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憧れの世界でもう一度  作者: 五味
9章 忙しくも楽しい日々
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第330話 三つ巴

「相も変わらず、実に我が信徒らしい在り様よ。」


そう笑って、実に鷹揚に戦と武技の神が構える。オユキの手には、短い期間ですっかりと手に馴染んだ得物の感触がある。目の前に浮いていたはずの衣装も、武器も。既に空気に溶けるように消えている。


「あなた、まさか。」

「言葉よりも、武の方が伝わることもありますから。」


さて、こちらの価値観に馴染んだ相手にとっては、以前そういった振る舞いを見せたと聞いていても、信じられる物でも許せるものでもないのだろう。


「特に今回は。私の研鑽が足りぬ、それが原因だと言われるのなら。」


そう。そうではないと思い知らせるしかないのだ。半生をとした技ですら届かない。それが分かっていたとて、ただそれに首を垂れる。オユキはそんな出来た人間ではない。抗える限り、抗う。それで届かぬのなら、手を頼みはするが。

古い友人。それこそ職務での時間を数えれば、トモエ以上に長く過ごした相手。その相手と未だ決着のつかぬ論争を抱える、その程度にオユキは我が強い。それに踏み込まれなければ、相反しないのであれば、譲れるところは譲るが。そうではない事、そもそもトモエの楽しみのために、こちらの伯爵家、その少女ですら振り回しているのだ。


「何、我の答えは分かっているようではあるが。」


そう告げた戦と武技の神、その手にもいつか見た両手剣が握られている。


「誇れるだけの研鑽があるというのならば、巫女よ。我が前に存分に示すがよい。」


戦と武技、その名に恥じぬだけの研鑽が、オユキにもわかる。全く隙も無ければ、どう崩せばいいのかも想像がつくものではない。前の機会にしても、あくまで仕掛けたトモエに合わせただけ。


「さて、しかし我にも与えられた役割というものが有る。」


殊更とゆっくりと立ち上がる戦と武技の神。その様子にアイリスも腹をくくったのか、彼女の手にも武器が現れている。


「その方の考えている事でおおよそ正しくはあるが、そうでないこともある。」

「武器の消耗を抑える新たな魔術、それだけではありませんか。」

「ああ、こちらでも大いに議論を戦わせたが、我がただそれを許すはずも無かろう。火と鍛冶の神もそうだ。」


言われてみれば、それは確かに納得のいくものではある。ただ工夫の余地も無くそれが叶う事を許すような存在ではない。あくまでそこには対価を求める、その仕組みがあるのがこの世界の常ではあるのだから。


「しかし、全ての者がただ魔物に向かうわけにもいかぬ。刃物を求めるのは、何も武に身を捧げる物ばかりでもない。」

「成程、2種類ですか。」

「うむ。望むすべての者に、功績を貯める器を、魔物から得られる糧に、魔石とは別に新たな物が加わる。」

「ダンジョンは、変わらず例外、ですか。」

「無論、我らはそこで行われる全てを見ておる。加護については、改めて言葉に残そう。」


オユキの話している言葉も上位者としての敬うものではなく、すでに平素の者へとなっている。それも互いの間で高まる緊張、それに合わせての物でしかない。

今行われている会話というのは、結局のところカウントダウンでしかないのだから。勿論、その内容自体は重要な事に間違いはないのだが。


「それが、この度の苦難を超えた神国への奇跡、そういう事なのでしょうか。」

「うむ。他の国では、まだならぬ。」

「それほど、オユキとトモエは。」


珍しくアイリスも、こういった話に加わってくる。

何時もオユキやトモエの振る舞いを面倒だと、そう感じて放って置く、それができるだけの知識があるのだ。加えてハヤト流、それを修めるのが名誉とされる環境で、初伝となり、葛藤を覚えている。得手不得手、それで言えば後者になるのだろうが、彼女とてそういった教育を存分に受けられる立場にあった者なのだ。出来ないはずも無い。


「二人だけではない。異邦の者、須らくそれらは特別だ。」

「そう、ですか。」


結局のところ、異邦の想念によって生まれた世界。独立するのはこれからだ。力の過多で言うのであればともかく、事実としてそこには明確な上下がある。そうの上に胡坐をかくような、そんな手合いは創造神に招かれることは無いだろうが。勿論、そうでない物は別枠でいるのは間違いないが。


「ええ、私の研鑽、それが今及ばないのは理解しています。ただ、オユキ、貴女も言いましたね。」


普段の何処か気だるげな、少々崩した言葉ではないそれが、彼女の培った物なのだろう。アベル、王太子の私的な場、公爵夫人の私的な場に護衛として置かれる。そんな人物が早々に声をかける相手。教えという意味であれば、護衛としてそれを見る事が出来るアベルで十分なのだ、彼の家は。そしてそれ以上を望んだという事は、正解は分からなくとも、予測として最低限を置くことができる位置もある。


