第377話 試作品
外での食事、移動の時にも使える道具。その試用が今も早速行われている。
とはいっても仰々し物では無く、足の折り畳みが可能なバーベキューコンロでしかない。見慣れた工夫などはあるが、馬車の天井に合わせて、相応の横幅があるそれは、あれば何かと便利なのだ。焚火では難しい事も、網があれば行えるのだから。
「たまに見るが、やっぱりあれば便利だよな。」
鉄串なども、薪を入れる引き出しに放り込める。場所はそこまで取らずに、最低限。そういった物で持ち込んだ食料に加えて、手に入った魔物の肉や、森からの品などを順次串焼きにしていく。
その作業は大量生産に慣れているのだろう。修道士や傭兵の手によって実に手早く整えられた。調味料はともかく、香辛料であればいよいよ理屈は分からないが森に生えているのだ。手早く集められたそれも使われ、何とも賑やかな食事の席になっている。
「傭兵の方からは言い出しにくいでしょうし、商人であれば。」
「ま、商品が優先だからな。」
そう。傭兵はあくまで依頼主の意向が優先。商人は、そんな隙間があるなら商品を載せろというだろう。貴族たちにしてみれば、そもそも自身の領内を移動するのであれば、寄らなければならない拠点が多い。そうでないときは戦闘をする立場ではない。外で、では無く馬車の中に注力するだろう。
「にしても、あれこれ考えるものだな。」
「全てが人の手によるもの、それを侮っていましたね。」
オユキが今回頼んだのは、足の折り畳みもそうだが、薪を入れる空間。其処を覆うカバーを使って作業用の台にといった物だ。付属としてつっかえ棒のような物もついているため、簡単な構造ではあるが、安定は十分にする。その程度に考えていたが、そこは職人の手によってさらに工夫が足されて返ってきた。
作業台、その案があり折り畳み広げるのならば、台にしてもそうすればよい。支えるための付属品、それを薪や炭を入れる空間に収納するのであれば、それを準備する労をいとわないのであれば、より強度を上げてと。
簡単な図面程度しか引けない物だが、持ち込んでみれば実にあれこれと盛り上がり、持ち運びができる調理台、その機能は十分以上の物が得られた。それこそ、今も複数人が同時に調理できる、それほどに。
「繰り返し、常となっている方に言うのは憚られますが。」
「いや、分かるさ。食い物が美味い。美味く食えるってのは、本当に重要だからな。」
「ええ、保存食も勿論その工夫はわかるのですが、それだけではやはり疲れますから。」
「ああ。堪えるんだよな。本当に。」
そして見る先では、切り分けた肉をせっせと串にさしている子供たちもいれば、焼けた物を持ってあちこちに渡しに駆け回る子供たちもいる。調理台の上、火の熾っているその一角では、トモエがダッチオーブンを使って塊の肉を仕込んでいる。そちらがどうなるのか、興味を持っている者も多い。そして、問題としては。
「高さを何処に合わせるか、それが難しいですね。」
「今回みたいに、掘りゃいいだろ。それこそ、注文するときに決めりゃいい。」
オユキとしては規格化を考えるものだが、そもそも量産するような品でもない。それを言われ、改めて認識する。最も今オユキが手伝えていないのは、他の大人たちに高さを合わせているからなのだが。火元に近いこともあり、肉の成型くらいはとオユキが台に近寄ると、やんわりと修道士にその場から離された。他の子供たちにしても。
「それもそうですね。何かと作る側の手間は増えそうですが、収納する付属品も都度変わるわけですし。」
「まぁ、そうだな。流石に串の手づかみ、それが大丈夫な奴ばっかって訳でも無いしな。」
そうしてのんびりと話すペッロにしても、当たり前のように串にそのままかじりついているが。流石に人数に対して足りる物では無いので、森の木を伐り、木串の量産などもされている。どのみち薪もいるからと。食べ終わったものにしても、魔術がある。洗浄などそれこそ片手間。その辺りはなんというか、本当に楽な世界だと思い知らされる。魔術が使えるのなら。
「それにしても、あまりこういった道具を見ないのはやはり。」
「まぁ、魔道具のほうがな。」
最初に注文を持ち込んだ時にも、これであればそれこそもう少し金額を積めば、魔道具のほうが。そう言われたものだ。火を起こすにしても、燃料を探す必要もない。加工ができるならどこにでもいる魔物、それから得られるのだからと。
「やはり、そのあたりの解消も考えねばなりませんね。炭にしたところで、限度はありますから。」
そもそもといった話ではあるが、オユキにしてもこれまでまともに手に持った魔道具など、鉱山の折に使ったランタンだけだ。形状はそのままとして、火、熱源。それだけをという手もあるのだ。無論、それをすれば内部の空間は減るだろうが。
