第359話 クララ
さて、こうして一国の国母と席を同じくする。その栄誉というのをオユキは認める物でもあるが。
では、実際としてどう感じるのかと問われれば。面倒、厄介、そのたぐいの事柄でしかない。創業時からの人員として、時には退職後にも。そういった機会、取引先、新規の、組織の代表者。それらと席を同じくすることもありはしたが、経験と慣れがあっても、好きかと言われればやはり違う話になる。
権力構造が異なれば、そもそも状況も違う。とにかく気疲れする場だ。今は手本となるべき子供もいるため、気を抜きはしないが。それはメイにしても同じようで、ここまでの間散々回数はこなしただろうが、肩に力が入っている。そして、それを言うのならオユキにとっては、懐かしい顔の方が、なかなか楽しい様子ではあるが。
その目が全力で聞いていない、そう訴えて来るが、まぁ、それはそちらの落ち度だろう。
いや、あえて伝えなかった可能性も勿論あるのだろうが。そればかりはどちらともわからない。
「先日ぶりですね。二人とも変わりないようで何より。それからそちらの子と、初めて見る子も。」
席の中央には早々に、いつもの道具が置かれている。あくまでこの場の失態を持ち出さない、そういう意味合いであって、他の目がある以上あまり砕けた態度は認められていない。
「はい。王家の威光満ちるこの場にて、日々心安くある、その感謝を絶やさず過ごさせて頂いておりますれば。」
「振る舞いだけで構いませんよ。言葉までとなれば、難しい者たちもいるでしょう。」
「私どもの連れているものが、過日御身の心を煩わせたご様子。改めてお詫び申し上げます。」
「構いませんよ。全てとは言いませんが、言葉だけであれば皆も楽にするといいでしょう。」
先日、子供たちの所へ王妃が向かった、その時の事かと思えばどうやら本当に言葉は自由にという事らしい。そうであるなら、そちらにも聞きたい事が有るという事らしいが。流石に見当がつかない。一つ思い当たるものはあるが、流石にまだ早いようにも思う。
「ええ、それではお言葉に甘えまして。改めてこちらの少女はティファニア。領都の教会で暮らしている折、私どもの日々の務め、それで生まれる雑事を担ってくれるとのことで、縁を得ました。」
「成程。元はそちらの子たちからの紹介かしら。さ、改めて名前を聞かせて貰えるかしら。」
さて、促されたものの座ったままというのは習っていなかったのだろう。礼を取ろうとして失敗し、固まる。ただ、それも少し待てば、メイが身振りで示したこともあり、軽いお辞儀をしたうえで、名乗りを上げる。
「お初にお目にかかります、王妃様。私はティファニア。えっと、こうしてお目にかかる。」
「ああ、大丈夫ですよ。楽にといったのは私ですから。それにまだそういう事を学ぶにも日が足りないでしょう。教会の物とはまた異なりますからね。一先ずは、神殿、教会。そこで問題なく振舞えていたのです。十分な事でしょう。」
「はい。ありがとうございます。」
「それから、貴女は。」
「は。以前は騎士として、御身の庭を守る、その大役を仰せつかっておりました。」
さて、淑女としてはどうかと、オユキにしても思うが、メイに視線をよこせば頷かれる。どうや子爵令嬢では無く、騎士としての過去を見せる物であるらしい。令嬢であれば位のない貴族だが、騎士なら己の持つ爵位、その違いだろう。
「ふむ。生憎騎士の統括は陛下によるもの。我らの民と都を守る其方には心苦しくありますが。」
「いえ、第4ということもあります。」
「となると、アベルの。そう。あの子からはいよいよ寄り付かなくなったものね。改めて名乗ることを許します。」
「クララ・リーズベル・ラストと申します。王妃様。我らは確かに魔物の討伐に向かう事が多く、聊か。」
「ええ、分かっていますとも。勿論民の安寧、その大事。責める意図では無いのです。ただ、やはり一度くらいは顔を、そう願うものですから。」
さて、そうこうしている間は、緊張で体を固めてしまっている少女たちに、今のうちにとお茶に口を付けておくように勧めつつ、オユキ自身も口に運ぶ。
騎士である間は名乗らない、そう聞いていた家の名を名乗ったという事は、どうやらそういう事であるらしい。
さて、そうであれば、進展しているはずだが。その報告も兼ねてだろうか。それの良し悪しは分からないが、傭兵であるから認められない、その状態を終わらせたのには、トモエとオユキが存分に関わっているのだから。
「こうして、無理に席を同じくしたのはこちらです、何せ急ぐべき事が有りますから。」
「いえ、一度は騎士としてあった身。変わらぬ忠誠は王家に。」
「ありがとう。ただ、貴女の用事、その時間は後で作りますから、今は。」
そういって王妃がやはりオユキを見る。メイにも、それこそ祭り、そこで彼女の得た使命の本番が待っている。今はそれまでの間に、英気を養っておけと、そうされているだけであろう。だからこそ彼女の事を先にするかとそんな事も考えていたのだが。
