第429話 確かにある前提
何故この席に裔本人が。それをオユキとしては、ついつい考えてしまうものだが。盛大に異邦の話が話題に上るから、そういう事なのだろう。それと、気になることとしては、もう一人。
「そこまでにしておきなさい。思考で遊ぶ、それも嫌いではないけれど、用が有って呼んでるのよ。」
そう窘められて、オユキは改めて思考を一度止める。トモエの言葉を受けて、ついついそちらに集中し過ぎていたために。
この後も、話の中で与えられた情報、それを整理し考える事を止めはしないだろうが。話の本筋から外れた事ばかりというのは、確かに非礼でもある。そうして、改めて金の狐、その祖に向かい合う。
こちらに来る時にあった、そうだというのに。オユキとしてはよもやと、そういった印象だけはしっかりと残るものだが。
「ええと、何から話しましょうか。」
「まずは、迫る降臨祭、そちらでしょう。」
「であれば、それこそアイリスもこの場にと、そう思いはしますが。」
ルゼリアとロザリア、その会話についとばかりにオユキが口を挟む。
「無理よ。流石に私が顔を出せないもの。こちらではかなり力が弱いわよ、私。」
「三狐神、その分霊である御身が、ですか。」
「今は、こちらでは秋と豊饒、その下だもの。神の座を持っているわけでは無く、そこから馴染んだものを借りてるだけよ。」
トモエが口にした名前、それだけでオユキが思い当たる過去の神と言うのはいない。要は、そこが知識の差と、そうなるのだが。今思えば、ミズキリにしても、そういった事にも詳しかったはずだ。その辺りも含めて、あの友人が予定を考えた、そういう事なのだとオユキは一先ず納得する。
ただ、そうなると。異邦の神々に、容赦なく仕事を振ったあの友人、その豪胆が猶の事気になりもするが。
「五穀豊饒、ですか。」
「ええ。魔物、やっぱり人里の周りだと肉が多いのよね。」
「それで今は祀られぬ神、それをと言う事ですか。」
理屈は理解できるものだが、それこそ範疇外とオユキはそういった感想しか浮かんでこない。
生前、それにしてもあまりに遠い場所にいたのだ。それこそ、作法など詣でる際の物、それしか覚えていない。というか、学ぼうとすらしていない。
「そっちは、アイリスが覚えてるわよ。まぁ、あちらともまた違うけれど。」
どうやら、そういう事であるらしい。
「一応、あなた達にも馴染みのある物ね、それの用意くらいは手伝って欲しい物だけれど。」
「鳥居、ですか。」
狐をまつる神社、それにまつわるものとして、実に馴染み深い象徴と言うのもある。漆、その存在は既にアイリスから告げられている。戦と武技の神、それから下賜された太刀の鞘。それにしても、実際にそれを用いて彩色が施されたのだから、既に経験もありはする。オユキがやったわけでは無いが。こちらの者で行える、それは既に確かな事となっている。
オユキの以前の考え、そちらにしても、この神の言葉で改めて明言されてもいる。
忙しい、それが有るため出来ない事。そういったものを引き取る、そういった未だ名も知られぬ存在が実に多いのだと。ただ、そちらについては、オユキの知識には大いに不足がある。なんだかんだと、少ないのだ。そういった相手を明確に組み込んだ作品と言うのは。相応の数を遊び倒しはしたが、そもそも背景、設定、それに意識を向けなかったオユキでは、それこそメインストーリーに大いに入り込んでこなければ、気が付きもしない。
トモエに、簡単にヒントを出されれば、何とはなしにそういえばと、そのように思い出せる程度の知識でしかない。
「ええ。後は、そっちのトモエね。祭りの場、私も降りるわ。そこであの子だけではあまりに不足だもの。」
「御身の父、そこからも確かにという事ですか。」
「その通りよ。流石に、示さなければいけないものが足りないもの。だから祭りの場で、試すわ。敬ってはくれているのだけれど、あの子にしても他に意識を向けてしまって、色々と足りていないのよ。」
全くと、そう言うとともに、盛大にため息をつく。
「時間がかかった、その辺りですか。」
「全く、どうにか形だけにしても、気もそぞろだったから時間がかかったのよ、あの子は。」
「トモエだけ、ですか。」
オユキとしては、試しの場にトモエが呼ばれ、己が除かれる。そのことが気がかりではある。
獣人の血、それをトモエが引いているからと、無理に納得は出来る。しかしトモエの気配は、そう告げていない。
「その、オユキさんは、その頃立っているのも難しいですよ。」
トモエに不足を言われるならまだしもと、そのような事を考えていると、オユキにも話が振られる。
「ええ。降臨祭、お手伝い頂けるのですよね。」
「この町、月と安息の巫女様もおられるとのことですが。」
「彼の巫女は祭りの場を整える役割を。先々に必要な物を得るのは。」
「一つなら、どうにかと考えていましたが。」
「二つですよ。それもあって、こうしてお呼びしたのですから。」
