第335話 理解ある人々
教会で必要な事を行う、それも日がないために。一先ず預かった物その全てを預けてしまう。
武器についても、聖別とでもいうのか、何かと手を入れる必要もあるとのことであったため、併せて。
そうなれば、後は町の中、そこまで時間がかかることも無く公爵家の別邸へと戻れば、まずは簡単に挨拶をしたかと思えば、徹底的に人払いがなされた。
「習っている最中とは聞いていますが、流石に過剰でしょう。」
始まりの町の司教からの頼まれごと。本来であればもう少しゆっくりと練習して、そうなるはずだったのだが。
色々と重なったために、どうにかこなした少年たちはすっかり疲れている。メイとファルコが今も面倒は見ているが、ぐったりとそれぞれに椅子にもたれている。
「お目汚しを。」
「構いませんよ。流石に無理を強いたのは理解していますから。あなたも、楽にするといいでしょう。」
広い今には、慣れた顔ばかりが揃っている。王妃と公爵夫人、それから公爵その人といつもの面々となっている。少年たちの後をついて回っていた子供たち、更に年若い彼らは緊張の糸が完全に切れてしまい、今は夢の中に。
「お疲れですわね。」
「あー。やっぱり慣れないからな。なんかまだ体が堅い気がする。」
「回数をこなすしかない物だからな、立派、とは言い難いが、無事に果たせていたと思うぞ。」
「本当ですか。教えてもらった事、ちゃんとできていましたか。」
許しが出て、一度目。本来であればとオユキとトモエは揃って苦笑いではあるが。
アベルがダビを使いに走らせてくれたこともあり、見た目に華やかな菓子の類が机には並んでおり、飲み物はいくつか置かれたポットから、それぞれが適宜足す形になっている。
「正式な遣いは初めてであったのだろう。やむを得まい。」
「ギリギリ、及第点ではありましたよ。短い間に、良く教えましたね。」
「あの子たちが真剣に学んだこともありますが、体を動かすことに慣れていたからというのもあるでしょう。」
公爵と王妃が話すのを聞きながら、オユキも茶菓を口に運ぶ。ポルボロン、優しくつままなければ砕けるそれは、疲れた体に実に染み入る甘さを供してくれる。
「さて、これからさらに仕事を言わなければならない身としては、悪いことをしたとそう思ってしまいますね。」
さて、未だに少年達には話していないが、唯一持ち帰ったものが大人達が揃った机、その真ん中に置かれている。
「生憎、私どもでは理解が及びませんが。」
「形はそれぞれであるからな。確かにこういった形で、特に広く人々に広めよ、そういった意図がある時には授かることもある。」
文字というよりも、これまで見た神々の意匠、そうとしかトモエの目には映らない。
「オユキとアイリスが触っても反応が無かったから、まぁ、後で坊主に頼むしかないわな。」
「何か起こる類の物なのですね。」
「ま、外から見てわかるかどうかは別だが。それにしても、どうするかな。」
「ダンジョンで得られる奇跡、それだけでは足りぬという事か。」
アベルが悩みを口にすれば、公爵も渋面を作る。そこでそういえば話していなかったと、オユキは説明を加える。
「ダンジョンからは、やはり得られぬものが多いですから。」
「ああ、魔石、いやこっちに関連したものもか。となるといよいよ分ける必要があるな。」
「だが、運用がな。騎士団がこぞって手を上げるであろうが、そもそもが。」
そう、ダンジョン。人々の生活圏、その充実であったり、この後に起こるそれに対する備えとして。前提はそこにあるのだ。こちらについても、大いにパワーゲームの議題に上がるだろう。
実際の形がどうなるかはオユキも流石に分からないが、武器の耐久度、それを奇跡によって回復させるか、長く持つことになるのか。
「それと、恐らく何某かの手続きはいりますが、各々が功績を使ってそれをかなえる事も出来るようですよ。」
「どうにも、その辺りの理屈は分かりませんが。」
「何でしょうか。ポイントサービスのような物と考えて頂けると、近いのではないかと。」
魔物を狩るとポイントがたまり、それを使って武器をどうこうする、そんな形ではないかとオユキは話す。なんというかそう例えてしまえば、途端に陳腐に聞こえるのが申し訳ないのだが。
「それは。」
「ええ、副作用と言いましょうか、結果論と言えばいいのでしょうか。」
「いや、そうなるといよいよテトラポダに断りを入れないわけには。」
「功績、解放される機能としての物は、ハヤトさん、アイリスさんに剣をつたえた方ですが、その人物が得た使命から繋がっているものですから。」
「与えられたのは、あの子でしょう。そこについては何も言わないわよ。それに話を持ち帰るにしても、流石に少しは調べてからでないと。」
弛緩した空気、楽な席ではある物の、話さねばならない事はやはりあるため、それぞれに頭を悩ませることとなる。
流石に子供たちにまで強制するようなものでもなければ、時折そちらに目を動かして微笑ましさを覚えはするが。
