第345話 疲労
「ファルコ、注意が散漫になっているぞ。」
「は。」
二度目の入れ替えが終わるころには、流石に少年達は疲労が隠せなくなってきている。
既に彼らにしても、鹿が獲物に加えられ、疲れ、注意が散漫、その状況で戦闘をすることになり、随分と苦戦している。加えてファルコ達、領都から来た子供たちにしても、初めての相手となる。
そちらは既にトモエも加わり、どうにか戦闘を続けている状態になっている。オユキとアイリスにしても、少年たちの面倒を見ながらになっているのだが。
「セリー、足を。」
「うん。」
「その前に、角の対処ですよ。」
武技、それ込みであればオユキでも落とせる。そういって、シグルドが剣を合わせて止めようとする前に、声を掛けながら、割って入る。
「武器で受けてしまえば、今のあなた方では、直ぐに駄目になりますよ。」
「ああ。助かる。もう替えも無いんだもんな。」
存分に魔物を狩り続けて、既に一時間半ほどだろうか。思ったよりもと言えばいいのだろうか。武器の消耗が早く。そろそろ終わりにしなければならないようだ。どうにも、トモエとオユキ、二人して少年たちの成長を見誤っていたというところだ。技だけで見ればまだまだ拙い、そう捉えてしまう。加護はやはり計りきれないと、改めて思い知る。
「ええ。アナさん。少し下がってください。武器を一度。」
「はい。」
当然、魔物を斬り続ければ、その本体は消えてくれるというのに、血と脂は残る。それもこちらにとって都合の悪いものだけ。
「ティファニアさん、足元に注意を。」
「え、わ。」
魔物が変わったこともあり、トロフィーも残りだしたのだ。足元には毛皮や角も転がる。トラについては食用ではないから回されてこないが、時折混ざるグレートムースが残したものに至っては、なかなか大変な事になっている。
そして、そんな中でも戦うためにと、トモエの教えを守るなら動き回らなければいけないのだ。騎士の剣とは違う。成程、こういった状況を想定し続けるなら、これまで見た騎士達。その場を動かず、動くときも揃って、それは非常に有用であろう。
「シャロン、補助を。ティファニアと一緒に下がって、怪我の確認を。ウィンダム。前に出るぞ。」
「はい。」
「それなら、ヴィクトリアもだ。流石にお前ら三人だとシエルヴォはきついぞ。」
ファルコの指示には、問題があれば細かくアベルから指摘が入る。トモエを勘定に入れないようにしているのは、理由があっての事だろうとは思うが。その辺りまでは流石にトモエには分からない。一先ずはと、寄ってきたヘラジカの首を落として、そのまま剣を大きく払って、血振るいを行う。気休め程度にしかなりはしないが。
魔物も大型になってきており、トロフィーとして、肉の塊だけでなく、魔物本体も残るようになってきたため、回収と搬出も遅れが出始めている。
近く、それこそ魔物がこちらに気が付く距離には、もはやそれらはいない。護衛は魔物を追い込むためにと、それなりに遠く離れ、そこから追い込んできている状態なのだ。
「そろそろ、良しとしましょうか。」
トモエがそういってアベルを見れば、また周囲へ手振りを行う。これで、追い込みも終わるのだろう。後10分ほどは、戦闘も続くだろうが。さて、本番はここからだ。
終わりが見えた、それが途端に疲労を深い物に変える。さて、これも初めての経験であろうと、トモエは声を張る。
「では、今の間物を対処しきれば、一度完全に下がりましょう。」
地面に残る収集物については、護衛に任せた上で今も拾い集めてくれている者たちに任せるしかない。
なので、今それなりに近くにいる魔物、それの対処が終われば、後はいよいよ全体で休憩とそうなる。そういった事も併せて告げれば、早く終わりに、そう思うのだろう。そして、それが視野を狭める。
アベルは分かっていると言わんばかりの様子だが、アイリスからはやや迷惑だと、そんな視線がトモエに向かう。
分かっている側からすれば、この後、面倒が増えるとそう分かるのだから。
「うし、じゃ、これが最後だな。」
「うん、もう少し、がんばろ。」
さて、そんな声の掛け合いが、あちこちから聞こえるが。それが悪いほうに働くという物だ。終わりが見えたであって、終わっていない。その差を経験しておくといいだろうと、そう思った矢先に影響が出始める。
少々の怪我はともかく、大怪我には繋がらないようにと、補助をすることは忘れず。
「まて、前に出すぎだ。」
ファルコがそう声をかけるが、遅い。言われて気が付き、ティファニアの体の動きが止まる。そしてそこに届く鹿の角を剣で防ぐ羽目になったことで、それが折れる。
