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第35話 食事の前に

「そうですね。お久しぶりです。ミズキリさん。

 改めまして、今はオユキです。」


そう、オユキが改めて名乗れば、トモエがそれに続く。

ミズキリは、オユキにしてみれば、それこそゲーム時代と何も変わらない。

トラノスケが、その恵まれた体躯を存分に誇示するような、そんな容姿をしているのに対し、ミズキリは現実の彼とほとんど変わらない、そんな形をしている。

ゲームなのだからと、身長も、体格も容貌も特にいじることなく、それにも許容値はあったが、それでも手を加えたのは、肌の色や髪の色、そういった色合いだけを変えていたミズキリは稀有な人物であっただろう。


「ああ。久しぶり、そういってもいいものか。トラノスケから聞いてはいたが、こうして目にすると、改めて驚くな。元はトモエ、今はオユキ、それで合っているのかな。

 それと、奥方、旦那、まぁ、今はトモエ、ご無沙汰しております。」


そういいながら、ミズキリが頭を下げる。


「ええ、今は私がトモエと、そうなっております。

 その、ご不便をおかけしてしまうかと思いますが。」

「いえ。納得の上でと、そう聞いています。

 そうであるなら、馴染むべきは私のほうでしょう。しばらくは間違うかもしれませんが、ご寛恕のほど。」

「いえ、こういった事態も想定できたはずですので。」


そういって、順番に頭を下げるミズキリとトモエに、トラノスケが割って入る。


「まぁ、そのあたりは置いておけ。

 どのみち、ゲームにしてもご法度だ。現実になったからと、それこそ前のしがらみを持ち出すのも、せっかくの出来事に水しかさしやしないだろ。

 前はだれ。今は誰。そうじゃなくて、今を受け入れればいい。」


かくいう自分も、最初は戸惑ったがな。

そう笑いながら、トラノスケが語るのに、トモエとミズキリは、一つ息をついて、肩の力を抜く。


「確かに、トラノスケさんは早く私たちを受け入れてくださいましたね。」


オユキがそういえば、トラノスケは肩をすくめて応える。


「まぁ、違和感がないとは言わないさ。最初はそれこそそうだと考えて声をかけたしな。

 今だって、オユキの振る舞いには違和感が付いて回る。」

「そうなのですか。」

「ああ、その見た目でその口調。かと思えば振る舞いは、どうしたって男らしいというか。

 いや、固定観念か。うん。どうだろう。足を外に開くように歩いたり、座り方。」


そのあたりは、どうなんだろうな。

そういいながら、トラノスケが腕を組んで首を傾ける。

言われたオユキにしてみれば、何処か咎められたようにも感じてしまう。


「その。申し訳ありません。」


オユキが気恥ずかしさを覚えながら、頭を下げると、先に飲み物だけ、四つの木でできたジョッキを器用に持ったフラウが、それに混ざってくる。


「あー。わかるなぁ。なんかオユキちゃんってがさつなんだよね。」


髪の括り方にしてもさ、そういいながら机に手早くジョッキを置く。


「ご飯もすぐに持ってくるね。

 あ、大丈夫だよ、今は私がやったのよりもちゃんとしてるから。」


そうとだけ言い残して、また去っていく。

その姿を見送りながら、オユキとしては苦笑いをするしかない。

身を清めた後に、トモエが結わえた髪、オユキ自身では実際にどうなっているかは、確認できないが。

最初にとりあえずと、そう結んだときには苦い顔をさせてしまった。


「まぁ、なかなか難しいものですよね。

 今と昔、そういえば、昔語りという方もいるのでしょうが、やはり地続きですから。」

「なに、それを念頭に置いて、今を大事にする。それだけの事だ。」

「トラノスケさんは、本当に良い方ですね。」


三人でそんな話をすれば、トラノスケはどこか照れたようにミズキリをせっつく。


「ああ、そうだな。こうして再び得た今に。」


そうされたミズキリがそういいながら、ジョッキを掲げる。

その姿に、三人も合わせる。


「今は今だ。再会に。」


三人も、同じ言葉を繰り返し、さらにジョッキを掲げ、それに口をつける。

オユキは中に入ってるものが、何かは知らなかったが、それが思いのほか酸味が強いもので、驚きむせてしまう。


「オユキさん、大丈夫ですか。」

「ええ、思ったよりも酸味が。

 久しぶりだから、驚きましたが、そうですね始まりの町の近く、取れる果実はこれでしたね。」


そうあらためて思い返せば、オユキとしても愛着が湧く。

酸味に隠れる様な苦み、そしてほんのりと甘さを感じさせるそれは、ライムに似た味わいで、こちらの世界ではさて、どんな名前だったか、オユキはそんなことを考える。

それを、トモエがどこか興味深げに見る様子に、飲んでみますかと、オユキは声をかける。

トモエの飲み物はエールと、そう告げられていることもあり、予測の範囲を超える物でもないだろう。


「ええ、では少し頂きますね。」


オユキが木でできていることもあり、分厚く、大きいその入れ物を両手で差し出せば、トモエはどこか嬉しそうに手に取り口に運ぶ。

そして、オユキとは異なり、盛大にむせる。


「これは、なかなか、強烈ですね。」

「そうですか?元の世界の黒酢だとか、そういった物に比べれば穏やかなものかと思いますが。」


その様子にオユキが首をひねれば、トモエはどこか納得したように声を出す。


「こちらを口にしたときにも思いましたが、味覚にも変化があるようですね。

 私には、随分鋭く感じました。疲労でも変わるとは聞いていますが、それだけではないでしょう。」

「成程。そういう事もありますか。」


トモエから返されるジョッキを、オユキが再び両手で抱えるようにして持つ。

それを聞いていたミズキリが、くつくつと笑い声をこぼしながら言う。


「ああ。それか。ここの住人取っては、慣れた味らしいが、なかなか効くだろう。

 それこそ、以前は砂糖を入れたり、他と混ぜたり、試行錯誤があったものだがな。」

「まぁ、始まりの町では、私達もあまり装備以外の買い物はしませんでしたからね。」


オユキは、不思議とその後を引く酸味と、優しく目を覚まさせるような苦みが気に入り、なめるようにジョッキに口をつけながら、ミズキリの言葉を引き継ぐ。


「それこそ、今は昔、そうだな。

 なに、久しぶりの再会だ、聞きたいこともあれば、話したいこともある。」


そう、豪快に笑うミズキリに、オユキはやはり懐かしさを感じる。

それはトモエにしても同様で、ミズキリが二人の家に来ることもあれば、二人がミズキリの家に行くこともあった。

ただ、オユキとしては、彼が今この場に一人だけで来ていることも、気になってしまう。

そう、彼にもいたのだ。それもオユキ達と違い、二人でともに遊んでいた、そんな相手が。

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