第353話 大人たちの時間
「で、結局何を企んでるか、教えちゃくれないもんかね。」
初めからそのつもりだったようで、グラスとワインボトルをしっかりと持ってきたアベルが、公爵と自分様にとすれば、公爵も持っていた魔道具を机に置き、起動する。
最も、トモエとオユキでは恐らくそうした、そうとしか分からない物なのだ。何かしたというのは見ているが、変わらず部屋の外、そこで警戒している者達の気配、それはわかるのだから。
「企み、ですか。」
「勘違いされやすいのでしょうね。オユキさんは。」
オユキが繰り返した言葉を、トモエがただ笑う。そんな大層な物は存在していないのだから。黙っていることは勿論数多くあるが。
「ここで、どの程度話してもいいのでしょうか。」
「さっきトモエに言われただろうが。そういう聡い所が見えたら、こっちは警戒しなきゃいけないんだよ。」
「はて、アベルさんにはお伝えしませんでしたか。」
思えば、相応の人がいた場でしか向き合っていないため、はっきりと告げたことは無かったかもしれない。見た目が入れ替わっている事に気が付いた風であったから、それも分かっているのだろうと、そうしていたのだが。
「その、私も、トモエさんも80は超えていますから。勿論こちらに来てからは、半年程度ですが。」
そうオユキが話せば、公爵とアベルが揃って天井を見る。どうやらはっきりと伝えていなかったようである。
「その、ですから相応に経験があります。会社、こちらで言うなら一つの組織、研究、開発まで行う商会でしょうか。それを一から立ち上げ、ミズキリと共に、勿論他にも居ましたが、3千人程の物にまで成長させた。その経験を持った人間です。」
「一代で大店を起こしたと。何とも。」
「下地はこちらと全く異なりますから。」
ではこちらで同じことをと言われても、求められる技能が全く違うため、結果は当然異なるだろうが。
「ミズキリの言ってる一団てのは、それか。」
「いえ、それはこの世界の前身となる、そんな舞台の事ですね。そちらでは50にも満たない数でしたとも。先に話した組織、その中核を担った者たちは、尽く居ましたが。」
「ほう、随分と。」
「私たちにとっては、あくまで余暇、それでしかなかったので。」
さて、ここまで踏み込んでくるという事は、一蓮托生、そう向こうも腹を決めたという事だろう。そう判断して、オユキとしてもさっさと伝えておきたいことを話して置く。
「疑われているのは理解していますし、ファルコ様についても、アベルさんに任せているのは分かっています。後は、あの子に私たちの監視は無理でしょうね。シグルド君と仲良くなってしまいましたし。」
「まぁ、我とて向いていないのは分かっていての事だったからな。」
「見た目通りじゃないと思ってたが、まさか、なぁ。」
「その、少々羽目を外した振舞いはしましたが、そこまで驚かれるとは。」
「何つーか、知識がちぐはぐでな。聞いてた異邦人よりも、こっちの事を知らない、そう言った様子も多くてな。」
それについては、むしろオユキにしてもよく分からないのだ。
「そもそも選出基準が分かりませんから。皆が始まりの町という訳でも無く、創造神様以外の手による者もいるわけですし。」
「そりゃそうだが。他は、何となく地理や物価を把握してたりとな。」
そこについては、確かにオユキには明確な落ち度がある。
「その、かつての事ですが、私はあまり人里に寄り付きませんでしたから。」
そして、トモエに至ってはゲームのプレイヤーですらないのだ。知るはずも無い。専用の筐体。外部への情報の持ち出しは、あくまでプレイヤーの記憶によるもの。そうなれば情報の集積にも齟齬が多く生まれる。
そして、もう一つの世界、そう謳われるだけあって、現実よりも時間の流れが速いその世界は、当たり前のように日々移り行くものだった。
「一先ずそちらは置いておきましょうか、本題は別にあります。」
さて、トモエは既に口を噤んで場をオユキに任せてしまっている。
それも仕方ない事ではあるのだ。トモエが知っていることは、オユキが話したこと、それからこちらに来てトモエが触れた者。それ以外には何もない。
一応、オユキの知らぬかつて得た知識、それは持ち合わせているが、あくまでそれは比べて推測、そうするしかない物でもある。何が正しいのかわからぬ、そしてこういったやり取りは苦手、そうなれば得意なオユキに任せるとそう判断するものだ。これまで互いにそうしてきたように。
「巫女である。トモエさんにしても、気に入られ教えを広める、伝道師でしょうか、そう言った立場を与えてもいいというほどに気に入られている。これは事実です。」
そしてこちらの世界。神が寄り添い、奇跡を、加護を確かに与える世界。
そこで暮らす者たちが、なにを基準に判断したいかなど、聞くまでも無く分かる。
「しかし、私たちが単独で果たした使命という物は、存在しません。」
これについては、オユキも少々勘違いしていたが、先のアイリスとの件で気が付いた。使命は一人に対して一つづつ。一連であるなら、別だが。その言葉もあった。
