第376話 整える側
各ギルドへの話し合いは、それはもう速やかに進んだ。
それはそうだろう。外から見たほうが問題が分かりやすい、そのような場合もある物だが、事今回に関しては問い合わせも殺到しているのだ。問題の把握など、当然どこもとうに済んでいる。そして解決策を協議し、実行可能な物には手を付けている。それでも足りていない。それが現状なのだから。
傭兵ギルド、手練れの護衛を頼めないのは、それをすれば結果として料金が上がる、それに尽きる。しかし今回はその負担がない。ならば二つからはもろ手を挙げて歓迎される。
傭兵ギルドにしても、本分は理解しており、あくまで依頼がないからと、そうしていただけであったようで、かなりの人数が名乗りを上げた。それこそ、余るほどに。
ではどうするか、そうなったところで教会から手伝いを募れば、実に賑やかな一行が出来上がるという物だ。
「あ、こら。勝手に側から離れない。」
「って、おい。そっちじゃねーぞ。」
少年達が、そうして子供を追い回しながら、森の側、採取者ギルドから10人程が連れ立ってきたため、あれこれと聞きながら、採取に励む。
最も、そこは初めての子供たち。違うものとてあれこれと集めて持ってくるので、半数は選別のために身動きが取れていないが。
「元気があって、実に宜しい事ですね。」
「その、ご迷惑を。」
労働力として、そうとはなっているがこういった事態を危惧して、当然教会からも修道士が数人付き添ってくれている。そして、目の前に広がる光景に、しきりに周囲に頭を下げている。
「なに、こっちにとってもいい経験だ。お行儀のいい護衛対象ばかりじゃ、むしろ練習にならんしな。おい、ロレント、前に出すぎだ。視認性は悪いが、隊列を崩すなよ。」
「はい、副団長。」
「それからユリア、お前も子供に意識を向けすぎだ。マロンアラーニャが近づいて来てんぞ。」
「え、あ。直ぐに対応します。」
傭兵ギルドからもちょうどいいとばかりに新人も来ている。そしてその引率のために、熟練者も。
「あ、こら。見るのもいいけど、お仕事に来てるんだから、そっちをちゃんとやってからだよ。」
そして、傭兵、王都の騎士団からも出向している者達がおり、装備にしても上等と一目でわかるのだ。そんな人物が魔物を薙ぎ払う様を見れば、まぁ目を奪われる子供も当然いるという物だ。
そして、あくまで外縁とはいっても森なのだ。不可思議極まりない植生をしている。勿論森の恵みもある。
「あ、あれ、キノコ。」
「あっちには果物が。」
勿論それが目に入れば、それもとろうとする子供が現れる。織り込み済みとはいえ、実に賑やかな事だ。トモエとオユキにしてもこの機会にと、有用な植物などを改めて学ぼうかとも思っていたが、そんな余裕は存在しない。
両手を子供に引かれて、あっちこっちと動き回ることになる。かつてよくあったように。アイリスも子供が大量にと、そうなるかと思えば、今回は立地もあり索敵に集中している。その辺りは、そもそも人よりも遥かに優れた能力、その役割分担でもあるし、子供に加わりそうな危害を見落とさない。その矜持もあるのだろう。
「ああ、これはよく似ていますが、別の物ですね。」
「そうなんですか。」
「いえ、勿論薬として使えます。ええと、ここですね。比べると葉のこのあたり、赤みがあるでしょう。」
「あ、ほんとだ。」
「見分けは難しいですが、別種の物で、用途も変わりますから。これは、そうですね、向こうに纏めて貰えますか。」
合計で、それこそ100近い人数が森の一角で動き回る。なんというか、これで子供の比率が大きければ、いよいよ遠足といった風情ではある。そう言い切るには、当然危険も大きいが。
そして、事前に言い含めたこともあるため、トモエとオユキは普段よりも気を配る。少年達にも、やはり機会があればと、そう思うのだから。最も、大概はアベルに色々と習っているファルコが対応するのだが。
そこには、確かに教育を受けた、知識として確かに持っていて、そう振舞う事を求められる。その自覚がきちんと見て取れる。
「シグルド、右手からグレイウルフが来るぞ。パウ。シグルドの補助を。子供はシャロンに。」
今回は、少年たちも護衛の一助と、そうなっているのだ。
「分かった。危ないから、離れとけよ、お前ら。」
「シャロン、頼む。」
「はい。あ、こら。こっちに来なさいって。」
それでも年の近いシグルドが、そうなると側にいても、だからこそ側で見たいと、そう動く子供もいるが。それは慣れた故の粗雑さで、きっちりと首根っこを押さえている。そして、無理に前に行こうとする子供、それに対しては少女達、以前シグルドがそうした結果を知っている三人は、一切の容赦がない。
首を掴んでなお、それでもと言うなら、後ろに引き摺って行きお説教の時間となる。
狩猟者ギルドから借りてきた荷馬車があるのだ。そして余剰の戦力も。当然いつでも町に戻すことができるのだぞと。それに不満そうな顔を浮かべれば、同行している保護者が文字通りつまみ上げて、連れ帰ろうとするから、覿面といった様子ではある。
