第341話 料理を待つ間に
散々に市場を冷かして、帰りについでとばかりにジェラートを食べれば、公爵の別邸へと戻って来る。
ジェラートの屋台は、子供たちが実に美味し気に食べたからだろう。その場の喧騒につられた者達が我も我もと集まり、なかなか大変な事になっていたが、それも楽しい一幕であった。
だからこそ、今から厄介を行うのだが。
「さて、改めて話を聞こう。」
公爵も珍しく、鍛錬を行うためにとしていた庭、そこに誂えられた席についている。オユキとしては夕食の後と思っていたのだが。狩猟者ギルドからすでに話は通っているようで、戻ってすぐにファルコとオユキ、アベルの三人はこちらへと案内されていた。
残ったものは、買い込んだものを使って、今頃楽しく共同作業を行っているだろう。
「はい、御爺様。」
問われたファルコが、改めて狩猟者ギルドでの話を告げる。良くまとまっているが、やはり不足が多い。トモエもそうではあったが、それを正しいとしたファルコも、まだまだ学ぶ必要がある。
「ファルコ様。」
「オユキ殿からも、何か。」
名前を呼べば、何かあると理解はできる。その程度の信頼は得られているようで何よりだと、オユキが公爵に目を向ければ頷かれる。
「不足があります。これは王都の問題です。」
「それが、何か。」
「解決の主導は王家です。公爵家ではありません。」
そう告げれば、ファルコはただ空を仰ぐ。
「失念していました。そうですか、確かに聞いていましたね。トモエ殿ではなく、オユキ殿がこちらの担当だと。」
「はい。なので、あの場で止めました。本来であれば、もう少し早く、口を差し挟んでも良かったのですが。」
「いえ、事前に解決の方向性、その共有迄はという事だったのでしょう。となれば御爺様には、調整と奏上をお願いしなければいけませんか。」
ファルコが、視線を改めて公爵に向ければ、彼もそれに頷きで応える。
「うむ。加えてお前の出す手紙についても、我も別に書かねばなるまいよ。しかし。」
「頼む予定の家ですね。そちらは決めています。」
「それは心配しておらぬが、その方らで、それも良いのではないかとな。」
公爵の言葉は、次代、それを考えたからこその物だろう。最もお前たちが王に直接と、そう言われたファルコにしてみれば驚くものであるらしい。
「ご英断かと存じ上げます。」
オユキとしては、その判断を支持する。今後の事を考えれば、早晩今の状態では不足することが分かっているのだ。そして働き手など直ぐに増えはしない。ならば、今はそうではない、その層にも広げるしかないのだ。前の世界であれば、散々な言われ方をするのだろうが。最もそのあたりの実際はまだまだ先になるだろうが。
「しかし。」
「今できぬ、ならばそれまでに学べばよい。今回は、それをその方らに任せる。それすら出来ぬものが、魔物の討伐に向かう、それもおかしな話ではあるからな。」
「分かりました。その、御婆様も。」
「ええ、そちらは私が見る事にしましょう。」
さて、これで一先ず今後の事には一つの策は示すことができる。ただ、こちらはあまりに時間がかかる。
「しかし、そうであるならトモエ殿とオユキ殿は。」
「私どもはあくまで狩猟者ギルドの一員、その立場での行いとすることができます。」
考え事は別に続けながらも、ファルコの疑問にも応える。
「何とも、都合のいい使い分けにも聞こえますが。」
「いや、そうする理由もある。さもなくば連日ここに客が来るぞ。」
「その、まだお二人とも表に立ってはいませんが。ああ、それで前の話ですか。という事は、既に。」
「ああ、面会の希望は既に多い。」
そして公爵が、既に彼の兄に手伝わせていると、深々とため息をつく。ファルコにしてみれば、それをしないと信じたい相手もいたのだろう。悲しげな様子ではあるのだが、そもそも話すなと命じているわけでもない。
今は難しい、それに時間を取られれば、いよいよオユキ達にしても何もできなくなる。だから制限としているだけだ。それこそ今後は定期的に領都で面通ししていくことも出てくるのだから。今公爵に話しているのは、ただ利益を強く求めている手合いであったり、今後の約束をしてくれと、そういう物であったりと様々であろう。
そして、疲れたそぶりは見せているが、それを使って公爵としても篩に掛けているはずだ。ただ、その辺りは今は話さず、より急ぎの話を進める。
「まぁ、それは良い。そうだな、何名ほど任せられるのかね。」
「トモエ殿は、十名が限界だろうと。学舎の教師に引率を任せながらとの事ですが。」
「ふむ。アベル。」
「それ以上連れて行っても、集まって狩るには効率も悪くなる。広くとするには、流石に危険すぎる。」
正直、その程度の人数では焼け石に水、どころの騒ぎでは無いのだが。あくまでこれもテストケース。今後のための一石でしかない。そもそもそれについては既に公爵には報告しているのだ。今後人口が増えれば、まずその問題がいきなり立ちはだかるぞと。
「そうなるか。では、ファルコ、その先は何とする。」
「そうですね。ここで経験を積んだ我々が、今度は別の者を。そうして広げていくしかないかと。」
「うむ。そうだとも。」
