第344話 破竹の勢い
幾つかの注意点を伝え、後は安物と持てばそう分かる武器に慣れるために数度振れば、乱獲の時間が始まる。
これまでは、トモエとオユキが大いに暴れまわっただけではあるが、今回は少年たちもだ。まだそういった雑な戦いというのは早いような気もするが、どのみち始まりの町に戻れば、それをやる必要もあるのだ。
なら、まぁ諸々の手間を買って出てくる相手がいる間に、練習するのもいいだろう。
「あー、でも、あれだな。これでも始まりの町で売ってるのに比べたら。」
「言わないでよ。悲しくなるじゃない。」
「修理もまだ難しいだろうし、纏めて買って帰るか。」
少々、本来であれば今の状態では、トモエから見ればそういった状態だが、それで体に過度な負荷をかけて怪我をすることはなさそうだ。そこまで見て取って、改めて注意を引く。
「さて、皆さんは今回が初めてです。しかし、実際のところは普段と変わりません。」
「えっと、常に一対一ですね。」
「はい。把握すべき数、位置取りの難易度は当然上がります。そして皆さんであれば、本来はアドリアーナさんに援護もお願いできるのでしょうが。」
どうにも、トモエの基礎に弓がない、それが彼女に負担を強いている。今回にしても、移動しながらの乱獲だ。弓は向かない。それを理解してもらえているので、不満も無く彼女も剣を手にしているが。
「森の中、今後はそういった有効な場所を考えましょうか。」
「えっと。大丈夫です。今必要な事は分かりますから。」
「申し訳ありません。それでは、いつも通り。ただし疲れを感じたり、武器に違和を覚えたら、直ぐに退くように。」
さて、その練習がまた難しいのだが。それは実際に感じてもらう他ない。そのフォローを行うための人員というのは、きちんといるのだから。
「ああ、分かった。うし、それじゃ、えっとよろしく。」
そうしてシグルドを先頭に、雑事を頼む相手に頭を下げる。足を引きずる者、肘から先が片方ない者。見た目は様々だが、実に楽しそうにこちらを見ている。誰も彼も、相応に年かさではあるのだが、そういった事も含めて少年たちは物怖じしない。要は、見慣れているそういう事なのだろう。
これまでも、少々の切り傷、それに伴う流血などもあったが、いたがりはするものの、当然と捉えていた。教会、これまでは訪れる目的が別にあったため、そういった場面に出会わなかったが、そういう事に慣れるだけの環境で会うらしい。
そうして、ひとしきり準備とあいさつが終われば、早速とばかりに周囲の護衛がこれまで行っていた間引き、それを止める。その上で、こちらに向かって追い込んでくる。日に日に普段の狩猟でも見える数の減っていた、他の狩猟者。今日にいたっては、場所も違うためか二組ほどしか目に入らないそれに、迷惑を掛けないようにとは気をつかう。
「多いな。」
「ああ。」
そんことを、改めてあつまる魔物の群れを目にして実感したのか。呟く少年たちを連れて、前に進む。
「基本的に、戦線を押し上げながらとなります。後ろに下がるのは、先ほども言った時だけです。他はなるべく前へ。周囲に広がる形になりますので、突出しすぎないように。」
「気を付ける事、多いですね。」
「ええ、ですから指揮官、という職があるのです。」
「ファルコに頼めるのか。」
改めて、接敵まで間もなく、そのタイミングで改めてトモエが声をかければ、シグルドの疑問にファルコはただ首を振る。
「作戦と指揮はまだ習っていない。それこそ、それを求めるならアベル殿がいるからな。」
「座学が終わってるなら、試してもいいぞ。」
「いえ、通っていれば、来年からです。」
「なら、必要だと思えば、こちらでやろう。」
そうして、いざというときには口を挟むと、そう決まったところで戦端が開かれる。
トモエとオユキは、目的はあくまで大量に狩る、それに置いている。抑えるつもりは微塵も無く、両手剣を振るい、纏めて灰兎を切り捨てる。護衛、公爵に付けられている傭兵にしても、王家から回されているだろう騎士にしても、どうしてこうも追い込み漁に慣れているのか。そんな話を聞いてみたいものだと、そんな事を考えながら。
合間に、どうしても手入れがいるからと、丈夫な武器以外にも使いつぶすつもりの予備を使う事はあった。そして今も、灰兎やグレイハウンド、それらを30も薙ぎ払えば、血と脂で曇り、刃毀れも、少し手元に引けば見て取れる。これでは確かに、量を狩る事を狩猟者は考えないだろう、その実感が改めて強く得られる。
「パウ。そっちは任せる。」
「ああ、纏めて弾く。」
少年たちにしても、連携という面では申し分ない。目的を考えれば、少々固まりすぎではあるが、それこそ経験不足としか言いようのないものだ。子供たちの方もファルコを先頭に一塊となり、大量に寄ってくる魔物に対応している。
