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憧れの世界でもう一度  作者: 五味
11章 花舞台
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第379話 感想戦ですらない

「ま、ここまでだな。」

「さて。加護もとなると、致命かは分かりませんが。」


そもそもトモエは今も指輪をしている。相手はそうでは無い。トモエに合わせて、己を制限する、そういった窮屈は見られた以上、未だ計りかねる加護。その結果如何では、これで決着となるかも定かではない。

胴を打った感触、それに対する反応。それを見れば十分と、トモエとしてはそう思うからこそこれで止めとしたのだが。

技は確かにイマノル、アイリスよりも優れている。しかし加護も考えればそのどちらにも劣る。それ以上の評価はこの人物、レジス侯爵に対して行う事が出来ない。

ただ、成程と。そう納得するだけなのだ、トモエとしては。


「いえ。これほど明確な決着。それに何を言うでもありません。お望みとあらば、どうぞそのまま。」

「あくまで試合です。互いにまだ先はありますから。」


レジス侯爵も既に槍から手を離したため、トモエも刀を収める。


「しかし、失伝しているものが、あまりに多いのではないかと。」

「お分かりですか。」

「率直に申し上げるなら、こちら、魔物に合わせるために本来流派の根底にあったもの、それを削り補填がされていない、そういった印象ですね。」


トモエの感想としてはやはりそうなる。選んでいる武器、刺突、構え。一連の動き。それは確かに知っている、向こうでも本流としては失われた、別。そこでトモエの収めたものと同じように細々と、そういった物だったのだろうが。それをこちらに改めて残した人物、その試行錯誤が悪い方向に働いている。

アイリスが習い覚えているものと同じように。

流派の理念、それを伝える言葉ですら失われている。そのような有様なのだ。

オユキと話している時には、外からの働きが、そういった結論に落ち着いたものだが。実態として、一助にしかならない、それもあるのだろう。トモエは、免状を持つ身として、そう考えている。そもそも免状迄を正しく伝授されていない、その人物によってもたらされたのだろうと。

だからこそ、指導の甘さが出る。


「当家の歴史、その始まりが間違いと。」

「いえ、間違っているとは言いません。しかし本筋からあまりに逸れています。」


トモエは、繰り返し面倒を見ている少年たちに伝えている。折に触れてアイリスにも。


「私だけではありません。これは全ての異邦人が同様でしょう。異邦の技、その根底にあるのは、如何に人を殺すか。それだけです。レジス侯爵、貴方が身に着けたそれ、鍛錬に励んだそれに、それはありましたか。」


袂を分かったらしい流派では、人を活かすなどと、そう嘯いていたようだが。結局のところその理念とは何か。そう問われれば答えは決まっている。実力差がある。殺さなくてもよいからそれ以外を選ぶ。強者としての傲慢が。

本当に実力が拮抗していれば、加減の効かぬ状況が生まれれば。かつてよくあったように手足の骨、その一本や二本は砕くことになる。

そうならない流れを作れなかったのを未熟、そういうのであれば、結局のところその発言の意図は先の物と同じだ。


「よく、分かりました。改めて祖がどれほど心を砕いたのかも。」


レジス侯爵、その声が震えているのは、己の子供を説得できず、迷いを持たせたのは。つまり、その流れがあったのだろう。この人物も、そうだ。アイリスは、イマノルは己の道を求めた。

しかし、この人物は侯爵として立つ、それを決めたのだ。


「人同士が争う、それを責めても良い物かと。」

「いえ、しかし魔物を相手にそれ以上の研鑽が無かった、それもただ事実。」


少し離れた位置、少年たちの不安げな顔と、イマノルのあまりに真剣な表情が目に入る。アベルはただ何も言わずに聞いているが、公爵の顔色が悪いのは、恐らく先に続く言葉、その予想があるからであろう。

レジス侯爵は武門。武芸を伝えるという前提があり存在している。

しかし、それが正当な流れでない。トモエがただ示したのなら。


「位を陛下に返上します。それを此度の決着として頂きたい。」

「私が預かることは出来るのでしょうか。いつでも、取り返しに来られるように。」

「それは。」

「今代では難しくとも、次代であれば。そうも思うのです。」


不足を感じながらも、研鑽を続けてきた。どれほどの期間かは分からないが。ならば道を逸れたとて、積み上げたものが確かにあるはずなのだから。


「私の知る物とも、恐らく最初に伝えた物とも違う、新しい物。それを探されるのも良いでしょう。直ぐには成らぬ。それほど道は甘くありませんが。」


だからこそ、代を経る。分派が生まれる。


「有名な物でしたから。形だけ、表層だけであれば覚えもあります。改めてそれをお伝えさせて頂く事も出来ます。間違い、それを反省するのはいいでしょう。ただやり直す、改める。その機会を奪うのは、望みませんから。」


