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憧れの世界でもう一度  作者: 五味
11章 花舞台
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第372話 もはや恒例

時間というのはとにかく早く過ぎ去るものだ。


「我にとっても初めて聞く話が多く、実に楽しい時間ではあるのだが。」


あれこれと、それこそ意匠の一つにしても。神々がかつてより持ち込んだもの。こちらの人々の創意工夫が新しく作ったもの。来歴は様々であり、そのどれもが全体としての調和を崩さず、しかし個として見た時にそれ単体の美しさは感じられる、そんな物が実に多くあった。

それこそ、異邦で話に聞く、嫁入りまでに一つの図案を作り、それを脈々と受け継ぐ。そういった物を思わせる様な楽しさに満ちていた。そして、司祭。その全てに対する説明の淀みの無さ。そこから確かにそれを継ぐ重さというのが感じられた。

ただ、そうして微に入り細を穿ちとなると、それこそ時間というのはいくらでも必要になる。公爵が、暇の前置きをする、それも当然となるほどに。


「ああ、もうこのような時間ですね。私としても、ここまで熱心に聞いてくださる方と言うのは珍しく。」

「私のほうでも、ついつい多くをねだってしまい。お疲れでしょう。」

「いいえ、何程の事もありませんよ。祭りによっては、それこそ一日をかけて。そういうこともありますから。」


どうにも、こちらの神職と言うのは、なかなかの業務が存在するらしい。祭りの場、集まった信徒にとなれば、それは相応に声を張ってという事だろう。

狭い会議室でも、半日議論を重ねれば、少しは痛みを覚えるというのに。


「では、お戻りになる前に。」

「ええ、受け取らせて頂きます。」


司祭の言葉に、オユキがあっさりと乗れば、少々視線の圧が増す。

ただ、それについては、取りあわない。帰り道、その時間がまだまだあるのだから。

案内されるままに、神像の前で膝を付き礼を取れば、聞き覚えのある声が苦笑いと共に届く。


「始まりの町の教会にも、色々あるんですよ。」


口には出さずに、戻った時に折を見て。そうとだけ答えて置く。思えば碌に街歩きすらしていないのだ、あの町で。日々の忙しさにすっかりと埋没したこともあるが。色々と思惑が働いたこともあるのだろうが、こちらに来た、その時から半月は問題ない、その程度の金銭は与えられていたのだ。トモエとまずはゆっくりと、そういう事だったのだろう。

ただ、今となってはこれでよかったと、トモエにしても、オユキにしても。そう思うものではあるのだが。本来の流れを思えば、もう少し禄でも無い結果が待っていたのだろうから。

かつては頻繁に、そう聞いていた死傷者。少なくともトモエとオユキはそれに遭遇していない。それに対して平均値であったりを考えるのは、流石にどうかとも思うのだが。創造神の呟いた言葉もある。被害者がいたのだろう。見知った顔の中に。そして、そうなってもおかしくない出来事は、確かにあったのだから。


「では、今回は色々と有難うございました。またお礼に伺わせて頂きたく。」


つらつらと考え事をしながらでも、日々覚えようとしている所作は、取ることができる。先日に見たプレート。魔術文字が随分と長く書かれたそれを受け取り、改めて暇を告げる。


「ええ。御互いに今しばらくは忙しない日々も続くでしょう。それが終われば、是非ともまた。」


トモエとしては、まだまだ見て回りたいものはあるのだ。礼拝堂、天井以外にも壁に掛けられている絵画などもある。そちらに至っては、未だに遠くから伺う程度しか行えていない。そして、立場を使って頼めば、それこそ今は表に出ていない品を望む事も出来るだろう。それを思えば、一体どれだけ時間がいるかもわかりはしないが。

後ろ髪をひかれながらも、案内されるままに馬車に乗り込めば、直ぐに僅かな揺れを感じる。休暇がてらではあったのだろうが、それにしても長く離れる事が出来ぬ二人がいるのだ。ただ、その二人にしても神殿の中、トモエが主体ではあったがあれこれと話を聞き、時には疑問を口にしていたのだ。こちらに来たばかりの時よりは、幾分か顔色も良くなっている。

そちらについては、気分的な物だけではない可能性もあるが。


「で、今度は何だ。」

「旅を楽にするための物ですね。これまでの働きをお認め頂けたようで。」


一息ついたと思えば、直ぐに口火が切られる。

如何に神殿、広いとは言え、加護そのものではないと考えていたが、あくまで助け、その程度という事らしい。

ただ、それを与えられて二人は、魔術を後に回している手合い。人を頼れという事なのであろうが。


「これは流石に、始まりの町に戻ってから、ですかね。」

「ほう。」

「流石に、私どもには魔術の心得がありません。こちらで行うには、時間が足りないでしょう。」

「鍛冶の物についても、未だに何もわかっておらぬしな。」


そう、新しい魔術文字、鍛冶に使うだろうもの。それについても、未だに何一つ分かっていないらしい。


「生憎と、どのように理解する物なのか想像もつきませんが。」

「ああいった形式で残されているなら、触れる物が触れれば、知識として与えられるはずだ。今は人を絞っていることもあるのだろうが。その方らが離れるまでには、広く試したいのだが。」