「ま、色々考えてくれるのは正直ありがたいな。んで、その中で特にいいと思う物を全体に流してくれりゃ、なおいい。」
「今後の遠出もありますから、出来る事は勿論しますとも。ただ。」
簡単な物であればともかく、それこそ最近得たばかりの魔術文字などは、公爵の管理を願う必要があるのだが。
「おや。数人怪しい子がいますね。」
「ん。ああ。まぁ、あんだけ騒げばな。まだ採取は続けるが、どうする。」
「保護者にお任せ、ですかね。どちらにせよ、護衛は楽になるというのが、あれですが。」
そう、護衛対象が寝て動かない。そして一か所に纏められる。そうであれば護衛する側としては、町に戻ろうがここで寝ようが大差がない。動き回らない、それだけで一気に難易度は下がる。
「あー、そうだな。まぁ、寝て起きて、気が付いたら教会ってのも寂しいか。」
「ああ。それはあるかもしれませんね。かといって無理に起こすのも。」
「何、戻るころには起きるだろ。」
眠気を覚えてぐずったり、そこまで幼い相手ではないが、やはり慣れた相手の側に寄っていく、そういった挙動は見せている。そして、中にはまだ手に串を、肉に刺さるそれを持っている子もいるのだ。ならば、まぁやるべきことも当然ある。
少年たちにしても、その様子に気が付いて慌て始め、保護者衆も料理の手が止まっている。
「足りない部分は、まぁ、皆さまで。」
「何、こっちも慣れてるしな。それに本来は、こっちのことはこっちで、そんなもんだ。」
そうと決まればとばかりに、分担を変え、馬車の一つを簡易の寝室にして、手早く周囲も動き始める。連れて戻ろうと、そのように話が進んでいたところはペッロが話し、結局その場に残ることとして。
護衛の対象が減った部分については、それならそれでと、子供たちが寝る馬車、その警戒に。
「本当に、申し訳ありません。」
「いえ、お気になさらず。」
頼まれた仕事の最中で眠る、それについての謝罪を受けるが、そのあたりは別の目論見もあってのことではある。この場でそれまで話す物では無いが。
「それぞれにきちんと仕事をして、だからこそ眠ってしまった、それだけですから。」
「放り出す形に。」
「体力の配分などは、それこそ経験によるものですから。なんにせよ、今できる事、それに全力で向かった結果です。其処は後程褒めてあげてください。」
そう、旺盛な食欲、それから睡眠。これで明確に検証すべき事項が定まる。小間使い、それがあくまで安全な場所で行われているのか、危険な場所であるのか。その差があるのだと。
神の目の届く場所、その定義が相変わらず曖昧である。その問題はあるのだが。
戦と武技、その神の空間を月と安息が染め上げた。ならば逆はやはり難しいのだろう。そして、それよりも力の弱い神であるならば、尚更。
だからこそ、得られた加護、その定着の為、常とは違うものが働く。最もそれだけでは無いのは確かだろうが。
周期的に起こる、魔物の氾濫。それにしてもこうして考えてみれば、確かに遠大な思慮があると分かる。だとすれば。
そこまで考えて、思考があまりに脇に逸れたとオユキはそれを止めて、恐縮する修道士にどうかそれ以上はと告げて話を切りあげ、採取者たち、そちらにも声をかける。
「実際、この量で、どうなる物でしょうか。」
「現状ですと、とてもではありませんが。」
「価格の上昇、その歯止めにもなりませんか。」
「いえ、手伝って頂けた、実際こうして私達だけに比べて、いえ比べるべくもない量は得られているのですが。」
そう、だからと言って、足りるという事もない。
「今回の事で、同様の事も増えるかと思いますが。」
「だといいのですが。」
薬、その材料。それにしても、何も外に出る物だけにとって必要などと言う事はない。
「目算で構いませんが、今回、今ある量ですが。」
「恐らく二日持ちませんね。加工が簡単な物を選んでいるというのもありますが。」
「採取が難しいものを選べば、それだけ人出が減りますから。そちらも試してみるのは、良いとは思うのですが。」
ただ、オユキとしてはそれに目を向けることは無いだろう。そちらの需要があれば、別で行って貰う他ない。
今はあくまで、王都を離れた後、計画として組み込めそうなもの。それに注力するのみだ。
今回の件については、嬉しさ半分とはなるだろうが。後は数回繰り返し、所感を添える必要もある。今しばらくは、同じ日程となるだろう。勿論、間に何もなければ、そうなりはするが。
「闘技大会が終わり、一度落ち着けばよいとは思いますが。」
「どうでしょうか。より需要が増えるのではと、そういった見込みもありますから。」