第347話 これも練習
「まぁ、結局のところだ。一番大きな勘違いは、お前らは実戦だと考えてるってところだな。こっちからしたら、訓練の一環でしかないわけだ。」
馬車に揺られる中でも、活発な意見交換は行われていた。ただ、そこで発生するすれ違い、認識の齟齬というのはアベルのその言葉に集約される。
「でも、魔物と。」
「保護者付きでな。何かあれば、こっちで対応する、それが大前提だ。勿論悪い事じゃない。」
「セシリアさんは、多少の自覚がありましたね。」
「えっと、はい。だからこの前、本当に一人でシエルヴォに立ち向かって。」
そう、彼女はその自信を、一人でも、実際に。それを願って向かい合ったのだ。そして、そこまで話せば理解できるだけの下地は皆出来ている。少年たちの方は、頭では分かっていたのだろうが、言われて改めてといった様子だが。
「そういや、あんちゃん鍛錬って言うもんな。俺らに。」
「ええ。実戦ではあります、しかしその域を出ないようにしています。」
「ま、そうだよな。面倒を見てくれ、そう頼んでるんだ。」
人によっては、それに反発を見せそうではあるが、シグルドがそう言葉にすれば、皆揃ってそれに頷く。実に物分かりがいい。そしてその様子を見て、アベルがどこか遠くを見るあたり、彼のこれまでの苦労が偲ばれるという物だ。
「それもあって、ギルドから過大な評価と、そう思うのでしょう。」
「うん。結局、場を整えて貰ってるからね。オユキちゃんとトモエさんに。」
「でも、今度の闘技大会は。」
「試合を実戦と捉えるか、それはまた難しい所ですね。」
そう、それはまたいろいろと難しい。そして応えあぐねている間に、ギルドにたどり着くこととなったため、連れ立ってギルドに入れば、早速とばかりに別室に通される。得た物は多く、無論色々と話さなければいけない。ファルコにとっても実にいい練習になるだろうと、今回は彼と並んでオユキが座る。
「まずは、お礼を。」
「いえ、必要な事を為した、ただそれだけです。それに諸所の手配など、そちらにも手数を。」
相対する位置に己が座らされた、その意味は正しく伝わっているようで、ギルド職員の言葉に対してはファルコが応対を行う。以前とは違う顔ではあるが、それこそそちらは今頃持ち帰ったもの、その処理で手が取られているのだろう。
「こちらとしても、確認したいことがあるのだが。」
「申し訳ありません、直ぐにとは。」
「何、その方の感覚で構わぬ。明日も我らの手がいるか、それについてだ。明後日は祭りの前日故、そこから3日程は、我らも手を貸すことは出来ぬが。」
「本日だけでも過分なご配慮を頂いていると、そう職員一同理解しております。しかし。」
言いにくそうにする職員の様子で、求めていることはわかる。
自分達で回収したわけでもないため、実際にどの程度かその把握などは出来るはずも無い。そして、運び込まれたそれらに対応を今も行っている以上、詳細な報告も望めない。
「相分かった、明日も同じ流れ、そうしたいのだが。」
「御言葉、真に有難く。でしたらこちらでも、今日の事を確認したうえで、改めてご用意を。」
「うむ。それと、本日の成果についてだが、これを。」
さて、最初は少し硬かったが、相手もファルコの振る舞いに合わせている。型どおりに行えると分かってか、力も抜けてきたところで、ファルコが公爵から預かった書簡を渡す。
「マリーア公爵から、此度の事について要望を預かっている。」
「畏まりました。」
「何、不安に思うことは無い。食肉については、見返りを求めない、その約定はある。」
そう、彼らの求め、最も不足するものはそれだ。だが、当然それだけではない。
「それ以外についても、無論祭りの事だ。我らも神への信仰を持ち日々生きている。だからこそ、そちらへの協力は惜しまない。」
「その広き御心に感謝を。こちらは、私が責任をもって当ギルド長のミロに。」
「いくつか頼みたいこともある、私もそう聞いている。急かすようで心苦しくはあるが。」
「勿論、明日までに必ず。」
さて、これで所謂お役所的な物は御終いだ。残りはそれ以外。言ってしまえば、荷物の運び込み、その完了報告を待つ、その間の雑談となる。
それなりに広い部屋ではあるのだが、全員でとはならず、それぞれの代表者を出す形となっている。残りの者達は、トモエとアイリスが連れて、今頃この後、持たされた食事では足りなかった部分を埋めるため、食事の買い出しに向かっている。実際のところは菓子の類だが。
「それにしても、選んでもらった者たちだが。」
ファルコにしても、彼らの事が気になっていたらしい。特にその中の一人には、彼が声を掛けようと、そんなそぶりを見せもしたのだ。そして、中にはアベルに頭を下げる物もいたのだ。
「ええ。治らぬ傷を負った傭兵、それから。」
「騎士だ。見知った顔もあったからな。」
