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第363話 本邸

お茶会が終わればでは後はいつも通りとはいかない。そもそも祭りの見学を特等席で、そう望んだのはトモエとオユキでもあるのだ。数日の事ではあるため、荷物をすべて、その必要はないにしても、簡単に荷物を纏めてさっそく移動となる。最も、全てと求められても、公爵家の使用人だ、やれるだろう。


別邸にしても十二分に広い、それこそこじんまりとした旅館、その程度の規模であったのだが、本邸はやはり比べ物にならない。当たり前のように敷地、壁に囲まれているその内側に、屋敷が3つ程、そのどれも別邸と遜色のない大きさのものが建てられている。

いくら土地が余ってるとはいえ、王城の近く。目抜き通りに面した其処にこれだけというのは、まさに公爵という家格を存分に示すものだろう。


「見慣れない建築様式ですね。ただ、どれも美しい事に変わりはありませんが。」

「ああ、4代目が建てたものだな。研究者の後援をしていたと聞いている。その縁で魔道具を存分に生かす、そのための作りになっているらしい。」


そのうちの一つ、水と植物に彩られた屋敷を見ながらトモエがそう口にすれば、公爵が説明をくれる。しかし、その表情は渋い。

敷地内の水路、そこに流れる水なのだろう。それが神殿のように屋敷の上部、流石に中央という訳ではないが、そこから流れ落ち、ただそこに浮かぶ滝とでもいうような、そんな幻想的な光景を提供している。

王都、今いる地区では石造りが多い中で、木造と一目で分かり、壁には蔦や茨が這わされているのだが、古さを感じさせるものではない。細かく手が入れられている、見る物を楽しめる。その目的が簡単に見て取れるほどに、趣向が凝らされている。

またオープンデッキ、二回にはテラス。そしてそこに木陰を落とす大樹。これまでは、そう言った空間は外から見えないようにとなっていたのだが、むしろそこから見える景観を楽しむためにと用意されている。

それこそ避暑地の別荘。そういった実に赴きある佇まいである。


「趣があって、良い物かと思いますが。」

「ああ、それに違いはないが、季節、時間で見た目が変わる屋敷だ。内部が動くことは無いが内装、後から持ち込んだものはともかく、初めから置かれている物もな。そういった物ゆえ、住むには落ち着かなくてな。」

「それは、確かに。」


その言葉は実際に目にしなければ信じられそうもないが、表情の原因はそれであるらしい。確かに朝と夜で外観どころか内装まで変わるとなると、たまに利用させてもらう、そんな立場の者とは違う見方になるだろう。


「何というかな、それにしても瞬きの内に切り替わればいいのだが。」

「その、つまり。」

「そのあたり研究中だったというところだろうな。」


挙句、一度に変わらず、その途中経過が目にはいる物らしい。そこまで行けばもはや立派な呪いの屋敷だろう。


「完成を、と、そう望んだことは。」

「研究者の常、と言うところなのだろう。今ある物の改良案、それを纏めていった結果、位置から作るのが早いと、その結論に落ち着いたらしい。完成品は領都で、その技術の一部が使われている。」

「何と言いましょうか、そのやり口に覚えが。」

「うむ。異邦の者による作だからな。」


アップデートの繰り返し、それによる弊害を考えれば、いっそフルスクラッチ。実に聞き覚えのある発想だとオユキが割って入れば、公爵から実に簡単に答えが返ってくる。

さて、本来であれば早々に屋敷の中に通らされるものではあるが、今は身一つでそれぞれが馬車から降りて、こうして庭園から眺めている。なんということは無い。祭りが近い。そしてここは公爵の本邸。暇なはずがない。特にこれまでその差配を行う公爵夫人を別邸に借りたこともある。今は早速とばかりに辣腕を振るっている。


「こちらでは、前夜祭も。」

「明確な定義はないものだがな。気の早いものは多い。ならばそれに華を添えねばなるまい。」

「目抜き通りにも、ですか。」

「流石に我が屋敷の前に限らず、門を一つ越えるまでは静かな物だがな。」

「その、印象で語る事となりますが。」


思えば、生誕祭、それがどのように執り行われるかを聞いていなかった。


「前夜祭は、我らの物では無いから置いておくとして。ああ、既に活気にも触れていよう。案内は付ける、それも楽しむとよい。しかし本祭であるな、こちらは王城に備えられた魔道具を利用し、公示を行う事から始まる。

 後は、今回については陛下、王太子様が揃って、道々声を掛けながら大通りを往復することとなる。」

「成程。華々しいものになりそうですね。」

「我らからすれば慣れたものではあるが、まぁ違いないだろう。近衛や騎士団も加わるなかなか盛大なもの故な。そういった想像もあって、そちらの子供たちもという事だろう。」