「アイリスさんもシグルド君も、断りはしないと思いますが。」


トモエがそう言いながらアイリスを一度見れば、珍しく難しい顔をしている。


「その、構わないと、そう言いたいのだけれど。」

「ああ。やめておけ。」


王太子がそう断言すれば、オユキには想像がつく。しかしそういった手合いに詳しくないトモエでは難しいだろう。研究者に未知の素材、それを渡せばどうなるかなど。

加えて、そこから得られる恩恵、神に与えられると分かっているのだ、こちらでは。魔術に親しくない、持っていても分からぬのであればと、それはもう面倒を呼び込むだろう。そこで確かな悪意を持ってとなれば、対応も容易いのだが。往々にしてそういった者は違うのだ。善意と好奇心、勿論後者の比率が圧倒的に大きいものだが。


「放したがらぬ人が、多いでしょうから。」

「成程。」

「まぁ、そうなるわよね。私が触れても何もないもの。試そうとすれば、より広くとなるでしょうし。」


今はアイリスからアベルに貸与する、そう言った形を取った上で、騎士団で試しているようではある。魔術を扱うものは、多くいるのだから。


「恐らく鍛冶に携わる方へと、そういった物になっていると思いますよ。」

「分かってはいるのだがな。王都だけでどれだけいると思っている。」

「煙の類が見えないので、あまり多くないと考えていましたが。」

「対策がされておるからな。そもそも危険の多い施設でもある。免許制であるし、当然順守すべき規約も多い。」


魔術によるものも勿論組み込まれているのだろうが、それで、炉から排煙が見えなくなるというのは素晴らしい工夫であろう。今後の事を考えれば、特に。


「そうなると、確かに、誰からと、そういう話にもなりますか。」

「流石に王城の中には無いからな。外に頼むことになる。そして職人たちというのは横のつながりも強い。」

「ギルド、それもあるのでしょうから、そちらからというのは。」

「話は出ているが、魔術文字だ。」


そう返されれば、頷くしかない。物は魔術文字だ。何故それを魔術師ギルドを飛ばして。それはそれで新しい厄介を生む物だろう。事が鍛冶に関わるものだから、その理屈で納得は得る者達であろうが、同時に、では他に使えるのではないか、それを考えるのだろうから。


「難儀ですね。」

「貢献も大きい。そもそもなくては立ち行かない。ただ、もう少し落ち着いてほしいと、切に願っている。」


王太子と公爵のため息は深い。少なくとも始まりの町、親交があるのはカナリアだけではあるのだが、そちらは落ち着いては見えるのだが。それこそ、彼女のギルドで与えられた部屋、そこに踏み込まねば実態は分からないだろう。

研究者などと言うのは、基本的にそれから離れている時間は存外ぼんやりとしている。


「で、結局それはどう使う物なんだ。辺りは付いてるんだろ。」

「馬車、その居住性の向上用の物でしょう。ただ、そう一口に言ってもあまりに広範ですから。」


そうして、ここまでオユキが抱えて持っていたそれ。先の鍛冶に使う物と違って、長々と綴られたそれを見せる。

馬車の籠、それは今や一つの魔道具、そうなっていると聞いている。そこに至るまでの多くの試行錯誤は分からないが、それに近いものにはなるのだろう。もしくは、それすら組み込まれているのか。


「長いな。」

「恐らく。これまで見たものは多くありませんから、比べるのも難しいのですが。」


さて、王都からの帰り道、それに使えればとは思っていたが、恐らく叶わないのだろう。一つの旅を終えて、次の準備。無論連続それとして、間で手に入るものを使ってということもあるのだろうが、今回はそうでは無い。この場で為すべき事に、既に馬車は必要にならないのだから。


「それも、持ち帰りだな。壁に使っている物に似た文字もある。居住性、な。」

「ええ、実用化が出来れば、多くの方にとって喜ばしいものとなるでしょう。都市の移動、それがもう少し気軽な物となる程に。しかし。」

「ああ、壁と同じ文字、だからな。それに魔術文字をつかうってことは、魔道具だ。」


そして、それの稼働には魔石がいる。魔物を倒すことでしか得られないそれが。

さて、馬車の中に落ちたため息、それは誰のものが含まれていなかったのか。

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