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憧れの世界でもう一度  作者: 五味
9章 忙しくも楽しい日々
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第320話 お茶会

さて、ジェラートを買って喜んで買って帰った子供たちの笑顔が曇る事件として、借り受けている屋敷には氷室はあっても冷凍用の魔道具などというものはなかったことがあげられる。

そして、ではそれをどう解消するかと言えば、完全に溶ける前に食べるしかないのだが、無論公爵夫人を誘った以上は相応の席になる。そして、その準備が少々仰々しいものになったのを見て、純粋に美味しい物を楽しめない場になったことを悟った子供たちが気落ちした。

それを見たファルコが夫人にとりなし、流石に作法通りとすれば持ち帰りの間にも、相応に溶けて嵩が減ったこともあり、楽しむ前に無くなるだろう、そう説得したことで前半は少々気楽な場にはなっている。

だからと言って、せっかくの機会は無駄にできないのだから。


「魔国から、こちらにも入ってきましたか。」

「確か、隣国でしたか。」


実際の世界で言えば、風土や言語と照らし合わせれば、間にもう一つ挟むのだが、その辺りは気にする意味もない。


「ええ、魔国、名の通り知識と魔の神を主として祀る国です。それ故、魔術、魔道具の研鑽については及ぶものは無いでしょう。」


公爵夫人もこのデザートはお好みらしく、執事に伝えたときに苦い顔をしたから何事かと思いはしたが、珍しく少々浮ついた様子で直ぐにトモエたちの下に来た。

そして、流石公爵家お抱えの料理人。買い求めたジェラート、相応に融けたそれを改めて整え果物や、ハーブ、エディブルフラワーにビスコッティ、そういった物で実に愛らしく飾ったものが用意されている。


「アベル殿によれば、こちらでは知らぬものが多いものだとか。」

「ええ。私もメルカドにこれがあるとは露程も。」


そう言いながらも夫人は、一口大のビスコッティをジェラートに浸けてから口に運ぶ。その様子に確かにそのような食べ方もあったかとトモエは考えるが、どうにもせんべいじみた硬さの焼き菓子に浸けるのはと、トモエとしてはそんな事を考えてしまうのだが。ふやかす程ではないと、そう感じるところが大きい。


「それから、こちらは、ビスコッティ、でしたか。」

「ええ、その一種、カントゥチーニ、そう呼んでいるものです。」

「ああ、名前に聞き覚えが。確か、ワインに浸して頂くものだとか。」

「ええ、デザート・ワインに浸すのが多いでしょうか。後はそれをしたうえで菓子とすることも。」


公爵の言葉に、イタリアと言えば、そんな菓子をトモエは思い出す。あれにしても同じようなビスキュイ生地をエスプレッソに浸し、そんな有名なデザートもあるのだから。


「喜んでいただけたようで何よりです。購入した場所は後程、執事に伝えさせて頂けば宜しいでしょうか。」

「ええ、よしなに。」


トモエとオユキ、それからアベルとアイリスは夫人と同じ席に着き、まぁそれなりに作法に則って楽しんでいるが、離れた席からは実に賑やかな声が聞こえる。

彼らにとっては、出された物、それを楽しむよりも知らぬ味があれば共有する、確かにそれが楽しい物だろう。何とも実に耳馴染みのある賑やかさが聞こえてくるものだ。実に賑やかにそれぞれの物を交換しながら、色々試し、そのフレーバーに対して活発に意見を交わしている。

作法からは大いに逸脱しているが、それも楽しみの一つではある。その証拠に夫人も特に咎める様子でもなく、ただ楽し気に時折視線を送っている。


「魔国、ですか。」


トモエとしては食文化から、イタリアに近い国のように感じられる。


「ええ、王太子妃様の生国でもあります。」

「であるなら、故郷の味として、こちらもお喜び頂けるのでしょう。」


隣国から、今いる国は周囲を4国に囲まれていると、そうオユキから聞いた覚えはあるが、王太子妃の出身はそちらかとトモエは改めてそれを覚えて置く。


「ええ、大河を挟んだ先にある国です。魔道具の多くは彼の国から流れてきたものが多い。勿論わが国でも研鑽は続けていますが。」

「すでに名を上げ、周知された場所があるのなら、そちらに集まるのも自然な流れと、そう言わざるをえないかと。」

「全くもって。」


普段であれば、こういった会話はオユキが、特に公爵夫人その人が主催しているお茶会なのだ、同性、見かけ上は、己の役割を把握したうえで対応するのだろうが、何やらひどく氷菓に執心しており、こちらの会話も耳に届いていない様子。

味覚が変わった、それ以上の何か、例えばトモエが肉を定期的に口にしなければ身体の不調を覚える様な、そういった何かが働いている風でもある。

周囲の話も耳に入っていない様子で、ゆっくりとした速度ではあるが、ただ黙々と口に運んでいる。以前の事を思い返せば、そもそもこういった乳製品のくどさをそこまで好んではいなかったはずなので、それもこちらに来て生じた変化の内であろう。

