第435話 カナリア先生、再び
二人でゆっくりと話しながら、気が付けば眠りにつく。そう言った時間が過ぎれば、翌朝からは変わらぬ慌ただしさが有るという物だ。
事前に話した事を、それぞれに行う。朝から、オユキとアイリスはカナリアに細かく確認をされ、その場で近衛が状況を把握するためにと、あれこれと細かい質問も加えていく。その間にもアベルは領主として、己の立場を新たにしたメイの下に向かい、予定を詰めに行く。トモエの方では、必要とわかっている木材、その調達に。
何とも覚えのある、同じ生活の場から、それぞれがそれぞれに、そう言った状況が生まれるという訳だ。
「アイリスさんは、あと数日奇跡を願いますので。」
「ええ。十分と万全、その程度の違い話わかるもの。」
「一先ず、今日は安静に。少し強めの物を願いましたので。」
「おかげで、かなり楽になったわ。」
アイリスの方でも、不都合は多かったとのことだ。寧ろ、オユキよりも。神々の同席を賜った、招かれた。それが重なり、確かに削られたものが多くあったらしい。そこに確かにある、こちらで生まれた物と、異邦から招かれた物の差として。
マナ、それが日々生きるために、そのための加護として必要とされる。それすら不足している状況では、疲労だけに留まらない者が、確かにアイリスを蝕んでいたらしい。
「オユキさんは、氷だけではとも思いましたが。」
「私自身、違いがはっきりと分りますから。」
オユキにしても、部屋の四方に置かれた氷柱、その影響のおかげか。オユキ自身でも、はっきりと分るほどの違いがあった。トモエに迷惑をかけるかと、そう言った不安もあったのだが。寒さという物は、しっかりとした寝具が用意されているため、問題は無かったようだ。
それに、置かれていた氷柱にしても、朝起きた時には忽然と消えていたのだ。
トモエよりも大きい、そう言った大きさの物であったにもかかわらず、溶けた水が残る事さえなく。
マナで作ったものだから、そう言い切れない程にも、不自然に。結露、それは発生していたのだ。その分だけでも、残らないわけが無いというのに。
「冬と眠り、それを考えれば、寒さと、眠る事、そうとも考えますが。」
「冬と眠りの女神様は、月と安息の妹でもあり、従属神も居られます。それこそ、細かく条件を変えない事には、断定はできませんが。」
「そうですね。以前、マルコさんの眼、そちらについても蛇神とのことでしたが。」
カナリアが話題を向けた先に、これ幸いと、オユキは昨夜の話、その続きを向ける。散々注意され、改めて反省すべきだと、そう思い知ったこともある。新しい世界、新しい生。その事実を痛感したともいうのだが。
クリエイターの願い、恐らく、その姿を消した両親、その願いとして。此処はゲーム、一度は幕を下ろした人生。その延長ではなく全く新しい物なのだと。
「はい。水と癒しの女神様の眷属ですね。医療を司る蛇神様です。」
「眷属と、従属神の違いというのは。」
「詳細は流石に時間がかかりますので、大枠ですが。」
その大枠の説明も、オユキには理解が及びにくい物であった。それは近衛にしても、アイリスにしても同様に。
カナリアが言うには、神が神として認められる正当な位、そこに存在しているかどうかと、そう言う事であるらしい。
「最も、私たちの誰もが確認ができていませんが、世界樹の中にその座が存在するとか。」
「確かに、以前月と安息の神も、座という言葉を口にされていましたが。」
「世界樹は、祀られる神々と同数、それは教会で神像、似姿の数で確認ができます。そして、従属神、その位を得られている方は、神々より、そこに身を置くことを許された方々です。
他方、眷属と呼ばわれるのは、独自の奇跡を与える事が出来るのですが。」
「奇跡を与える、ですか。」
何とも不思議な言葉が、こうして次々と飛び出す物だ。
「奇跡は、対価を得て与えるものですから。私の奇跡にしても、確かにマナという対価を得て、こうして。」
「では、カナリアさんも。」
「いいえ。私の奇跡は、癒しと水の女神様より授かった物です。眷属と呼ばれるほどの方々は、独自に、己の持つ能力を奇跡として与える事が出来ます。」
シェリア、ラズリア、タルヤ。近衛の三人がきっちりと揃った室内。聞き手となっていないのは、アイリスだけだ。
つまり、こちらの高位の者達。王から認められるほどの能力を備えている者たちでさえ、知らぬ知識という事となる。
勿論、カナリアの振る舞いに対しての警戒は緩めておらず、アイリスとオユキの様子の確認に余念は無いが、その者達にしても、初めて聞く話に意識を割いている。
「あくまで、これまでの事、それを踏まえた上でとなりますが。」
「いえ、学問とはそう言うものでしょう。カナリアさんは、そう言った事柄をどちらで。」
「私たちの里、ですね。飛べない身では、暮らしにくいのでこうして私は出てきましたが。」
「アイリスさんの国と同じ、テトラポダでしょうか。」
