第321話 構え
皆でのんびりとジェラートを楽しんだ後は、夕食までの間に少年達には新しく下段の構えを、他の子たちには上段の構えを教える事となった。そしてファルコについても、改めて中段の構えを伝える。ファルコ本人はこれまで学んだ騎士としての構えから、新しいものに。そこには特に拘りがない様子であったのが、教える側としては幸いであった。
「おー。」
早速とばかりに少年たちに構えを取らせてみれば、これまでとは全く異なる、それに戸惑っているようである。中段から上段へは振り上げる、その過程でもあったため馴染みも早かったのだが。
「これまでとは、大きく異なるでしょう。」
「はい。」
それぞれに武器毎、特に大きく違うのは長刀術、棒術に近い扱いを教えているセシリアとパウではあるのだが。
「ここから、振り上げるのか。」
「流石に、これまでと同じように、もう少し馴染んでからですね。」
「姿勢も、これまでより低くするんですね。」
これまでよりも少し膝を落とし、合わせて腰の位置も低く。バランスとしては少し前傾する形にもなっている。
「防御の構えって言ってたのに、前に行くんですね。」
「はい。防御と言っても、何も相手の攻撃を防ぐ、そういった意味合いではありませんから。」
「踏み出したところを斬ったり、だったよな。」
「はい、それも一つです。後程改めて別の一手をお伝えしますが。」
トモエとしては、これまでなんだかんだと忙しさに押されて後回しになっていた、対人向けの理合いを合わせて今日伝えるつもりであった。
一方のオユキは、ジェラートに没頭していたことに気恥ずかしさを覚え、己の精神の未熟と、普段よりも熱を入れて立木を打っている。周囲の話にも全く耳を貸さない状態で、嗜好品に没頭するなど一体いつ以来だろうかと、随分と動揺した様子ではあったが。本人としても、人以外が混ざっている、その示唆の結果と捉えてはいるようではある。だからと言って、己の欲求のままにというのを、これまでの生の期間が許しはしないのだが。
「二刀でも、有るんですね。」
「本来、二刀は下段が基本ですよ。そもそも、私たちのいた場所には加護というのは肉体に現れる事はまずありませんでしたから。」
そう、本来二刀を、満足に振れる膂力というのはまず身につくものではなかったのだ。それがこちらではさほど発達した筋肉などというものが無くとも、望む様に振り回せる。だからこそオユキにしても新しい道を探すし、トモエもこれまでは無理がある、そうして使う事があまりなかった技や理合いを大いに磨いているのだが。
「あー、確かに。魔物狩ってなきゃ、振り回せないよな。」
「ええ。勿論二刀としてバランスが取れる物でもあるので、単純に力に任せているだけというわけでもありませんが。」
「ま、あんちゃん達はそうだよな。」
「ええ。はい、体が前に傾きすぎですよ。」
そうして話しながらも、トモエが前傾になりすぎているパウの体を軽く押す。
「ぬ。」
「パウ君は上背も力もあります、だからこそではありますが。」
「ああ。力が出せる体勢、それが維持できなければ、だな。」
「はい、その通り。それとセシリアさん、刃先は地面に付けないように。」
セシリアにしても、長刀の下段、長物を下に向けて構えるそれが、これまでとの大きな差に馴染めていないようではある。
「えと、これまでとは持つ場所も大きく違って、慣れなくって。」
「そうでしょうとも。持ち手については、実際の所変形も多いので、それは今後ではありますが。今はそれを。」
「俺らも、こう振り下ろしただけとは違うんだな。」
「流派によっては、振り下ろした形、中段よりも刃先が下に向かった物を下段とする場合もありますが。」
そうして、トモエが簡単に説明を続けながらも、少年たちの体に触りながら構えを直していく。特に珍しい部分として、初めから刃を返した形で構えるため、なかなか慣れるまでに時間のいるものだ。
そうして、しばらくした後は、次に子供たち、こちらは切る前に振り上げる、その形であるためそこまで問題はないが。やはり年齢が幼く、当然の帰結として背も低い事が有り、両手剣の重さがバランスを崩しやすくさせる。
「これ、結構疲れますね。」
「正しく構えれば、体から重さが離れている中段よりも、楽なのですよ。」
そうしてこちらでも、あれこれと話しながら子供たちの体勢を直していく。
やはり振り上げる、その行為の結果として過剰に力が入っている、その修正がまずは先だが。そしてそれが終わればファルコとなるが、これまで構えや素振りを行い続けてきたからだろう。彼については、細かい修正はあっても、大きく直させることもない。
