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憧れの世界でもう一度  作者: 五味
9章 忙しくも楽しい日々
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第315話 ドルチェ

メインディッシュ、実際の形態に合わせれば二番目の皿となるのだが、それを楽しみながらもあれこれと話を進めれば料理はすぐにデザートに移る。

どうにも物足りなさそうな面々もいるが、そこはこの後補填がなされる気配があるため口には出さない。こちらの人々の食欲というものを考えれば、トモエとオユキに馴染みのあるコース、一目でそうわかる分量ではとてもではないが足りないだろう。

実際のコース料理は、ゆっくりと相応の時間をかけるため、そして品数が多いこともあって案外と満腹感を覚える物だが、こちらではその理屈が通じるほどの物では無いのだ。恐らく、一通りを終えた後に採点を受けつつ気楽な席をとなるのだろう、そうトモエにしても判断しながら、出されたデザートクレーム・ド・ブリュレのカラメル層をスプーンで割る感触に楽しさをトモエは覚える。

パフォーマンス、料理はエンターテイメントという概念も異邦から伝えられたのだろう、砂糖を振りかけた後に目の前で魔術を使いキャラメリゼを行うとは思わず、思わずそれに合わせて持ち歩いていない武器を手にする、そういった意識を持ってしまいはしたのだが。


「トモエ殿は、立ち居振る舞いに問題はありませんが。」


デザートを楽しみながらの公爵夫人の言葉に、言わんとすることも分かるためトモエとしては苦笑いを返すしかない。


「異邦で過ごしたその期間、それによる習慣ですから。」


どうにも少々剣呑な気配が漏れたせいもあるだろう。事実として、料理人の動きが、全員まとめてしばし止まるといったアクシデントがあったため、気が付かれてしまったらしい。


「試し、それを行うという話もあったのですが。」

「必要ないでしょう。トモエとオユキ、この二人については。」


アベルからそうお墨付きは頂けるのだが、トモエとしてはそのあたり見抜かれていたことにどうにも気恥ずかしさを覚えてしまう。相手の意を読み、後の先を、それが表層、最も分かりやすく修めやすい流派としての振る舞い、それが行動を共にして間もない相手に看破されるという事に、やはり未熟を感じてしまうのだ。


「教えていただく身として、あまりにぶしつけな質問にはなるのですが。」


そうファルコが切り出す。確かに甘味の類は苦手であるらしい。異邦であれば彼の自分であれば特に性別に関係なく、甘いものを好むものは多かったが、まぁそれも個性だろう。マナーとして褒められた物では無いが、何度も器の中身、濃厚なクリーム状のそれを混ぜながら言葉を作る。


「魔物がいない、そう聞いています。だというのに、お二人はあまりに。」


そう、ファルコに言われてトモエとしてはただ言葉を返すしかない。確かに、人の、特にこちらのように人以外の脅威が明確に存在する世界とは根本的に違うそれを。


「魔物は確かにいませんでした。では、私たちの術理は何を相手にされたのか、それはお伝えさせていただいたかと。」


そう、トモエの収めた技術は何処までも人を想定している。

つまりこの技術体系の想定する敵は人だ。故に常在戦場、その言葉の中に含まれるものが有る。己の周りにいる存在、人、それは全て敵である、現状は違ったとしても、寸暇の先にはわからぬ、その哲学が。


「対人、と、そういう事ですか。」

「はい、魔物がいないから、なのでしょうか。私たちの世界そこでの争いは人同士、それが主体でしたから。」


だからオユキにしても、信頼できる、その場であったところで最後の警戒を緩めることは無い。結局のところその全ては仮想敵。それは教えている相手だろうと何一つ変わりない。

今、認識できる相手、それが己の敵として立ちはだかった時に如何に切り捨てるか、それだけは常に考え続ける。何故敵対したのか、突然の心変わりがあったのか、急に剣を向けたのか。そのような事は両手両足を切り落とし、無力化した後に聞けばすむ。

事こちらに来てからは魔術があるためそれだけで済むか分からないのが、また難儀ではあるのだが。

その辺りはトモエが魔術に興味を持っている、それをきちんと汲んだオユキが正しく整えてくれると、そういった信頼はあるのは確かなのだが。

最も身近なそれ、オユキ、それにしてもトモエを超える、それを目標として今もただ技を磨き続けている。そんな状況で、最も信頼を寄せているオユキ以下の警戒を、どうしてそれ以外の相手に向けずに済むというものか。


