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憧れの世界でもう一度  作者: 五味
11章 花舞台
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第393話 それぞれの初戦・パウ

トモエとしては、あまり立場を振りかざすのは好まない。ただ、それが必要だと思えば遠慮はない。それがオユキの、公爵の物であったとしても。

見学、見て学ぶ。文字通りの事ではあるが、重要なのだ。鏡があれば、録画できる環境があれば、己の動きを確認する事も出来るのだが。今はそうでは無い。ならば同年代、それが今どう動くかそれを見る事こそが大事であると。そう考えるトモエの理解者が、相応の手を打つ。結局トモエとしても甘えている、任せている。ただその事実がそこにある。


「まさか、最初にとは思ってもいなかった。」

「そのあたりは、神の御心が働いた、その結果なのでしょうね。」


シグルドとファルコ、それぞれの結果を見てから移動すれば、すぐにこうして試合の場へと並んで歩く。生憎シグルドは次にトモエと当たる、そう言った順序であるため、時間が無い。


「成程。」

「ファルコさんは残念でしたが、シグルド君は。」

「ああ。だが、どうなのだろうな。」


試合の展開、それは非常に速い。つまりそうなるだけの雑な試合、そういう事なのだが。


「パウ君も、これまでの相手であれば、次に駒を進めたでしょう。」

「騎士、それから強そうな相手は初回では当たらないからな。」

「ええ。よく見ていますね。」


思い知らせる。その宣言がある。だから試合もそうなっている。異邦人らしき相手は、アイリスが当たる相手以外は早々に脱落している。基礎の能力、その差が出た形でしかないが。そのアイリスにしても、トモエの後に試合が控えている、それだけでしかない。

技もろくに修めず、どうして魔物から人々を守る。その矜持の下に、訓練を積み続ける相手を下せるなどと考えたのか。小手先の技など、力で簡単に覆る。それすら知らない手合いである以上、トモエとしては、何故この場に立ったのか、その疑問だけが浮かぶ。そんな手合いであった。

動き、それに習熟は見られた。だが工夫がおかしい。意味の無い、そんな動きが。武技も使えない、加護もない。だというのに、何故鎧の継ぎ目では無く、緩くカーブを描く場所を狙うのか。

背後に回り込む、その動きをしたところで、あまりに遅すぎる。相手の視界におさまり続けるその位置から大きく回る。何故そんな行動をとるのか。正直疑問しか浮かばない。

武技があり、いつぞやオユキが行ったように空中すらも足場に、入り身、その動きがトモエですら見切るのが難しい速度で。加護が叶えるそれができないというのに。

つまり、甘えがあったのは、こちらの世界、そこに生きる者だけではない。呼ばれた者達、それにもあったのだろう。恐らく、分けられているそれにも。魔物、それを狩り、民に糧を。その人材とそれ以外。そして、ここに出てきているのは、魔物と戦い続けた、それだけの矜持を持った、いつか領都で見た手合いと同じだ。

多少はまともだろうが、その流れが、あの結果を生んでいる。それを思えば、トモエとしても少々腹の底に重たいものが居座る。


「慣れない、それは知っているが、あの構えで。」

「パウ君には向いていますよ。では、欠点、それもお伝えしましょう。」


パウ、この少年は実に恵まれている。身体能力という意味で。

ならば、最も合う型は何か。決まっている。過去オユキが選んだそれだ。


「型、基本の物はそれが生まれないように、そう考え続けた末ではあります。それでも相性はありますが。」


しかし、変形となれば、その限りではない。

通常、一般的。それよりも他に振ったため、利点も多いが不利も多い。そうなっている。だからこそ、中級、上級の始まりまでは、相手の構え、それに合わせて間合いと構えを変える。切り結ぶ以前の駆け引きがある。

勿論、そこを抜ければ、無くなるのだが。


「アナやファルコと違って、一刀、それで終わりだが。」

「それも一つ、ですよ。アイリスさん、その流派がそれを至高としたように。」


会場は随分な熱気に包まれている。観客にしても、試合が一つ終わるごとに歓声と拍手を送っている。結果は非常に順当な物だ。今回枠を勝ち得た者達が、シグルドたちと同じ年頃、若年層を出している。そしてそれに対して騎士が胸を貸す形で、今は当たっている。

結果は分かりやすく、指導の域を出ない物だが、それでも懸命に。その姿は、確かに負けたとしても、称えるべきものが有る。それを相手に、分かりやすい強さを示した騎士達。そちらは確かに魔物から民を守る。その矜持の下に、ただただ盤石だ。


