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憧れの世界でもう一度  作者: 五味
11章 花舞台
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第395話 アベル

闘技大会、その日程はトモエとオユキにとって、またその有り様を知る人物にとっては実に順当に進んだ。決勝、トモエとオユキの試合については、それが終われば色々とあるからと別日になっている。

そして、今日は4組から始まり、今は二組がそれぞれに向かい合っている。

流石に駒が進めばなかなか試合時間も伸びる。特にほとんどの試合が騎士同士なのだ。互いに勝手知ったるそれ、また神の名のもとに行われる試合だ。名乗りの他に、各々の口上もある。相応に時間がかかったものだ。

それが観客に受ける。まさに物語の中にある騎士、その決闘なのだ。盛り上がらないはずもなく。


「にしても、やっぱりこうなるよな。」

「はい。トモエさんの言葉ではありませんが、対人の経験があまりに足りません。」


そして、トモエとオユキ、それぞれが散々に騎士を下してきた。

重装鎧、それを加護の無い身で着込んだうえで十全に動く。そこにある鍛錬、それには確かに頭が下がる。だからこそ敬意をもって。不足はこれだと、ただそれを突き付けた。


「あいつらの鍛錬が、俺らのやったことが、不足しているって訳でも無いんだよな。」

「それは間違いなく。そもそもあれほどの装備をしたうえでまともに動ける。それだけで。」

「対人、対人か。」

「私たちが身の丈に合わぬ魔物、それを相手取る。それを支えているのは間違いなく。」

「ああ。見てりゃ分かる。んで、怪我が少ない、疲労もな。なら、確かにと、そう思うさ。」


オユキとしても、初めて見る。これまでの大会の最中、アベルにしても軽装で戦い抜いてきた。だというのに、今はこれまで見た騎士と同じ装備に身を包んでいる。

違いとして挙げるのなら、第四、そう聞いていたのに近衛の物によく似ている。戦場で目立つ、それが指揮官の務めとはわかる。だからそういう事なのだろうとも思うが。他の、者たちはつまりこの人物に託したのだろう。

今この王都に残っているのは、まだ伸びしろがある物がほとんど。一部違う物は、後進、その面倒と書類仕事、それに向いた人物だ。


「だが、まぁ。トモエじゃなくてよかったって言うのは、油断かね。」

「はい。私はただその驕りを砕くと、そう応えましょう。」

「騎士の矜持、残ったのは俺一人。神国の盾と剣、それが全て砕かれるわけにはいかんのだがな。」

「彼の神の名のもとに、異邦で確かに培った技、歴史の重さ。それをもって。」


引き継ぐ、それを不可能だと切り捨てたこの世界に。オユキからはただそう告げる。

この場はアイリスが望んだ。だが、それを望んでいるのは彼女だけではない。

伴侶、隣を歩くトモエ、その人生。それを軽視する、そんな風潮をオユキは許しはしない。神の名のもとに、そう告げるのはあくまでこの場に耳を傾けている物がいるからだ。そして、アベルには正しく伝わっている。

騎士の恐らく正式装備。今のオユキでは、狙う場所を選ばなければいけない。そして掴まれれば、結局のところ終わる。加護が無く共、力の差は歴然としてある。

しかし、オユキの手には、やけに馴染む。実に懐かしい感触がある。ならば、未だ馴染まぬ体、使う事が出来ぬ技、それが多かろうとも。恐るるに足らず。オユキはただ常の事として微笑む。


「まったく、つくづく損な役回りだよなぁ。」

「お互い様、でしょう。」

「違いない。」


そして、既に試合の開始は告げられている。

アベルが実に見慣れた、体の正面に剣を立てる、その構えを取り口上を上げる。


「我が剣、それを捧げた時の誓いとは異なれど。この剣に込められた誓いと矜持。それを神の名のもとに守るために。」


剣の腹に額を当てて、良く通る声で宣誓を行う。


「剣を向ける相手は、我らが守るべき相手そうであろうとも。我らの誇り、それをただ示す物なり。

 アベル・ブーランジュ・ユニエス。異邦人オユキ、未だ我らの届かぬ技、切り捨てた物を継ぐ者よ。いざ、尋常に。」

「戦と武技の神、その名のもとに巫女の位を頂いた異邦人。改派陰流、大目録、オユキ。今はただ、過去の残滓。捨てられ、忘れられたもの、その代表として。」


互いに背負うものが有る。だからこそこれまでには無い気当たりがある。それにしても、随分と懐かしい。

少年たちは、まだ幼い。込められる意思、それにしてもかわいらしいものでしかない。重さが足りないのだ。それに比べて、アベルから向けられる物。以前のトモエで気が付いたものだが、こちらでは確かに魔術、意識が働くものが有る。その分、何とも鮮烈で、確かな圧を持っている。

そして、トモエがそうしたのはただ分かりやすく。本来であれば、そんな事はしない。

常に戦場に在る事、それを当たり前とする。ならば、殊更そうすることは無い。これすら日常。ただ普段通り。


「お前も、今回はそっちか。」

「ええ、鎧相手ならば。」


軽口を交わしながらも、ゆっくりと間合いを詰める。

今はオユキも八双ではなく、自然体。そこで太刀を提げるように持つだけだ。

そして、十分以上に距離が詰まった、そこでアベルが動く。これ以上進めばオユキの太刀が届く、そこで。流派として後の先を、そう話しているのだ。それを避けるために待ったのだろうが。今はオユキの方が背も低く手も短い。得物の長さにしても、両手剣と太刀。アベルの物の方が長い。ならば、距離が詰まればオユキが有利になる。

