第432話 帰宅
結局のところ、話し合いと言うよりも新しく得た情報、その確認に終始した時間は終わりを告げる。
ロザリア、神の分霊。そちらを問い詰める事が出来れば、それこそ苦労などとも思うが、意味が無いと、それくらいはオユキにはわかる。
既に別の存在なのだ。折に触れて、情報の共有などもしているのだろうが、基本は一方通行、そう言うものだという事は、様子を見ればわかるという物だ。
あの、幼さを残す柱ならば、鎌をかければ零すような情報も、こちらの司教には、望めないのだから。
「流石に、堪えましたね。」
「まぁ、そうでしょうね。」
結局その場で決まったことなど、何もない。
いつものように、各々持ち帰った上でと、そうなっている。
この後、アベルとメイは、それぞれに共有すべき情報を共有し、今後の方針を考えるという物だ。オユキとアイリスが、こうして同じ馬車に揺られて戻ることを許されているのは、単に体調の問題、それでしかない。
来る祭り、それを万全に。その為には巫女達の回復は必須なのだから。
「オユキ様、アイリス様、どうぞ本日はお休みいただけますよう。」
「ええ。流石に私も疲れているもの。」
「そうですね。正直、体を楽にしたい、そう願う程度には。」
シェリアに掛けられる言葉には、それぞれ疲れていると、そう応える。
「カナリア様に、診て頂いたほうが。」
「明日以降で良いわよ、私は。負荷の癒し、それを受けるにももう少しマナがいるもの。」
「私は、そうですね。思いついた事が有りますので、お願いしたくはありますが。」
アイリスは魔術に親しんでいる。だからこそ、自己診断も十分以上なのだろうが、オユキとしては試したい思いつきもある。トモエにも、部屋を整える相手にも迷惑がかかりそうなことではあるが。
それとは別に、気になることもあり、そちらを先に口にする。
「カナリアさんへの報酬と言うのは。」
そう、巻き込んでいる、その自覚は勿論ある。
アイリスに対しては、これまでは傭兵、護衛としての対価を支払っていたし、今は傭兵ではなくなったが、いよいよ共同体と言えばいいのか。アイリスの去就に口を出すアベル、そちらの指示で動いているわけだからと、任せているが。カナリアについては別だ。
公爵が抱え込んだわけでもない。
「巫女様方の体調、この度は、神事でもあります。」
「しかし、それにしても、奏上してからと、そうなるのでは。」
「いえ、何かあるだろうからと、既に予算として。」
シェリア、近衛はあくまで護衛であり、予算の管理は別ではないかと、そうオユキが尋ねれば。実にあっさりと回答が返ってくる。
「まぁ、王都で散々やらかしたもの、それを考えれば、そうでしょうね。」
「あれは王都ででは無く、事前に得た事柄ではありましたが。」
「結果は変わらないでしょうに。」
「確かに、見方としては、そうなるのでしょうが。」
アイリスのいい方では、あまりに人聞きが悪いと、そうオユキが止める。
「それにあなた達、今は公爵様に預けているのでしょう。」
そして、アイリスの言うように、今は会計という物はトモエとオユキの手から離れている。そうするために、家宰や家令といった職務を行うものがいるというのもあるのだが。実際のところは、税を受け取る相手、この一帯を治める、行く行くはリース伯になるが、公爵の麾下なのだ。
税制の優遇という訳ではないが、二重取り、ギルドに納めて、更に公爵にも。そう言った事を避けるための処置でもある。実際のところは、巫女としての公務、王家からの礼品、魔石の取り扱い。そう言った煩雑は個人で捌けぬからと、公爵に頼んだのが実情だが。
「流石に、手が回りませんから。」
「一つの家、それにまつわる事です。専門の物を置かなければ。」
異邦でも、それについては一部の個人以外は、全て専門家の手を借りていたような内容なのだ。道具、法制。それらが色々と不足しているこちらでは、トモエにしてもオユキにしても、出来る様な物では無い。
元の世界でも、そう言った道具が十分以上にあった元の世界でも、ある程度を超えれば人を頼む物であったのだから。
シェリアの言葉に、軽く頷いたうえで、オユキは続ける。
「そちらの枠の中で進められるのであれば、そのように。」
「畏まりました。ゲラルド様に確認の上、確実に対価を。」
「お願いします。そうですね、頼む予定の事は、私の休む部屋に氷を。」
「ああ。効果はありそうね。」
「そうなのですか。」
オユキの思い付き、それはアイリスから。
「冬と眠りだったのでしょう。氷は近いし、それに囲まれて眠れば、少しは馴染みやすいはずだわ。」
「しかし、体調を考えると。」
「その辺りは、別で整えるしかないでしょう。」
部屋の温度が下がりすぎる。
