第34話 戸惑いを覚える再会
「いえ、待ってはいませんよ。トラノスケさんも、いろいろとありがとうございます。
このまま、食事になさいますか、それとも。」
「ああ、俺はこのまま席につかせてもらおう。」
トモエが声を上げれば、トラノスケはそのまま席に着く。
その反面連れの男、オユキのよく知るそのままの姿でそこに立つミズキリは、苦笑いをしながら頭を掻く。
「ああ。なんだ。これまでもこうして、古なじみと顔は合わせてきたが。
やっぱり、毎度のことながら、どうしても言葉に詰まるな。」
そういいながら、ミズキリも席につき、トモエとオユキの間で忙しなく視線をさまよわせる。
「お久しぶりです。ミズキリ。
トモエさん、こちら私の所属していた団体のミズキリ。
よく話したかとは思いますが、トモエさんも面識のある、会社の経営権を持っていた一人ですよ。」
オユキがそう伝えれば、トモエの目にも理解の色が浮かぶ。
見た目は当然違うが、やはり立ち居振る舞い、何処からしい雰囲気は残っている。
「ああ、そうでしたか。お久しぶりです。
いえ、そういうのもおかしいのでしょうか。」
ミズキリだけでなく、オユキも、トモエも。
この再びの出会いに、なにを話せばいいのか直ぐに言葉が出てこない。
それを思えば、躊躇いもなく、実に滑らかに話を勧めたトラノスケ、その対人能力が伺える。
そして、そのトラノスケが、この場をやはり取り持つのだ。
「ミズキリの旦那。立ってないでとりあえず、座ろう。
夕食時だ、積もる話もある。なら、それこそ席を共にして、食事をしながら。それでいいじゃないか。」
トラノスケをそういうと、上げた手を振りながら、フラウへと声をかける。
「おーい、嬢ちゃん。今いいかい。」
声をかけられたフラウが、今は手に飲み物を持っているからだろう。
これまで見たような、跳ねるような動きとは違い、何処か丁寧に近寄ってくる。
「いらっしゃい。ごめんね、お出迎え出来なくて。
はい、これ、水ね。ゆっくりしていってね。揃ったのかな、ご飯持ってくる?」
「なに、いいさ。ああ、そうだな持ってきてくれ。
それと、エールを、うん、オユキは飲めるのか?」
「えー、駄目だよトラノスケさん、こんなちっちゃい子に飲ませちゃ。
お母さんに頼んで、果汁の水割りでも持ってきてもらうからさ。」
フラウの言葉に、さて、思わず苦笑いをこぼしたのは、オユキだけか。
オユキはそれでも、フラウの言葉を支持するが。
「トラノスケさん、私としても話を楽しみたくはありますので。
流石に、この身で酒精を入れると、どうなるか分かりませんので。」
「ああ、それもそうだな。嬢ちゃん。こっちのオユキはこれでも成人している。
そう、子ども扱いばかりしてやるなよ。それじゃ、エールを三つ、果汁の水割りを一つ。
それから、食事も持ってきてくれ。追加は、まぁ、この後も頼むだろうから、先に渡しておくさ。」
トラノスケはそういいながら、無造作に一つかみの硬貨をフラウに渡す。
それを、慣れだろう、受け取りながら、フラウは驚いたようにオユキを見る。
考えてみれば、オユキは彼女に自身の年齢に関して言及した覚えがない。
「えー、そうなの。私よりも年上なんだ。」
ただ、その言葉には、トモエが驚いてしまう。
しっかりしている、そう思ってはいたが、二人が考えていたよりも、さらに年若いようだ。
「そうなのですね。私より、年長の方と、そう思っていました。」
「うーん。妹、でも年上。うーん。」
そんなフラウは、トモエの声が聞こえていないかのように、唸り声を上げながら、厨房へと戻っていく。
短い間でも、オユキの世話を焼いた彼女にしてみれば、それも年下だとそう考えて、いきなり自身よりも年長だと、そう告げられたのは、何か困難なことであるらしい。
先ほどまでと違い、何か手にしているわけでもないのに、ぽてぽてと、ゆっくりと、しきりに首をかしげながら歩いていく、そんなフラウの姿を見ると、オユキに何か罪悪感が湧いてくる。
「これは、悪いことをしてしまいましたかね。」
「なに、見た目だけで判断した嬢ちゃんにも非があるだろう。」
「流石にそれは厳しいのでは。」
そう話しながら、トラノスケとオユキは微笑み合う。
そんな中に、何処か茫然としていたミズキリ、ほほえましそうに眺めていたトモエも会話に混ざる。
「まぁ、見た目よりも落ち着いてはいるが、どうだろうか。
それだけで察しろというのも酷だろう。いや、狩猟者の登録が成人からと、そう考えれば、それに思い至れないのは、確かに軽率か。」
「そうですね。気配りはうまい子のようですが、環境に合わせたもの以外には働いていないようですね。
気質は好ましい、いい子ではあるのですけれど。」
ミズキリはどこか渋い顔をしたまま、ニコニコとするトモエと実に対照的だ。
「その、お久しぶり、いえ、私の主観ではありますが。
確かに、なんと声をかければいいのか、悩んでしまいますね。」
そんなミズキリに、オユキが声をかければトモエもそれに合わせて改めて声をかける。
「私の主観では、最後にお会いさせていただいたのは、もう七年も前でしょうか。
お久しぶりです、生前は、生前はというのも不思議な感じではありますが、何くれとなく気をかけていただきありがとうございました。」
トモエがそうして言葉を切るのに合わせて、オユキも頭を下げる。
オユキよりも年かさの、前の世界の話ではあるが、会社を興そう、そういいだしたのも彼であり、ゲームでも、現実でも、彼を慕う、彼の周りに集まる、そういった人を率い、良くまとめ、時には彼の願いに巻き込み、それでもそれを嫌がるものは彼の周りには少ない、そんな指導者、というよりは発案者として優れていた、ミズキリに改めて声をかける。
「ああ。本当に久しぶりだ。私から見れば十年来、そうなってしまうが。
いや、駄目だな、これまで何度も元団員にはあってきたが、慣れないな。言葉に詰まる。
まぁ、なんだ。よく来てくれた。よく全うしてくれた。何よりもそれが嬉しいのさ、私は。」
そう、合わせた瞳を潤ませながら、ミズキリはオユキとトモエに声をかける。
「トラノスケも、本当にありがとう。手間をかけさせた。」
そういいながら、ミズキリは腰にぶら下げられたポーチから小袋を取り出して、軽く放る。
トラノスケも、わざわざそれを遠慮することもなく、ただ苦笑いをしながら受け取る。
「さて、積もる話はそれこそ、重ねた年月に見合うだけあるが、今は再会、再会を喜ぼう。
トモエ、いや、今はオユキだったか、それと、奥方。お久しぶりだ。
まぁ、なんだ、食事と、飲み物を今は待とうじゃないか。」