「にしても、悪いな。流石に俺らじゃな。」
「しょうがないわよ。種族差ばかりは。右手、向こう、足音が多いわ。グレイウルフの群れね。後は向こうからシエルヴォが4、6匹かしら。」
アイリスが索敵に回っている理由としても、それがある。賑やかな場なのだ。人の耳では、魔物を討伐する度に上がる歓声であったり。薬草を取って褒められ、次を頼まれた時の元気な返事であったり。思い思いの会話であったり。どうしてもそちらに耳が向く。遠くの、隠そうとしている足音など聞こえないほどに。
その辺りは、流石としか言いようがない。
「やはり、普段よりも多いな。」
「それもあって、採取が滞っていたのでしょうね。」
そう。魔物が増える、難易度が上がる。そのあおりを受けるのは狩猟を行うものばかりではない。町にないもの、安全な場所に存在しないもの、それを求める者たちとて、余波は受ける。
「それにしても、相も変わらず。」
そう、少しづつ移動しながら色々と採取しているのだが。植生を考えると、トモエとしては大いに混乱しそうになる。滋養に良い、そう言われる木の実の横から、実に見慣れた木苺が顔をのぞかせていたり。かと思えば一本の木の枝に、ライムと杏子が実っている。
「あー、まぁ、町中ではこうはならんからな。」
「何と言いますか、本当に大丈夫なのかと。」
「それを鑑定するのがあいつらの仕事だしな。」
人海戦術で山と積まれた、護衛にしてもなんだかんだと手が空けば、知ってるものを取って子供に預けるのだ。子供たちが皆木でできた籠をしょっていることもあり、簡単に放り込めるというのもあるが。
素材が小山をそこかしこに作り、それを実に手早く選り分けている。
「私では、区別のつかない物も多いというのに、よくもあれほど早く。」
「あー、前に聞いた事が有るが、こう、産毛の有無だったか、手触りの違い以外で見分けるのが難しいものもあるらしいぞ。」
「ああ。」
そのような植物は、確かにあった。そしてその差で方や食用、方や有名な毒草。そうなるのだから。そんな事を思いながらも、トモエとしてはどうしても数名の傭兵が気にかかる。目的が違う、主戦場の違い、それはわかるのだが。
「今後は、こういった機会も増えると思いますが。」
「狩猟者のほうで引き取って欲しいが、まぁ、こっちにも来るだろうからな。」
移動しやすい、それも相応に大きな馬車が。そのような場所が主体であるため、やはり森に慣れていない、そういった者が見られる。新人だからと、それも分かるものだが。実力以上に危なっかしい。踏み込んだ先が木の根の上、結果としては力で制御しているが。見ていて眉を顰めたくなるものではあるのだ。
「あっちの小僧共にしたって、ほとんど経験はないだろうに。」
「どう歩き、体を保つか、それは教えていますから。」
まだまだ危なっかしいものだが、少年たちのほうは、力に頼らず足元から返ってくる感触で、それに合わせて体を整えている。最も踏み込みながら攻撃するのではなく、踏み込み、体勢を作ってから、そう教えている結果でもあるのだが。
「力と、技か。お前らだろ、持ち込んだのは。」
「分かりますか。」
「流石にな。でなけりゃ、アベルがこっち迄出てくるはずもないからな。」
そのアベルは根回しのためにと、今朝がた公爵と連れ立って城へと向かっていった。資材が不足する中、武器を買いこむ、昨夜オユキは触れなかったが、それも武器の高騰の原因だろう、その調整のためにだろうが。
「ああ、それで副団長ですか。」
「向こうは第四、こっちは第二だがな。っておい、ビセンテ、加減しろ。」
そう彼が声をかける先では、魔物を纏めて斬った結果として、数本の木も切られそれが倒れる。その先にいた子供たちは、手早く避難させられているが。
護衛としては、実に大きな減点対象だろう。守る相手に危険を、加えて主目標でもある採取、その場を荒らしたのだから。その証拠に本人もすっかりと青ざめているが。
「ったく。ちょっとなれない状況だからって。」
「いくつになっても学ぶことが多い、それもまた真理なのでしょう。」
トモエは時折子供の側で魔物を狩れば手を引かれるが、今はもっと興味を引く対象が多い。なんだかんだと自由な時間が多く、こうして世間話に興じる暇もある。ただ少年達、更にそれよりも背の低い子供たちやオユキ。こちらに至っては常に振り回されている。己とさして見目の変わらぬ相手が、さんざん危険と言い聞かされている対象を、危なげなく討伐するのだ。そうなるのも当然という物だが、疲れが見え始めてもいる。そろそろ休憩を入れるのもいいだろう。
最も、今こうして元気に動いている子供たちの半数以上は、食事の最中、終わるころには静かになっているだろうが。
「そろそろ休憩としましょうか。昼食の時間も近いですから。」
「そうだな。普段みたいに移動って訳でも無い。ここらで一度ってのもいいだろうな。」
トモエがそう言えば、副団長と呼ばれているペッロがすぐに指示を出し、荷馬車の側に、事前に用意していた場所に人を集めていく。