第362話 らしい話題
一先ず、公爵に要望は伝える。そこまでの約束しかオユキにできることは無い。だから譲るのはそこまでと。そう示してしまえば向こうとしても、家格が落ちる事に加えて、無理を言ってそれすらも、そうなってしまっては元も子もないと撤退してくれるものであるらしい。
「それにしても、本当にこの短い間に。」
「渦中にいた私としては、なんだか長く掛ったと、そのようにも感じてしまいますが。改めて、紹介をさせて頂いても。」
こう、色々と面倒が重なったため、面識のない相手。オユキは全員を知っているが他はそうではない。そんな楽しい状況が起きている。この場でそれをできる相手は、他にも居るがその様子がない為、オユキが買って出る。
「そういえば、忘れていたわね。マリーア公爵家に令嬢はいないと、そう伺っていましたが。」
それは少々オユキとしても、今後頭痛の種となりそうなので、記憶にとどめておく。
「リース伯爵令嬢。こちらはレジス子爵第二令嬢。私にとってもその呼び名は馴染みませんが、始まりの町、その傭兵ギルドにて、アベルさんの下で知己を得た御方です。それから、クララさん。こちらがリース伯爵令嬢。始まりの町、その代官の任を今後得られると決まっている御方です。」
「ご挨拶が遅れましたわ。時期が合いませんでしたが、不思議な縁がおありのようです。勿論、オユキが切欠、それを考えれば納得いくものではありますが。」
「代官については、まだ先となります。今は少し立て込んでいますから。」
そうしてメイが深々とため息をつく。どうやら今回のごたごたで、そのあたりも当たり前の結果として、厄介を抱えているらしい。資源の分布が変わる以上領地の重要度もそれぞ変わるのだ。リヒャルトが顔を見せないのは、恐らくそのあたりの書類仕事に忙殺されているからだろう。
案外、それを使ってミズキリの試しが行われているかもしれない。
「それにしても、私どもは傭兵ギルドに来たオユキと出会ったのですが。」
「私は、領都に来た時、ですね。最初はまぁ、公爵様の侍女として、そうだったのですが。」
まぁ、さしあたっての話題など、それこそ共通の知り合いが都合の良い物だ。少女達、ティファニアの紹介もあるが、彼女については正直求められなければする必要もない。
ただ、そのうち、今頃オユキ達のいる庭園の一角では無く屋敷の中で行われている話し合い。それが終わるまでの間に機会もあるだろう。
「成程。私が見ている所では、初心者らしい初心者だったのですが。」
「生憎と私には知識がありませんから。ただ、弁えている所とそうでないところ。とにかくその落差が激しいと。」
どうにも、自身の行い、それを第三者の評として聞くのは慣れない物だ。
特に、散々振り回した相手からの物となれば、相応に恨み節も入っている。意図したものはともかく、オユキ以外、その思惑の結果としての事は、是非ともオユキに責任がある、そのように語らないで欲しいものではあるが。
「まぁ、トモエも含めて、なんというかちぐはぐでしたから。随分と。」
「異邦からの者、その特徴なのでしょうか。」
「私が会った事のある相手も、二十人ほどですから。ただ、その二十人とは明確に違いますが。様子を見た、それならもっと数は増えますが。」
「あの町で勤めているなら、そうですね、相応に機会もあるのでしょう。」
ただ、オユキとしてはその数字が少し気になる。クララがあの町で職を得ていた期間が分からない。傭兵である以上、オユキが出会うまでに少し間があったように、他の仕事との兼ね合いもあるかもしれない。
ただ、それにしても少なすぎる、そう思える。
少なくとも二年あの町にいたミズキリは団員の半数以上に出会っているし、認識が怪しくはあるがトラノスケにしても、他と纏めてきたと、そう言っていたのだ。
そして、異邦の者だからと、そうそう簡単に他の町に動けるような、そんな優しい世界ではない。それこそゲーム時代そのままでもない限り。
名を馳せたトラノスケ、彼が始まりの町で己の日々を過ごしていることを考えれば、別枠の存在も、あくまで初期値。創造神、彼の神がいたずらにそれそのままを許すはずも無い。
どうにも以前から感じている違和感、その正体がその辺りにあるように思えてならない。
「えっと、オユキちゃん。」
「はい。ああ、申し訳ありません。このような席で己の考え事に集中するのはいけませんね。」
派生した事柄、それにも思考を向けていたため、己の視界に周囲が移っていなかったことに気がつく。目を閉じていたのかどうか、それは分からないが。意識は完全にうちに向いていたため、外からの音は暫く聞こえていなかった。全く、トモエもいないというのに、随分と警戒を緩めたものだと、そう己を戒める。
