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憧れの世界でもう一度  作者: 五味
12章 大仕事の後には
434/1233

第433話 明日から

「ああ、オユキさんはその辺り、興味を持たれていませんでしたからね。」


自宅、そう呼んでも良い物。以前のそれと比べてしまえば、出入りする人の数、そこにいる種類というのも実に多岐にわたる。寧ろ宿泊施設、そう呼んでしまうほうがしっくりくるものだが。

そこに戻り、先導役の相手が待つ場を抜けて、屋敷に入り、席に腰を下ろせば、戻ってきたと。不思議とそう感じる物ではある。側にいる相手、それにしてもある程度気心の知れた相手であり、気を張って接する必要が無いからというのもあるだろうが。

そのように考えながら、オユキは飲み物が用意される間、背もたれに体を完全に預けた上で、彼の柱についてトモエに確認を行う。


「名を呼んで良い物か分かりませんが、草薙の剣それを得られた。」

「夜久毛多都、あの句の。」

「はい。」

「櫛名田比売ではなかったですか。あの方の逸話では。」


オユキの記憶では、そうだ。水難と製鉄、確かその比喩としての話。世界に類型の多い蛇の討伐と、水にまつわるそれから武器を得る。そのような説話だと理解していた。それがよもや、五穀豊穣の神、狐の姿を持つ、その中でもとくに有名な神と係わりがあるとは。


「もう一人の奥方様、そちらからの流れですね。」

「おや、そうなのですか。」


その神話体系では、なんというのか。その辺りが非常に自由な物であった、その記憶はオユキにもある。相手が人であればまだ良し、そのような物であるし、生まれる者も何とも脈絡がない物だ。

ただ、問題ははっきりとしている。

あの柱は、確かに父から、そう言い切った。

神話、その登場人物。自然災害すらねじ伏せる剣の担い手、その神性の剣を。


「正直な所。」

「ええ。及ばぬでしょう。ですから、試すと。」


トモエからの返答は、実にあっさりとしたものだ。彼我の力量差、己の武に真摯であるからこそ、それに対する評価は明快だ。


「そっちばっかりで納得してないで、こっちにもわかるように話してほしいもんだがな。」


アベルからそう話を振られたため、トモエが一度アイリスに視線を送る。


「祖霊、その素性までは私たちも知らないもの。祖霊様の御父上、その逸話があるのなら、私も聞きたいものだわ。一応、ハヤト様から触りは聞いたけれど。トモエの方が詳しいようだし。」

「まぁ、一般的かと言われれば、そう言う知識ではありますから。」


ハヤト、アイリスに剣を教えた異邦人にしても、恐らくはオユキとさして変わらない知識、そう言った範囲であったのだろう。


「私たちの世界、異邦で語られた神、そのお方です。アイリスさんにとっての祖霊、その御柱も。」

「ええ、それは聞いているわ。祖霊様に父がいたというのは、初耳だけれど。」

「お前ら、こっちに迄来てくださる神々がいた割には。」


神、こちらから見れば確かに存在するそれ。それに対してあまりに漠然とした、敬わないといった振る舞いにアベルがもの言いたげにはするが、そこで言葉を止める。


「いや、距離が遠い、そう言う話だったか。悪いな。続けてくれ。」

「いえ、現世利益、それだけを求めているようにも、確かに見えるものでしょうから。」

「さて、アイリスさんの祖霊、その柱の父ですが。」


オユキが取りなせば、トモエがそのままに後を続ける。

建速須佐之男命、その簡単な逸話を。愛情深く、それでいて粗暴。須佐、それが示す通り荒ぶ神。三貴神とも呼ばれる、国生みの神、その鼻から生まれたとされる、海神、その話を。


「何というか。」


かいつまんで、そうせざるを得ない者だが、それを語り終えた時には、聴衆は揃って怪訝な顔をしている。


「まぁ、そうなるでしょうとも。」


こちらの神々と違って、神話、その中でもほぼ最源流、その神格だ。司るもの、示す物が多岐にわたり、実にとりとめがない。そう言った部分もひっくるめて、英雄らしいとも評することは出来るのだが。


「どうにも、分からん言葉が多かったが。」

「流石に制限はありますか。」


異邦の神、その話など、それこそトモエよりも詳しいものが過去いただろう。そして、その中には手慰みとして残そうと、そう言った者もいただろう。それでも残っていない、ならば理由は明確だ。

