第368話 パレード
一体どうやってこの広大な都市中に。それについては実に簡単な回答が目の前に用意されている。公爵家の本邸、そこからは城壁もしっかり見えてはいるが、当然その中まで見える物でもない。
また、この後出発を控えた者達が待っていることもあるのだ、王都に住む人々を王城の側に集めて、そんな事も難しい。ではどうなるか。魔法がある世界では。
「んー、良く分かんねーな。」
「えっと、私もちょっと。」
たっぷりとした修辞を重ねながら、それぞれが見上げる先で、今はメイが弁舌を振るっている。見る方向を変えたところで、変わらない。少し視線を上げた先、そこにその様子が映っている。
「ふむ。それは問題だな。」
「一先ずは様式に従った物とするしかない物でしょうから。後は実際に外に出る者たちは、不足、不明があればそれこそギルドで尋ねるでしょう。」
最低限はわかるのだ。正直トモエとオユキにしても比喩表現、神々の逸話、歴史上の出来事、それが混ざっているために理解度は非常に低い。普段なら、そういう子供たちの説明役を買って出るが、それが追い付かない程度には。
ただ、要点としては、色々背景を知っている身として纏められることもある。
そういった事を考えながら照らし合わせている間に、メイの出番は終わり、次は再度国王が進み出て、神々への感謝などを述べ始める。
「おー、すげー。やり切ったな。俺、絶対あんなこと喋ってる間に、自分が何言ってるか分かんなくなるぞ。」
「それこそ、練習されたのでしょうから。」
「あー、まぁ、そうだよな。あんだけ疲れてたんだし。」
「ええ。それから話の内容としては、纏めてしまえば、ダンジョン、武器の修復のための新しい糧、それと魔物と戦って得る功績、その一部を貯める器。後はトロフィーを得る、その理屈の一つですね。」
「そんなこと喋ってたんだ。よくわかるね、オユキちゃん。」
「おおよそ、関わっている事ですから。」
少年たちにしてみれば、見知ったメイの晴れ姿は意識を引くのだが。それこそ見覚えのない王様が、何やらよく分からない話を始めてしまえば、集中力など持つはずも無い。
公爵夫人の計らい、庭を整えていた理由は、あくまでこうして外に出て、お茶をしながらとそういう物であったらしい。御言葉の小箱の開封、王太子の子息に与えられた、月と安息の女神からの物品。それらについては、揃って膝を付き事前に習った作法を示したのだが。
「大変そうだな。」
「仕方ありません。必要な事ではありますから。それと、皆さんも。今後はそれなりに面倒がありますよ。」
「まぁ、メイ様がああも目立つと、声を掛けられてる私たちにも、目は向きますよね。」
「ええ。勿論、少しの後には王都から出ますから、そうなればまたしばらくはそういった事も無くなりますが。」
「暫く、何ですね。」
そう、それもあくまで暫く。
「それよりも、アベルさんは本当にこちらでよかったんですか。」
「まぁ、な。むしろ向こうに行けば、それはそれで面倒が多くてな。」
「王妃様の甥とは伺いましたが。」
「ああ。要は王族ではないが、血縁者。加えて家督の相続は無いからな。色々と、向こうにしても扱いが難しんだよ。」
そんな説明に、子供たちが揃ってから返事を返しているが。彼にも色々とあるらしい。そしてそういった立場だからこそ、色々と融通が利くのだろう。
「なんにせよ、5日後は神殿へ観光に向かいましょうか。」
「神々に宣言した以上、変えられないからな。」
「せっかくですし、ランチボックスなども持ち込んで、ゆっくりと外観を眺めたいものですね。」
「一応屋外で席を設ける用意はあったはずだが、どうだろうな。同行者によっては、回りが少し物々しくなるが。」
「そればかりは、まぁ。」
流石に誰かが引率として付けられるだろう。そして祭りに沸いた後。その興奮がいつ冷めるかはわからぬが、相応の人出、それこそ貴族たちのそれはあるだろう。それに対応するとなれば、まぁ、仕方ない事ではある。
そこで受け取るべきものもある。実物はあまりに大きいだろうから、それこそ用意するための一助となる物、それに限るのだろうが。
用は、計画の修正があったのだ。かつての製作者たちの。使徒として呼ばれ、彼らにとっても現実となったこの世界。正しくそうするために不足する多くの事。如何にそれを埋めるのか。その新たな計画が。技術的な制限の元叶わなかった多く。それが新たに組み込まれた。それがまさにと言う事だろう。そしてゲームの続き、終わってしまったそれそのものに未練を持った多くが、時間を稼ぐために。そうではない、それ以外の事を求めた者達が、計画を進めるため、マイルストーンに合わせて。
制作者というのはあくまで、向こうで暮らしていた何某かに過ぎない。神々よりもその思考というのは辿りやすい。勿論過剰にそれを行えば、また止められるのだろうが。
「こうなると、ミズキリも怪しいんですよね。一度問い詰めましょうか。アベルさんに協力いただいても。」