確かに、油断が過ぎる様だ。色々と。少なくとも今は、他の誰かの話を聞き逃していい状況ではない。
「大丈夫。なんだか難しい顔をしていたけど。」
「ええ、大丈夫ですよ。色々と考える事が多いですから。」
それにしても昨夜のことが原因なのだが。
「それは、この場で聞けるものかしら。」
「いえ、今後確認すべき、それらを考えていただけですので。」
勿論気にする相手はいるのだが、そもそも話せる内容でもない。何が分かったという訳でも無く、調べなければならない、それが増えただけ。オユキ自身、記憶、それは得意な方ではあるのだが、それにも限度はある。
生前見た、失踪した両親の残した資料、その全ては流石に覚えていない。そもそもが膨大な物であったのだ。それを望むのも難しい。ただそういった外部情報、それを使ってという事も無いだろう。促されたのはクエストだ。
「何と申し上げましょうか。神々の来歴、それすらも疎かになっていますから。」
そう。行儀作法に始まり、巻き起こる対応すべき事態。それに対応を行っていれば、聞こうと思っているそれも後回しになってしまう。
食事の席で、そのような話もあったのだが、そこにしても忙しい。それ以外の時間は助祭こそ、来る祭りの準備のためにと、仕事に追われている有様なのだから。
「それは、流石に良くないでしょうね。」
「ええ、しかし日々になかなか余裕がなく。書籍として編纂されているのであればとも考えたのですが。」
「生憎と許されていません。」
そう、神にまつわる物、それを残してもいいのはあくまで聖印、それから許された意匠のみ。それ以外は全て人づてとするしかない。そのような物であるらしい。
「そちらの子たちは。」
「ええ、折に触れて少しづつ聞いてはいますが。」
話慣れた相手ではない。神の逸話を求めて寓話を語られる。それが基本となっている。勿論それだけ教えとして残っている全体を大事にしているのだと、そう見る事も出来るのだが。
それに、体力が足りない。朝からあれこれと習い、その後は魔物の狩り。それが終われば、勿論相応に疲れる物だ。そこで大人が話しをねだる、そのような物でもないだろう。また、助祭が同席していれば、勿論そこには位階における遠慮も出てしまい、難しくなるという物だ。
「どうにか、時間をとするしかないのでしょうね。」
「この子たちからは、折に触れて教会で話して聞かせる物だと。」
「先方にしても、いえ、教会だからこそ無造作にという訳にも。どこかで日を作るように。ことこれに関しては、必ず。」
「畏まりました。」
まぁ、そう言われるのも分かるのだ。であるなら一先ず今の生誕祭、その後の何処かでとするしかない。
「エリーザ助祭からは、週が明けるころには余裕があると聞いています。トモエに任せる事になりますが、いよいよ別で動くことも増えるのでしょうね。」
「ことこれに関しては、譲れる物ではありませんから。」
戦と武技、その巫女であっても、だからこそ。その神について知らぬというのは、まぁ外聞が悪い。
元々それもあってオユキから求めた知識でもあるのだから、否はない。王妃としては、戦いの場から離す、それについて抵抗はあるのだろうが。
そうして同じ席で別にと、本来であればなかなか許されない状況を作って言えば、クララから不審を存分に乗せた視線も送られる。ただ、どの程度の情報を開示してもいいか分からない以上、オユキはあくまで問われたことに応えるだけだ。口にするべきでないと、そう判断したなら答えられぬ、他に聞いてくれ。そういえば片が付くという気楽さはあるのだが。
「今はどうしても場当たり的になっていますから。」
「それはこちらも同じことです。」
「どうにか、一度整理が叶えばいいのですけれど。」
ただやはりそれは難しい。王都、この国の中心にいる以上、ままならぬことは多い。そこから離れてしまえば、異動の手間、以前よりもかなり時間のかかるそれが猶予をくれるのだが。
何となく、邪推の類ではあるが、そのあたりがマリーア公爵の領都と王都、その位置関係を決めたのではないだろうか。そんな事を考えてしまう。いつでも連絡が出来ないからこそ、たまの機会、それを見逃せはしないと、理解はできるし、それが叶わぬ相手に同情もあるのだが。
屋敷の方から見覚えのある人物が歩いてくる。もっと時間がかかるかと思えば、早くに纏まった、若しくはただ打診したのか。その終了を告げに来たのだろう。そうであれば、主役の会が終われば、脇役の会もおしまいだ。主役級の人物が集まってるのは、案外こちら側ではあるのだが。