、一度話してこれまで通りと、そうできるなら。」

「お祭りの準備にしても、一日という事も無いでしょうし、メイ様も魔石を求めるでしょうから。」

「勿論、オユキさんは私が許可するまで、町の外は駄目ですからね。」


そう、カナリアにしっかりと釘が差される。

流れ出した汗は未だに引いておらず、痛みについても鈍く響き始めている。吹く風を随分と冷たく感じるあたり、疲労は深い物だとオユキにもはっきりと分るという物だ。


「短い時間でしたが、かなり疲れていますし、私は午後から少し休みましょうか。トモエさんは、そうですね。午前中に書いた手紙もありますし。」

「ええ。一度あの子たちの確認と、今後の招待も兼ねて。」

「雑事を任せてしまい。」

「構いませんよ。慣れている事でもありますから。」


生前も、自宅への郵便物、役所での手続き等。勿論専門家を頼むこともあったが、相応にトモエに頼むことになったのだ。


「地続き、暮らしてみると想像以上にそれを強く感じる物ですね。」

「違いがあるからこそ、同じところに目も向くのでしょうか。」


そうして軽く笑い、揃って屋敷に足を向ける。話した事、それを始める前にも侍女が身支度をさせようと構えている。それが終われば、冷えた体を暖かい飲み物で温めながら、そうした時間を過ごすのが良いだろうと。二人の間で目線だけの会話を交わしながら。

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