第314話 セグンド・プラト
正式な場であるからとオユキとしては分量に覚悟はしていたのだが、そこはまずは略式でとの配慮があるようでフルコースではなく、スリーコースメニューに、アラカルトとして卵料理、スパニッシュオムレツが挟まる形であったらしい。
こちらではトルティージャとなるが、付け合わせもサワークリームだけでなく、色取り取りのソースが用意され目を楽しませるのはもちろんとして、味覚も存分に楽しませてくれた。過去にオユキ達のいた土地でサルサと言えば一般的な、トマトベースに唐辛子、そこに幾種類もの香味野菜を合わせた物、すりおろしてあるため元がなにかは分からないが、バジルに似た香りが華やかなジェノバソース、実に美味しくいただけた。
本来であれば、前菜の後は、スープにサラダが続くが、これが出たので、フルコースではないとオユキは理解できたわけだが、さて次はと思えば、こちらでも仕上げを食事をとるものの前で行う、そういった趣向はあるようで、清潔感のある衣装に身を包んだ数人の男性が入ってきて、まずはとばかりに並んだいくつかのクロッシュを取り払う。
目線の高さによっては見えるのだろうが、そうは思いつつも、主賓の席、トモエの座る席からため息が漏れるのが聞こえる。
トモエとしても、クロッシュが取り払われ、露になった皿の上に既に切り並べられた鹿肉だろう、そのローストの見事さには思わず息をのむものが有った。
また、好んでいるらしい公爵夫人にしても実に嬉しそうに息をついている。
「無理をお願いしてしまいましたか。」
「いいえ、これほどの素材、腕の振るいようがあるというものです。ご要望頂いておりますシチューについては、現在仕込みを行っておりますので、是非明日ご賞味いただけますよう。」
「先の料理も実に楽しませていただきましたとも。」
そうして料理人とあいさつをしている間にも、他にいくつかのソース、野菜などが用意され、彼についていた他の物がさらにとりわけ、簡単な装飾を添えれば、使用人が受け取ってそれぞれの前へと運んでいく。
改めて目の前に置かれたものを見れば、飾りとしても芳ばしさとしても申し分ない焦げ、そして外周を額縁のように彩る深い茶色、そしてみずみずしい赤に、所々に脂肪の白い線が入っており、なおの事美しさを際立てている。
オレンジソースなのだろう、飴色のソースがかけられ、散らされた色のついた透明感のある粒、塩だろうが、本当に一つの美術品と呼んでも良い仕上がりとなっている。
「何とも、実に見事な物ですね。」
「素材の質、それの良さもあっての事です。」
「これは、改めてトモエ殿に感謝しないといけませんわね。」
「ありがとうございます。しかし、望めばこれまでも出来たのではないかと、そう考えてしまいますが。」
そう、トモエの聞いた話、オユキだけでなく子や孫が遊んでいたものでは、確かクエストなどと呼ばれるものを発行してと、そういった事もあったはずだ。
「子爵家迄でしたら、そういうこともありますが。」
「ああ、仕事を与える先、という事でしょうか。その、以前昇叙といった概念はないと。」
「しかし、領地を任せる、その選定は必要になるものです。聞いていた通り、トモエさんはオユキさんに比べてこちらは少し苦手と見えますね。」
「お恥ずかしい限りです。しかしながら、今はこうしてお仕えする身ですので。」
「ええ、今後お願いさせて頂く事もあるでしょう。やはり、こうした食事は誰もが喜ぶものですからね。」
そうして、そちらはアベルとファルコも加えて楽しく過ごしているが、喜びたいが慣れない席で窮屈を感じている者たちもいる。あくまで、そういった事を学ぶためなのだからやむを得ないが。
「改めてとなりますが、巫女とはどの様な。」
「主として行っていただきたい勤めは二つ、神の声を聴く、祭祀において舞や歌の奉納を行って頂く事です。」
「そこだけであれば、異邦の物と変わりないように聞こえますが、その歌や舞というのは。以前神々より頂くと伺った事はあるのですが。」
さて、尋ねるオユキにしても予測はあるのだが。
「近々得られる事でしょう。」
オユキとしてはそういった言葉で、どうにも当たってほしくない予測ばかり膨らんでいくものではあるが。もう、その辺りについてはどうにもならない物であると、諦めるほかないのだろう。
「それにしても、本当に美味しいわね。」