「ただ、それをこういった場に持ち込むのは。」

「分かってはいるのですが。」


以前にも言われたことではあるのだが、任せろと、そういう意味も理解できる。ただ制御に重きを置く身としては、理解と納得、実践は切り分けてほしいとも考えてしまう。


「こちらの文化圏、それの許す範囲で、オユキを前に立て、私が護衛とすることは。」

「可能でしょうね。特に巫女の職分を頂いていますから。」


どうにもそういった配慮も働いているらしい。

トモエとしてはオユキ程言葉の裏を読むことは得意ではない。女性同士の交流は持ってはいたが、それにしてもミズキリの妻に随分とフォローを行われての事だ。

何となく言いたいことも分かりはするのだが、それが何か具体的には分からない。

ただ別の席、離れた位置にはなるが、そこでオユキがトモエとその他に意識を向けているのは感じるので、今はただ額面通りとしてそれに返す。後のフォローは、オユキにと。


「そうであるな、そうするのが無理が無いでしょう。今から身に着けるのも難しい事ですから。」

「まぁ、トモエについてはそれをする時間があればと、そうなるだろうな。」

「ここまで役割分担が完成されていると、そうなるでしょうね。」

「こちらでも外と内、その分担は見られますが。」

「あくまで内外、家として、それはそれです。」


どうにも意味合いの全体像までは把握しきれないが、どうやらまぁ、そういう事だと飲み込んで返す。恐らく男性社会と言えばいいのだろうか、そういった事の必然、後の世代に重きを置く以上、それが行えなくなる期間が発生する性別ではなく、身軽な側で、特に医療技術も時代背景相応、リスクを伴う世界であるからこその観念なのだろうが。

その辺りは生前の知識や、そういった立場としての理解もまぁできないではないのだが、そこはオユキを尊重するしかない、トモエとしては。

こちらの世界を案内したいのはオユキなのだ。トモエでは無い。


「理解はします、尊重もします。しかし譲れないところは。」

「ええ、そうなるのでしょうね。其処はやはり異邦の者とそう言う事なのでしょう。」


可能な限り、お邪魔させて頂いている、生前、そう、生前、一度己を全うして、その後でしかない。


「思い切りが良いといいましょうか。」

「既に一度死んだ身です。」


そして、それを告げるのにトモエはためらいがない。

無論可能な限り抗いはするのだが、既に一度得た結果でしかない。こちらでそうなったところで、新しく積み重ねた物、それに対しての残念が無いようにと、そう生きる事に否はないが、そこはそれ。


「異邦の方の無軌道、失礼、個人主義というのは、そこが原動力なのでしょうね。」


それについても、トモエはただ笑って躱すしかない。


「なんにせよ、本日の料理、その素材を持ち込んだ身としては喜んでいただけたのなら何よりです。」


そう話しながらも、すっかりと中身の減ったデザートに名残惜しさを覚えながらも、同時に出された飲み物に口を付ける。

向こうには無い植物も多かったのだ、今口に含んでいる飲み物にしても、似たような香りや舌に感じる物に覚えはあるが同じであるとの確証は持てない。

味覚にしても、かなり変わっているのだから。元々、出会ったときから無頓着だったオユキはさほど気にはしていないし、改めて美味しいと思うものを喜んではいるが、こちらに来てトモエも大幅に好みが変わっているため、どうにも座りが悪い。以前と同じ料理というのも難しいだろう、そう思う程度に。


「狩猟者を抱える、確かに、これは最たる利点なのでしょうね。」

「マリーア公爵様へは。」

「ええ、勿論届けています。」

「私としては、こちらの趣向もそうですが、改めてこちらで得た糧を、こちらの技術でどうするか、それに興味が尽きませんね。」


道楽の類ではあるとトモエにも自覚はあるが、生前から好んでいたのだ。順序については、既に己でも分からないのだが。


「当家としては初めてなのですが、なかなか。」

「私たちも初めての事ではありますから。」


異邦人を抱えるのが初めてだとする相手、それに対して家に仕えるのが初めての異邦人。そこに積み上げる関係というのは、それこそ手探りとそうするしかないのだろうなと、トモエは空になったことに器と食器がぶつかる音、その不作法をが発生して初めて気が付いた。

ああ、これは減点対象だな、そんな事を考えていれば、どうにか教育目的の食事の時間も終わる。デザートが終わったというのに、ワゴンに乗せたクローシュに隠された物が新たに運び込まれているのだから。

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