今はそれぞれにお茶会らしく、水と癒しの神殿、その景観の感想を大いに語らっている。
「ああ、それとリース伯爵子女ですが。」
「こちらで預かると、そう聞いていますが。」
それは流石に意外な話だと、オユキは首を捻る。
「流石に王妃付きの侍女にするには、な。」
「ああ、そう言えば公爵様のところで。」
「うむ、それもあってこちらで改めてと、そういった形をとる事になった。」
彼女にしてもあれこれと覚えなければならない事も多い。どうやら暫くは一緒にという訳でも無いが、行儀作法の続きが行われる運びとなったらしい。
伯爵家については、まぁ、今頃総出で対応を行っているのであろうし。
各々、話す内容は対応がいるとはわかっているが、今はあくまでそういった状況があるとだけしか口にしない。休みたいというのも本音なのだ。解決策について話を向ければ、それどころでは無くなるのだから。
「そういえば。」
あれこれと話題があちこちに跳んでいるなか、トモエがぽつりとこぼす。
「王城の見学などは、望めば叶うのでしょうか。」
「ああ、異邦の者にしてみれば、確かに気になるであろうな。」
領都でもそうであったが、大型の建造物。それも遺跡ではなく実用の物。かつてもそういった後を利用した宿泊施設なども確かに存在しており、何度か訪れたこともあるが、やはりそういった物を見て回るのは楽しいものだ。
「外観であれば、誰にでも。内部となれば案内を付けなければなりませんが。」
王妃から許可は出るが、続く言葉も分かる。
「今しばらくは、叶えることは出来ません。」
「いえ、流石に祭りの準備に奔走している、そのような状況で叶わないのは当然かと。」
「まぁ、今は良くない方向で殺気立っておるしな。落ち着くまではしばらくかかろう。」
「外観だけでも叶うのであれば。何か手続きなどは。」
どうにもこちらは冗談のように広く。領都では辛うじてその影くらいは見えた中央にあるはずの建造物は靄に隠れている。どこにいても見える世界樹、有ると聞い数を見る事は叶わず、一つだけだが。その差は何だというのだろうか。
「流石に城壁を超える事は今は認められませんが、広場まででしたら。」
「広場にしても、今は騎士団が。警備の打ち合わせもあり訓練にも熱が入っております。」
「城壁の内側に、訓練場がありませんでしたか。」
「何度も議題にあげていますが、広さが足りません。」
さて、トモエの要望からも色々と話が上がってくる。
そもそも始まり、ゲームの時代ではここまで常識はずれの大きさではなかったのだ。無論通常の都市、くらいはあった者だが。のんびり歩けば、町中を回るのに数日は当たり前のようにかかていたものだ。それでも十分に広いが、今となっては、ゲームの間でも拡張が続いていたこの場は、城、中央にあるために広げる事が叶わなかったのだろうが、かなり手狭な物になっているのだろう。
「改めて、外周をと、そういった事はされなかったのですか。」
「いえ、既に何度か行っています。」
「訓練で加護を抑えたりはしないからな。まぁ、広けりゃ広いほどいい。」
「加えて魔術も使うとなれば、成程。」
納得のできる理由ではある。数がそこまで多くはないはずだが、まぁその個々の運動能力を考えれば。
「なんにせよ、私もここしばらくは忙しくしていました。夕食までは、のんびりとしたいものです。」
さて、流石に晩餐、それに関しては人手を頼むものであるから、今のように気楽な席とはいかないようである。
最も、そこで話すべきことなどはほぼ共有が終わった状態なので、確認と、他の者に言って聞かせる程度の物でしかないのだが。
「事前にわかっていると、やはり楽にできますから。」
「オユキは、本当に慣れてるよな。」
「ミズキリほどではありませんよ。私に教えたのはミズキリですから。」
さて、この場で口にできるかと思いながらも、既に離れて久しい公爵領、始まりの町はどうなっているかと思えば、公爵その人から返答がある。
「卒のない男、それ以上の評価が難しいな。優秀であることは間違いないのだが。」
「まぁ、そうでしょうとも。」
ミズキリはミズキリで、既に計画を作っている。そうであるならその達成のために必要な事、それを起点として整理を行っていくだろうから。
「さて、色々と習い覚えることもありますが、生誕祭の間は市民として、そうありたいものです。」
その後については、ほとんど主役のような物なのだ。今更逃げ隠れは出来ない物だが、そちらについてはと、オユキは希望を口にする。
分かっていたこともあるが、それ以外もやはりあり、忙しい日々ではあったのだ。管理を行う者達は今からが本番だろう。すでに忙しくしているのはわかるが、そこはそれ。
そもそもこちらに来た目的、それがあるのだからと。オユキはただ軽くそう口にする。
全くの異国、似た文化背景は知っていたとしても、まったく異なる形に醸造された場なのだ。その華やかさ、喧騒というのは実に楽しい物だろうと。