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第340話 懐かしいのは

市場を冷かしていけば、改めて食べたいものと言うのは次々に出てくるもので。普段の食事の準備、行儀作法の一環としての物もあるからと、そこはきちんと抑えておく。年長としてそのあたりは抜かりなくと、トモエが声をかけるのだが、知らない名前の料理というのは、やはり誰もが気になる物でもある。


「同じ国内、それでもやはり違いがある物ですね。」

「土地柄というのが、強く出ますから。」


そもそもかつての世界にしても、西と東どころでは無く。隣り合う県でも違いがあったものだ。オユキは生前口に入り、度を超えなければ何でもよい。そんな性質だったため、いよいよ気にしたことも無いのであろうが。初めて聞いた食生活、その衝撃は未だにトモエの記憶にも鮮烈に残っている。


「あ、トモエさん、あそこ。お肉扱ってますよ。」

「おや、本当ですね。」


子供たちも市場歩きを存分に楽しんでいるようで、あちこちをよく見ている。

手を引かれてトモエとオユキがそちらに向かえば、そこでは精肉を売っているだけではないようで、近寄ればわかる炭の匂いがする。


「懐かしかったのは、これね。」

「そういえば、こちらでどのように火を起こしているのか、気にしていませんでしたね。」


まぁ、魔道具があるのだろう、そういった理解であったのだが。野営の時は薪を燃やしていたこともある。ただ、料理となれば、炭を選ぶものだろう。


「懐かしく感じるという事は、こちらではあまりないのですか。」

「ええ。」


どうやら、アイリスが懐かしく感じる程度にはこちらでも珍しいものではあるらしい。


「なんだかんだで、魔道具の方が早いしな。森も近いし、火は基本そっちだな。」

「炭の方が調整が容易なはずですが。」

「作るのにかかる手間がな。」


近場で十分な、それこそ切っても少しすれば生えて来る木材があるのだ。加えて、始まりの町、その宿を思い出せば料理の基本は煮物だ。ならば細かい火加減というのも、そこまで求められなかったのだろう。

それこそ、それが必要な物は魔道具を頼れば片が付く。


「私たちの集落は、森が遠かったもの。炭の方が保存も効くこともあって、使ってたわよ。」


そう言ったアイリスの手には、オユキとアベルが話している間に、既に串が握られている。既に立場としては護衛でない、その自由を存分に満喫しているらしい。


「燻製もそうですが、炭もほのかに香りが移るので、なかなか味わいのある物ですよ。」

「成程な。」


オユキとしては、それがあるならそれこそと、屋外で調理を行うための道具に思いをはせる。工業的に作れない以上、なかなか手間のかかる依頼になるだろうが。


「鍛冶、鉄製品の作成の依頼は、どちらになるのでしょう。」

「基本、武器を作ってるところなら受けてるぞ。」

「それを分けるのも、確かに面倒ですか。店頭に並べていないのは。」

「場所を取るからな。」


煮炊きをするための道具だ。空洞がある物だ。言われてみればなるほどと納得できるものでもある。


「それに、そこまで買い替えが頻繁でもないとなれば。」

「形も決まってるし、少々歪でも問題ないしな。」


注文を受けてすぐ作れる、そういう物なのだろう。細かい調整がいる、それこそ料理を専門としている人間であれば、そのこだわりを元に細かく注文するだろう。そして、それにかかる期間も理解するだろう。


「あなた達は、食べないのかしら。」

「生憎、俺は護衛でな。」

「私は、この後の席も考えると、夕食が。」


向こうでは、トモエが子供たちにも買い与えているが、やはり細かく分けさせている。

なんの肉か、それは少し気になるし、味付けについても興味はあるが、オユキは流石に今は口にできない。賑やかに口に運ぶ子供たちをよそに、トモエがあれこれと肉を選んでいるのを一先ず見守るだけだ。


「で、今度は何をやるつもりだ。」

「いえ、屋外で煮炊きする、その道具を作って頂こうかと。」

「ああ、そういや、そんなのもあったな。」

「傭兵や、騎士団では。」

「積み荷を増やせない、それで終わりだな。」


どうやらこちらでもそういった道具は、知識は既に持ち込まれているらしいが、広まらない理由はきっちりとあるらしい。まぁ、理解は十分できる物だが。


「流石に今後も移動が増えますから。」

「ま、そうだな。」


それも含めて、王都にいる間、恐らく最も多くの知識が集まっているだろうこの場で、調べ事も進めたいものだ。そんな事を考えながら、アベルと話す。その折、少し気になるものが目に入ったが、直ぐに消える。