「トリスタン、ヴィクトリア、もう少し距離を空けてくれ。剣を振った時に互いが危ない。」
「はい。」
全体への指揮という訳でなく、そのようにファルコを起点に声を掛けながらではあるが、そちらも危なげなく、そう、今の魔物程度なら対応できている。そうして少し慣れれば、いよいよ対応すべき魔物も追い込まれてくることだろう。
アベルがその辺り、見知らぬ手振りで、周囲の護衛にしっかりと指示を出しているのは見て取れる。
「アイリスさん、流石に火は。」
「そういえば、そうね。止めておきましょうか。」
そして、アイリスが以前にも見た火を使い始めれば、それはトモエが止める。肉を集めなければいけないのだ。商品として利用が可能な。中途半端に焼けても、焦げても困るのだ。魔術であれば、その辺り都合のいい事が出来るのかとも考えたが、声をかければ止めるあたり、そういう都合のよさはないらしい。
「少し、距離を進みますよ。足元を取られないように。」
オユキがそう声をかければ、まだ元気な返事が返ってくる。さて、魔物というのは相も変わらず際限なくいるのだ。その元気がどれだけ続くものか、それを考えながら、2時間程が限界だろうとも考える。
オユキとしての目標は、その時間、それを使って少なくとも今この場にいる、視界に存在するすべての魔物、それを一掃することだが。前に進めば、その後に周囲への警戒を行いがら、人が流れ込み、置き去りにしている魔物の収集品の回収を行ってくれている。流石に灰兎はもはや完全に格下であるらしく、トロフィーはこれまでのようにそこかしこに落ちる事も無い。技という面では、そもそも目的が違い、普段に比べれば雑な物になっていることもあるのだから。
「アン。」
「はいはい。リーア、少し前に出すぎかも。」
「すまん、剣が折れた。」
魔物を大量に蹴散らし、収集品が散乱すれば、更にその外側、得た物が線を描けば、その外周に、そんな移動を二回も繰り返せば、戦線が崩れ始める。
「パウ、下がってくれ。セリー。」
「私も、もう切れないかも。叩くだけになるけど。」
「じゃ、二人とも先に。」
「でも、それだと私たちだけじゃ。」
そして、初めての経験に少年たちが大いに慌てる。既に魔物はグレイウルフ率いるグレイハウンドに切り替わり、トモエとオユキは最近すっかり食欲に満ちた視線が向けられる鹿の魔物を、切り捨て続けている。
もっとてんやわんやになっている、既に悲鳴に近い声が上がり始めている子供たちは、アベルに任せるとして、オユキがまずはそこから離れる。
「トモエさん、アイリスさん。」
「ええ、お願いしますね。」
「ま、ああなるわよね。」
こちらについては、正直二人もいれば十分なのだ。オユキが目の前にいるものを切り捨てて、そのまま後ろに下がる。そして左右にいたトモエとアイリスがそれぞれ間合いを詰めれば、撤退の成功だ。
「アベルさん、あちらを。」
「ま、流石にな。」
子供たちの方は、一度全員下げてしまう他ないと、アベルに頼み、オユキはそのままシグルドたちの側に移動する。
「はい、それではアナさん、パウ君、セシリアさん、一度下がりましょうか。アドリアーナさんは少し前に。」
「オユキ。助かる。」
さがろうとする少年達、それを阻む様にちょっかいをかける狼を少し離れた位置からまとめて切り捨てて、撤退を促す。そして、そのまま戦線の維持に加わる。
「ついでに、手を拭いたりと、そういう事もするんですよ。」
「ああ。ここまでとは思ってもいなかった。」
「良く、喋る余裕が。」
オユキが飛び込めば、自分から動くことの多いアナは、改めて緊張の糸が切れたのだろう。大きく息をつくと、その場に座り込みそうになるところをパウが支える。
「ええ、まぁ、これまでも数度大立ち回りをした経験が。」
「そっか。あれ、こんなに大変だったんだ。」
「いい経験でしょう。さ、シグルド君と、アドリアーナさんの武器もそろそろ換えなければいけませんから。」
そうして、促せば、改めてまだ魔物と戦うこちらに、気が付いたように、揃って後ろに下がっていく。そのついでに、きちんと荷物を拾ってくれている人たちにお礼を言うのを忘れないあたりは、流石だと思うが。
「さ、二人はもう少し頑張りましょうか。」
「ああ。俺が、一番だしな。」
「その意気やよし。」
こうした場で、空元気であってもきちんと前に立てる。確かに指揮官向きの資質でもあるのだろう。アベルに任せた場所では、なんというか、流石としか言いようがない。当たり前のように、魔物が近寄ることができない場が作られ、そうしながらも、アベルからファルコに色々と声をかけている。
さて、この場が持ち直せば、次はアイリス、オユキ、トモエも武器を買えなければいけない。順番はその通りになるだろう。それこそが技量の差でもあるのだから。