第394話 残りと、シグルド
感想戦、それを行う時間は勿論トモエが主導でとる。
一日目の試合。64の試合が終わるころには、順調に予定を消化したと見えて、公爵の屋敷に戻るころには、夕食まであまり時間が無い、そのような時間になっていた。
少年たちの中で、次に駒を進める事が出来たのは、セシリアとシグルドの二人だけ。そして、その二人にしても、明日で終わる。セシリアの前にはアイリスが、シグルドの前にはトモエが立ちふさがるのだから。
参加していなかった者たちも、しっかりと色々とみて学び、楽しんだようで賑やかな声が聞こえる。そして、そんな中、早速とばかりに今日の反省点、それの見直しが行われる。
「しかし、相手も変えるのではないか。」
「それは、勿論です。なので、遠間から始まるわけです。」
「互いに、体勢を変えながら、か。」
「そして、中には誘いもあります。相手に、こちらの得意、それが有利となる構えを取らせて、そこに攻めかかる。そういった策もあるわけですね。」
「理合い。理合いか。」
そして、トモエとしては、向かい合った相手。パウに対してまずは声をかける。流石に細かく、ああも耳目の多い場では難しかったことも含め、パウに伝えるべきことを伝える。
多方で、オユキにしても、今はすっかりと切り替えの終わったアナに言葉をかける。
「奇策、奇襲。この手の策には非常に大きな欠点があります。」
「あ、うん。今回で分かったけど。相手が知ってたら。」
「はい、そうですね。王道の策、常套手段というのは、それでも効果がある、だから残ったものです。そうでない以上は。」
そう、初手でアナが片手の武器を投げた。それ自体は悪くない。それこそ、そういった事を知らなければ、以前アイリスが悪辣といったように、戸惑い、急な対処を強いられる。しかし、今回は、オユキ自身が行った事でもある。ならば対応手段も考えておくものだ。
「分かれた先での言葉ですが、切り結ぶ太刀の下こそ。そのような言葉もあります。」
「えっと。」
「要は、互いに武器を振ろう、そう思う場が最も危険であり、その内側は意外と安全である、そう言った理解を私はしていますが。」
「あ、そうですよね。剣を投げて、私が回り込んだから。オユキちゃんの正面は。」
「はい。そこで捌くために後ろに下がれば、またアナさんが望む展開になったでしょう。ただ、今回は投げ方が悪かった。前に出て、捌く。それが安全だと思わせた、それが良くありませんでした。」
そして、それぞれに話すからこそ、見学していたものは各々の興味でどちらの話を聞くのか、それを選んで別れる。
アイリスについては、後回しになるが、なんというか落胆よりも重いただただ年月を感じさせる諦観に支配されながら、今も一人剣を振っている。異邦人、そのあまりの在り様に。今日行われた中で、最も酸鼻を極める試合を行った彼女。相手の力量を見誤ったこともあるが。挑発したのは相手でもある。そしてそれに乗ったアイリスの一刀。それになすすべもなく、文字通り袈裟に斬られた。加減のある物だったにもかかわらず。
アベルやオユキも知らぬと、そんな程度であるにも関わらず。やけに自信を持っていたが、その根拠は何だったのだろうか。アイリスとしても疑問に思わざるを得ないし、正直試しのつもりの一刀が致命傷となり、大いに首を傾げた物だ。たとえ神々の奇跡が無く共、そうする事を躊躇わない、そう言った人間に対峙している、その自覚は無かったのだろうかと。疑問がただただ拭えず、それを晴らすために、今はただ打ち込みを続ける。
当然彼女とて、直接教えを受ける者、それを教える者、その関係を優先するのだから。
「アベル殿、改めて本日は。」
「ま、悪くなかった、確かに俺らが教えただけの相手が力任せ、それがこっちも分かったさ。」
「そうだとよいのですが。」
「流石に、こっちじゃトモエ程細かくは見れてないからな。たったこの程度の時間で、そう思うくらいには威力が乗ってたぞ。」
「しかし。」
ファルコにしても、パウとさして変わらない。最も基本の一振り。中段に構え振り上げ、振り下ろす。それでもってアベルに対峙した。結果は単純。それをアベルが片手に持った盾で受け、もう片手に持った両手剣、片手で持つそれを果たして両手剣と呼んでいいかは分からないが、それで薙ぎ払った。
両手で持ち、体重も載せた、そんな一振りは片手に持つ盾、それで何が起こるでもなく止められたのだ。
「こういういい方は好きじゃないが、元とはいえ王都第四騎士団、その長だ。お前ら相手に早々負けるわけがないだろ。経験も実績も、比べるのが馬鹿らしい程あるからな。」
「ああ、そうでしたね。それにしても、騎士、目指してはいましたが。」
「まぁ、今は難しいだろうな。目指してくれるのは嬉しいが、それよりも優先しなきゃならん事が有る。それに今後は組織の大幅な改変もある。」
「確かに、その一端に触れている身としては、分かるものですが。」
「こないだも言ったが、俺らとしては、とにかく備える、それが必要になる。」