「意識は、此処に。」
ただ細かい直しだからこそ、重要でもある。
「こう、ですか。」
「ええ。呑み込みが早いですね。はい、刃先が上がりすぎていますよ。」
「失礼。」
「これまでの完全に剣を立てた構え、それが頭にあるからでしょう。」
「分けているつもりではありますが。」
「慣れというのは、そういう物ですよ。」
そう言いながらも、ある程度細かい修正が終わったからと、ファルコには数度そのままの体勢で剣を振らせてみる。
これまでの叩きつける。そもそも重量のある鉄の塊、それも一つの正解ではあるし、それでも十分叩き切ることは出来るのだが、それはトモエの継いだ技ではない。
「成程。かなり手ごたえが違いますね。」
「素振りの段で、それが分かるならまずは重畳。振り方ですが。もう一度振り上げてください。」
これまで教えた相手にもそうしていたように、トモエが手を添えながら、そのままゆっくりと数度振らせつつ、その合間でどう手首や肘を使うのかを伝えていく。
「ただの一振り、それがここまで細かいとは。」
「意外、そう思うかもしれませんが、これでも簡略化していますよ。」
「あー、構えが増えたら、その辺もっと細かく分かるし。実際に魔物斬るときに、ようやく気がついたりとか。」
「いや、それも分かる。数をこなす、時間を使う、馴染ませ理解を深めるには、どうしても必要な時間もあるからな。」
「そういや、そっちは半日構えられるようになるまで、ずっとだっけ。」
「ああ、誰かから聞いたのだろうが、本来であればこれよりも幅広い両手剣ではあるが、それに鎧を身に着けて。それが始まりと聞いているな。今は流石に私も鎧は着ていないが。」
そうして、下段に慣れようと構えを維持しているシグルドが、素振りをするファルコと話し始める。
それを怒るものもいるだろうが、トモエとしては、それをさして気にはしない。それで過剰な力が抜ければ恩の字であるし、構えに集中していない、そういう訳ではないのだから。
無論気もそぞろになれば、そこに容赦などない。
「にしても、初めてでそんだけやれるのは、やっぱりそれまでの訓練なんだろうな。」
「それについては、一応貴族家の物は5歳から学び舎に向かう10歳までの間だな。最低日に3時間、武器の扱いを習う事と定められている。」
「あー、そういう決まり、多そうだもんな。それに加えて、作法か。」
「まぁ、大変だと、それは確かな事ではあるが、比べてどちらがと言うものでもないさ。」
ファルコの話す幼少期の生活、それを聞くシグルドとしては、非常に堅苦しいものに感じているのであろう。この家に生まれたから、お前はこう生きろ、それがすべて決まっている。
しかし、だからこそ周囲の環境は整っている。そして、シグルドたちは自由な時間を得られた、しかし環境は。そういう事でしかない。選べるものではない、そこは合う合わないの幸運を祈るしかないし、育てるものとしては、それこそ見極めて良い方向に伸びる様にと、祈るようなものではある。
「それにしても、ここまで細かく、人のことを見れるものですか。」
「あー、それな。」
彼らからしてみれば、何かがまずい、そうとしか分からぬものを、外で見るトモエが簡単に手直しするのが不思議な物だろう。
「体格も違うというのに。」
「流石に私も、己の流派の外になればどうにもなりませんよ。」
「流派の事であれば、そういう事ですか。」
「それ故の皆伝です。はい、握りに力が入りすぎていますよ。それとアナさん、親指で持つのではなく、小指で持つように。」
そうして、話しながらもトモエの指導に抜かりはもちろんない。
「小指で、ですか。」
ファルコとしては、改めてそれがいがいだったようで、その呟きをトモエが拾う。
「ええ、勿論絞る時には、親指迄をしっかりと使いますが、そうでないときは、その方が柔らかく構えられます。そうですね、これまで習っていた物、それは堅く構える物でしたが。」
「成程。いえ、理解は及んでいませんが。理屈があるというのは分かりました。」
「あー、実際にやってみれば、案外実感できるぞ。」
「ええ、シグルド君たちもたまに行っていますが、悪いとしている、それで振ると、違いが分かりますよ。」
そう言えば、何故悪いのか、それを実感するためにと、たまにそうではないとトモエがいった事を行っている少年たちが、苦い顔をする。
「何故悪いか、それの実感も大切ですから。勿論、それが癖として残るようであれば。」
「あー、うん、分かってる。」