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憧れの世界でもう一度  作者: 五味
12章 大仕事の後には
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第419話 一先ず

玄関に置かれた随分と大きな箱、それについてはオユキが無造作に触れれば、他の者でも動かせるようになった。

その後は、他の部屋に置くのも難しい為、とりあえずとばかりに玄関の脇に移動し明日以降、教会で扱いを聞いてからとなった。生憎今ついて来ているのは修道士。尋ねてみた所、流石に分からないと、そういった言葉しか返ってこなかったのだから。


「疲れましたね、流石に。」

「はい。」


急いだほうが良いのではないか、そういった空気も流れていたし、状況によってはオユキもそうしたが。過剰な戦力もある。同じく旅の疲れはあると、それは分かっているが警戒を頼み、明日以降とそう決めた。

今日今からとなれば、それこそ日が沈んだ後も、あれこれとしなければいけないのだから。教会にしても、旅から戻った、王都から戻った少年たちが一先ずとばかりに持ち込んだもの、そこで見聞きした物。色々と土産もある。それを楽しむ時間を、邪魔するものでもない。

そう言った事は特に語らず、そもそもどう使う物か、どうすればいいのか。ともすれば今夜話があるかもしれないと、そうオユキは押し切った。


「神殿は、如何でしたか。」


そして、二人の時間。オユキも差し迫ったことは特にない。続けていた書き物も終わり、既に公爵に渡している。語学や歴史と言うのはあまりにも使い出が無い為、数学や自然科学に絞った物になったが。後者にしても細分化された先は凡そ役に立ちはしないだろうが、そこで培われた解明の手法、その手掛かりはある。そして、それを基軸として来た異邦人たち、その思考を理解する一助にはなるだろう。

それを言えば、オユキが要らないとしたものも必要になりはしそうだが。


「素晴らしい物でした。それこそ叶うのであれば、もっと時間を使いたいとそう思うほどに。」

「旅行、お好きでしたからね。」

「写真や映像で見るのも楽しい物でしたが、やはり実物に触れるのは。」


そこでトモエが熱のこもった溜息をつく。

生前は色々と都合も、難しい状況もあり、旅行と言えば専ら国内ばかりではあったが。それにしても、年に最低二回、全国津々浦々、よく行った物だ。


「でしたら、良かったです。」


生活の場を任せたとはいっても、数時間。流石に調度の類は難しいかと思えば、寝室にはきちんとベッドもあれば浴室もあった。食卓、応接間と言った場所は、やはりとりあえずと分かるものが置かれていただけではあったが。そちらを今後整えてもらう事になるだろう。

入浴は流石に別となり、それが終わり簡単な食事をとれば、料理人がいないため、買ってきたものではあるが、それで片づけてしまえばこうして二人の時間が取れるという物だ。

相も変わらず、扉一枚向こう、恐らく意図的に作られた壁越しの空間に、警護の人員はいる物だが。


「オユキさんは、お仕事ばかりでしたが。」

「まぁ、やはりやむを得ない事ですから。それを言えばトモエさんも。」


どうしてもオユキの振る舞いが目立ちはするが、トモエとて魔物を狩り、少年達、子供たちの面倒を見て、技術を伝え、それに付随する応対などは行っていたのだ。派手ではないし、自由の利くものではあるが、それでも公爵から頼まれての事ではある。立派な仕事だ。付随する業務として、夕食の席で色々と答えなければならない物でもあったのだから。


「私の方は、慣れがある物ですから。」

「私もですよ。いえ、慣れない振る舞いは求められましたが、基礎となるのは向こうと変わりありません。」

「何処まで行っても人の世、そういう事なのでしょうね。」

「お前の事ではない、そう言える方が周りに多いのは喜ぶべきことでしょうね。」


そうして二人でのんびりと話しながら、静かな時間を過ごす。どうにも日の長さ、それが季節で変わることもないし、時計などもない為時間はよくわからない。そんな生活だからこそ、忙しなさはあるが、時間はゆっくりと流れる。基本的に日が沈むころには、業務は終わるのだから。生前と変わらず、今もそれに励んでいる、この時間だからこそ、それを行うものもいるのだが。


「次は、どうしましょうか。」

「月と安息、そこが近いのでしたか。」


そして、二人の時間、そこで話すのは次の目的。


「はい。国内にあるのはそこだけです。」

「ホラー、ですよね。」

「ホラーです。」


隠したところでどうにもならぬと、オユキは端的に応える。そうすれば、相も変わらず頭の位置を揃えたベッドの中、トモエが目を閉じ長く息を吐く。


「苦手、だったのですね。」

「得意な人の方が少ないかと。」

「それは、確かにそうですね。」


オユキにしても、作り物である、だから気にはしていなかった。そうでなければ、多くの未練が、そうとも思うのだから。加えて、この世界、生前のゲームの舞台。そこであまりに精緻に再現されたそれらは、どうしようもなく生理的な嫌悪感を与えてくれた。

