第446話 次の風
「アベル様は、色々と複雑な立場のお方ですから。」
「差しさわりが無いのであれば、お伺いしても。以前王妃様が甥と、そう呼んだことしか。」
「王兄殿下のご子息です。事実、王族としての血を引いておられるのですが。」
王の兄、その存在にしても初めて聞いたこともあるが、世襲というのであれば、まずはそちらが考慮されるという物だ。そこから外された存在の子供。確かに本人も言うように、城に上がるのも実に面倒が有りそうな背景だ。
「成程、確かにかなりややこしい背景を持った方のようですね。」
「はい。王兄殿下は現在では武国にて新たな公爵として遇されておりますし。」
「情報が過剰になりそうですし、一先ずは、それが解れば十分です。」
シェリアの言葉を、オユキが遮る。
「王族と、その認識は一度したのですが、本人が望まれないのはその辺りですか。」
「いえ、アベル様は正確には王族ではありません。」
「継承権あたりですか。」
「はい。」
そして、王妃経由で与えられた人材、王妃が口にしたことではあるが、付属情報まで簡単に明かすとなれば。公然の事実であるのかそれを伝える事でより動きやすくするためか。
オユキから見れば後者の色合いが強いように見受けられはするのだが、アベル本人の意識としてトモエとオユキを始めとした異邦人の操縦がある。好き勝手されればどうなるか分かった物では無い、それは理解の及ぶところではあるから良しとして、それにしてもあまりに過剰な人員を配置しているようにも見えるのだ。
「つまり、この国にとってそれほどこの町が重要なのですか。」
それについては先の出来事で想像は付いているのだが。こちらで暮らす人々の認識というのも、知っておく必要がある。
「全ての始まり、その地とされています。」
「神話についても、今後学ばねばなりませんね。巫女として立つものが、それを知らぬでは。」
端的に返った言葉に、オユキとしては頭を抱えるしかない物である。
「以前、学ぶためにも書物があればと望みましたが。」
そして、トモエがその間に言葉を続ける。どうした所で仕事を行うべき、活動する時間は手が空きにくい。そうであれば、それ以外の時間でも確認できるものをと、そう求めるのが人の心なのだが。
「神にまつわる物については、残念ながら。」
そして、こちらの世界ではやはりそういう物であるらしい。
「司教様に、降臨祭の手ほどきをお願いしている合間に、伺うしかありませんか。」
「その、オユキ様は、それが必要になると。」
「他国に神授の品を運ぶわけですから、道々、来歴をねだられるのではないかと。」
流石に、神職としての問答が行われるとはオユキも考えていない。こちらで長く神に奉仕している人々は、それこそ当然のようにオユキが解らぬことも、一目で理解してのけるのだ。運ぶ品に疑いが生まれるはずもなく、ただそう言った人々は、小間使いの受け入れを手配するだけではある。
問題は、その道中。
どうした所で仰々しい道行きであり、休憩、威を示す、経済に対する配慮、そう言った複合的な事柄として、時間を使わなければいけない場所というのは存在するのだ。
そしてその場では、それを運ぶ責任者として求められる振る舞いというのが存在するのは、それこそ想像に難くないという物だ。
「どう、なのでしょうか。」
「おや。」
ただ、オユキの心配については、近衛の二人が揃って首をかしげる形で返答が返ってくる。
「オユキ様が公に立たれる、それは事実なのですが、市井の間には、正直。」
「代理を用意するというお話もありますから。」
「名を偽るのは、こちらでは障りが有りそうなものですが。」
「元々その予定と伺っていましたし、アイリス様のこともありますから。」
「極論、そう言った一切はお願いさせて頂く事にはなると思いますが。」
そういった事が必要だと、そういった判断があるのであれば勿論オユキとしても否は無い。
今もこうして忙しくしている、それの解消が見込める事柄でもある。
「先だっての王都での事柄については、目はやはり限定されていましたから。」
「護衛、その都合もありやはり。」
言いたいことは、理解できる。
「その辺りについては、また改めて話し合う必要がありそうですね。」
オユキが公に、その判断をしたのは結局のところトモエが作った流れによるものでしかない。
「巫女としての権限を振るいたいという訳でもありません。勿論、此度得られた物であったり、そう言った道行を阻むというのであれば、考えもしますが。」