こちらの人間、その体調については確たることは分からないが、季節に応じた服装、その概念はあるのだ。そこから考えれば、必要以上に室温を下げる、その行いの結果は分かりやすい。それこそ、トモエと部屋を分ける、それを考えたほうが良いと、そういった結果も招くだろう。そればかりは、トモエとオユキ、その間の話し合いで決める事になるだろうが。
「そっちは、それでいいとして。」
そう言ってアイリスが改めて深々とため息をつく。
「祖霊様、その試しの場ですか。」
「トモエは色々と解かっているようだったけれど。」
「私は、そこまで詳しいわけでは無いのですよね。かつても居られたのかもしれませんが、あまりそう言った事に熱心では無かったですから。」
トモエの出した幾つかの言葉、そこから思い当たるところを、オユキは口に出そうとする。
「宇迦」
「オユキ。」
「失礼しました。」
別名、よりよく知られた名前、それを口に出そうとすれば、アイリスから鋭い声で直ぐに制止される。
「三狐神、私たちの世界における、彼の神の別名ですが。」
「そちらは、私は理解できない言葉ですね。」
「ええ、だから、そっちで祖霊様を呼ぶのは構わないわよ。」
「なかなか、難しい物ですね。」
「オユキも、戦と武器、彼の柱の聖名を気軽に口にしないでしょう。」
そう言われれば、アイリスの言いたいことも、オユキにはわかる。
「そうですね。ただ、彼の神、その試しについてはトモエさんに聞くのがいいでしょう。私の知る範囲では、五穀豊穣、田畑の守護、商売に関わる事、それだけです。
試す、その場で武をというのは、私の知る有り方とは随分と異なりますから。」
「あら、そうなの。」
「その口ぶりですと、アイリスさんは、心当たりがありそうですが。」
「まぁ、私の方では思い当たることもあるわ。部族の術、その継承以来だけれど。」
既に、経験はあるものであるらしい。
「オユキは、どう考えているのかしら。」
「質問が広範過ぎて、求められている物かは分かりませんが、闘技大会とは異なりますよ。」
そう、話し合い、その場での事を考えれば。
明言はされていないが、トモエが大いに警戒していた。戦と武技、彼の柱がかつてなんといったか、それを考えれば、まぁ、どうなるかは想像がつくという物だ。
その名を司る神として立つ、その場において加減等望むだけ無駄だと。
「そう、なるのでしょうね。」
「アベルさんとイリアさんは参加できるでしょうから、そちらとの連携、それも重ねる必要があるでしょう。」
オユキの予想としては、その辺りになる。恐らく、イマノルとクララは参加できない。少年たちも、場に入ることは出来るだろうが、そもそも数にもならない。まだまだ、トモエが警戒する、その相手をするには不足が多すぎる。
「イリアは、どうかしら。」
「以前見た所、アイリスさんよりは、魔術を抜けば上ですよ。」
「それは、そうなんでしょうけど。」
言いよどむアイリスに、オユキは括る枠が大きすぎたと反省する。
「ああ、そうですよね。種族が。」
「流石に私の部族の事に、森猫の彼女を頼むのは、ね。」
「頼んで構わない、そうであるなら、尋ねるだけでもと思いますが。」
「まぁ、話すだけ話してみようかしら。」
シェリア、彼女については参加の是非は分からない。あの場で同席が叶ったという事は、資格があるという事でもあるが。そう考えた上で、オユキが視線を向けるが。
「当日の状況次第、そうとしか。」
「それは。」
「あくまで護衛が職務ですから、祭りの場、それに不足が有ると判断すれば、そちらに注力しなければなりません。」
シェリアの言葉に、尋ねたアイリスはため息を重ねる。
そう、あくまで目的は護衛だ。
特に派手な戦闘、それが有ると口外に示されているのだ。その隙を狙える、実際に無いとしても、そう判断できる状況であれば、彼女たちがそちらに注力することは出来ない。それこそが職分という物なのだから。
「訓練、それの相手は頼んでもいいのかしら。」
「私よりも、第二の方が向いているかと。」
「トモエさんの参加、積極的な物については、公爵様に許可を求めねばなりませんか。」
「そちらは、私から報告を。」
神々にまつわる事だ、シェリアとしても、王家の権力を使う事に躊躇いはないらしい。どちらにとっても、良い言い訳であることには違いない為、話は確かにそこに着地するのだろう。
「それと、オユキ様の方でも、降臨祭、そこで心当たりがあるようでしたが。」
「はい、異邦人ですね。知った顔がそれに合わせてこちらに。かつての事ですが、商会その会計を一手に引き受けて頂いた方と、大型の建造物、工業機械、それに知見のある方が。」
ただ、問題としては。
「ミズキリが今は一段として動いてはいませんが、仕事を多く得ています。会計に覚えのある方は取り合いになるでしょうね。」
「本人の意思が決まれば、後はこちらで。」
「愛想を尽かされていなければいいのですが。」
頼もしいはずのシェリアの言葉にも、オユキからはため息しか返せない。