公爵がそう頷けば、どうやらファルコも察したらしい。
「ああ、つまり私が今後率いる予定の組織というのが。」
「その通りだ。」
「何とも。よくもそこまで遠大な計画を。」
「詳細は何も決まっておらん。故に計画ではなく指針である。そして我らこそがそれを示すものだ。」
「兄上も。」
「無論、既に動いておるとも。得意が違う故、舞台は当然異なるがな。」
さて、彼にしても色々と気が付く、気が付けるようになってきた。これに関しては、やはり経験こそがものをいうのだから。
この調子で、是非とも色々と学んでもらいたい、そんな公爵からの視線を受けて、ファルコが背もたれに体を預ける。今後を思えば、重荷とそう感じる物であろう。
「しかし、それでは先の話と変わりませんか。」
「変わらぬよ。我らはこれが良いと思った事を備える、そして陛下に判断を仰ぐのだ。加えて領の事であれば、我らが決断せねばならぬことがほとんどであるからな。」
「これも枠組み、その違いですか。ここは王都、そういう事ですね。」
そこで、ファルコが一度言葉を切って、改めて公爵を見る。席についている位置の都合で、オユキからその表情は見えないが、何やら熱のこもった空気を纏ったのはわかる。
「そうであるなら、その人数、その中に誘いたいものが。」
「ほう。」
「今後もあるのであればこそ、今からとそう願うものがいます。」
彼にしても、側近候補、それをきちんと学び舎で選んでいたらしい。
「家は。」
「ラスト子爵家とアルマ男爵家です。」
こちらの家名に関しては、オユキの知るところではない。ただ、公爵家の孫、その側近がとなると。そう考えて公爵を見れば、やはり表情が優れない。
さて、家格の問題か、それとも派閥の違いか。王都で出会ったのならば、そういった可能性もある。
「そこは後で詳しく聞こう。それこそ直ぐに決められるものでもない。」
「しかし、急がねば。」
「うむ。急ぎはする。しかし時間を掛けねばならぬことは、あるのだ。」
「それで、国庫の備蓄をという事ですか。」
「そこまで聞いたか。そうなるな。そもそも王への奏上だ、どれだけ急いでも時はかかる。今は祭りもあるのだ。」
その祭りのために動きたい、そういった事であったはずだが、いざ動こうとすれば、それがあるからこそ動けない。そう告げられれば、そのジレンマに苛立ちをファルコが露にする。
そういった気持ちは十分にオユキも汲み取れる。そしてそれは公爵とて変わりはしない。だからこそ、アベルとオユキも同席しているのだから。
「ま、そう焦る気持ちはわかるが、そっちは通さなきゃならん。王を蔑ろにする貴族、それが許されないことは分かるな。」
「ええ。」
そして、この場ではアベルが話をするらしい。その言葉にファルコも、やはり短い言葉で応える事になる。
「なら、そうでない方法を考えなきゃならん。」
「しかし。それでは。」
「既存の備蓄を使う、実際それで急場は凌げる。元まで戻すのに、そりゃかなりかかるがな。」
「それだけ、それしかないのですか。」
「いや、あるぞ。話は聞いていただろ。予測の内だとな。」
そう、そういった予測はある。そしてこちらで人手が足りず、公爵家として勝手は出来ない。ならばどうするのか。
「人を増やせばいい。他からな。」
「しかし、それは。」
「領都から、そろそろ後続がつくさ。急がなきゃいけないのが先に来たが、そうでないのは本来の時間で来る、そんなもんだ。」
そう。急ぎできたのは、あくまで一部。では残ったものはそのまま領都で過ごさせるのかと言われれば、そんなわけもない。アベルが悪戯気に笑えば、ファルコは不思議そうにするだけだ。
「予定通りなら、今頃城門まで来てるはずだぞ。領都の傭兵と狩猟者も。ついでに公爵様の騎士団もな。」
「うむ。既に到着の報は受けておる。最もそれで国庫を賄うに足るかと言われれば、首を振るしかないのだがな。」
そう言って笑う公爵に、終にファルコが机に伏せる。
まぁ、年季が違う、そう言うしかないのだ。彼もこうして学んでいき、先々はこれをする立場になっていくことだろう。
「ようやく我も少し楽ができる。ルーベンもな。」
これで一先ず勉強の時間は終わりと、公爵が言葉と空気を崩す。
「全く、人が悪い。」
「ただ、問題が解決したわけではありません。時間稼ぎですよ。」
「そしてそこで作った時間を使って、次の大きな計画を、ですか。なんと言いますか、計画というには。」
「うむ。これとは別の物もある、しかしこうして場当たり的にせねばならぬ事もある。何せ、今はとにかく忙しい。」
何かが大きく変わる、その時は往々にしてそのような物だろう。オユキとしては、さて、事前にメイを経由して渡したもの、それが何処まで採用され、別の観点からの方策が打たれるかも気になるものだが。それこそ追々。今は狩猟者として、こうして改めて得た時間、それを良い物としてくれている者たちへ、返せるものを返すだけだ。
「オユキ殿も分かっているなら、狩猟者ギルドで。」
「いえ、流石に日程は分かりませんから。異邦からの身です。通常の道行き、その詳細な期間は分かりませんとも。」
「概算はわかるという事ではありませんか。」