第339話 楽しみは別に
「わー。」
市場についたので早速とばかりに馬車から降りれば、そこは以前に訪れた時とはすっかりと様変わりしていた。
「おー。スゲーな。」
以前はそれなりの、王都の規模を考えれば少ないといってもいい、その程度の人がいただけだが。今はすっかりと見渡す限りに人の群れ。実にらしい活気に満ちている。
加えて以前はほとんどなかった屋台、そこからも雑多な香りが漂い、実に祭りらしい空気に満ちている。
「はぐれないように、気を付けましょうか。」
「ああ。」
こちらの人々は、特に成人は揃って体格が良い。オユキを始め、子供たちは簡単に群衆に紛れてしまう。
「なんだか、懐かしい匂いもあるわね。」
「懐かしい、ですか。」
正直トモエに限らず、人であればこうなってしまうとここの匂いなど、特定もできないのだが。特に優れた、階層としてとらえられるなどと言われていた生物の特徴を持つの出ればこそといったところだろう。
「何だったかしら。まぁ、一通り回るなら、そのうち目に入るでしょうし。」
「ま、珍しい物なら、この機会にと出してるだろうよ。流石にテトラポダから祭りに合わせてってことは無いだろうが。」
「まぁ、遠いものね。」
「そうなんですか。」
テトラポダ、獣の特徴を持つ多くの部族が、緩く連帯感を持って所属する国。それは神国から見れば北西に位置する。西に武国のその先という位置であるため、片道の移動にも数ヶ月を要する国だ。
一応国として、他国と交渉するのに連合としての長はいるが、実質は各部族の合議制のような物らしい。それこそ都市連合というのが正しいのではないかと、そんな話を聞きながらも、市場を冷かす。
「前に来た時よりも、やっぱり少ないですね。」
「先の話によるものではなく、単にこの人の数ですから。」
「あー、そうですよね。あ、あれ。」
何やら見覚えのあるものを見つけたのか、すっと前に抜けようとするアナをアドリアーナとセシリアが捕まえる。子供たちの方は、アベルとダビがしっかりと監督して、ふらふらと視線を動かす先に回り込む様に動いて進路をふさいでいる。
なかなか人混みは酷いものだが、そこは護衛達がきっちりと一行のために、器用に空間を作ってくれている。そういった魔術があるのだろう。実に便利な事だ。そして、アナが興味を持った出店、そこには野菜が木箱に積まれている。空いた箱がよけられているのを見れば、元はそれこそ山と用意されていたのだろう。
「ほら、トモエさんとオユキちゃん、前キノコの料理の話を。」
「そういえば、それっきりとなっていましたね。」
そこには見慣れたものから、そうでないものまでいろいろと並んでいる。トモエはまぁ、そのどれも理解はできるが。オユキの方は、実に物珍しげに覗き込んでいる。日本では加工された物以外、なかなか見ない種類も含まれているから、そうなるだろう。
トモエにしても、向こうになかった食材が無い事に感謝を覚える物だが。
「これは、なんと言いますか。口に入れても大丈夫かと考えさせられる見た目ですね。」
「あー、それな。そっちのオレンジのはアルバリーコケによく似た匂いがする奴で、その隣は結構高いのだってのは覚えてるな。」
「成程。その、あちらの大きなものは。」
色々とオユキはこれまでに見たことないキノコについて、あれこれと少年たちに聞いている。
今さしているのは、ヒラタケよりもさらに大きく、お伽噺に出て来そうな、そんなキノコだ。ヤマドリタケではあろうが。
「こうなると、鶏肉が欲しくなりますね。」
「カモなら扱ってると思うが。」
「ニワトリ、ポリョでしたか。」
「ああ、それもあると思うぞ。」
これまで、行こうとは言いながら家畜の様子を見る事は叶っていない。さてこちらでも飼育しているかと聞いてみれば、無事手に入るらしい。
「私は、カモのほうが好きね。ポリョはなんだか淡白だもの。」
「だからこそ、加工がしやすいものですよ。」
これだけ多様なキノコがあるのなら、それこそクリーム煮にすれば実に美味しくいただけるだろう。無論合わせてソテーというのもいいものだ。トモエはレシピを頭で組み立てながら、少年たちの話に混ざる。今はキノコの毒性に話が移っており、店員からあれこれと注意点を聞いている所である。生食は出来ないが加熱すれば問題ない、そういった食材は何も茸に限った物では無い。
「さて、いくらかかって帰りたいのですが、生憎入れ物が無く。」
「お、あんがとよ。まとめて買ってくれるなら、木箱もつけるぞ。うちだけじゃなく、まぁどっこもそうだが。生憎と配達まではしちゃいないがな。」
「ポリョと合わせて使おうと思いますから。それぞれ、それなりの量を。」
「あいよ。そっちの全員かい。」
