第389話 祭りの始まり
祭りの当日。それこそ前夜トモエとゆっくりと話、眠りにつき。いつものように目を覚ます。当然そんな事が許されるわけもなく。
オユキは半分寝たまま、日が昇るよりも早い時間から、使用人たちに荷物のように運ばれる。そして、整備、他に言いようがない、それを行われ、どうにか朝食前には用意が終わる。それこそ一つのミスも許さぬとばかりに、愉快な人数に囲まれて、あれやこれやとされてはいたが、なんというか出来上がりはやはりという物ではある。
「オユキちゃん。」
「アイリスさんと並ぶと、貧相なのは自覚がありますから。」
獣の特徴を持つアイリス。黄金に輝く毛並み。それと同じ衣装で並ぶとなると。まぁ、貧相な物ではある。公爵夫人を始め、少女達からも何とも生暖かい視線を寄せられながらも、食事の傍ら日程を確認する。
そして、それが終われば速やかに馬車に放り込まれ、闘技場、戦と武技の神、その教会があるその場へと。
そこで改めて王家のもの達へとお目通りを願い、やはりそこでも生暖かい視線を受けた上で、確認毎が済めば。
分厚い扉で隔てているにも拘らず、地鳴りのように響く声。漂う熱気、その前に。
「皆の物静粛に。」
近くで立っていても、常の大きさと変わらぬように聞こえるというのに、その場全体に確かに響いたのだろう。漂う熱気を無理に押し込み、誰もが口を噤む。そして、独特の緊張感が生まれる中、国王が口を開く。
「有史以来、我らは闘争を続けてきた。言葉は変わり、かつての苛酷は分担が進み。安息を得る場を作り。そうして我らは国を、民が安らかに過ごせる場を、広げてきたのだ。」
以前オユキはトモエとこの世界が今の形として突然、そのような話もした。ただ、聞いてみればそれ以前の歴史もきちんと持っているのだ。それが作られた設定、そう言っていいものだとしても。
そして、国王は恐らくはその時代。そこからの苦難、発展を語る。過去はただ、それに腐心せざるを得なかったと。その為に、魔物をただ狩るために、生存権を広げる事が、これまでであったのだと。
そう語る国王の背後では、司祭が神々に祈りを捧げ、それに呼応するように他の神職も動いている。今だ残されていた御言葉の小箱、それもあるのだから。巫女としてそちらにというには、流石にオユキもアイリスも時間が足りないため、今の所、広くその姿を示していないため、参加せず、脇に控えている。
方々から、事情を知らぬ物から、不躾な視線は飛んでくるものだが。
「しかし、時は移ろう。我らのこれまで、先人たちの残したもの、今を生きる者達が積み上げてきた物。それは確かに神々にお認め頂けるものであった。そして、先日、今日この時。新たな歩みを始める、これまで敷いた道、それだけではない新たな道、それを歩んではどうかと。その促しを得たのだ。我らが残した、先人が遺した、確かなそれをお認め下さったからこそ。」
進む王の演説に、指示を受けて、オユキとアイリスもゆるゆると前に出る。流石にそれなくしては、切欠が分からない。そして、国王が一度言葉を切れば、すっかりと見慣れた相手の像が中空に現れ。言葉を届ける。
即ち、これまで捨てざるを得なかったもの、これから改めて拾わねばならぬ物。魔物を倒す、それで得られる加護と、それ以外が確かにあるのだと。
「これまで伝えなかった、伝えられなかった。その理由はある。語る事が出来ぬものではあるが。
しかし、今こうして口にしたのだ。だからこそ、改めて熟慮し研鑽せよ。我が名は戦と武技。戦いだけではない、力だけを至上とするものではない。確かな技。工夫、それも併せて求める物である。
新たに任じた巫女よ、異邦から確かな研鑽を携えてこの変革期に訪れた物よ。我が名のもとに、存分に示すがよい。見せつけるがよい。我らは確かに其方らに、自身の足と力で歩く、その自由を与えているのだと。」
では、名指しされたならばと。改めた華美な装飾の施された太刀を手に取り、前に進む。国王のいる場所だ。無論周囲に比べて高い場所ではあるし。場が一望できる。四面ある石舞台、それを一望できる高さではある。
朱塗りの鞘に施された貴金属の装飾。そこから感じる慣れぬ重さを思いながらも、ためらいなくただ歩を進める。手すり、外からの物を防ぐために、高さのある台はあるが、その手前にはそのまま超えられるように、きちんと段が誂えられている。そして、ゆるりとそれを超えれば、何もない。少なくとも目に見えはしないが、確かな足場が舞台まで続いている。並んで、アイリスはオユキに併せなければならないため、殊更ゆっくりではあるが、二人でそれを降りていく。戦と武技の神、それが示せという物など、一つしかない。裏方、その背景を知っている物としては、今頃慌ただしく移動している他の神職に申し訳なさは覚えるが。
そして、地面に改めて足を着けば、離れたはずの相手から変わらぬ音量で声が届く。
