第399話 感想戦
席次としては、これまでにないものになっている、公爵家の別邸での食事。上位四名が公爵と同じ席につき、その狐狸の参加者は夫人と。末席には参加しなかった者たちが集められている。
そして、公爵からは称賛の言葉がまずは告げられるものだが。
「しかし、最後の決着。あそこで止めることは出来なかったのか。」
「あの状況では難しいですね。止めようと加減があれば、躱され、こちらに致命の一撃が。」
「よもや、オユキ、その方もか。」
「はい。止めようと、その動きはやはり隙となりますから。私の踏み出しが間に合ったでしょうから。」
オユキも懐刀を手に持っていた。首元で止まったならまだしも、その前なら試合中。そしてトモエの加減がそこにあれば、恐らく間に合う。主要な臓器を狙えたかは分からないが、少なくとも腹部を刺したうえで、次の組み立てを行った。
「ですから、あの場での決着はあれしかなかったでしょう。」
「何とも、理解の及ばぬものであるな。」
「ま、こいつらにとっちゃそれが当たり前って事らしい。」
「正直、正気を疑ったけれど。」
残りの二人からも、どうやら理解は得られない物であるらしい。
「致命傷とて問題ない、その上でオユキさんが組み立てていましたから。」
「ええ。切り捨てられても本望。その上で望みましたとも。」
捨て身ともまた違うが、それこそある程度以上、腕を切り落とされる、胴を半ばから断ち切られる。その程度の怪我は覚悟の上でなければ、そもそも届きはしない。
「奇跡に甘える、それを良しとしないのではなかったのかしら。」
「それはそうですが、やはりせっかくの機会、そう思ってしまいました。自制は次からは必要ですね。」
アイリスの言葉は実に痛い所をついてくる。治らなくても構わない、そう考えての上ではあったが、治るのだから、そういう甘えも確かにあった。今も残る痛みや疲労、それが確かな警告なのだろう。
何とも、厳しさという者を身につまされる物だ。
「あとは、まぁ、トモエについては。」
そうして、公爵が言葉を濁せばアベルからそれが告げられる。
「審問とまではいかないが、質問状は来る。害意の有無についてだが。」
「まぁ、単純な見た目としてやりすぎ、そう見られるのは理解がありますから。」
「公爵も含めて、言葉は添える。何かあるという事もないが、そうするための手続きだと思ってくれ。」
「分かりました。」
公然と巫女の首に太刀を突き刺せば、まぁ、不安に思う気持ちも分かる。オユキは意識を手放したため知りはしないが、罵声が無いだけまし、会場の空気はそちらに大いに傾いたのだから。
トモエとしては、それこそはき違えている、そのようにしか感じない物だが。
どうにも言葉が伝わらない、その確認があったのも理解しているが、試合と死合、その差異もうまく伝わっていないらしい。オユキがそれに身を置き、だからトモエも応えた。あの場での決着は、トモエとしては正当な物でしかない。万一手心があれば、それにつけ込んだオユキに致命傷を与えられ、結果として、そこからオユキの首を折り、引き分け、そうなるしかなかったのだから。
試合としてみれば、どちらが先に息絶えるか、その差が生まれる程度でしかない。
「何やら陸でも無い事を考えてそうだが、で、トモエから見て見どころがあるのは少しはいたか。」
「そうですね、騎士の方で何名か。名乗りは残念ながら聞こえませんでしたから。」
「ほう。騎士にか。」
「アベルさんと似た鎧を着た女性と、後は鎧に着られている、そう言った風情の若い方ですね。」
前者はアイリスに、後者はアベルがそれぞれ下しているが。
「ああ、あの。ニーナ、だったかしら。随分と思い詰めているようだったけれど。」
「流石に俺も、団を抜けた後の顔ぶれは分からんな。若いのって言うと、後は俺が当たったガンヘルか。」
「恐らくは。どちらも傍から見て分かるほどの覚悟がありましたから。それこそシグルド君たちの様な。」
「ま、俺も思うところがあって時間を使ったしな。」
「ふむ。それぞれ家名はなんという。」
言われて、アイリスとアベルがそれぞれ応える。そして、それを聞いた公爵からそれぞれに情報が加えられる。
ニーナ・ローズ・プチクレール。王太子妃、その護衛の筆頭を務める近衛騎士。
ガンヘル・ジェラード・コーツ。別の公爵その派閥に属する、龍殺しの末裔を標榜する家、その三男。
「近衛騎士は家名を名乗るのですか。」
「いや、この場に出るならと、そう言われただけだろうな。少ない枠でもあったわけだ。」
「何と言いますか。」
「分かっちゃいるが、その辺りはオユキと話してくれ。どうにも俺から話すと言い訳にしかならんしな。」
トモエが何処までも政治を絡める事に、疲れた表情を浮かべるが、アベルはそれに苦笑いしながらそう告げるだけだ。ただ、オユキとしても口数がしばらくは減る。のどの痛みもあり、どうしても長く話すと、ひきつりが咳に変わるのだから。
そのたびに心配そうにトモエに見られるため、正直オユキとしても好ましくはない。オユキは納得しているのだから。
「それにしても、思い詰めていた、ですか。」
「状況を考えれば、良くない流れがありそうですね。オユキさん。」
