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憧れの世界でもう一度  作者: 五味
9章 忙しくも楽しい日々
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第322話 理念

普段通り、それよりも軽い練習を終えた後。トモエが教えを授けている相手を纏めて正面に座らせる。そして、トモエ自身も、彼らに相対するようにして座る。こちらも同じく、これまで後回しにしていた流派の目的とする、極意とはまた違う、極めれば確かにそうなるが、今はまだただの根底理念。それを伝えるためにと、そうしている。

オユキは先達、相応にそれを納めた身として、ようやく平常心を取り戻したこともあり、トモエと並んで座る。子供たちの後ろに、アイリスとアベルがちゃっかりと座っているのはご愛嬌であろう。マルタとダビについては護衛として距離を空けているし、他の護衛もさらに遠い距離を保っている。


「さて、何くれとなく後回しになっていましたが。」


トモエが早速とばかりに口を開き、話し始める。


「これまで、入門、それ以前の事柄を伝えてきました。その上で、どのように当流派を理解しましたか。」


トモエの問いかけにシグルドが真っ先に口を開く。


「なんていうか、あれだ。使い方って言うのか。身体とか、武器とか、そういうのをとにかく大事にしてるなって。」

「ええ。それも大事な事ですから。」

「えっと、色々、そうですね、トモエさんは特にですけど、見た事も無い武器でも、使い方が分かってるみたいだなって。」

「人が使う、そうである以上、そこにある理はやはり通じるものが有ります。」


続いてアナの言葉にも、トモエが軽く返す。そしてその様子から、求めている回答でないと分かったのだろう。穴とシグルドが悩み始める。


「武器を使うはずなのに、素手にも詳しいな、そう言えば。」

「ええ、刃折れ、矢が尽きれば、残るのは己の拳ですから。」


パウの言葉は、トモエが伝えようとしていることに近くはある、だが正鵠を得る物では無い。


「えっと、私たちはまだ習っていないですけど、トモエさんもオユキちゃんも、武器を落とすのを基本にしてますよね。」


セシリアがそう口にする。そして、それを聞いた少年達。空いた時間で相対した者達もそれに只うな頷く。そして、それが正しい理解に最も近い。


「ええ、それが当流派の基礎となっています。」


そして、トモエが続けた問いかける。


「武器を持つものと、持たぬもの。どちらが手強い、敵として強いのか。それは論ずることも無いと思いますが。」

「あー。まぁ、そりゃ。でも、あんちゃんもオユキも、俺らが武器持ってても素手でどうにでも出来るよな。」

「そうだよね。トモエさんもオユキちゃんも、それでどうにかなるなんて思えないし。」


少年たちの評価は至極真っ当ではあるが、トモエとオユキはそれに揃って苦笑いするしかない。

どうにも、やはり周囲、目標とするべきところ、その間が無いのが良くない。そう言うしかない。


「はい。私たちであれば、確かにそうでしょう。では、皆さんの間で。例えば、アナさんとティファニアさんで立ち会うとして、武器を持っているかどうか、その差はどうでしょうか。」


トモエがそう問いかければ、名指しされた二人が互いに顔を見た上で考え込む。勿論、これまで仕合ったことなどはないが、その想像くらいはできる物だろう。


「流石に、武器持たずにティファニアちゃんとやったら、負けるかな。」

「はい。私だけが武器を持っていれば、勝てるかなって思います。でも。」

「ええ、互いに同じ条件であれば、まずアナさんが勝つでしょう。」


他の少年たちも、その言葉に互いに顔を見合わせて考えている様子ではあるが、トモエは続ける。


「つまるところ、武器を持っているかどうか、それが既に一つの差なのです。武器を持つ、それを前提にそのためだけの技を磨けば、やはりそれを持たぬ時、それは身に着けた技を使えぬ、裏を返せばそういう事でもあります。」

「あー、なんだ。最初オユキにも、言われたな。」

「ええ、武器を使う技、それを修める最低限の心構えでしたが。」


出会いの時、そこでシグルドをオユキがあしらうときに、そういった事を伝えもした。それを思い出したシグルドとしては、なんというか、気恥ずかしさを覚えるのか、頭を掻きながら言葉を返してくる。ただ、それについては、心構えにしても、技を使うではなく、そもそも武器を取る、それに対する物なので、今から伝えようとするものとは異なる。どちらかと言えば、その後にトモエがした話が今につながるものだ。


「つまるところ、武器、道具、それが一つの差を作るのです。」


武器の間合い、それが広いほうが強い。槍なら三日もあれば。それがここに繋がる。


「武器を持つもの、持たぬもの。そこには明確な差があります。そして前者の方が当たり前のように強いのです。己の攻撃は届かぬ、しかし相手の攻撃は届く。これは確かに一つの脅威ですから。」