そして、今度はそれを助けようと他の子供が動き、足元の確認を忘れたために、落ちていた角に足を取られて転びかける。足を取られたのは、先のシカが残した角。刃物の鋭さを持ったそれに倒れ込めば、当然怪我を負う。
それを避けようと体を無理に動かせば、当然助けには入れず、ファルコが、今度は無理をしてと、見事な悪循環である。
「く。一度下がってくれ。トリスタン、右側を。」
「はい。シャロン、怪我は。」
「大丈夫。うん、いける。」
さて、その様子では二匹目は難しいと、トモエが子供たちによりそうなもう一匹を切り捨てて、残ったほかも対応していく。少し痛い目を見る、それ以上の負荷は流石に与えるつもりはトモエにもないのだから。
アベルにしても、先ほど角の上に倒れそうになったシャロンの襟首をつかみ上げと、実に慣れた様子である。
「って、セリー。」
「え、あ。」
オユキの方でも、終わりが近い、加えてこちらの方が討伐が早いこともある。
少しの慣れと、後残るのは二匹だけ、その状況で子供たちの方から焦った声が聞こえたからだろう。セシリアが敵を前に、振り返ってしまったが、他が補助を行う余裕がない状況なのだ。今は、これまでと違って。
「敵から目をそらしてはいけませんよ。他の方の手伝い、その前に己の敵です。」
位置が悪い為、斬っても余勢でセシリアの方向に飛ぶからと、剣を折ることにはなったが角をへし折り、地面に叩きつける。そして、その衝撃で体勢を崩した鹿は、少年たちの手によってしっかりととどめを刺される。
そして、残り一匹。そこで疲れが出たのだろう。シグルドが綺麗に足を滑らせて転び、相手取るパウの助けに取って返すつもりだったのが出来なくなる。
そちらに対しては、オユキが中途半端に残っていた剣を投げ牽制し、前に進むついでにシグルドの手から離れた剣を拾って加勢する。アイリスは、大物の相手に向かっているため、仕方がないのだが。
流石に、最後のとどめは少年たちが決められるようにと、動きは抑える。そして、少し経てば、アナとパウの手によって、鹿もその姿を消し、少年たちのいる側、そこに残った魔物はアイリスの相手取る物だけ。
そして、それもすぐに終わる。周囲から完全に魔物が消えはしたが、未だに周囲を見るあたり、変な緊張感ばかりが残っているようではあるが、アイリスが武器を下ろし、オユキがシグルドに両手剣を差し出せば、揃ってその場に崩れ落ちる。
「気持ちはわかりますが、まだ敵地ですよ。」
勿論、周囲に影はないが、どこからともなく発生する手合いでもある。
「あー、なんか、立ち上がれなくって。」
「まぁ、そうなるでしょう。向こうも終わったようですね。」
子供たちの側は完全に崩壊したため、アベルとトモエが始末をつけている。このあたりが、短いながらも確かにある差。それだとしか言えない物だ。
気が抜けてしまい、疲れから足に力が入らないのだろう。少々深手を負いそうになっていたこともある。そんなセシリアをパウが抱き起して、そのままそろって後ろに下がっていく。
「一先ず、お疲れ様でした。結界の中に戻って、一度休みましょうか。」
「ああ。にしても、こんな短い時間で。」
「動きの量が違いますから。」
いつもであれば、まだ1時間以上は狩りを続けているのだ。勿論、休憩を挟みながら。
用は、それだけ周りが状況を調整していたのだ。
「分かるけど、溢れの時は、用はこれなんだろ。」
「以前、始まりの町の時はこれよりも多かったですよ。対応する人も多かったわけですが。」
「あー、そうだよな。二日掛けて拾ったわけだし。」
「ほんと。疲れた。なんだか、いつもよりも気を付ける事多かったし。」
「それに、溢れの時は護衛もいない。」
疲れてはいるのだろうが、だからこそ。普段よりものんびりとした口調で少年たちが色々と話し出す。
「トモエさんも、お疲れ様でした。アベルさんにも、かなりお手間を。」
「ま、こればっかりはな。むしろ、このあたりの知識がお前らになくてほっとしてるくらいだ。」
「アベル殿。ご迷惑を。」
「いえ、私たちがもう少し戦えていれば。」
「いや。それが分かっていて、あの場に立ったのだ。私たちは。それを忘れて指示を出した、それが最も責められるべきことだ。」
「でも、何も言われなかったら、分からなかったことも多かったですよ。」
「それも織り込まなきゃいけない。お前らも騎士になる時に叩き込まれるが、指揮にも色々種類がある。ま、なんにせよ今は休憩だ。疲れた頭で考えても、悪いところばかり見つかるからな。」
この後は、揃って、その前に別れて反省会としたほうがよさそうだ。
そんな事を考えながら、雑用を買って出てくれている人々に頭を下げて、結界に戻る。
食事の用意もして来ればよかったなと、そんな事を考えながら。