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憧れの世界でもう一度  作者: 五味
11章 花舞台
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第396話 アイリス

試合の順序が近いこともあり、生憎トモエにしてもアイリスの試合。その全てを見ることは出来ていない。ただ、目にした試合、その全てを一刀でもって片づけてきたアイリス。その姿は確かに、この舞台を望み、過去確かにあったもの、それを示すのだという矜持に満ちていた。

彼女と当たることになったセシリアについては、不運ではあったのだろうが。

二戦目セシリアにしても、下段から、真っ向からアイリスの一刀を迎え撃ち、そのまま武器をへし折られて決着となった。確かに、他に方法もなかったが、それこそアイリスの理合い、その得意に真っ向から立ち向かえばひき潰される。それだけの差があるのだ。

一瞬たりとも拮抗し、その後力で押し込んだのは、単にアイリスの不足というだけだ。


「まさか、そう思いはするけれど。」

「オユキさんもそのように。」

「一応巫女、その位を頂いてるんですもの。結果が変わらないなら、配慮があると考えていたのよね。」

「そうですね。私とオユキさんが最後になる。そうした時には、どちらでも変わりはありませんが。」


ただ、この二人とは違い、トモエには納得もある。見るだけで分かる。そのような物でもないのだ。オユキが上に置いているから、そこに届かぬ己は。アイリスの考えとしてはそうなのだろうが。

そもそも質が違うのだ。オユキはあくまでオユキの解釈として流派のそれを行っている。


「所詮オユキさんは大目録ですから。」

「所詮、ね。」

「はい。流派という意味では、私に遠く及びませんよ。」


それはただの事実として。


「勿論才覚という意味では、私を超えます。」

「あら、意外ね。」

「オユキさんにも伝えていませんから。」


本来であれば、気が付きそうなものだが。それだけの気配りは出来るし、洞察力もあるのだ。だが、それをしないというのは、単にトモエに対する遠慮と、大事に思っていてくれるという事だろう。

事こちらに来てからは、トモエの方でも明らかに体の性能が上がっている。ならば、だからこそ。今なら。そう考えるところもあるのだから。


「アイリスさんに話したかは分かりませんが、独自の流派を興せるのは、本当に限られた才能をも持った者だけですから。」

「ああ、そういう事。」

「私はあくまで継いだだけ。オユキさんはこちらでも新しい物を。やはり、そこには才覚として差があります。」

「でも、それに取り組めるようにはしないのね。」


アイリスの指摘はもっともであるし、トモエの目下の悩みでもある。ただそういった事も含めて。トモエを上に置くためにそうしているのではないか、そう言った邪推もある。

しかし、口にする言葉はあくまで単純だ。


「オユキさんの好意ですから。私はそれを受け取った上で、別の形で返しますとも。」

「相変わらず、仲のいい事ね。」

「さて、どうしましょうか。」


トモエとしては、結果は分かり切っている。今のアイリスでは届かない。長く生きてはいるらしいが、種族としての魔術、それに時間を使ったのだろう。加護を含めぬそれであるなら、どこまで行っても初伝、その手合いでしかない。ならば先達として、一手をまず譲ったところで何も問題はない。


「良いわよ。正式に習っているわけでは無いもの。」

「では、そのように。」


アイリスの言葉に、ただ普段通り。そうトモエは構える。


「有利なものは使わないのね。」

「先にも話しましたが、そんな物はある程度を超えればありませんよ。でなければ、そちらにしてもその構えだけを至上と、そうすることも無いでしょう。」


向かい合うアイリス、そちらはどうやら加護とは違う理屈であるらしい。話に聞いた物よりはおとなしいが、それでも確かに陽光を返す秋の田、それを思わせる色に。

場違いではある。そうは分かっていながらも。ああ、だから豊饒の神として、狐を祀る風習があったのだ。そんな事を考えてしまう。


「祖霊より受け継いだこの色、ハヤト様からは叶わなかった、流派。その名に誓って。ハヤト流初伝、アイリス・ディゾロ・プラディア。」

「その研鑽の源流、我が開祖の高弟の流れをくむそちらに。確かに源流として、おもい知らせましょう。歴史、その重さを。改派陰流、皆伝、トモエ。」


名乗りを上げれば、後はただ互いに間合いを詰める。向こうは野太刀。こちらはそれにはわずかに及ばない太刀。身長はわずかにトモエが勝るが、手足の長さまでを考えれば、基本的に身体能力を見れば、アイリスが間合いは外に広い。

加えて、筋力、それにも種族としての明確な差がある。

ただ、以前にオユキが指摘した癖は、集中すればどうにもならぬそれは治っていない。僅かなりとも距離を詰める度に、尻尾は揺れる。頭の上にある大きな耳は、ただまっすぐにトモエを向いている。