「道理で。私もかつて学び舎で教えを得た顔があった。今は、何を。」
「皆さま、静かに暮らされています。折に触れて、こうして方々からの雑事を引き受けていただきながら。」
やはり、どうにもならない理由を持った人たちであるらしい。
「改めて、場を設けて頂いても。」
「勿論です。」
そこでファルコから視線が送られるが、成程出がけの話を聞いていたらしい。そちらについては、まぁ、今日すぐにの事になるわけでもないのだから、後でも構わない。
「祭りの前、勿論私たちが得た物も、ただここ迄運べば終わりという訳でも無いでしょう。日程は、改めて。」
それに、オユキが考えている事、それについては流石に公爵にも許可を得なければいけない。ファルコと職員に一度そう断ったうえで、オユキからそれは後だと話を変える。
「お借りした武器ですが。申し訳ない事をしました。」
「いえ、私どもが過小評価をしていたという事でしょう。」
「いや、実際駄目にしたのはほとんど俺らだからさ。あんちゃんとオユキは、一回換えただけだし。それにしても、後から俺らが使って駄目にしたわけだからな。」
そうシグルドが、彼にしては珍しくため息とともにそう話す。
「なんていうか、雑に使った。必要だったけど。」
「ええ、分かっていますとも。そもそもあれだけの武器で得られる以上、その成果と明らかな物ですから。」
「かといって、結局同じように扱うしかないから、明日も同じようなので。一応、折れた部分とかも集めてるし、買い取れるなら。」
「壊れた、武器をですか。」
「ああ。鋳つぶしてうち直してくれるし。なんか、そのたびに量が減るらしいから、ちょうどいいしな。」
そうシグルドが切り出せば、職員の方が難しい顔になる。処分する、そもそも使い切り。ダメになれば、くず鉄として。この場での事として予算を組んでいるだろうし、その辺りは公爵との兼ね合いの中で清算するつもりだろう。
「シグルド。今でなくても構わないか。その方への依頼でもあるが、受けたのは元をたどれば御爺様になる。」
「あれ。昨日なんか、違う話になってなかったっけ。」
「そのあたりは、私も良く分かっていないのだが。御爺様が私に手紙を預けたのだ。」
「あー、そうだよな。なら、そっちとも話さなきゃだな。悪いけど、決まるまで置いといてもらったりできるか。」
シグルドがそう尋ねれば、職員の方でもどうにか頷きが返ってくる。ファルコもまだまだ素直すぎるところはあるが、気が付けたのは及第点ではあろう。
「それと、そうですね。今後の事もありますが。」
オユキとしては、せっかくだからと話を持ち掛けて置く。
「私たちのように、こうして他から来ている狩猟者というのは、実際どのような扱いなのでしょう。」
聞こうと思いつつ、なんだかんだと後回しにしていたことを、改めて尋ねてみる。
これについては、オユキだけでなく、他の者たちにも関わってくるのだから。アイリスにしても、何かと煩雑な手続きがあるようだし、そもそも領都で狩猟者ではなく、始まりの町に移動してからとなっていた。
加えて、最初の登録の時に、移動の要請、その話もされたのだ。
「皆さん、こちらに移動されるのですか。」
そう嬉しそうに話す職員には申し訳ないのだが。
「いいえ。それが義務でなければよいなと。」
「あー、そういや登録の時に、そんな話もあったっけ。」
「そうなのか。」
「ああ、なんか、こう、狩場の維持だとか何とかで。正直移動なんて当分先だと思ってたから、忘れてたな。」
シグルドがそんな事を言っているが、そもそも領都、そこから移動するとき、その教会の子供たちにしても、移転の話が出たときに、実績がと、そう言った言葉もあったのだ。本当に簡単な物でしかなかったから、覚えていないのも仕方ない事だが。
「その。今は、どちらに。」
「始まりの町です。」
「その、異動、しませんか。こちらの方が、何かと便利だと思いますよ。」
「いや、やることあるし。んー、でも、そう聞くってことは、選べるんだな。」
まぁ、そういう事であるらしい。公爵にしてもお抱えの狩猟者というのは初めてであったようなので、状況次第では、それこそ抜けなければいけない、そんな事もあったのだが。不都合が無いのであれば、何かと楽であるし、現状維持でよいだろう。最も時期にオユキとトモエについては所属が変わるが。
そこで思い至ったのか、ファルコが手続きに関して確認を行い始める。彼にしても、実際に己の経験とすれば、身になるのは確からしい。座学で把握できるものもいれば、そうでない者もいる。やはりそのあたりは何処も変わらない物だと、そんな事を改めてオユキは思う。
背後に立っているアベルの視線、それが職員に対して少々冷たいのは、公爵の孫、伯爵の子供がいるのに飲み物の一つも出さない事だろうが。そもそもこれまではそんな事も無かっただろうと思えば、どこもかしこも、これから大変である、そう思うしかない。