恐らく、他の異邦人たちが果たしていない、ここまで気安く神に関わる何かをしていない、それらとオユキとトモエの違いはそこにある。
他の者達はまだ使命の最中だ。そして、当然のことながら、過去のゲームでもそうであったように、それを果たすまで口に出すことができないのだ。しかしそれができるオユキ達は、何なのか。
つまり、それらは他の者が与えられているそれとは違うものだ。そう考えるのが自然な帰結でもある。
「だが、その方らは。」
アベルは何やら思い当たるのか考えている様子だが、公爵はオユキの言葉に得心がいかぬと、首をかしげる。
「関わったもの、始まりは公爵様の領都での事ですが、これはあくまで言葉を届けただけ。ダンジョンについても、気が付くべきことに気が付いた、しかし切欠は既に得ていました。そして明確な功績が与えられたのはメイ様。
次にこちらに来る、その原因となったことは、そもそも王太子様へ与えられた試練です。それが終わりを迎えた、それを告げるために、私たちに役割が。
最後に、此度の闘技大会、そして付随する新たな奇跡、こちらもアイリスがハヤトさんから継承したものを果たし、武器を大切にする、その思いを強く持つシグルドに。」
対価、それを確かにオユキ達は明確に求めていない。いや、休日の補償をしてくれと、そう頼みはしたが、それだけだ。既に用意されていたと、そうわかる明確な利益は、全て別の者へと与えられている。
言っていたではないか、巫女がいれば、近くであればと。
だからオユキのやっている事というのは、その枠組みの内だ。
「ああ、そうなるのか。だからお前が巫女か。それと伝道師か。」
「成程な。だが、確かに切欠を作り、導いたのは事実であろう。」
「何でしょう。こちらの方の前で口にするのは憚られますが、まぁ、便利な小間使い、その程度のものかと。」
そこにいかなる理由があるのか。同じく武に傾倒していたらしい他の異邦人たち。流派を興し、長い時を伝えたはずのそれら、それを為したものたちがそうと呼ばれず、オユキとトモエが、それについては疑問があるが。
そればかりはまさに神のみぞ知るという物だ。
「なので、まぁ、謙遜という訳でも無く、神の威を借りるような真似はしないわけです。ただ、今後もそのように。色々とあるのは間違いないでしょうが。」
「それはそれで、困るんだがな。」
そして、これまでと同じく。こういった話をしていれば。
「其方らが困るのは本意ではないが、世界の切り離し、これは行わなければならぬのでな。」
「ええ、まぁ。いつまでも姉さまの世界に引っ付けてばかりと、そうするわけにもいきませんから。」
「その、本当はもっと前にやる予定だったんですよ。その問題を今、急ぎでと、そうしているんです。実際の所。」
さて、そして今回は3柱が同席という事であるらしい。
さて、今この段階では、すでに引き受けている事が有る。一連の事としては、闘技大会までがそうだ。そうであるなら追加はないはずだがと、そろそろ慣れを覚えてきたオユキはそんな事を考えてしまう。
今回は、二柱については、供えた果実を漬け込んだ酒を持ち込んでいる。残る戦と武技の神はオユキが机に置かれた、アベルの持ち込んだワインを差し出されたグラスに次ぐ。
相も変わらず、刺激が強く、直ぐに椅子から降りようとするのだが、それは当然できるはずも無い。過度にへつらう、それを求める者たちでは無いのだ。
「アイリスさんには、あのように言いましたが。こちらの神々は、こちらで暮らす人々の為、それは理解していますとも。」
そう、アベルがこうして来たのは、まだ忙しい最中だろうに。それはアイリスから報告が上がったからだろう。異邦の者が特別と、そう戦と武技の神が断じたのだと。
そして、それをアイリスが、未だに技で届かぬ彼女がどのように受け取り伝えたかも、想像がつく。オユキからしてみれば、なんというのが正しいものか。ただ、もっと別の視点によるのだ。
思い返せば、彼女もいた、確かあの場で理由についても言及したように思うが、受け取り方が違ったようだ。そしてミズキリも知らなかった。ならば過去の異邦人でも、あくまで極一部だったのだろう。異邦から魂を招く理由という物を知っていたのは。いや、気が付いたことが切欠というのなら、誰も気が付けなかったのだろう。
「何、そこまで悲観してくれるな、巫女よ。今は其方らもこちらで暮らす者である。」
「御身から頂いております加護の数々、それを疑う真似は致しませんとも。」
ただ、やはり神の言葉というのにも裏がある。今、はっきりと戦と武技の神は口にした。今は、と。
トモエにも告げはしたが、感謝はある、可能な限りとは思いはするが。
「何と言いますか。もう少し、のんびりとこちらを楽しめると、そう思っていたのですが。」
そうオユキが零せば、寝る前だったのだろう、普段とはまた違う楽な服に着替えたアイリスもこの場にどこからともなく連れられ。もう一人、以前とは違って、随分と濃い隈を拵えた男性、王太子その人も。
そんな相手から、お前が言うなとばかりの視線がよこされるものだが、オユキも巻き込まれた側だと、それだけは態度で主張をしておく。