だからまずはアベルから、立てた剣、それを突きだすように払う。その動作は実に堂に入っている。これまでの騎士にしてもそうだった。単純な一当てでは崩せない、その確かさが存在する。

ならば、初手はこれまでと変わらない。比べれば確かに早い。より強固ではある。だが遅いのだ。アベルの剣、その影から回すように手首、鎧の継ぎ目を狙う。そして、途中から進んでいると見せて残した後ろ足に体を移して、剣の間合いも外す。


「流石にな。」


そして、それは当たり前のようにその場で制止した、全ての動きを止めたアベルが片手を放して、オユキの太刀を狙う。ただ、それに対応できないと思われるのが、心外なのだ。

その動きに合わせて、太刀を寝かし。振られる籠手の下を通しながらもつなぎ目に引っかけておく。その最中に、上から下へ叩きつけるような動きもあるが、それにはまた体の位置を変えて対応する。体ごとさがっていない。上体を後ろに流しただけ。足を滑らせながら進めば、いよいよアベルの間合いの内だ。


「不足です。」


そして、それに対応しようと剣を握ったその手のままにオユキを狙う。それに対しては柄頭を相手の拳、そこも金属で覆われているが、衝撃は伝わる。そして、そこには別の理合いもある。空洞を持つそれ。そこを経由して衝撃を伝えるにはどうすればいいのか。それも行いながらついでとばかりにその手首を蹴り上げる。踏み込んだ勢いものせているというのに、碌に動かないのは辟易とするが。方向を捻じ曲げる事には成功している。そしてそのまま脇に回ると見せながらも刃を鎧の守らぬそこに置く。


「尽く、人向けだな。」


そして、オユキなら斬れぬ、そう踏んだのか。実際鎧下、鎖の編まれたそれは斬るのが叶わぬものではあるが。だからと言って蹴りを使うのは下策だ。


「当身術、その存在は伝わっているはずですが。」


膝を狙うのは体格差もありリスクが過剰だ。ならばつられて伸びたその足首を狙う。

可動部がある、ならば威力が乗らぬ位置、腰の移動で多少の調整は効くが、それが出来ぬ程度にはすでに崩している。


「ぐっ。」


伸びてきた足首を、肘と膝で挟む。こちらの的が大きい胴を狙う。そうしたために、何とも容易い。砕いた感触は返ってこないが、確実に捻りは加え、負荷は与えた。

つまり、今後アベルがこちらの足を使う際には、庇わなければならない。さらに追加の一つの行動がいる。覚えた感触に、反射的に振り回そうとする足から離れ、そのまま背後に。腰につるした鞘を取り、それを首筋に向けて投げ、アベルが体を回す方向、後ろ首に飛ぶそれを払うために動くのに合わせて、真正面から切り込む。利き手は右手らしい。それを使うために、痛めた足をそれでも強く踏み込み肘から体を回す。肘、その外側はきちんと鎧に覆われている。トモエならともかく、オユキでは難しい。だが、砕くための理合いもある。


「ですから、これが不足です。」


打ち落とし。それを用いて、回す腕ごと一息にねじ伏せる。そして相手の体勢が崩れる。支えようにも体を回すために、既に無理をした足には力が入っていない。さらには、首筋にあたる鞘の感触と、視界に入る太刀の刀身。それにアベルがわずかに慌てたところで、痛めた足首にも蹴りをさらに入れる。

いよいよオユキの手前に倒れるその体。守られてない首を狙って太刀を滑らせ、首にあたったところで止める。

少々勢いを見誤ったため、加減の利かぬこともあったため、行き過ぎて少々切ってしまっているが。


「ここまで、やるか。」

「はい。これ以上をやります。」

「確かに、訓練の始まり、魔物の前、それが甘かったんだろうな。」

「ですが、加護込みでは勝てませんから。」

「それもそうだろうがな。ま、今は俺の負けだ。」

「流石に、疲れました。次戦が翌日でで本当に良かったと思いますよ。」


集中した時に訪れる、水あめの様な粘土を持った世界。随分と長い事そこにいた。トモエとのこれまでにしても、とぎれとぎれであったものが、始まりからずっとだったのだ。

今になってオユキは呼吸が大きく乱れ、流れる汗も止まらない。とにかく、掴まれれば、一撃を許せば。それで負けが決まる。その緊張感、油断が出来ぬそれが常に苛む。当身にしても、その中で確認しての事ではあったが、それこそ残した足で無理に飛ぶ。それだけでも手順が増えたのだ。


「ま、とりあえず戻るか。次も待ってるしな。」


次に控えるトモエとアイリス、そちらからも、特にアイリスからは熱気が離れていても確かに伝わる。


「にしても、軽いよなぁ。」


そちらに向けて、さてあるこうかと思ったところで、オユキはアベルに抱えられる。確かに歩くのも億劫、そう言った疲労ではあるが、アベルは間違いなく怪我人だ。

しかし、周囲としてはそれが正しい振る舞いらしく、喝采を持って迎えられる。


「足は。外に出りゃ、すぐに治るからな。」

「そういえば、そうですか。」


ただ、場所を選ばずとなれば、この人物を下すのは本当に難しそうだ。

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