そうでないのであれば、差したる問題でもないのだ。やはり。
「それは、勿論です。」
「神々から頂いた使命、それを阻むことをこの国に過ごすに能う人々が求める訳もありません。」
「であるなら、そちらの詳細はやはり改めてお話ししましょう。」
「そうですね。グラスも相応に開いています、オユキさんはそろそろ眠気が勝つでしょうから。」
「この程度でそうなるのなら、食事の誘いも考えねばなりませんね。」
なんだかんだと話は方々に飛びながらも、時間を使っている。
実際はガラス製の器では無く、銀製の酒杯にはなるが話の合間にトモエは数度空け、オユキは半分ほどをなめている。要は、酔いと疲れで眠気に負けるまで、間もなくという訳だ。
そして、改めてそれを確認したシェリアが難しい顔をする。
「道中、代わりを立てたとして、やはり誘いはありますか。」
「そればかりは。広くそこで暮らす人々には代理としてという事も出来ますが、正式な場ではやはり難しいですから。」
「そう言えば、次の道中ですが。」
次を魔国と定めたこともある。恐らく得られる神々からの奇跡もある。
「その、アベル様を経由して、現在。」
「ある程度の確度を持った情報は、祭りの後に改めて勅使が来られるかと思うのですが。」
「流石に、まだ決まる物ではありませんか。」
「はい。正式な護衛と、先導がつくこととなります。」
「それまでには、馬車の手配も整うと良いのですが。」
それについては、カナリアから問題は無いだろうと、そう言った回答も得ている。未だに残っている、武器の修復、そちらに使う魔術文字の試しもしたいものだが、それこそウーヴェ、領都から人物を待っている状態だ。
なにかにつけて人を選ぶ、それが神々から奇跡を得られるだけの功績が求められると分かっているものだが、なかなかに前に進まぬ現状に誰も彼もが、内心で焦りを抱えている。
「仕事、その話に流れがちなのは仕方ありませんが。」
そして、そういった事に思いをはせるのをトモエが止める。
「休むときには、休むものでしょう。手入れをしなければ、如何な武器とて鈍らです。」
「そうですね。忙しさは、日中、そこまでに留め置きたいものです。」
オユキに至っては、療養が求められる立場でもある。
「ただ、懸念事項として、次の移動がいつになるのかという事はありますが。」
そして、今回オユキがカナリアの監督下に置かれることになった要因、それと同じことが、倍することが起こると分かっているのだ。今は多少ましとは言え、ではこれまでで思い知った苛酷な道行を行えと言われればどうなのか。それを考えれば、ただ首を横に振るしかない。
「王都までは、一先ずと、そのように。」
「道中、恐らく私は役に立たない物かと。ああ、それも含めての代役ですか。」
つまり、その辺りの事情も含めて代役がいるという事らしい。そして、背格好、それを見たときにアイリスに並んで遜色のない物、見劣りしない物がきちんと用意されてもいる。
「シェリアさんには、何かとお手間を掛けそうですが。」
「近衛の職務、その一環ではありますから。」
王都では、少年達からも生暖かい視線を得る事になったのだ。
金に輝く毛並みに、十分以上に育った体躯を持つアイリス、それに並ぶとなれば。
一方、シェリアは分かりやすくそれに並んで見劣りしないと、そう言った見た目をしているのだ。蜂蜜色の髪、高い身長とそれに見合う長い手足。近衛の職務、侍女としての振る舞いも申し分ないとそう分かるほどに、立ち居振る舞いも洗練されている。
「背丈と体重、増えるんでしょうか。」
移動が多いとはいえ、こちらに来てから半年は優に立っている。その間に、オユキ自身が感じられる変化という物は、存在しない。年齢、設定上の物でしかないが、それを考えれば、何某かの変化はあるだろう年齢だというのに。
そして、それについてはトモエも同じだ。
見た目、その変化がとにかくないのだ。
「その、異邦の方は。」
「私たちの種族よりも、微々たる変化しかありませんよ。」
そして、その希望を打ち砕くように、花精のタルヤ、恐らく数百年単位で生きる存在から実に分かりやすい言葉が送られる。
「微々たる変化は、あるのですね。」
「はい、髪が伸びたり、爪が伸びたり。」
「あの、体格は。」
「食べ過ぎて、ふくよかになられた方にはお会いした事が有りますね。」
「何という事でしょう。」
そのタルヤの言葉に、オユキが残った物を呷った結果として、長い夜も終わりを告げる。