「ええ。あなたが正式な名乗りを上げられる、その立場も理解しています。」


そう話しながらも、三者三様。それぞれの間合いにただじりじりと移動する。戦と武技の神もそれを行うのは、以前剣を交わした時に、話したこともある。


「なればこそ。侮られたままではいられません。」

「侮ってはいませんとも。」

「以前、貴女は言いましたね。私に負けぬと。」

「そういう心構えを持つと、そういう話ではありましたが。」


以前、オユキとしても加護を込みで、それでもアイリスと戦って負けぬと豪語したことがある。それは今でも変わっていない。実際の力量差はともかく。

戦と武技の神、それに対しても剣を向ける、そういった性なのだ。当然の言葉とオユキは考え、それに異を唱えるのであればと、アイリスにも意を放つ。


「それと、この度呼んだ少年達だがな。」

「一人は持祭として、後は、やはり同じく加護を抑える事を望みましたか。」

「加えて、薄い魂が、ようやくひとと認められる濃さを得た、その祝福もだな。後は祀られぬ神の好意を得た物たちがいる。それを改めて知らしめるためだ。」


あの子たちにしても、色々とあるらしい。ここに至るまでの決意、それを見通せるのであれば、それが続く先を見通すことができるのであれば。成程、こちらに何時、誰を呼ぶのか。其処にも大いに働きかけているものが有るのだろう。今こうして、オユキとアイリスが巫女として出会ったように。


「その深謀遠慮には、ただ頭が下がりますが。」


そう、それが及ばぬ地平、それがあるのも確かだ。オユキがトモエに勝ったことがあるように。


「実に口惜しい事だが、時間はあまり長くない。存分に示すがよい。」


歪な三角形、三人の足がそこで止まった時に、本来であれば話すこともすべて放り投げたのだろう。後はいつもの御言葉の小箱に加えて、供物台に置かれたもので判断すればよい。

今ここにいるのは、それを冠する神と、巫女二人。

百の言葉よりも一振りの刀が伝える事が、確かにあるのだ。


「改派陰流大目録、オユキ。」

「ハヤト流初伝、アイリス・ディゾロ・プラディア。」

「戦と武技、マルコシアス。」


さて、その名前は悪魔の物とされているが、こちらにはその存在はない。そうであれば、ただ強力な戦士、それとしての物だろう。

それぞれが改めて名乗りを上げれば、その後何があるかなどは決まっている。

いつぞや平原で見た鬼火をあたりに散らすかと思えば、ただ抜き放った野太刀をもって、有りえぬ速度で飛びながらオユキに向かってアイリスが突っ込んでくる。

無論受けてしまえば、オユキではどうにもならぬ。しかし付き合う理由もない。未だに慣れたとは言えない幅広く、本来であれば片手で扱えぬ長さと重量を持つ片手剣。深い曲線を持つそれの片方で受けると見せながらも、アイリスの突進を脇に逸らしつつ、自身も体を回しその背後に、後ろ首を狙って回り込むそぶりを見せて、足技か、無理な反転を誘う。

しかし、これまでの立ち合いの経験のなせる技だろう。止まることなく、逸らされた先へと体を回しながら飛んでいく。そして、そうされたのであれば、オユキは次に対応するべき相手がいる。


「肉が躍る、血が沸き立つ。この高揚を知らぬという者、我はそれを不幸と呼ぶ者ぞ。」


振るわれる剣は、相も変わらず一切の無駄が見られない。知っている理合いもあれば、知らないものも含まれている。恐らく、義父を含め、幾人もの理合い、それを誰も、オユキの生きている間には追いつけなかった技術でもって、実装したのだろう。それをもって、武、技、その体現が剣を振るう。


「トモエさん、残念だというでしょうね。」

「生憎、場には制限もある。」


地面に片方を突き立て、それを足場として無理に体を動かして剣閃から逃れて、オユキがこぼす。

トモエは、トモエこそ、この機会を求めた物であろう。

交わしたオユキに言葉を返しながらも、切り返しがアイリスを襲い、彼女はそれを真っ向から打ち据え、止めて見せる。加護込みの獣人、その身体能力のすさまじさというのが、響いた金属音も含めて、実によくわかる。

ただ、そこで足を止めるのが良くない。


「トモエさんも言ったでしょう。」


以前であれば叶わなかっただろう。しかし今であれば、投げた剣に追いつくことも難しくないのだ。それもごく短距離であれば。

片方を、湾曲したそれをアイリスに向かって投げつけ、それをさがって躱す位置に向けてオユキが飛び込みながら剣を振るう。


「相も変わらず、悪辣な術理を。」

「対応できぬ、その不足をもってこちらを責めるのは如何な物でしょう。」


片手を放し、これまで見せなかった爪でオユキの投げた剣を弾く。さらにその場から離れるためにと、オユキにしても埒外のしなやかさの体運びを見せるが、それでもかわし切れずにオユキの件が薄く頬を割く。そして、彼女の爪もオユキに届く。


「改めて、我が誇り、半生、それを示しましょうか。」


薄く割られた額から、血が流れる感触を感じながらも、オユキはただそういって笑う。


「その驕りを打ち砕きましょう。私が足りぬことは認めます。しかしハヤト様を下に見る、その振る舞いは許せません。」


アイリスも、これまでは見た事も無いが、そちらが本来だとでもいうのだろうか。彼女自身、流れる髪は金に輝いている。


「さて、今はまだ研鑽の最中。己の歩みだした道。しかし、侮らせるつもりはありません。」


そう、トモエに届かぬと、そう言われるのは構わない。ただ、それを許すのはトモエだけだと、オユキはマルコシアスにも笑って見せる。


「今更異邦に頼らずとも、研鑽は確かにあった、それを存分に示しましょう。」


アイリスにしても、彼女なりに、積み上げたものが有ると、そう言い切る。そして、それを聞いた戦と武技の神はただ笑うのだ。それが嬉しいと。それこそ求めた研鑽だと。

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ツギクルバナー アルファポリス
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