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憧れの世界でもう一度  作者: 五味
11章 花舞台
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第378話 イマノル

なんだかんだと手を広げてしまう。そしてそれを止める相手がいない状況では、ゆっくりとするはずが、等と言っていたのはどの口だと、そういう事になる。

勿論、任せられる事、他の手を頼むことについては割り振っているが、それでも口を出し、最初に動いた人間としては、やるべきことも多い。加えて相応の経験を積んだ人間として、頼まれることも多い。

祭祀、その振る舞いは合格点が出ているが、本番で身に着ける衣装や装飾が間に合っておらず、それを身につければ分からない。では、待っている時間はどうなるかと言えば、当然その他の所作にあてられる。そちらもやはり、招かれるとなれば、立場としての物が多くなるオユキとアイリスは、全く慣れぬ巫女としての、神職としての振る舞いとなるため、難儀しているのだが。

他の神であれば、奇跡で御業を表す事も出来るのだが、そこは戦と武技。彼の神の奇跡とはその名に合わせたものでしかない。そして招かれた先でそのような物を示す物では無いのだから。


午前中は変わらず、昼前には薬の材料を。そうしていれば1週間など飛ぶように過ぎ、いよいよその日を迎える事となった。謝罪にしても、割と簡単に。それこそ侯爵家、その当主によるものだ。許せの一言で済む物かと考えており、後はイマノル本人からと、そう一同考えていたのだが。

さて、こちらの世界では、両の掌を地につけ上に。両膝を付き平伏する。その振る舞いの意味は何であろうか。


「過日、愚息が御身とその先達に唾を吐くかの如き所業を行ったと。」

「いえ、何分そういった重さを感じさせられぬ、未だ道半ばの身です故。」

「私の目から見ても一目でわかるのです。それに気が付く事すら出来ぬ、そのような半端な指導しかできぬ、それこそが最も罪深い行いだったのでしょう。」


想定以上に重たい場であり、トモエにしても困惑しているのだが。生憎変われるものがいないのだ。


「そしてかかる不始末、そのお詫びにしてもこうして日を空けて行う。厚顔無恥、今の私を表すにこれ以上に相応しい言葉が、どこにある物でしょうか。やはり、この愚か者を連れて、訪うべきでした。」

「それが難しい、その理解は私にもありますから。」


派閥が違う領、そこに侯爵がとなれば、色々と障りもある。そして時期が悪い。

そうして、止められている間に、武門として非常に大きな事が有った。その結果としてと言うのもあるのだろうが。確かに問題はある。だが、それにしても。そう言うしかない物なのだ。それこそ本来であれば、クララよりも先に、そうできていたことではあるのだから。


「どうぞ、この差し出した首、お好きになされませ。」

「流石に、そこまでの事ではありませんから。」


侯爵の言葉に、ああ、成程。そういう姿勢かと何やらオユキは非常に場違いな感想を持ってしまうが。謝罪としての口上は終わりという事なのだろう。ならばあとはと、オユキが視線を向ければ、この場の責任者が話に加わる。


「レジス候、機会を設けなかった、それは我の判断でもある。何もその方ばかりの罪という訳でも無い。」

「しかし。」

「うむ。その方の言い分はわかる。ただトモエも言っていたのだが、やはり時期が悪い。本来であれば出来た事、それが出来ぬ、その理由も多くあるのだ。」

「そうであれば、猶の事この愚息は。」


公爵が重ねた言葉で、少々背景も伝わったらしい。そうであるなら確かに、より罪は重くなる、そう感じてしまうだろう。トモエはそうでは無いのだが。


「我は生憎そちらに身を置いてはおらぬ。しかし、そうであればこそ我が麾下、その能力を改めて見たくも思う。」


一つの決着、それとしては確かにとも思えるが。


「それだけでは、とても釣り合わぬでしょう。」

「かといってな。わかったの事だろうが、今はまだ表に出せぬ。約定がある。」

「であれば。」


そこで言葉を切って、レジス侯爵が立ち上がる。イマノルの父、初老に達した人物ではあるのだろうが、背筋は伸びており、身のこなしも軽やかだ。だが。


「ここで出場者に敗れるのであれば、実際も変わらぬ物でしょう。」

「よもや。それでは、ダルク公を如何する。」

「そちらはこれまでの事、その全てと相殺そうなる物でしょう。」


少々話が大きくなっている。ただ、相対の仕方がまずいのだ。レジス候は。今目の前にいるのはオユキではない。トモエだ。


「いえ、こちらとしては、今見ている子供たちに良い経験となります。試合の機会を頂けるだけで、十分ですとも。」

「確かに、練武を感じさせる佇まい。しかし、試合に置いてこの身では練習にしかならぬと。」

「加護も含めて、そうなれば話も変わるのでしょうが。ただ、どうなのでしょうか。」


イマノルが家を出た、その動機にそれはあるはずなのだ。それを考えれば、騎士団、そこで改めて剣技を習った人物が、道を外したことを考えれば。

今、この場にいるレジス候、その人物にしても動きの滑らかさ、そこから感じる鍛錬、それは確かに見て取れる。ただ、その程度でしかない。隠しているそぶりも見えない、だというのに。