アベルとファルコの話し合い、そこは技や理屈。それ以前が立ちはだかったために、少々会話の流れが変わっている。そういった状況で、それぞれに話を続け、必要な事を伝えれば、すぐに食事が始まり、それが終われば別れて就寝とそうなる。
トモエとオユキ、いつものように話し合いの時間を持とうと、そう言った願いもあったが、アイリスにしても疲労の色が見えていた。つまり、神の奇跡、それを顕すために相応の物が取られたのだろう。
今日の成果、それを話している最中で舟をこぎ始めたオユキをトモエがベッドに運び、そのまま眠りにつく。
開けて翌日は、いつもと変わらず。巫女として、そう立っているオユキとアイリスはとにかく徹底的に使用人たちに手を入れられ、残りの面々にしても、公爵家の庇護のもと表に立つもの達は相応に手を入れられる。
勿論、動きやすさについては考慮されているが。
そして準備を終えれば、またすぐに会場に移動してオユキとアイリスについては、試合の前、都度行われる祭祀に。それ以外は控室に。
ただ、この日については、試合として特に見どころがあるわけでもない。各家から出てきた年少者は既に脱落しており、残っているのは騎士ばかり。一応参加していた狩猟者にしても既に残っているのは見知った相手ばかり。
この後は、順当に進む、そう決まっている。
「ま、ここまで、そうなるよな。」
「はい。流石に負けて上げる、それは選択できません。」
オユキとアベルが早々に次に駒を進めれば、次に舞台に立つのは、トモエとシグルドだ。
少しの後には、セシリアがアイリスに挑むこととなるが、そこにもあまりにも歴然とした差がある。
「なんていうかさ、もう少し色々あるかと思ったけど。」
「今後に期待、とは思いますが。やはり騎士、その職務を得た方は強いですから。」
「ま、そうだよな。なんかそれが嬉しいと思うし、でもなぁ。」
「それこそ、すぐにどうこうとは行きませんよ。今後は騎士の方々も、より一層励まれるでしょう。ならば、今のままであれば、もともとあるそれは開くばかりです。」
「そうじゃないって言うなら、ってことだよな。」
「ええ。」
そうして、試合場、その中央でトモエとシグルドが向かい合う。
練習、鍛錬、ここよりも多くの制限がある場では何度もあったが。
「こっちを待たなくていいからな。」
「おや、そうですか。」
「本気、あんちゃんは違うだろうけど、初めてだからな。」
「そうですか。では、そのように。」
オユキがシグルドに向き合ったのにしても、教えるため、それが先に立ってはいた。ならば、こうして限られた、なかなか得られない場では、望まれるのなら。トモエはそう切り替える。
つまりは、殺すべき、何もできなくなる、そうする必要のある相手として。
互いにあげる名乗りは、いつも通り。見届け人による開始の宣言は既にある。ただ、差はあまりに明確だ。本気、持てる全てを尽くして、そうなる程にはシグルドは足りていない。
だって、そうだろう。こうしてトモエは普段通りに構える。それだというのに。
今にもその首が地面に転がりそうだ。
ただ、そこは流派として、名乗りを上げた。それがある。あくまで仕掛けるのは、相手の機先を見てから。少し待てば、いつぞや、狼の魔物、初めてトロフィーを手に入れた時と同じように。この少年はいざという時に、訓練の成果その全てが出るのだろう。実に綺麗に、これが常となるなら、トモエとしても太鼓判を押して、この方の習熟は十分、そう思える動きをしている。ただ、それで届くほど甘くはない。振り上げたその時には、手に持った太刀は確かに相手の喉を捉えている。踏み出し、振り上げ、振り下ろす。それでトモエに追いつくのであれば、トモエの三倍速く動け。そう言うしかないのだから。そして、オユキとも違いトモエは相手の利き手、構えの逆に太刀を構える。右利き、右構えが多い為基本左だが。暗器を利き手で使うために、より精緻な動作がいるそれの為に利き手を空ける、それもあるが、早いのだ。入り身を行ったときに。相手から見て、逃げる方向に身を入れ、だというのに十全の太刀が走る。
「ま、こうなるよな。」
「はい。それだけの差があります。」
「にしても、はじめてあんちゃんが怖いと思ったよ。」
「その、一応真剣に向き合う、そうしましたから。」
刀を止める寸前、本当に数舜前までは、確かにそのまま首を切り落とすつもりではいたのだから。軽口をたたく、それはこの少年が勝気な性格を持っている、それがいい方向に働いた結果だろう。その証拠に、既に震える手からは両手剣が落ちている。
「ああ、ありがとうな。ほんとは、そんな必要もないってのに。」
「教えているのです。求められれば、応えますとも。場所は選びますから。」
「前、オユキにも言ったけどさ。」
決着はあまりに明確。見届け任が勝者を告げるのを聞いて、トモエはようやく刀を引く。結局首は落としていない。こちらであれば、それで決まるかも分からない事を考えれば、随分と上からな振る舞いではある、そう思いながらもシグルドの言葉を聞く。
「どうにか、追いついて、追い越したいんだけどなぁ。」
「その、私たちも先を求めますから。」
「オユキもそうは言ってたけど、それが目標だからさ。」