「いえ、違いますよ。」
翼人、翼と言えばと、鳥の特徴、骨の事もある。そう考えたオユキが口にすれば、実にあっさりとカナリアに否定される。
「私たちと暮らすのは、翼人では無く、特徴に応じた種族ね。烏族、鷲族あたりが有名かしら。」
「浅学の身故、お気を悪くされたのなら。」
「いえ、区別も同族以外では難しいみたいですから。言葉として、こちらでは混ざっているみたいですし。」
否定の言葉、それが軽い物であったように、カナリアは特に気を害した風でもない。
「種族として、解剖学的に明確な差異は、私たちの翼は種族として授かったもので、祖霊から受け継いだものでは無い、翼と骨以外は人族と同じというところでしょうか。
勿論、マナ、その辺りに迄話を進めれば多くの違いはありますが。」
「成程。」
「翼人種の暮らす国は、空に浮かぶ岩塊の群れ、その中です。私を始め、飛ぶことに難を抱える者達は、やはり。」
「飛べることを前提と、そうした造りなら確かにそうなのでしょうが。」
オユキとしては、そう応えながらも近衛、国の事情に詳しいはずの三人に視線を向ける。
ただ、それには目を伏せる、首を横に振る、そう言った動作が返ってくるものだが。
「確か、本国は北の海の方だったかしら。」
「動いているのは、別れた部族ですね。一応種族としての最も大きい拠点はこの大陸の世界樹、そのすぐそばですから。」
「岩塊は、視認できませんが。」
「流石に世界樹と比べれば、小さい物ですから。近寄れば見えますよ。」
ただ、その言葉にオユキとしては疑問を持たざるを得ない。過去、その場を訪れたときに、そのような物を見た覚えが無いのだから。
「こちらの神国とは、既に。」
「特にそう言った話を聞いたことは無いですね。観察と推測、検証。私もそうですけど、そういった事をいよいよ好む人たちが多いですから。」
つまりは、不法に入国と、そこまでオユキは考えるが、そもそも戸籍の管理など町ごと、拠点ごとの世界だと思いなおす。そう語るカナリアの隣には、おそらく同じような流れを持つアイリスがいるのだから。
近衛たちとしては、困ったものだと、そう言いたげな表情ではあるが。
「つまり、正式に国交というのは。」
「結んでないと思いますよ。そんな事に積極的に時間を使う人もいないでしょうし。」
国の重大ごとを、そんな事、そう言い捨てるあたりに、種族としての特性という物が見て取れる。
いや、獣人の国としても、似たような流れを取ったことを考えれば、そう考えるのが人の特徴。そう言う事なのかもしれないがと、オユキは己の思考を戒めた上で、話を続ける。
「カナリアさんは、そちらの、世界樹の側から。」
「はい。そうですよ。それもあって水と癒しの奇跡、それを納めていますし。」
「つまり。」
「この大陸、それに根を下ろしている世界樹、その座を持たれているのは、水と癒しの女神様ですから。」
そう、世界樹、実際にどうというのは分からないが、そこを支配しているのが誰か。それが神の定義だというのなら。大陸に一つづつあるというそれ、その持ち主は実に重要な情報ではある。
それが、いとも簡単に齎される。
恐らく、では無く、直感に従えば正しいと感じられる思考として。
オユキは、これが予定を前倒しにすることで得られるものかと、今更ながらにそんな事を思う。そして、その反面、確かにある残酷、その正体にしても。
「だからこそ、この大陸で神国、その号を頂いているのが、この国という訳ですが。」
「その辺りは、神々に伺っていくほかないですが。やはり、オユキさんには、癒しの奇跡よりも、今の状況、それを続けてマナを十分にする方がよさそうですね。」
こうして顔を揃えて話を続けている。その理由は何かというと、診察中、それに尽きる。そして、それに対してカナリアから最終的な判断が下る。
「予想よりも回復は早くなりそうですが、くれぐれも。」
「はい。まだだるさは感じていますし。」
「そうですね、町の外、魔物がいる場、そこに出るのはアイリスさんは明日から、オユキさんは数日様子を見てから、改めて。」
さて、当初の診察よりも、随分と見立てが早くなったものではあるが、オユキの心配事、懸念事項。
そちらについてはどうなるともわかった物では無い。
用は最大値、そちらに依存するものだということくらいは、数値化できなくとも予想は出来るのだから。
「一つで、この状態、それを考えれば。」
「最大保有量は、正直分かりませんから。個人差も大きいですし。」
そして、そういった事に思いをめぐらした結果として、突然これまでと流れの違う言葉をこぼしたオユキ。それにはカナリアから簡単に返ってくる。
「直前の、あの奇跡をオユキさんが得た時、それが分かりません。
覚えのある所で考えれば、今はまだまだですからね。それと、瞑想もちゃんとしてくださいね。保有量を増やす効果もあると、そう考えられていますから。」
「勿論ですとも。」