「もし、俺達が当たっていたら。」

「はい。勝てないでしょう。シグルド君は、同年代の子ですから。」

「力が、足りないか。」

「それと、経験も、ですね。」


如何にパウが体格に恵まれているといっても、それは同年代と比べれば、その話でしかない。

アベルと並べばやはり大人と子供。背丈も、体格も。その身についた筋肉も。全てが足りない。

そうして話していれば、試合を行う石畳の上にたどり着く。確かに、試合場、その四方には分かりやすく見覚えのある聖印が浮かんでいる。この場が特別と、そう示すように。


「では、改めて。」

「ああ。狩猟者の下に生まれた、パウ。」

「改派陰流、皆伝、トモエ。」


中に入れば、係りの者の指示に従い向き合い、ただ互いに名を告げる。そして、パウの言葉に、彼らが何故教会にいたのか、それを聞いていなかったことを思い出す。どこか、死者が多い、その言葉で納得したところもありはするが。

そして、パウの構えは宣伝通りに八双。

まだ教えて日が浅い、だというのに一応は形になっている。それだけ、この少年には相性のいい構えであり、理想とする戦い方に近い物なのだろう。

アイリスの蜻蛉、そちらについては、あまり目を向けなかったので、変形はそこまで興味が無いのかと。トモエにしてもそう考えていたのだが。あちらは別の流れ、そう評したからのようだ。


「先手は譲ります。とめもしません。どうぞ、存分に。」

「ああ。」


そして、トモエはひとまず普段通り。その構えで対峙する。上段、それに有効な構えを取ってしまえば、一手譲るという事も難しい。そもそも、そちらの構えも、また異なる構えには脆いのだから。

そうして、パウがじりじりと近づき、確かにトモエを間合いにとらえる。力、それを生み出すのがどれほど繊細なのか、その理解をしている少年だ。

触りだけしかまだ教えていない、それに従いまずは足から。強く踏み込み、その反動をきちんと体を通して腕に使え。引き付けた腕、それを伸ばす勢いを手に持った剣に。ただ、やはり殴打が主体の武器を選んでいたからか、そこからがまだ拙い。

こればかりは、これまでの経験としか言いようが無いのだが。

しかし、今は、他の、これまで見た相手と比べたとしても、気迫、技術、どちらも十分だ。騎士であれば、それこそ真っ向から受け止められ押し込まれるだろう。しかしそれ以外であれば、回避をするしかない。

では、トモエはどうするのか。これで終わらせるのなら、それこそいつも通りではあるのだが。今は。これまでの物とはまた違う、巻き技でも、逸らすための技でもなく。ただ、下がって間合いを外す。

振り下ろす途中、ただ、何をするでもなくさがるトモエをパウが驚いたように見るが、これについても話してはいる。人は魔物とは違う。ただひたすらに突っ込むのではなく、こうして、有利な距離、それを考えて動く。その考える頭を持った相手なのだ。その対応策までは、やはりトモエにしても伝えられていない。だからここでは、ただ示す。さて、こうする相手にどうするのだと。

パウの機転、それは確かに優れた物ではある。そして、それを為し得た確かに見についた膂力も。結局トモエは踏み込めない。ならばと、いつもの位置。散々馴染んだそこで止め、そのまま体ごと前に。そして届と言わんばかりに腕を伸ばす。


「良い一手です。」

「それでも、こうなるか。今までで一番手応えがあったが。」

「それで、どうにかなる、その程度で教える事など認められませんから。」


太刀では遅い。ならばシグルドが見せたように。という訳でも無いが、空いた片手で剣の腹を叩き、それを逸らしてしまうだけだ。


「今回は、間合いを外すだけ、そう考えていましたが、別を使う事になりました。」


そう、そしてパウの工夫はトモエが最初に為そうと思った事を返させた。ならば彼の工夫は、確かにトモエに届いたのだ。しかし、今は。


「では、もう一度、どうぞ。」


そうしてトモエは霞に構える。流派の中にはより攻撃的な物もあるが、今はただ、上段それに対する構えが何か、それを見せるために普通のものとして。

そして、苦笑いをするパウが、先ほどよりも少し劣る一振り、それを始めようと踏み込んだのに合わせて、最速の返しとして、喉元に切っ先を突きつける。


「本来であれば、構えた手を狙ったりと、色々ありますが。それは、後程またお伝えしましょう。」

「これが、構えの有利、不利か。」

「はい。」

「しかし。」

「アイリスさんの物は、こういった一切合切を含めて叩き切る、そういう物ですから。」


なんというか、トモエから見ると教育に悪い、その評価が真っ先に来る流派だ。オユキを相手に、何も届かず終わったアナと違い、パウは随分と楽し気にしている。


「楽しいものだ。そう思う。」


何がと聞かれれば、言葉にするのは難しいが。そうしてはにかむパウは、教える物として好ましい。


「ええ。私もそう思ってから、また一段と身が入りました。」


ただ、それは随分と遅くなってからだったが。

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