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第348話 一方その頃

「あ、アイリスさん。あれ。」


これまでは、何かと離れた位置で立っていることが多かったため、子供たちにしても距離を置いていたものだが。疲れている一人を小脇に抱えて歩き出せば、他の子たちも懐くという物だ。

特に、これまで何度も同じ場面を共にして、命を助けられた側からすれば、距離感を計りかねていた、それが解消したのだから容赦はない。何やら種族全体として面倒見がいいこともあるのだろう。流石に尻尾を引かれた時には、怒りはしたが、それ以外では髪を引っ張られても実に鷹揚に構えている。

少女たちにしても、明確に歳が上、見るからに大人な女性というのは、マルタもいるが彼女はあくまで護衛。身内ではアイリスだけなのだから。


「あら、こういった飾りもあるのね。」


流石にこの人数でとは思って、引き取って先に何か追加で食べれば、そのようにトモエも考えていたのだが。躾がいいというか、仲間意識が強いというか。残ったものたちが出来ぬならと、あれこれと店先を覗き、時に買い求めたりはするものの、誰も口にすることは無い。

そうであるなら、戻った時に席を整えねばと、護衛の一人に今は公爵邸に向かってもらって、その上でこれまでとは少し毛色の違う。領都でオユキと歩いたような店舗が立ち並ぶ一角に揃って訪れている。


「綺麗ですけど、これ、何に使うんですか。」

「飾り紐よ。髪を括ってもいいし、手首に巻いてもいいし。自分が合うと思うところに飾ればいいわ。」

「へー。」


人数比が傾いたこともあり、今やすっかりと食べ物以外にも目移りしながら歩いている。3人の少年たちは、少々居心地が悪そうではあるのだが、経験だろう。ただ何を言うでもなくついて回りながら、時折食べ物については興味を見せている。


「アイリスさんも、オユキちゃんも髪長いし、似合いそうだね。」

「私は色々と都合が悪いから、あまり髪を纏めないけれどね。」

「え、そうなんですか。」

「私たちにとって、体毛というのは力、祖たる獣の力が宿る部位でもあるのよ。手入れ位はするけれど、切る事も無いわ。」


そんな話がアイリスの方から聞こえてくる。トモエとしては、非常に興味のある、前の世界ではまずありえない種族なのだ、好奇心としてあれこれ聞いてみたくはあるが、子供たちから目を話せるものではない。

現に、先ほど一人が珍しいものにはしゃいでいたと思ったら、これまでにもよく見たように突然眠りはじめたりしたのだから。たとえ世界が違えど、子供というのはそういう物であるらしい。


「すまないな。」

「いえ。構いませんよ。これも年長の務めです。」


パウがそんな言葉をかけて来るが、彼にしても足元が怪しいものだ。力はあるが、それを存分に発揮したため、消耗も人一倍大きいのだから。


「疲れたでしょう。」

「やはり、隠せないか。」

「それが分からぬようでは、指導などできませんよ。力をつかう、その難しさが、ああしたことをすると良く実感できるでしょう。」

「ああ。」


最も力がある。シエルヴォですら、現段階で全力であれば弾き飛ばすほど。だからこそ他の少年たちが余裕を作るためと、無理を繰り返した。


「その、ありがとう。気が付いていたけど、やっぱりどうにもできなくて。」


そして、その間隙、出来た時間をアドリアーナは実によく使っていた。シグルドとアナの二人が、仕留めよう、そう動くのに対して、時間を作ろう、足を止めよう、そうして全体に実にこの少女も貢献していたのだ。


「仕方ないだろう。先ほども言われたが。」

「うん。それでも、ありがとう。」

「仲間だからな。結局怪我はしているが、ジークも言っていた。」

「そうだね。でも、やっぱり、もう少し出来た事が有るかなって。」


時間を置き、考える事が出来る、そんな暇が出来ればやはり反省はあるだろう。だがそれを過剰にさせるつもりはトモエにもない。


「ええ。経験を積めば出来るでしょう。しかし、今は無理です。後、そうですね、5回は繰り返して、同じ状況ならもう少し冷静に動けるようになるでしょうね。」

「そんなに、かかりますか。」

「はい。前にも言いましたが、多数相手というのは非常に難しいですから。私とて、あくまで格下だからこそ、そうでしかないのですよ。」


そうして話しながらも、歩いているうちに少々持ち方がずれていたドロテアを抱えなおす。

見ている先では、アイリスの側でもまた一人、電源の切れた子がおり、その子供も追加でアイリスに抱えられている。倒れ込もうとするのを、きっちりと尻尾で防ぐあたり、なんというか彼女の動きにしても慣れを感じる物だ。種族として長命と言ってはいたが、見た目にしても20を超えた程度にしか見えない。アマリーアと同じくおばさんと、シグルドから呼ばれている事と、彼のその感性を信じれば、それほど長く生きているらしいのだが。

