第387話 変わらない日々
裏側で、表に出さぬこととして。当然多くの思惑が動いているし、それが表に影響を与えることもある。しかし変わらないもの、変える事が出来ない物も非常に多い。
今日も今日とて、新たに加わったイマノルを引き連れ狩猟と採取に向かう姿を見送れば、残った者達はまた別の事となる。
「本当に、宜しいのですか。」
「あなたも、当家の庇護下、そうなるわけですし。」
オユキとアイリスはいよいよ近づいている闘技大会、それに先立っての事をエリーザ助祭と話しつつ、必要な振る舞いを習う。そして、公爵夫人のほうでもクララとその妹リュディヴィーヌ、加えてアルマ男爵家からサリエラが加わり行儀作法の時間となっている。
ファルコが声をかけた相手がどちらも女性というのは、オユキとして思うところもあるが。前に立ち、剣の道に。そう望む少年を後ろから支える。そういった気質を持つなら、まぁ、年頃でもあるしそうなるかと、納得もできる。
同じ方向を向いてしまえば、それは同族であるし。落ち着いた同年代であれば、それこそ社交の場ということもある、別の集団を形成しているのだろう。
「その、私は。」
「サリエラ、胸を張りなさい。作法の時間です。俯いてばかりは許されぬ振る舞いです。」
「はい、リュディさん。」
後者の少女、その能力は見ていないので、こうして他ごとを習いながらでは、オユキとしても何か見どころはあるのだろう。その程度でしか判断できない少女ではあるが、同じ境遇のリュディヴィーヌがこうして手を引こうとするのだ。今後に期待というところもあるのだろうが。
「クララ。」
「申し訳ありません。離れていた期間が、やはり長く。」
「職務に忠実であった、それを誉めはしましょう。しかし。」
「公爵領、そこに新たに加わる子爵家。その振る舞いとして妹にも劣る。その自覚はあります。」
「結構。如何に神が認めようとも、改善されぬうちに私が許すことは無い、そう心得なさい。」
「その、御姉さま。その受け答えにしても、あまりに硬すぎるように思いますわ。」
「リュディ、教官の前です。貴女こそ言葉に気を付けなさい。」
その姉妹のやり取りに、公爵夫人がただ頭を抱える。
わずか数日の間に、家同士のやり取りはすんだようである。いまはこうして公爵領、その寄り親の頂点として、公爵夫人が新たに加わる少女たちの教育を担当している。
それもそのはず。始まりの町に戻れば、それぞれに容赦なく仕事を振ることになるのだから。その前に最低限は仕込まなければ、それこそ侮られるのは公爵、その名前だ。
「では、各々の紋章としては、こちらを。」
「トモエも同じ、それについては。」
「創造神様もお認めになる御方です、何を憚ることもありません。」
オユキとアイリスは、当日身に着ける巫女としての衣装、そこに記す個人の紋章についてエリーザと話し合っている。貴族としての物では無い為、城への登録とは別に、巫女、戦と武技の神、それを表す聖印に何を組み合わせるか、そう言った話し合いなのだが。
アイリスの方も、自分の荷物を漁っていたところ、部族としての象徴が見つかったようで、それを組み込むこととなった。ただ、個人的に思い入れのあるハヤトの家紋、それも併せてとかなり無理を行ったのだが。
そしてようやく決まったその図案で、装飾や刺繍を行うのだ。来週の事だというのに、申し訳ないことをしたと、オユキにもその自覚はあるのだが。
「来週の晩餐、その時には身につけなければ、そういう事ですよね。」
「私は、どうなのかしら。一応国元の事もあって、まだ決まっていないとか。」
そして、他国の、獣人の連合、そう言った国家の一部族、その代表に連なるアイリスが首をかしげる。大人たちの時間。その中で改めて王太子の晩餐、その話が出たときにアベルの確認があり、それに応えて口にしたのだが。
本人としては、色々と驚くだろう、そのようなこともあったようではあるし、これまでと扱いが変わるのではないか、そう言った不安もあったらしいが。まぁ、予想は出来ていたこともあり、軽く流し、逆に憤慨する。そのようなこともあった。
「巫女の扱いについては、所属よりもそれを優先する。そういった取り決めがありますし、神の意思が優先されますから。」
「巫女として、その立場で行けばいいのね。」
「はい、そのように。勿論今回の席は、そういう事ですけれど。」
祭祀の衣装はまだではあるが、晩餐、茶会、公式の場、そう言った場所に出るための衣装は一応の完成は見ている。勿論先にあげたようにこれから刺繍や縫い取り、といった事はあるのだが。