色々あったとはいえ、移動の間はそういった面では休めたのだ。それが転移に関わる道具一つで、今の有様。それを一度に二つとなれば、言わんとすることはわかる。
「それは、まさか。」
「私も手を貸しますから、しっかりと。」
ロザリアが穏やかにほほ笑んで語る。つまり、必要な用意が無ければ、相応の結果を得るという事だ。
「トモエ、あなたとアイリスもよ。私の加護を得ようと、そう言うのだもの。相応の物を示しなさい。他の心配をしている、そんな余裕があると思わないほうが良いわよ。」
「それは、そうなのでしょうが。」
そう言われたところで、心配、それを止めることは出来ない。お互いに。
「ですので、大過なく事を行えるように、こうして今回は心構えの時間と、そうしたわけです。」
「ご配慮を、喜べばいいのでしょうが。」
この後、不足があれば命を落とす。不足が無ければそこまで至らぬ、安心せよと、そう言われたところでという物だ。この後戻れば、それこそ司教から改めて概要、備えの邪魔は許さぬと、そう言った言葉はあるだろう。アイリスの方にも、トモエから概要を伝えて、そちらで備えていくことになるだろう。
祭りの日、それまではそう言った備え迄を考えれば、後僅か。アイリスの見立て、それの正しさを考えれば、オユキに至っては、最低限で望むことになる。
その辺りの相談、それこそ思いつくことをカナリアの手を借りて試せという事なのだろう。冬と眠り、オユキ自身理屈の分からぬ氷菓への執着、それを考えれば、思いつくこともあるのだから。
「そちらについては、どうにか。恐らく、不足があれば減る、そう言うこともあるのでしょう。」
そうして話をしながらも、改めてオユキは確認を行う。元あった予定、それを変えているのではないかと。
「えっと、お二人なら出来ると、そう思っていますよ。」
「手間を頂きましたし、可能な限りは。」
要は、少々悪辣な、と言うほどでもないが。厳しさを見せたところで、命を奪う、そこまでは行かない。良き民であるのなら。その前に、烙印という警告もある。以前、開発者たちはやむなくと飲み込んだが、こちらでは何一つ目をこぼすこともない。思考など当然のように読む、そう言った存在として、対処を行う存在がいる。
「ルゼリア様、大事な話を忘れていますよ。」
「あ、そうでした。ええと、今回お二人をここに呼んだのはですね、その、もっとこういった事にも興味を持ってほしいといいますか。」
「神殿の観光は、間違いなく王都に再び訪れた際には。」
「そうでは無くて、ですね。」
さて、この少女、表層の精神性はそう呼んでも差し支えが無い相手は、何が言いたいのだろうとトモエとオユキ、揃って首をかしげる。
教会にも、興味は持っている。来歴、逸話。トモエはそれを好むものであるし、オユキにしてもかつての未練、それにまつわる物としての興味を向けている。今回の事にしても、恐らく神域に隠され、入れぬところがある、その事実として受け取り、改めて探す場が増えたとも。
「生前、長らく合った習慣は、やはり直ぐには難しいでしょうから。」
「その、こうして私たちもいますし、ちゃんとお返しもするんですよ。もうちょっと、こう。」
「敬意は確かに持ち合わせていますが、言われてみれば確かに。」
そう言われて、オユキは巫女、神職であれば、そう言った職務を祭り以外に起こっていないと思いいたる。少年たちは、教会での奉仕を当然とし、その結果として、他の神職がそうであるように位を得たというのに。
急な事であり、神に与えられ、急がなければならぬ事が有ったからと、周りの者たちはそれを後回しにしていたのだろうと。今更ながらに、それに思い至る。
トモエにしても、教えを広める役、それを与えても。そのように言われているにも拘らずと。
「いえ、そればかりは、自由な心で決めて頂けばいいんですけど。」
ただ、トモエとオユキが揃って考えていたことは違うらしい。
「奇跡、魔術、武術とは異なる、こちらの世界での確たる力、それもあるのですよ。」
何処か寂し気に笑う創造神と対照的に、司教からそう言葉がかけられる。
「いえ、役を得てはいますが。」
そう、熱心な信徒という訳でも無い。
「あの、別に、皆さん熱心な信徒という訳でも、無いですよ。他と変わりません、奇跡を求め、それに対して十分と思えるものが有れば、返しているだけですから。魔術だって、武技だって、奇跡の一部なんですよ。」
「言われてみれば、成程。」
そう創造神に改めて言われれば、確かにとトモエもオユキも納得できるものではある。人では間違いなくできぬ事、それを為すのは与えられた奇跡、その一端と言えるものだろう。
だが、そうであるならと、そこで疑問も浮かぶ。
「えっと、過去の異邦の方たちとか、ですね。それと忙しさもあって。」
「失われたものが多い、そう言う事ですか。」
「はい。後でも、別れた後でもいいと、そう言ってしまえば、そこまでですけど。」