「成程。既に入ってきていますか。」

「ああ。領都でお前らも聞いたんだったか。いや、そもそもだったな。」


烙印どころでは無い。神の手を振り払った者達、それに与えられる物。もしくは彼らではなく、それ以外に与えられた物か。


「あのように見えますか。」

「実にわかりやすくて結構な事だ。」

「ああ、それもあって、騎士団が躍起になっているわけですね。」


オユキがそう呟けば、目配せが行われる。つまりここで話すなと言う事らしい。てっきりあの時言葉自体は広く領都で届けられたからと思ってはいたが、知らない物も多いようである。

ならば、今ああして捕らえられた物は、知らなかったのだろう。彼ら自身が気が付かぬのであれば、こちらに与えられた物であるという事らしい。


「それにしても、今一つ王都の全景を把握していませんが。」

「まぁ、やろうと思って直ぐにできる事でもないからな。」

「お祭りで盛り上がる区画はどのあたりでしょうか。」

「城門前広場から南に向けて、一番大きい通りがある。」


今いるのは西、どうやら目抜き通りからは外れてしまっているらしい。それにしても十分な活気があるが。


「当日は、そちらにも回ってみたいですね。」

「公爵家の本邸はそっちにあるからな。頼めば入れてくれるだろうさ。」

「成程、そちらを頼りましょうか。」


さて、当日まではあと数日。そちらに行くとなれば前日からとなるだろう。午前中は恐らくまともに移動できないだろうから。


「神殿まで向かうと、そう考えていましたが。」

「それはまた別だな。流石にまだ外に連れ出すのはな。」

「確かに、生まれたばかりの子供を連れ出すのも、問題がありますか。」


さて、事前に聞くのはここまで、後は当日の楽しみにと話を切り上げて、次の店にと動き始めた相手を追う。

なんというか、実に懐かしさを覚える行為ではある。


「さて、過去に来た同胞が、私たちの馴染んだ調味料も残してくださっていると有難いのですが。」


こうして市場を巡る、その目的にはそれもあるのだ。先ほどの肉の串焼きにしても、炭の香りや大蒜といった香りはしたが、それだけだ。豆なども、始まりの町の食事、この市場でも見かけている以上、試行錯誤を行った物はいそうではあるが。


「あー、どうだろうな。俺も仕事柄色々目にしたが、それこそ定着しない物も多かったからな。」

「まぁ、日常の味から大きくそれていればそうなるでしょうとも。」

「特にお前らは、このあたりの文化圏とは違うらしいしな。アイリスの所とも違うんだろ。」

「ええ、似ている箇所はもちろんありますが。」


そもそも、今いる場所にしてもスペインが基礎となっている、その程度でしかない。名産などには強いこだわりを感じる物であるし、きちんと残っているようではあるが。それ以外については、町並みとして重なるところも無いのだ。そして、それが育つ環境も違うため、大いに異なる物だろう。どこにしても。


「作り方が分かってるなら、人を使ってもいいんじゃないか。」

「そこまでの情熱は、私にはありませんね。」


そして、オユキとしてもそこまでこだわりがない。こちらに来て味覚の感じ方は変わり、苦手な物も新たに出ているが、それが少量であればいい、その程度でしかない。


「ああ、移動の最中、それにこだわるのは別口です。」


どうにも要領を得ない、アベルがそう言った様子であったため、オユキもようやく誤解に気がつく。確かに話の流れを考えれば、そう取られても仕方がないものだ。


「私たちが行うのは、あくまで名所への観光ですから。」

「トモエの為か。」


そう。オユキがそうではなくても、トモエは好んでいる。ならばそのために出来る事はするものだ。勿論、かつての味にしても、おぼろげな知識の試行錯誤、それはトモエが望めばトモエが行うものである。その辺りはオユキよりも、詳しいのだから。


「ええ。困難は理解していますが、不要な我慢を強いる事はありませんとも。」

「その気遣い、私にもする気はないのかしら。」

「アイリスさんは、どうでしょうか。」


アイリスがそんな事を言い出しはするが、オユキとしては難しい。


「勿論、これから同じ役目を頂いた物として、相応の気遣いはしますが。」

「ええ、そちらが優先という事ね。」

「はい。正直なところ、私たちが原因というわけでも無いようですから。」


そう、彼女にしても巻き込んだやもと、そんな事を考えたが、それは先ごろ否定された。


「むしろ、私たちが巻き込まれた側では。」

「なら、別にあなたたち以外でもよかったはずよ。」


こんな見苦しいやり取りも、今後は恒例となるのだろうなと、そんな事を思いながらものんびりと買い物について歩く。さて、どうにも料理を覚える、それは先回しになり、またも少女たちの冷えた視線が刺さりそうだと考えながら。


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