「明日、機会があれば。」
「面倒見のいいことだな。ま、俺としても今回の機会は嬉しかったさ。」
「おや、そうなのですか。」
アベルから、加護ありきで、一つの到達点まで言った相手からそう言われるのは、トモエにしても意外であり嬉しいものだ。
「ああ、傭兵ギルドには結局頭打ちになった、そう考えてるのが多くてな。だが、出来る事は、伸ばせる部分はまだいくらでもある。それが分かったからな。」
「普段の私たちは、不足でしたか。」
「理屈としちゃ分かっちゃいたが、やっぱり実感がな。」
アベルの言葉に、トモエとしても頭を悩ませるしかない。
確かに、トモエの手が入った相手、その成長は早い。技だけで、制限を設ければ、アベルにだって届く。だが、アベルからしてみれば、不足だったのだろう。このままトモエたちが進んだとして、彼に届くことは無い。そう判断できる程度でしかなかったという事だ。事実、試合の外、加護が無くなるあの場の外に出てしまえば。オユキとアベルの決着はあのようにはなっていない。首を斬った太刀、それは加護も含めたのなら、傷一つ付けられなかっただろう。それ以前に、鎧に防がれたついでにとばかり、砕かれただろう。あくまで、そうでは無い、その場での出来事だ。
「ええ、理解は出来ますとも。しかし、それをはき違えている方がいる、それも事実。」
「まぁ、私にしてもつまらない声が聞こえたわね。」
「ほう。」
つまるところ、加護があればどうとでもなる。このような場は考慮に値しない。そう考える人間もいるのだ。どうしようもない事に。
そして、それもこの世界、その現状における正解でもある。現状行き詰ってはいる。先に起こることに対応できるか疑問はある。だが、それでもどうにかなってきたのがこの世界であり、その為に武力を持つ、それを主とする者達を別としたのだから。対応が出来ぬ、その責任をそちらに追求するのもまた、正しい。全体としてではなく、専門家を増やす、そちらに舵を切るのも正解だ。ミズキリとオユキ。それからつながりのある相手に対しては、それでは間に合わぬ、その共通認識があるだけだ。犠牲を、口にする気も起きないそれを許容すれば、事実何も変わらない。安息、それを名に持つ神、その良き奉仕者である公爵と、その領に暮らす相手だからこそ、それを認めない、その共通認識があるに過ぎない。
加護がある世界、それが薄いもの。それに対して、本来どう扱うのが自然なのか。考えるまでもない。
「なんにせよ、トモエは存分に求められたことを示したものかと。」
この場には子供たちもいる。距離はそれなりにしかないため、その辺りの一切は口にせず、オユキとしては話題を変える。
「うむ、違いはない。そちらについては、まずは今後、そうするしかないのだがな。」
そこで食事を勧める手を公爵が止める。
「戻ってからの事ではあるが、その方らへの今回の褒賞という訳ではないが、屋敷、領都においては、仮の物を。始まりの町に着いては、戻るころには出来上がっている。」
「仮と言うのは。」
「以前、要望を聞いたこともある、それに都合が良い物が難しくてな。」
「ご配慮有難く。」
今後はダンジョンもあり、それこそ町との出入口、その土地の扱いは難しいとは思うが。それこそ流石は封建制と言うところなのだろう。
「使用人については、始まりの町ではリース伯が用意するだろう。」
「最低限で、とも思いますが。馬車なども考えると。」
「住居を整える魔道具もある。その方らは魔術を使えぬようであるしな。相応の手がいる。」
そう、管理すべきは家屋だけでなく備え付けられた設備もだ。そして、こちらでのそれは、あまりに以前の日常の知識から外れた者となる。
「折に触れて領都に顔を出すことは求めるが、まずは。」
「畏まりました。次に神殿に向かう、その前に一度、そうなるでしょうが。」
トモエとオユキが得た物、それについての分配は公爵と伯爵の間でされる。折に触れてという事は、輸送を任せられる人材も出されるという事だろう。
「後は、その方らの屋敷の側に、今回陛下より預かる人員、アベルとアイリスの住居も用意することとなる。」
「確か、第二、騎兵の方と、近衛の方でしたか。」
「近衛は巫女に対するものであるため、その方らの屋敷にて、使用人として、そうなる。」
「成程。」
「第二もか。なら、厩舎は纏めてになるのか。」
「褒賞として軍馬も下賜されるからな。今後の予定も鑑みての事ではあるが、慣れぬと世話も難しかろう。」
こうして、戻った後の事をようやく話せる。そんな時期に来た。お使いクエストそう簡単に言うには、随分な労力と時間がかかったものだ。そもそも片道の移動だけで3週もかかったのだ。
戻りはゆっくり、その様な話もあったが、すべきことが多い。何もできぬ移動時間は切り詰める。その共通認識もいつの間にか出来上がってしまっている。
どうにも、前と同じ。仕事を口実に約束を破る大人のような振る舞いで、オユキとしては申し訳なさが募る物である。その少年たちは、ファルコも交えて、公爵夫人の促しを受けながら、思い思いの感想を語っている。その元気、それを一切奪う事が待っているというのは、やはり心苦しいのだ。