そこまで話して、トモエは少年たちが理解を示すのを待つ。これまでの鍛錬と実践が、確かにそれを理解させているようで、誰も彼も疑問を持つ様子はない。

そもそも、懸待を根底に教えているのだ。魔物にしても、己の攻撃が届き、相手は攻撃できぬ。その状況を選ぶように教えている。だからこそ、そこの理解に問題は見られない。


「では、どうそれを叶えるのか。武器を持たぬ相手、それを襲うだけ。それで済まぬことは確かにあります。」

「ああ、それでか。だから、相手の武器を奪う技があるんだな。」


トモエの言葉にシグルドだけが言葉で返すが、他の少年たちもそれぞれに頷いている。


「武器を奪うだけではありませんが。」


トモエとしては、これまでそれが最も楽だったからと、それを選びすぎた己の瑕疵を思うのだが。


「当流派、他派では別の呼称もありますが、猿飛、そう呼ぶ理合いです。」


まずは名前を伝えたうえで、トモエは続ける。


「自身に相対する者、それに対して何かをするよりも先に、相手の持つ武器、それを殺す。その理がそれです。実際の技としては、これまで見せた巻き落としも含まれますが、それよりも広範に、まず相手の武器。実際のそれだけでなく徒手ならその拳、足、それを奪う。それを為すための理です。」


トモエの話は、実感としてはわかるのだろうが、やはり概念でしかない。不思議そうにアナがトモエに疑問を返す。


「えっと、当たり前のように聞こえますけど。」

「はい、これまで魔物相手ですが、まず相手の攻撃が届かない、武器が通じない、そこに体を動かしなさいと教えて来ましたからね。」

「それだけではないと、そういう事か。こちらから、そうなるのか。」

「待たずに、自分から仕掛けるんですか。」


パウは以前トモエが見せた、虎相手にやった事、それから恵まれた身体能力を持つからと、以前オユキが身に着けた理合いに近い物を学んでいるからか。理解が早い様子ではあるが、そうではない、弓を主体とすることを望んでいるアドリアーナはやはり納得しにくい物であるらしい。


「こちらから仕掛ける、それとはまた違うのです。相手の武器、それを奪う、殺す。そのための理合いですから。」


そうしてトモエが立ち上がるのに合わせて、オユキも立ち上がり少し距離を空けて構える。


「自分から仕掛ける、それも教えてはいますが、やはり当流派の基本は待ち、後の先です。」


そうして話すトモエに、オユキからゆっくりと仕掛ける。そしてトモエはそれに対して同じくゆっくりと、しかし無駄なく、オユキの意をはかった上で、それが最大限の威力を発揮する、それよりも半歩詰めた位置で武器を打ち付け合う。

オユキはその行動を邪魔され、次に動くのに少し直しが必要になる。しかし初めから意図したトモエはすぐに次に動ける。そんな状況を作り出すために。


「相手が何かをする。それが分かったところでそれに合わせた上で機先を制し、抑え込む。そして。」


自由に動けるようにと半歩さがったオユキに合わせて、トモエがするりと動いて、その籠手を打つ。


「相手の武器を振るう、その手段を潰します。」


言葉にすればひどく容易い。


「この一連、型ではなく、それを目指す理念、それそのものが当流派の至上とする理です。」


トモエがそう告げて少年たちを振り返るが、やはり直ぐに飲み込める物では無い。概念、概論。それはあくまで知っておくことに意味があるのだ。実戦で磨き、経験と共に納得する。そういった物でしかない。


「あー、いや、言いたいことはなんとなくわかるけど。」

「ええ。そうでしょうとも。ですから。」


そう、実践あるのみだ。

アイリスやアベルに至っては、これまでの実戦経験がそうさせるのか、考え込んでいる様子が見られるが、まだまだそれが足りない少年たちはもちろん理解できるはずも無い。

ならばやる事など決まっている。ただ穏やかに笑うトモエがそう告げれば、少年たちも早々に覚悟を決めて、武器を手に立ち上がる。すっかり馴染んだようで何よりである。


「あー、だから訓練では、練習用の武器使うんだな。」

「流石に、実戦用の物では痛みますし。武器の破壊、それも手段に含まれますからね。」

「ジーク、オユキちゃんに武器壊されてたよね。」


そう、これまでの相対で、柔としてはトモエが主体となって、剛としてはオユキが主体となって見せてきた。これから、その一端。開祖の師、それが求めた転の理、それも含めて叩き込んでいくことになる。

魔物を相手にしてどうかと言われれば、確かに使いではそこまでない物ではあるが、しかし対人、それにおいては非常に有用なのだ。

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