「一度調べたが、何もでなかったぞ。」
「聞き方がまずかった、調べ方がまずかった。要はそういう事でしょう。」
まぁ、それはあくまで後の話だ。そうしてのんびりとしていれば、いつしか視界の上にあった国王の姿も消え、鐘の音が響く。では、ここからがいよいよという事だろう。少年達、特に子供たちが楽しみにしていたことの。
どうにも気がはやり、そわそわと落ち着きがない様子ではある子供たち。ただ、その憧れを守り管理する側の者たちとしてみれば、何とも嬉しい熱ではあるらしい。実に微笑ましげに見守っている。
「では、我らも通りに近いところに向かうか。間もなく始まる故な。」
揃った元気な声が、それに返されるが、年長として、言っておくことも無論ある。
「見学に際して邪魔になる、そういった事はしないと思いますが。この場を整えてくださった方々に、お礼は伝えましたか。」
こうして、特等席を用意してくれた公爵は勿論、場を整えた使用人たちもいる。
オユキがそう声をかければ、やはり元気よく頭を下げてお礼の声が上がる。公爵夫妻は実に鷹揚にそれを受ける物だが、気恥ずかし気にする未だ年若い使用人たちもいる。どうか、これからも良い関係を築いていってほしいものではあるが、それが終わったのなら、今は。
広く作られた門、開け放たれたそこの前に子供たちを先頭に並べば、一定間隔に揃った音が聞こえ始める。それに合わせて、金属同士がぶつかる音が。
「早いですね。」
「流石に、見る物もいないところで、ゆっくり進んだりはな。」
言われてみれば、成程とそう思える。そして、まずは先駆けが。軽装、それこそ狩猟者がしているものとそう変わらない装備に身を包んだものたちが、行進の訪れを告げていく。それが過ぎれば、馬に乗り、重装の鎧に身を包み、馬上槍を持ったまさに重装騎兵、そう呼ぶしかない者達が。
よく訓練されているのだろう、流石に足音まで揃いはしないが、それでも鼻の位置を揃え、列をなして進んでいく。無論、子供たちの歓声にこたえて、槍を掲げて見せる、そう言ったサービスも当然として行ってくれるのだ。それで行進が乱れる事も無い当たり、練度が見て取れるという物だ。
「今のが、第2だな。って、聞いちゃいないか。」
「まぁ、仕方のないものでしょう。」
アベルが所属の説明をしようとするが、かける声に反応も無ければ、振り返ることも無い。
向かい合って直ぐに、通りを挟んで反対という事も無いが、少し離れたところからは、やはり年少者たちの歓声が聞こえてくる。どうにも、他の家もしっかりと動き出している物らしい。
騎兵が過ぎれば、次は煌びやかな、それこそ磨き抜かれたと分かる鎧、その端々には装飾が施され、数人が旗を持ち。他の者は剣や槍を型どおりに振いながら進んでいく。身に着けた武器、鎧、そのどちらも陽光を跳ね返しながらも、力強さを感じさせる風切り音をしっかりと鳴り響かせている。
子供たちの一際大きな歓声が上がれば、一部の者達が、その場で足を止め、見慣れぬ例と共に口上を。そしてそれにはさらなる歓声が。
「これは、人の多い場所に行けば、より賑やかな事になりそうですね。」
「ここまでの物は、本当にまれだからな。この前となると立太子の時か。」
「普段のお祭りは。」
「そっちは神々が主役だ。」
その辺りは実に色々とあるらしい。後はトモエとして気になることもアベルに尋ねる。
「楽隊などはいないのでしょうか。」
「ああ、異邦だといるらしいが、こっちはそこまで手が回ってないな。楽師もいるんだが。」
「流石に演奏しながら行進、とはなりませんでしたか。」
「陛下が馬車に乗って近衛が徒歩、そこで楽師を馬車にという訳にもいかなくてな。」
騎士達にしても、こちらの騎馬の並足についていっているのだ。鎧は流石に無くなるだろうが、それについていきながら楽器を演奏しろと言うのは、まぁ、確かに無体な要望だろう。
そんな話をしていれば、先ほどの一団、豪華な鎧の者達が要は近衛であったのだろう。この後進の主役を乗せた馬車が進んでくる。
「美しい馬ですね。」
上部を遮るものが無く、豪奢な椅子が据えられたそこには、先ほどまで演説をしていた者達が座っている。先頭は勿論見覚えのある印を身に着けたメイだが。
そして、それを引くのは6頭の栗毛の馬。鬣が金に輝く、本当に美しい馬だ。騎手も無いというのに、6頭が整然と列をなして、歩いている。
先頭で、若干表情が硬かったメイではあるが、顔見知りの子供たち、その実に賑やかな歓声に迎えられたからだろう。改めて、余所行きとして分かりやすい表情を浮かべ、手を振ったりと、そういった事をしている。
「さて、あちらの緊張も抜けたようで何より。」
さて、これでここまで急いだことの一つが終わりを告げる。後にもまだ大仕事は控えているが、それはまだ準備が必要な事でもある。
「まだ忙しい日は、続きそうですね。」
そうオユキが零せば、アベルがなにを言うでもなく、オユキの頭を掴む。そこに力が入っていないのは、温情ではあるのだろう。