「ええ、これまでの物に比べて脂も強くないので、私も食べやすいですね。」
ではその他の事をとそう思ってオユキが口を開く前に、アイリスがそうしみじみとこぼす。そしてそれは席を同じくする他の者達も頷くしかない物なのだ。
「これまで食べた物に比べても、随分と良い物のように思えますが。」
「持ち帰る先も分かっているだろうし、質のいいのを選んでくれたようね。」
アイリスにそう言われて、オユキは今更に狩猟者ギルドに持ち込めば食肉についても細かく査定がされていた。勿論品質も。
「これまで自分で口にするためにと持ち帰ったのは魚だけでしたから、気にしていませんでしたが。」
「魚にもあるわよ、勿論。」
「それは、そうなのでしょうね。魔物にも個体差のような物が存在するのは分かっていましたが、そちらとの相関はどうなっているのでしょうか。」
「まさに神のみぞ知る、じゃないかしら。」
そう、魔物という仕組み、それが神々に用意されている以上それについてはそうとしか言えない。氾濫と狩猟者ギルドが呼び、溢れと傭兵ギルドが呼ぶその現象。どうにも翻訳の働きがあるのだから、恐らく指標が違うというのはわかるのだが、それについてもあまり判然としない。恐らく、それをさせないためにも翻訳がなされている、それが分かるような作用があるのだろうが。
そうであれば彼らと同じ母国語の者がいればどうなるのか、間違いなく過去にはいたはずのその人物達であればとも思うのだが、確か口語については何か別の設定があったはず。加えてそういったものについてあの製作者たちに手抜かりがあるとも思えない。
全てのプレイヤーに対して、実に平等に謎として立ちはだかっているのだろう。口語はスペイン語らしき固有名詞が目立つが、日本語と聞こえるものものもあるのだ。
そして、魔物、その領分は知識と魔、その名を冠する神の領分であるらしいのだ。ならば閃きだけでたどり着ける、そんな浅い物では無い。それが当然として、その上で思考し試行し積み重ねよと、そういう物であろう。
「定期的に祈りを捧げるといった事は。」
「お祭りもありますので、その折にとなります。勿論すべての教会に、巫女様方がおられるわけではありませんので。」
余所事を考えながらも、こちらにおける神職の、巫女の仕事をオユキは尋ねていく。これについては、今ここに並んでいる使用人たちに向けた物でもありはするが。
姿を変える云々、こちらについてはそれこそ内々にとなるだろう。闘技大会が終わったあたりで、何やら小芝居を行う事になるのだろうが、それについては今考えていても仕方がない。
オユキとアイリスはそれに説得力を持たせるために、与えられた巫女という職務に対して忠実である、そういったポーズだけは取っておかねば神殿に向かった事にする事も出来ない。実際にそう口にするわけではなく、そう思わせる様に事を差配するだけではあるが。
恐らく水と癒しの神殿、そこにある何かを戦と武技の神の神殿へ運ぶ必要がある。それに巫女が同行するように見せかける、そういった案だとオユキは踏んでいるのだが。
「では、明日から改めてその際の作法などをお伺いさせて頂ければ。」
「ええ、勿論です。教会の子供たちは、どうしますか。」
そうして助祭に話を向けられるが、揃って首を横に振る。そういった事を疎かにすることは無いだろうと思っていたのだが。
「まずは、えっと皆でこういった作法を先にしようって。騎士になるには必ずいるみたいですから。」
領都の子供たちはそうであったと、オユキは納得するが、では残りのアドリアーナはと見れば、彼女からも返事がある。
「その魔術の適性もありましたし、既に奇跡も得られました。私は水と癒しの女神様を。」
「成程、素晴らしい事です。どうか与えられた恩恵に恥じる事の無いように。」
「はい、助祭様。」
と、どうやら彼女の方はそうであるらしい。
「主たる神の違う神、その教会でも他の神々へは敬意を欠かさないと伺っていましたが。」
「やはり細部は違うものですから。私も彼の女神については、大まかにしか存じ上げておりません。」
「そう言われてみれば、確かに仕草の違う方もおられましたね。」
そうして思い返してみれば、礼拝の時、祈りの仕草というのも確かにそれぞれに異なっている。
「ええ、ですから神に奉仕する、それを望むのであれば、やはりその教会でとするのが。」