確かに、武門、家としてそれを継ぐことを至上とした手合い、それがこの程度。そう思わせる物でしかない。

拙いのではない。ただ欠落している。オユキの目から見ても、分かるほどに。それがトモエであれば、どれほどの理解がある物か。アイリス、この現状を嘆いた彼女にしても、その表情が暗い。

根底にある、加護、それをなぜあの神が嘆くのか、実によくわかる。


「愚息をあしらうほどの技、それは既に聞きましたが。」

「全てを見せたわけでもありません。あくまで試合ですから。」


オユキとして幸いと言っていいのは、トモエに落胆がない、その事だけだろう。最後の試合、そこまでを演武とする。その言葉がやはり現実になる、ただそれを確認しただけなのだろう。そして、トモエの想定、そこで向かい合う相手など決まっている。

トモエにとっては事実、そしてそれを見て取れない相手。ならば結末は決まっている。

早速とばかりにいつもの庭に出てと、そうなる。


「おー、おっちゃん久しぶり。元気そうで何よりだ。」

「ええ、シグルド君達もお元気そうですね。」

「まぁ、色々面倒見てもらってるしな。にしても、あれがおっちゃんの所の。」

「はい。かつて背を向けたものです。」


方や太刀、方やハルバード。互いに間合いを空けて向かい合っている。ただ、そこに込められている分かりやすい気迫と言うのは、あまりに差がある。


「シグルド君から見て、父はどうでしょうか。」

「強いと思うぞ。」

「それは、トモエさんやオユキさんと比べて、でしょうか。」


イマノルがそう尋ねれば、シグルドを始め少年たちが首をかしげる。

トモエが見学も練習と、そう置いているため、空いた時間にこれ幸いとマナーをさっきまで詰め込まれていた少年たちを連れ出した。そして苦手から解放されて明るい表情を浮かべていたが、今では思案顔だ。

つまり、見た目に経験を積んだ初老の男性、侯爵、高位のその人物の様子を見ても、彼らですら悩む、そういう事だ。そしてその様子にアイリスのため息が重く響く。


「あー、正直あっちのじーさんなら、運が良ければ俺らの武器も届くだろ。」

「そう、言い切れますか。」


まだ少年たちの今の練習、それを見ていないイマノルは懐疑的だ。ただ、運が良ければ、それこそ条件が成立すれば。確かにシグルドとセシリア、この二人の得物は届くだろう。オユキもそう見立てている。


「なんていうかさ。」


子供たちの声も聞こえているのだろう。いよいよ緊迫感は増している。後は合図を待つだけ。そうなるほどに。


「あんちゃんやオユキみたいな、こう、どうしようもない感じがないんだよな。」

「うん、そんな感じ。最近はアイリスさんもちょっとそんな感じがするよね。アベルさんとかも。」

「あー、アベルのおっさんはなぁ。あれは、加護あると、いよいよどうにもなんないよなぁ。」

「ああ。」


そして、そんな寸評の最中、アベルの声が響く。

気合の乗った雄たけびと共に、まずは小手調べとばかりに槍が繰り出される。確かに、十分以上の物がそこにはある。穂先がぶれる事もない、確かに当たれば人など軽々と貫く、そう思わせる物が。ただ、既に間合いを外しているトモエ、それに対する動きがみられない。つまり、この人物もそうだ。対人の経験が抜けている。

伝えたものがそうしたのだろう。それほどその時には魔物が脅威だったのだろう。だがそれならば、技そのものを改めなければならなかった。元の技、それは何処までも人を殺す、そのための物なのだ。その前提が失われてしまえば、理合いが崩れる。


「突きの速度は十分。精度も確かです。成程、確かに鍛錬を感じさせますね。」

「実に涼しい顔を。」

「どうぞ。次で一先ず終わりとしましょう。」


最も初めに習う一手。それは往々にして奥義に通じる。そもそも、最も優れている、流派のそれを体現している、それを信じているからこそ、始めとするのだから。ならばそれらしき一の刺突。その程度が分かれば、全体も。

二手目。単純な物では間合いを外して終わりとなる。そう考えての事か、足を狙い、それを跳ね上げ。そういった動きをするのだが、それも間違いだ。十手で詰める。相手の動きを9手使って徹底的に封じ、動けぬそこへ必殺の刺突を放つ。その流れが失われている。ならば付けこむのは、あまりに容易い。

跳ね上げから振り下ろしへ。切り返しの甘さは、魔物の想定故。人が飛び込むには十分すぎる。そうなれば槍、その持ち手など、相手の体に繋がる道でしかない。くぐり滑り、胴を薙ぎ。その勢いのままに次に跳ぶ。

武器、それが意味を成す間合い、それを殺す。そして己が最も有利となる次の位置へ、油断なく。故に猿飛。それが正しい意味なのだから。


「たったこれだけの期間で、あそこまで。」

「えっと、私たちも、トモエさんとオユキちゃんが本気で戦ってるところ、見たことないですから。」


オユキについては、アイリスは知っているが。そもそもおいそれと見せる様な物では無い。


「つまり、あの時にも、加減が。」


胴を打たれ、体をわずかに折ったその間に、トモエがすでに後ろ首に刀を添えている。地面が汚れていないのだから、流石に峰を使う、その程度はトモエもしたらしい。

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