仮にトモエにとって、獣人らしき血、それ由来の物であれば、随分と長い事口にしていなかったこともある。


「王妃様から返事を頂きました。」


夫人にしても、オユキの様子が尋常ではないことはわかるようで、席について少しの間は気にしていたが今となっては、気楽な席でもあるため放っている。

特に種族差というものには、トモエ等よりも、遥かに理解があるのだろう。


「明日、確かに教会と神殿へ向かうと。明日の朝、こちらに迎えの者が来ます。」

「畏まりました。」


公爵夫人としては、とてもではなく合格点を与えられない相手に気が気ではないだろう。


「明日は私も同行しますが。」

「お手数を。」

「いえ、それにしても対応しきれるか。あちらの子供たちには、私が。あなた方は主人が。」

「何とも、大仰な事になりそうですね。だとすれば、今夜にでもあの子たちとお供え用の酒の用意をさせて頂きたく。」

「事前に用意しない、その理由を伺っても。」


確かに、作り置きという手もあるのだが。


「酒精、アルコール、どちらの言葉が伝わるかは浅学の身故存じ上げませんが、糖、甘さの主たる要因ですね、これを分解することで、そういった物に変化します。」

「つまり、時を置くと強い酒になると。」

「はい。そしてお招きいただいた折に、そうなるとまた神々の好みも変わる物と。」

「強い物を好む神々もいるという事ですか。」


その辺りはトモエだけでなく、オユキにしても理解の及ぶところではない。巫女として何か言われることはオユキにはあるのかもしれないが。


「確か、新しい祭りで、改めて神々が興味を示したもの、それに印を与える予定であるとか。」

「ええ、そこで認められた品が新しい供え物として周知されていくことでしょう。」


公爵がそういってため息をこぼすが、トモエもそれについての懸念はオユキと既に話し合っている。

これまでそういった、後に続ける、伝統として残す、それが出来たのは極一部、それこそ貴族階級だけだったはずだが、認められるしなというのは今度はそこだけからとは限らない。

加えて、貴族としてそれを為し得た民を評さないわけにもいかない。これまで後回しにしがちであったこと、それが改めてこちらの貴族社会に負荷としてのしかかることになる。ただでさえ業務過多だというのに。

恐らく新しい拠点、人が住める地、その確保を行う必要が減る、無くなる、その補填としての新しく課せられる業務という事らしいが。移行期間も無くとなると、難儀でしょうね、そうオユキは話していた。


「家格を示す、その意味を考えれば、貴族家としては権勢を誇る場とそう了見を違える家も出るでしょう。」

「神々からの称賛を、そのように扱いますか。」

「残念ではありますが、そういった愚物も確かにいるのです。あなた方も我らの都で。」


公爵夫人がため息とともに告げれば、トモエとしても頷くしかない。

ただ、それについては同席していたアベルから声がかかる。


「騎士団を動員し、事前から安全を確保する必要があるでしょう。」

「そちらについては、領に戻った後に話を詰める事になるでしょう。メイ伯爵子女には相応の想定が伝えられているとも聞きました。主人は此度の件を優先したそうですが、今はそのあたりも話しているでしょう。」

「ええ、始まりの町、そちらにいたときに実に色々と話しましたよ。」


アベルにしても、その時は傭兵ギルドの代表者として、騎士団の長を務めていた人物として、実に多くの意見を求められる立場になり、いつも座っていた受付から姿を消すこととなっていたのトモエも覚えている。


「夫人は、そうですね。恐らく公爵家としての品、それの用意を頼まれるものかと。」

「ええ、既に。しかし。」


どうやら悩んでいるらしい。恐らく権勢を示す、その辺りに悩みがあるのだろう。


「改めて、歴史、伝統、そういった物を示すのも良いのではないかと。」

「それは。」

「こちらでは難しい、そう聞きましたが、絵画、彫刻、歌劇、服飾。芸術や技術、長年の研鑽、それが可能とするものそれを改めて誇るのも貴族、この世界でそれを可能とした立場の者が行うべきではないかと。

 私の暮らした土地の事ではありませんが、代々、家の起こりから娘に至るまで、それらの持つ紋章、衣装で縫い取りを行い淵を飾った敷物、そういった物も異邦では大事にされていましたので。」


そんな話をしていれば、夢中で、一度器が空になったからと、トモエが自身の物を渡してもそれに気が付いた様子もなく口に運んでいたオユキが、それも食べ終えたようで、ようやく意識が外に向き、虚を着かれたような振る舞いをしている。

オユキ自身、意外な事ではあったのだろう。市場で口にしなくてよかったと、トモエとしてはそう思うしかないのだが。



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