騎士に憧れている子供たちだ。そういったパレードが行われるのであれば、そう考えていたものが確かにあるらしい。ならば、彼らにとっては実に得難い経験になるだろう。


「その際の作法などは。」

「祭りの場だ、細かくは誰も気になどせんとも。無論過剰に近寄れば、近衛か騎士かが前に立つだろうが。」

「大らかな物ですね。」

「神に感謝を捧げる物であるからな。ああ、その方らも聖印の切り方は。」


言われてトモエとオユキで揃ってアナを見る。


「はい、私が。」

「ふむ。持祭であったな。月と安息の女神様へのものとなるが。」

「あれ、子供が生まれたときは、華と恋の女神様じゃ。後は春と生命の女神様に。」

「今回は、月と安息の女神様より多くの祝福を頂いておる。無論それらの神々にも感謝は捧げるが。」

「分かりました。月と安息の女神様に頂いた持祭、その位に懸けて。」

「ほう。そういえば、そのあたりは聞いていなかったな。水と癒しから先日受けた者もいたとか。」


今後手元から離れる者達、その認識もあったのだろうし。他にすべきことも実に多くあったからだろう。それこそオユキよりも。結局のところ、多くの事をやるためには人の手がいる。今生まれる日々の余裕、その差についてはそれによるものだ。

オユキとしても、流石にシグルドたちを己の部下に、そのような事は考えていない。今後は、可能であれば今回の事で手を借りた相手をと、そう考え動いてはいるが。そちらについても、ファルコ、そしてメイを優先しなければいけないだろう。


「何とも。それと、シグルドとアナであったか。遅くなったが我が領での事、その方らにとってはとても喜べるものではなかったであろう。あればかりは我の不徳の致すところだ。祭りを楽しむ、手伝ったそれに汚点を作られた。」


改めて、すまなかった。そう公爵が謝る。まず、そのような事をしてもいい立場ではない。加えて何の後ろ盾も無い子供相手に。それでも、王太子がトモエとオユキに頭を下げたように、公爵も少年たちに頭を下げる。


「あー。」

「その、公爵様。あの時は確かに悲しかったですし、色々言いましたけど。でも楽しい時間は確かにありましたから。神様の声、私たちを良く生きる人と言ってくださって、それから。」


その様子に、名前を呼ばれた二人が、わたわたと。慌てながら言葉を返す。


「その、さ。俺らはまぁ、結局あんちゃんとオユキの添え物だったし。」

「はい。主役は、あの教会でこれまでお勤めを行っていた人たちと、二人ですから。」


さて言葉遣いには目をつぶるとして。


「こう、メイのねーちゃんにも言ったけどさ。俺よりできる人が出来ないが出来ないなら、仕方ないんじゃないかなって。だって、俺はそうなったら何もできないしさ。」


それを、繰り返し、何の照いも無く言い切った上で。出来る事を増やそうと邁進するこの少年は、本当に良く、道から逸れないように、それだけを気を付けて上げれば。誰もが認める、そんな一角の人物に確かになるだろう。

悪い方向に行っていた、その出会いを覚えているからこそ、トモエとオユキはそう思う。


「それよりさ、名前は忘れたけど、石、喜んでもらえたみたいで良かったよ。」

「礼品というには、価値が高すぎる物でもあったがな。」

「正直、綺麗な石、それくらいにしか思わなかったし。あ、でもあれだ。出来上がったらどうなるかは興味があるかも。」

「ふむ。妻が色々と話して加工しておったはずだ。戻った時には、完成しているだろうが。」

「え、そんなかかんの。商業ギルドのおばさん、何週間かって言ってたけど。」

「ああ、削りだすだけならその位であろうが、装飾品の加工までとなるとな。その方も、今後そちらの少女に贈ることもあるだろう。確かに見ておくのも良いかもしれぬ。」

「いや、こいつらだったら食い物の方が喜ぶんじゃね。」


さて、シグルドの失言がきっちりと咎められる中。屋敷から使用人が呼びに来る。どうやら場が整ったらしい。

こうして話している間にも大量の荷物、樽であったり、木箱であったり。恐らく祭りのためにと放出される品々が、次々と運び出されていた。それが、ようやく目途が付いたのか、次第に減り、今は最短では無く迂回して、それも少ない人手でとなっている。

その辺り、公爵夫人、その差配の確かさが伺えるものだ。加えて幾人かは、大通りに繋がる門からの景観、そちらの手入であったりと、実に余念がない様子であるらしい。


「こればかりは、我も妻に敵う物では無いからな。」


そう零す公爵を先頭に、連れ立って庭園を歩く。祭りの時間は、色々と自由に動けるものではあるが、まぁそこは年長として休める物では無い。それはトモエとオユキ、これまでの経験で存分に分かっている。

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