「先日、色々と、そう、色々とあったそうですね。」
「はい。私としても、想定の外の事ではありましたが。」
集まれば、そうなると。なんとなくそういう予感は、オユキにもそしてトモエにもあったが。
この場、本来の主役であるクララを放って話を進めるのは正しくはない。その為、一度王妃がクララに顔を向けて目を伏せたりなどしている。ただ、事情は分からぬようではあるが、漏れ聞く話、公爵家にオユキがいる。そこから何か想像はあるようで、飲み込んでいるようだ。
アベルからイマノルには、情報が流れることは無いだろう。ただ上司として、その範囲で可能な気を利かせて。結果として身動きが取れるクララが、渡りに船と色々と聞きに来たのであろう。
「ええ。昨夜から今まで、何かと忙しかったのですよ。」
「お手数を。マリーア公も朝から城に上られたと、そのように。」
「話すべきことも多くあった、そう聞いています。それと。」
「ええ、ご令孫、その誕生の祝い。求められればその役は務めさせていただきます。しかしながら。」
「本当に話の早い事。」
そういって実に楽し気に王妃が笑うのだが、伝えておくべきことも色々ある。
「アイリスが気が付きました。エリーザ助祭、並びに持祭の位を頂いている、こちらのアドリアーナも当日の手伝いを。」
「その、アイリスの姿が無いようですが。」
「部族の物と異なるため、彼女は。」
「失念していましたね。今の言葉は忘れるように。」
それだけで彼女が参加しない、それに納得が得られるほどに違うものであり、それを曲げるというのが難しいものであるらしい。
「準備は既に、しかしながら、これは言葉通りですが至らぬ身です故。」
「ええ。心得ました。そうですね、助祭と公爵夫人の見立てを改めて。」
「確かに、お伝えさせて頂きます。」
「アドリアーナも、当日は我が孫の事です。よく務めてね。」
「はい。王妃様。神様に恥じないよう、私にできる事は。」
練習期間の配慮は貰えるようで何よりではある。恐らく、その時についでにとばかりに、王太子に晩餐に招かれることにもなるのだろう。実に都合のいい口実ではあるのだから。ただ、そうであるなら、付随する厄介も増えそうではあるが。
そればかりは考えても仕方がない。それよりも今は、何やら不振が募り始めたクララの視線と、それに付き合わなければならぬと、疲れが瞳に浮かんでいるメイの方が問題ではある。
前者は確かに気持ちはわかるのだが、後者は流石に分けるはずだとオユキは考えているが。
その席には戦と武技も確かにあったが、彼女に直接使命を与えたのは創造神だ。流石にこの混同は避けるだろう。
「それから、リース伯爵子女。」
「はい。王妃様。」
「未だ話しが纏まってはいませんが、貴方が頂いた使命、それが終わった時です。」
そう、それはそれで祝わなければならない。
「御言葉を返す事誠に申し訳ございませんが、未だ終わりを何処とするか、その問題が。」
「司教と司祭を交えて、話をしたと。そしてこの度の事は二つに分けると決まりました。」
王妃の言葉にメイの動きが止まる。彼女にしても日が無いという事であるらしい。
「どうにも戦と武技の神より頂いた、御言葉。そちらの方でも、水と癒しの女神の協力がいると。」
「それは、確かにそのような物でしょうが、だからこそ。」
「いえ、貴方のそれは彼の神より頂いた物。ならばそれらは別と。そして手伝わなければならぬなら、一連の物はその場で区切らねばならぬと。」
さて、ぼかす所はあるが、神のくだりについては隠していない。そうなるとクララに過剰に情報を与えすぎているようにも、オユキには思える。
アベルも説明していない事柄が多い。そして、今並べられた情報で、ある程度の推測は立つ。隠そうとしている、そうなるオユキとトモエのことなど。
その証拠に、クララの目がオユキから外れない。敵意はないが、猜疑はある。彼女にしてみれば、一体いつからだったのかと。それこそ、今にでもオユキを捕まえて、聞きだしたいのだろうから。
一先ず、目線でだけ、やましいところはないと、そう主張だけしておく。
「畏まりました。しかし、やはり私もオユキ同様。」
「ええ。そればかりは。そもそも事前に習うようなものでもありません。場は設けます。」
「ご高配、ありがとうございます。」
そこで、一先ずは終わりなのだろう。王妃が大きく息をついて、ようやく彼女の前に置かれたカップに手を付ける。
「全く、本当に忙しない事。方々に手間をかけます。あなた方も、出来ぬことを行えとは言いません、しかし。」
「はい。出来る事であれば、惜しみなく。」
「結構。トモエにはその折に、城内を案内するつもりですが。」
「お願いいたします。」
さて、参加できぬ物、そこで役を務める者たちはそれには参加できないが、流石に仕方がない。
また別の機会に頼めば、それで済む話でもある。少々残念そうにするアドリアーナには申し訳ないが。