それを考えると、どうにも技量、加護、それが足りないように見える物だ。魔術を使うようではあるから、そちらにとられているという事だろうと、オユキは言っていたものだが。

どうにも、彼女にしてもつくづく隠し事が多い性質であるらしい。アベルが知っていても話さない、そうする程度には高位の人物、それも他国の、ではあるらしい。ただ、そう振舞おうとすれば悲し気にする当たり。あの時見た嘆き、それを抱えて全てを捨てて。そうしてここまで流れ着いた、そんな手合いなのだろう。

生憎トモエの生きた時代には、そこまでの人物はいなかったが、過去にいたとそういった記録には残っている。そして、単独で、彼女自身としてであればまだしも、知っているものがほとんどいない完成系を求めて。

だからこそ、何処か共感を覚える。今はオユキ、孫娘。その二人ほど才に恵まれなかったトモエは。


「えっと、はい。でも、たとえ格下、そう分かっていても。」

「ああ、油断はしない。」

「はい、その通りです。今回も先ほども褒めましたが、格下、数が多いだけ、その侮りが無かったのは、本当に素晴らしい心構えでしたよ。アベルさん、元この王都の騎士団長、その方もそう仰ってくださったでしょう。」


そう、トモエとアベル、二人が共通して少年たちを最も褒めたのはそこだ。

一匹であればどうとでもなる、その侮りが無かったこと。本当にこちらの話す事をよく聞き、示すことを良く習い。各々でそれを理解しようと、そう振舞ってくれる良い子供たちだ。


「でも、それで私もジークも、ちょっと動きが堅くなってたから。」


オユキへの物だろう、並べられた髪紐から、山吹色と緑、黒によく合う差し色だろうそれを主体として、恐らく何かの植物を模して編まれた紐を買ったアナが、話に加わってくる。

アイリスはもはや子供の止まり木となって、既に4人を抱えているため、これ以上は無理だろう。

パウがそれを見かねて、一人を引き取りに、アナと入れ替わりにアイリスの方へと歩いていく。


「ええ、警戒して、動きが鈍っていました。以前、シエルヴォに一人で向かった時のセシリアさんのように。」

「分かります。でも、多分明日も。」

「ええ、そうなるでしょう。」


申し訳なさそうにするアナではあるが、トモエとしてはそれが当然と、そう言うしかないのだ。

まだまだ経験が足りない。それに尽きる。そして、トモエにしても、強敵、今はどうにもならぬ。そう感じる相手と相対した時には、それを本当に久しぶりに実感したものだ。


「何度でも繰り返しますが、皆さんはまだ経験が足りません。教え始めて半年にもなっていないのですよ。」


ここまで、確かにとても順調ではあった。そうなるように心を砕いてきた。しかしそれを許さない事態が起きたこともあり、それだけでは足りぬこともあると、それを教えるために今回はこの子たちも巻き込んだ。

灸をすえた、そうとも言っていいのだが。トモエとオユキに叶わない、そして二人が上と認める相手も同様。その安心は嬉しいが。それだけではと、機会を作って改めてと、そう思っていたものが都合よく転がり込んできた。だからこそ今なのだが。


「そう、ですね。まだ、たったそれだけ。」

「なんだか、もうずいぶん長い時間だった気もするけど、そっか、そうだよね。」

「ええ。何度も、違うものであっても経験を積み、己の体が、身に着けた技が、考えずとも。そうなればようやく過剰な力というのは抜けますが。」

「あ、訓練が実践より厳しいほうが良いって言うのは。」

「ええ、そういう事です。そうであれば、訓練通りにやれば余裕をもって、そう実感できるでしょう。」


トモエにしても、未だにその境地は遠い。無念無想。言葉だけは知っている、未だに得られぬそこ。生前、何度か。本当に調子のよい日、振るった刃、そこにこそ己がいる。その感覚に引き摺られるように、踏み入れた場所もありはしたが、長くとどまれた試しも無い。直ぐにその立ち合いには終わりが訪れ、ただ、体の芯を、心を沈める様な。そんな疲労だけを残してすぐに去っていったものだ。


「でも、私たち皆で話してるんですよ。」

「もう、今言ったら、良くないんじゃないの。」

「でも、言っておいた方がいいでしょ。そんな気がするし。」

「どうかしましたか。」


さて、何か。流石に四六時中一緒というわけでは無い。何やら少年達だけの時間、そこで話したことがあるようではあるが。彼らにとっては、トモエは大人の区分であろう。子供が大人には内緒、そうするのは良く知っているため、言いたくないならとそう思いはするのだが。


「えっと。」


アドリアーナに押されたアナが口ごもると、それを許可とみたセシリアが口にする。


「トモエさんにもオユキちゃんにも。絶対勝てないのは分かってるけど、もし戦う事になったら、びっくりさせようって。」


その微笑ましい約束は、確かに果たされてほしいものだと、トモエはそう思う。勿論その場で容赦はないが。


「楽しみにしていますね。」


ただ、口にする言葉にも嘘はないのだ。

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