己と姿形、それが似ている形状に、虫が集り、爛れ、滴り、そのような姿は胃からこみ上げる物を抑える、それで精一杯であった。


「次、ですか。なかなか踏ん切りがつきませんね。オユキさんの方では。」

「近場、と言う事でなければ、この度労を担って頂いた二柱でしょうか。」

「華と恋、それから。」

「知識と魔、ですね。」


直接会ったわけでもないため、直ぐに出てこない物だろう。


「魔道具、それの関連ですか。しかし。」

「どちらも国外、特に後者は色々と。」


新しく得られた魔術、それを支える文字。それを持ち込むとなれば、何とも頭の痛い事になるというのはわかる。ただし、非常に大きな利点もある。


「やはり、協力を得られるのなら、大きいのですよね。それに今なら。」

「それもあって王太子妃様に、特にという事でしたか。」

「はい。どうにも先方からも、何かお礼をとその流れもあります。求めれば叶うでしょう。」


王太子妃、その境遇に思うところがあったのも事実だが、明確な打算があっての事でもある。


「ああ、それで降臨祭、その時に来る方がいると考えているのですか。」

「そちらも直ぐにとは成りませんが。国交が正常に機能した、それも最近。そして両国を隔てる大河がある。」

「その前にと言う事でしょうが、その場合は。」


以前の事を思い返せば、相応に手間のかかる道行きではある。水生の魔物、それに警戒する必要が無い場所を選んで、まずはそこから国境を超えなければいけないのだから。

以前、それこそ随分と昔の事のように思えるが、河沿いの町に行ったときには、随分と気楽に他国だから河を渡るなと言われたものだ。言った彼らは単独で問題なく行えるのだろう。勿論、トモエとオユキに出来る訳もないが。


「お伺いするしかありませんね。間には山もありますし、相応の長旅です。」

「となれば、道行としても都合がいいわけですね。」

「はい。王都に立ち寄り、それこそ時期によっては王太子妃様、その出産に関する返礼品と共に、そうする事も出来るでしょうから。」


選択、その自由はあるが、ある程度の合理性を持って考えれば、次はこれ、そういった意図が見えるという物だ。


「他国から迎えた姫君、その両国を結ぶ便利な移動手段、何とも浪漫溢れる話ですね。」


そして、トモエが声を出しながら笑う。

言われたオユキとしてもその視点は無かったが、確かにとそう思える物でもある。だからこそ、重たい試練でもあったのだろうと。


「では、次は。」

「流れもあり、それが楽だと分かっていますから、次はそちらにしましょうか。」

「そうすると、あの子たちは。」


次の旅、行きは間違いなく長い。帰りは、直ぐと分かっているが。


「それこそ、選んでいただくしかないでしょう。それに新年祭、その後となるでしょうから相応に期間もあります。今のままなら、余裕をもって目を離しても良いと、そうできるでしょうから。」

「随分と早い、いえ、一年は立ちますか。」


実際には、それに満たない期間だが。


「魔物、その実践があります。後は戦う事それを生業と出来るので、時間もとれますからね。」

「環境の差、なのでしょうね。」


トモエに言われれば、確かに納得のいくものではある。しかし過去の己、似たような、学業もあったが、それをしながらもっと時間のかかった身としては、奮起しなければなるまいと、オユキは考える。

あの愉快な孫娘には、早々に抜かれたものだが。流石に数段どころでは無く劣る相手に、抜かれるのは良しと出来ないのだから。年長として、目標である。その努力は楽しいものだから。


「それを言えば、オユキさんも。」


以前にも指摘されたそれを言われれば、オユキから返せる言葉もないのだが。


「そればかりは、そうですね、としか。」

「使い、手を入れなければ道具は錆びる。身に染みる物です。」

「至言ですね。」


そう、錆は表面ばかりではない。緩やかに、内側に。


「オユキさんは、どこか行きたいところは。」

「今は私も観光を楽しんでいますから。」

「以前のようにとは。聞いた話では、それこそ果てを求めて、そうだったのでは。」

「探しているものは、この流れの中で見つかるようですからね。」


今は、それを口にしても体が震える事もない。


「次は、一先ず魔国そうしましょうか。」

「はい。魔術、それもどうにか切欠は得たいものですが。」

「そればかりは、才の求められる世界ですから。」


そうして二人でのんびりと。いつか、それこそ遠い昔のように感じる時にあったように。

互いのペースで話していれば、徐々にそれも遅くなってくるとお互いに感じる。そして互いに眠いのだろう、そう思いながらもぽつりぽつりと。徐々に単語を主体とした会話に変わっていけば、そのうちに。

ガラスは用意できなかったのだろう、木枠であるため外が見える事は無いが。差し込む明りもない部屋の中、どちらが先か分からぬままに、眠りが訪れる。

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