トモエが目線で公爵に確認すれば、非常に難しい顔をしている。流石に家名を賞品にというのは難しいようだ。アベルも腕組みをして考え込んでいる。


「過去、祖の残した手記、それもあります。」

「ああ、読めなかったのですね。そればかりは仕方がないかと。」


間違いなく日本語で書かれているだろう。それを英語、スペイン語圏の人物に解読しろと言うのは、あまりに不条理という物だろう。


「敗者が願いばかり、厚かましいかとは存じ上げますが。」

「それは、少し返答を待っていただけますか。他派の極意、外に出さぬと決めている物。それに私が触れるわけにはいきません。貴方が正当ではない、そうした以上、そのような真似は。」


それが彼の流派。あまりに多い門外不出。それに触れているのであれば。一門ではないトモエが知るべきではない。刀を交わし、そこから読み取ったというのならまだしも。

政治的な良し悪しで言えば、良しとするものだと分かるが、武芸者としてのトモエはそれに諾とは言えない。

ここしばらく、まだ短い間ではあるのだが、トモエとしては改めて思うところがある。恐らく、その言葉はこの人物の助けにもなるかもしれないと、纏まりきらぬそれを口にする。

日々の悩みなど、これまで無くなることは無かったが、向き合って考える、それは減ったし、簡単な物へとなっていったのだ。後を託したから。そこから先は、あの子が行くのだと。

ではこちらで模索する道、それはトモエが向き合わねばならぬのだ。


「イマノルさん。レジス候のご子息に、こちらに来たばかりの時に私たちは言いました。身に着けたのはあくまで人相手、魔物への物では無いと。」


それを口に出したのはオユキだったはずではあるが。


「それは事実です。人相手、その経験の差が、それに向き合ったかどうか。その差がこれです。魔物と戦う、人々を守る。それを至上とするのであれば、必要ない部分。そう切り捨てるのもいいでしょう。」


そうした結果が、今目の前にある。人に負けても構わないのだと。魔物と戦えれば、それで人の安寧を守れるのだと。その誇りは誰が謗る事も出来ない、すばらしいものだ。騎士へ向けられる信頼、憧れ。それは彼らが間違いない守護者だからこそなのだから。そして、それらに最初の手ほどきをするのだろう武門。それも誇りある家なのだ。多くの物が認める。


「迂遠な道、その理解は私にもあります。」


ただ、オユキは言ったのだ。かつても、今回も。そして神々と、その教えを伝える人物も。


「しかし、その無駄があるからこそ見える物、それが多くあるのも事実。そこに新しく拾えるものが落ちている、その可能性があるのも事実。そして神々は我々の試行錯誤、その自由を確かにお認め下さっています。」


武の側面、それを卑屈と語るトモエも認めたのだ。無駄を認めぬ、それほど懐の浅い相手ではない。そもそも武の道がそうなのだ。武芸百般。流派、武器、数えるのが面倒になるくらいある。


「そしてかつて歩いた道、それをなぞり短い期間こちらで過ごして、確かに感じました。まずは人相手、その理合いが必要なのだと。」


いきなり魔物相手。それに連れ出したファルコは緊張に身を固めていた。少年たちにしても、子供たちにしても。ならばはじまりの鍛錬、そこはやはり魔物相手ではない。

人の中で、安全なそこで。安息を得られるそこで。かつては道場、その先に演武、試合、他流、交流のそれ。

先に進前に、戦いの場に出る前に、練習し、相対する。その機会はあった。そしてそれを用意した、その奇跡が月と安息、なのだろう。

まだ夕方にも早いというのに、気の早い月が光をこちらに届けている。陽光に負けぬ月、それが何かと、トモエとしては甚だ疑問には思うのだが。


「鍛錬、その始まりがそこであり、自信もそこで生まれるのでしょう。魔物相手は危険、そうでなくなるまでの時間を、こうして月と安息の柱が与えてくださっている。いえ、話があまりに逸れていますね。」


トモエとしても、まだ確たる柱となっていない思考であるため、そこは仕方ないと納得してもらいたい。あくまでも今は、取り留めのない思考でしかない。


「つまるところ、魔物との戦いその始まり以上があると、そう信じているのです。かつても正しく、そう思いながらも、こちらならでは。それを探すのも止めぬと。」

「しかし。」

「ええ、これまでできなかった、それも事実でしょう。ですが。」


これからが出来ない、そう決まったものでもない。

多くの物が変わる、それに合わせて奔走するものが多い。そうした今だからこそ、出来ることもあるのだろう。かつて、あくまで個として行って失敗した。その先として。多くを育て、印状を授け、そこから分派が生まれた開祖の頃のように。


「武の道と同じです。選択肢、それがある事。それが重要なのだと。今はそこまでですが、私はそう考えていますよ。」


一先ず、相対した先にかける言葉はここまで。視線の先には、教えている相手がいるのだから。

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