「それにしても、随分と動きにくいですね。」
タバードとストール。そういった話であったが、それにしてもローブの上からとなっている。
長い布を何枚も重ねる形となっているため、何とも動きにくい。加えてかつての教会で参加した時のように、髪も括る程度。
「座るたびに、髪が地面につくのは。」
「オユキ様程長い方は稀ですから。」
「私でも、どうにかと言うところだものね。」
アイリスにしても腰程迄伸びている。加えて種族由来という事だろう。たっぷりとしたボリュームがあり、括ることも叶わない。それでも、どうにか席に着いた時に地面をこすることは無いが。尻尾もある。オユキの髪以上の難しさを彼女も抱えている。衣装の色という意味では、金色を主体とする彼女は良く似合うのだが。
オユキはそもそもトモエの手によって用意された見目であり、そこにあるのはやはり過去のものである。その為原色、鮮やかな赤を主体としてしまえば、なんというか背伸びをしている子供、その印象が拭えない。
普段であれば、晴れ着のオユキを振り回すアナにしても、何処か苦笑いだったのだから。
「お二方とも、流れは問題ありません。しかしもう少し所作に余裕を作って頂けますよう。」
「戦と武技であるなら、そうも思いますが。」
「まぁ、そうよね。」
「それ以前に、巫女として、ですからね。」
合格点、それは出ているが勿論改善することはあるため、小言もやはり頂くものだ。ただ、そればかりはそれぞれにこれまでがあるし、巫女として認められた理由という物もある。
優美な振る舞いよりも、技の美しさ、それこそ褒められれば、そのように言いたいものでもあるのだ。
「ですから、クララ。毒見は必要ありません。使用人に任せなさい。」
「お姉さま。」
「リュディ、その初めて見る目はやめなさい。」
そして、離れた席からも、クララが公爵夫人に色々と言われるのが聞こえてくる。
正直、彼女に関しては、その辺りイマノルにぶつけるのが正解である、そのような事を考えてしまうものだが。
「式次第ですが。」
「そちらについては、城の方とも話していますが、私と司祭様で。祝祷そのものの流れは、良く知るものですから。」
「あの子たちの練習はいらないのかしら。」
「聖具の運搬は問題なく。神話の朗誦の補助については、一応心得はあるようでしたから、数回の練習で問題ないでしょう。これまで、きちんとお勤めを行っていた、それが見て取れますから。ただ。」
「アドリアーナさんは、最近位を頂いたばかりですからね。」
初めから、トモエとオユキが連れ回したころから持祭、それであったアナとセシリア。それと今回そうなったアドリアーナとの差はやはりある。
「はい。しかし、私よりも同じ立場の者が教える、それが良い方向に働いています。」
「心強いお言葉です。」
「あと、当日は私共の教会からは勿論。他の教会からも人員が出ますので。」
「補佐は万全、有難い事ですね。」
事そちらに関しては、アイリスは具合が悪い為、参加はしない。それもあって、オユキはこちらに拘束されるが、彼女は少年たちとともに動くことが多いのだ。
ただ、闘技大会、その本番については彼女が主役となっている。色々な配慮ということもあるが、並ぶと目立つのはアイリス、それが大きい。
今は座っているため、そこまででもないが、立って並ぶと子供と大人、その印象性あまりにも際立ってしまう。オユキにしても目立ちはするのだが、人が集まる中で小柄な物と大柄な物。どちらがより簡単に耳目を集め、戦と武技、その名にふさわしいかと言えば、アイリスになる。
ただ、そちらについては、主役はやはり国王であるため、そこまでの事がないので、比べればやはり手が空くという物だ。
「その、お姉さま。」
「何かしら。」
「今、剣はお持ちでないのですよね。」
「いえ、勿論ナイフはもっていますよ。」
「お姉さま。」
向こうは向こうで前途多難、そういった事ではあるらしい。
「サリエラからも、お姉さまに。」
「えっと、かっこいいと思います。」
「あら、ありがとう。」
公爵夫人の重たいため息が聞こえる物だが、こちらばかりはオユキとしても責任を取りかねる。学院にも詳しく、アベルが5年前。それを考えれば、10年以上その役職を心掛けていたのだ。
ほとんど飛び出したようなものである、それについても何やら距離感のある姉妹からも見て取れる。このあたりは、それこそ時間をかけてとそうなるのだろう。クララに求められている事としては、どうしようもなく正しい振る舞いでもあるのだから。