「新たな巫女は、確かにこの国縁の物では無い。我が道を示せとそうしたものにしても異邦の者である。
故に、今この場にいる者たちよ、改めて見るがよい。そなたらが確かに与えられた可能性を。我が道の深淵、その入り口を。」
今から行うのは、トモエに習った奉納演武、その型の応酬の域は出る物では無い。互いに本番は控えているのだから、ここで手練手管、その全てを見せる事など良しとするはずもない。
「入口、ね。」
「はい。トモエさんでさえ、皆伝を得た物ですら、そういう物ですから。」
「あなた達の短い時間では無理と、そう思わなかったのかしら。」
「だから次代、なのでしょう。」
語られる言葉、それを放り捨てて言葉を交わすのは不敬ととられるかもしれない。それでもここに立ち、向かい合う二人だからこそ。
「ハヤト様も。」
「ええ、その確かは、使命を遂げたそう認められた事実を元に。」
「そのハヤト様にしても。」
「開祖の理念、それを謳うのであれば、どうぞ私を超えた上で。」
「あなたは、近いもので、過去確かにトモエに届けたんですものね。」
そう、彼女の求める物。トモエよりもオユキに。執心の理由はある。かつて、比率で見れば胸を張れる物では無いが、確かに結果を出した相手がいる。それにしても、今は遠い出来事ではあるが。
進む言葉と、しずしずと、そこまでの道を走ったとは思えぬ平静で、置かれた今は小さな神像の前に進み出る神職たち、それを視界の端に納めながらも、鞘から刀を抜き放つ。
これから行うのは確かに演武。決められた型。だが、そこには確かな研鑽と積み重ねがあるのだと、それを思い知らせるために。
トモエには勿論、向かい合う相手にも見透かされている。
「全く。あなた達は本当に。」
「だからこその、功績です。」
トモエの生涯、後にも残したそれ。
「ただ、これで伝わるのはやはり一部でしょう。明日からは、それこそ相応に。」
「この後、トーナメント表を埋める作業があるのでしょう。私としては、貴女と当たりたいものね。」
「それこそ、今ここにお姿を置かれる彼の神に願われるのが宜しいかと。」
「今なら、今だからこそ分かるわよ。最後に残るのは4人、そうでしょう。」
トモエの大事を軽視する、それが当たり前である世界。身の回りに集まったのは、そうでは無い相手。
策やトモエと話した本来の流れ、それが示す4人。それが今回最後に残るのだろう。
「ですが、それを考えると。」
「ええ。まぁ、私はトモエ、なのでしょうね。貴女とは今回も前回もやっているもの。」
残る四人。
一人は半生をそれに捧げ、一度幕を下ろしたにもかかわらず、新たに出来る事も併せてそれを求めるまさに求道者。
一人はそこに価値を見出した、かつての世界、それを用いて存分に駆け巡った体現者。
一人は受け継いだそれに何かを見出し、道に迷いまよいながらも成し遂げた信仰者。
一人はかつてそうであった、その中で、そこから先に進むことが出来なくなった停滞者。
この四人が最後に残り、先に進のは求道者と体現者だ。
神の言葉は、道を求めよと、ただそう説いている。だからこそ、結末は参加している者達、裏側を知る者たちにとっては実にわかりやすい。
「ただ、前にも言ったわね。あの子もそうしたでしょう。」
「ええ、だからこそ、油断も慢心も。私たちにはありません。」
ただ型を行う。それには随分と過剰な気迫がある。
そして、神が舞の始まりを告げ、他の神職の祈りが始まれば、互いに動き出す。振るう太刀、その動きとは関係なく、飾り紐が躍り鈴がなる。舞は与えられていない。本来必要な動き、恐らくその補助に働いているのだろう。
「これは。」
「ああ、魔術は使わない物ね。」
「成程、これがその感覚ですか。」
オユキは常とは違うものが体から抜けていくのを感じる。そして、あまりに慣れないそれは、過剰な負荷となる。
「アイリスさんは大丈夫そうですが。」
「だから本番は明日なんでしょうね。安心なさい。後の事は、だから私が引き取っているのだから。」
「全く。事前に予想があるなら、教えてくれれば。そう思いますよ。」
短い練習期間、動きはあくまで舞としてゆったりと。互いに唐突に間合いを空け、互いに当たらぬ場所で振ったりもしながら、刀を交わすたびに会話を進める。
「想像、していたのでしょう。」
「部族として、そう仰っていましたから。」
アイリスのほうはこういった舞、それに対する慣れが確かにある。部族として、祖霊を祀るものとして。
「ただ、負けて終わると、そう見られるのは。」
慣れない疲労に倒れて終わる。アイリスだけが立っている。それをオユキの矜持は許さない。
だからこそ、今はただ、型、それに専念する。かつて聞いた言葉、武の体現、それが何処にあるのか。こうして演武という物が何故あるのか。
ゆったりと、誰が見ても分かる速さで動く。だからこそ、誰の目にも明らかになる事が有るのだと。そして、その動作で己の深さを示す。そのような物だと聞いたから。