恐らく店員の視界には護衛も入っているだろう。そちらを含めれば20を軽く超える団体だ。それもあって配達、貴族と見えているのだろうが。いや、護衛がついている時点で察するものかもしれないが。
そして、護衛にしても、何か珍しい物、そういった物は嬉しいだろうとトモエはそれに頷く。アベルが食事というのは話のタネにもってこいだと、そう言っていたのもあるが。
「トモエさんは、使い方わかるんですか。」
「ええ。異邦にもあった者ですから。」
アナの言葉にトモエが軽く頷けば、少女たちの厳しい視線がオユキに向かう。そちらは、まぁ、甘んじて受けて貰うとして。
「そうですね、木箱はどちらの物を。」
「それこそ、量に合わせてだな。無くなりゃ仕入れるだけだ、こっちとしては。」
「では、そちら、奥にある物に一通り詰めて頂けますか。アナさんも使うでしょう。」
「はい。私たちだとよくポトフに。」
言われてみれば、始まりの町のポトフにも、それらしいものは入っていた。どうやら向こうでも、これらは十分にとれるらしい。むしろ森が近い分、気軽に手に入る食材なのかもしれない。そんな事を考えていれば、アドリアーナの感想が、それが正しい事を教えてくれる。
「わ、結構高いんですね。」
「いや、こんなもんだぞ。祭りも近いし、普段より値下げしてるくらいだ。」
「アドリアーナさん、こちらも森は遠いですから。」
「ああ、そうですね。すいません。私たちが普段いる場所は、森が近くて。」
「まぁ、それなら森の恵みはもっと安いわな。良し、こんなもんで良いか。」
話している間にも手早く店員が木箱に詰めてくれた茸を確認して、支払いを済ませる。さて、大荷物を持って歩きたくないと思えば、横から現れた護衛の一人が当たり前のように木箱を受け取って去っていく。
何とも、楽をさせてもらっているなと、そんな事を改めて考えてしまう。
「ポトフにするなら、後は根菜の類もいりますね。」
「後は、イエルバス、エスペシアスも、ですよね。」
さて、相変わらず固有名詞が分からないと、トモエがオユキを見れば、香草と香辛料だと答えが返ってくる。このあたり、もう少し融通が利いてくれると嬉しいとは思うのだが、そもそも会話が成立している、それだけで感謝をするしかないのだ。それ以上は望みすぎではあろう。
「どうでしょうか。戻るまでの日付けもありますし、小分けにしているものが有ればいいのですけど。」
「必要なら、後で分けて頂くのもいいでしょうし、余ったら渡してしまうのも考えましょうか。後はそうですね、持ち帰るといいますか、道中で使ってしまってもいいですから。」
オユキの言葉にトモエは思わず渋い顔になる。そう、帰り道。また相応の期間馬車での旅が待っているのだ。確かにその食事に飽きないようにと、それを考えれば重要な事ではあろう。
「少し、買い込んでおきましょうか。」
「うん、そうしよっかな。やっぱり、ずっと乾燥した野菜と、塩漬けとだけだと。」
「贅沢言うつもりはないけど、あれはな。」
少年たちにしても、オユキの懸念が伝わり、王都までの道のりを改めて思い出している。ただ、その様子にはアベルとアイリスから容赦のない言葉が告げられる。
「まだましな方だぞ。今回は伯爵と公爵もいたからな。」
「あれでか。」
「前にも言ったろ、あの人数だと基本現地採取だ。」
「まぁ、適当に魔物を狩って、それがそのまま食事というのがざらね。」
理屈はわかるのだが、体験したくない、それが一同の共通認識ではある。
「そうでは無い選択が取れるなら、それを避けるように動きましょうか。」
なのでオユキとしてはそう言うしかない。外で煮炊きを行う、簡易の道具くらいなら次の移動までに頼むのが良いかもしれない。そんな事を考える。そういった知識は持ち込まれているだろうが、町から町への移動など、あくまで行うのは極一部。そこらで手に入る物では無いだろう。
「あー、護衛の人たちの分も用意するからな、その時は。前にダメって言われたのは覚えてるけど。」
「それこそ事前に伝えておけばいい事です。あの時はお土産としての積み荷で、道中で消費する物では無い、そういった事もありましたから。」
そう、領都の時とは、また事情も変わる。
「ああ、そういう気づかいは有難く受け取るさ。前は積み荷も含めての護衛だったからな。分けてくれりゃいい。」
「あー、そういう事か。でも、分けるのも難しくね。」
「色々やり方はある。なに、こっちはその専門家だ。なんだかんだでお前ら移動が多そうだから、その辺りも仕込んでやるさ。」
「助かる。」
さて、そうであるならもう少し快適な野営環境、その相談もしておこうとオユキも考えながら、次々と出店を覗いては、そこでめぼしいものを買っていく。