制限が設けられていた。そう言う事だ。

恐らくは、神の名、それもかつての世界の物が流用されている、それを知るか、直接会うか。そう言った手続きが必要なのだろう。


「どの程度伝わったか、それは恐らく。」

「俺が聞こえた話、それをすれば、そっちには話した通りに聞こえるらしいぞ。」

「何とも、分かった上でもそうである、いよいよ神々のお力、その途方もなさに眩暈がしますね。」


此処でこうして話しているのは、あくまで個人。それに対してさえもという事なのだから。


「こっちからしたら、それが当然とそう言うものだが。にしても、参加できるのは。」

「今思いつくのは、この席にいる者達、それだけでしょう。」


シェリア、彼女についてはそもそも先だって声を掛けられていない。戦と武技、水と癒し、その二柱の示す功績は授かっているが、それだけで十分などという甘さは無いだろう。

大会に参加していない、彼の神に直接認められるだけの何かを示したわけでもないのだから。


「勿論、アーサーさんと、司教様、このお二方は参加できるものでしょうが。」

「まぁ、どちらも断るだろうな。」


アベルが即断する。後者はともかく、前者はと。オユキも首を捻るが。


「お前らも、名前を上げるからには分かっているんだろうが。」

「はい、恐らくこの町で上から数えたときに直ぐに名前が挙がるものと。」

「だからこそ、だな。アーサーだけじゃなく、門番は別枠だと考えておけ。」

「門、町で暮らす者たちの最終防衛線、そう言う事ですか。」


こちらの世界では、明確に危機がある。恐らく、ほぼ間違いなく。ゲームの時分からそうであったように周期的に発生する魔物の氾濫という形で。

こちらが世界と成立した時、異邦人、それを考慮から外す必要が生まれた時。安全策。ただでさえ足りない魂、それが育む場がなくなる、それを避けるために用意された仕組みとして。だからこそ、制限が多いという事だろう。ロザリア、この町に存在し続ける司教と同じように。


「まぁ、それは置いておいたとして、トモエの判断として。」

「はい、加護込み。そうなると測り兼ねてはいますが、それでどうなる相手でも無いでしょう。」

「正直、機会を頂ける、それは有難いんだが。」


そう言って、アベルは一度言葉を切る。

彼のこれまで、それを考えれば、続く言葉の想像はたやすい。


「流石に、装備が間に合わんな。」

「あなたなら、王都まで走れば、往復できるでしょうに。」

「それを許されないから、言ってるんだよ。」


これまでの装備は、大きく2種類。常の物としている、傭兵らしいそれなりの物。騎士としての、そう分かる装備。どちらも量産が前提である以上、勿論そこらの物とは比べるべくもないだろうが、限度という物はある。そう言う事だ。


「まぁ、仕方のない物でしょう。私がその場に立てないのと同じように。」


そして、オユキとしても忸怩たる思いがそこにはある。

闘技大会、それとは違うのだ。

明確な保証が、そこには存在しない。万が一、どころでは無く、もっと確度の高い物として、避けるべき事態がそこに存在している。そして、オユキ、予定を変えたそのしわ寄せとして、その場に立てないことが決まっている。

複雑な、長く生きたとして、決める事の出来ない。

そう言った思いを、ただ視線に込めてオユキはトモエを見る。

かつてよりも、深い後悔がそこにはある。選択、その時ほどでは無いのだが、確かにミズキリが窘めたように、失敗して見せる。それが大事だったのではないのかと。

言われた時は、対外的な、それこそ子供たちに対してだろうかと、そう考えていたが。

今ならそれが違うと、はっきりとオユキにもわかるという物だ。ミズキリ、古い友人。なにかと気にかけ、色々と、オユキだけでは学ぶ事も出来なかったような事、実現できなかった事。それらにただ手を貸してくれたあの友人。その忠告の意味が。

かけられた制限、その中でも出来る範囲でのものだったのだと。


「オユキさん、私に後悔はありませんよ。」

「私にはありますから。」


余人には分からぬ事であろうと、それを向ける相手には正しく伝わる。


「こちらの神々、否定はしなかったでしょう。超えられる、その言葉を。」

「可能性、それに目を向けぬことは出来ませんとも。」


オユキはただ、言外に不足はある、それは理解しているのだろうと。

トモエはただ、その中でも可能だ、それを示したのはこれまでだと。


「決めた事、それについては譲ります。」

「納得の上ではない、それは残念ですが。」

「ただ、前回これについては譲ったはずです。」


そう、類似の事柄、それについては過去にオユキがトモエに譲っている。ならば今回は。


「仕方のない人ですね。」

「お互い様、でしょう。」

「では、くれぐれもそうならないよう、果たせぬと分かれば。」


順番、それを持ち出したオユキに、トモエがただ苦笑いでそう答える。


「仲がいいのはいい事だがな、こっちにもその半分でも向けてはくれないもんかね。」


具体的に、どこまでを指しているのか。それが伝わった訳でも無いのだろうが、アベルからそう茶々を入れられる。


「そうする理由もないですし、難しいですね。」


ただ、それに対しては異口同音に、トモエとオユキから返すだけだ。

互いに特別、そうする相手は既にいて。

その席は埋まっているのだから。


「相変わらず、仲が良いわね。」

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