これが練習であれば、それに対する不利を存分にぶつける物だが、今は違う。鍛錬の一環ではあるが、その上のものでもある。そして、離れた場所。巫女がいるから仕える教会関係者向けのスペース。そこからは確かに視線を感じる物だ。

未だに、トモエとオユキ、その持てる全てを尽くす所は見ていない、そう語る少年達だからこそ。機会があるのなら見落とさぬと。随分とまぁ、熱量を込めて見てくるものだ。かつての孫娘を始めとした、目録以上を求めた者たちと同じように。


「やりにくいわね。」

「隙などありません。これが最も早く動ける、だからこうしているのです。」


無構え、等とも呼ばれているが。要はただの自然体。しかしその体勢だからこそ、あらゆる方向に、あらゆる事態にすぐに対応ができる。

後の先を取る。あらゆる無駄を排した速度で。その流派の理合いと最も合っているのがこれだと、それだけなのだ。


「それと、視野が狭くなっていますよ。」


オユキに頼んで、今後何かあれば使うだろうからと。暗器の類もすでに手に入れている。相手がこちらの動き出し、太刀にただ警戒するなら、空いた手で、それを打つだけだ。


「な。」

「暗器術。それも当流派です。」


目を狙って、鉄菱を打つ。無論、距離もあるため、アイリスは防ぐ。だが、ただでさえ動き出しが遅いというのに、対処を強いればどうなるか。それは非常に分かりやすい。加えて両手、そこから片手を放し、いつの間にやら手を覆う毛皮と、そこから伸びた爪で弾こうとするのだ。隙しかない。

その爪は、間違いなく致命傷になる。だからまずはそれを。払った流れでこちらに近づいたそれを、まずは奪いに行く。


「どこまでも悪辣な。」

「勝てば官軍、等とは飾りません。」


間に合わぬと見て、刀では無く、そのまま爪で受けようとするアイリスの手を峰に返して打ち付ける。毛皮、それがあるせいか、砕いたと確信できる感触は返ってこないが、痛みは確かに与えられた。


「負けたら死、次が無い。ならば何としてでも。その卑屈から生まれたのが我らの武です。」

「あなたにしても、オユキにしても。」

「流派の真髄、それをまっとうに残せなかった方、悪い方向に変えた方、どうして評価すると。」


相も変わらず、こちらの人々の膂力は末恐ろしい。片手にもかかわらず、野太刀を存分に振う。なんとなれば、これまで見たどの一刀よりも鋭いのだ。そうであるからこそ、両手で持つ、それに窮屈を感じているのかもしれない。ハヤトという者は、獣人、こういった事ができる者達が周囲にいるのであれば、それを鑑みた上で、そうするべきであった。それがトモエの評価だ。

構え、その一つにしても、それぞれによって違う。おおよそ同じではあるが、刀の位置、肩幅から来る、胴までの空間。体重や慎重に合わせた足を置く位置。それがすべて違う。そして、それを見る事が出来ていない。研鑽する側も、工夫を行っていない。レジス候と同じように、本来あるべきもの、それが欠落している。指導者として、それを行うものとして、必要な資格を持っていない。

元をたどれば、そう言った物の一切ない所からではあったのだ。それが何故こちらで出来なかったかについては決着を見ているが。だからこそ、トモエは口惜しい。


「どこまでも。」

「それを止めろというのなら、やめるだけの物を示してからと。そのように。」


片手で振る。それを叶える膂力は素晴らしいが。両手で持つのは力が足りないから。そればかりではない。安定しないのだ。間合いが広くはなっているが、逸らしやすい。片腕を狙った太刀を回して、アイリスの一刀を横合いから流す。そして、ついでとばかりに伸びた腕、そのひじに蹴りを放ち腕が止まったところで、こちらも空いた片手に握り込んだ寸鉄を使って手首を打つ。


「ですから、今はここまでです。」


肘までは毛皮に覆われていない。関節部分は、やはり構造上脆い。肘と手首に痛打を入れれば、既にアイリスが神から預かった太刀ですら、地に落ちる。


「前と同じ言葉を繰り返しましょう。経験が足りません。人は魔物ではありません。考える頭がありますから。」

「何がそこまで、そう聞きたくなるわね。」

「そればかりは私も改めて考えれば、確かに首をかしげますね。」


そう、どうしてここまで。それを聞かれればトモエとて答えなどない。だが、それでもトモエは先を求める。

アイリスの喉元に、太刀の切っ先を突き付けたまま、ただのんびりとそう言葉を交わす。


「せめて、オユキには一刀届かせたいわね。」

「あのまま背が伸びないのであれば、この舞台の中でなら、後数年もすれば叶うでしょう。」

「それでも、そんなに係るのね。今のままオユキが鍛錬に時間を割けなくとも。」

「はい。それだけの差がありますよ。今はまだ。」

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