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憧れの世界でもう一度  作者: 五味
9章 忙しくも楽しい日々
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第306話 移動の最中

「その方らはどの程度理解できているのだ。」


夫人からようやく、それこそありえない事だというのに出発間際になって解放されたファルコがシグルドたちに疑問をぶつける。

少々くたびれた様子を見れば、散々絞られたことはわかるのだが、まぁ、こうして彼よりも下位の者に尋ねるその姿は減点対象にしかならない。身内、他に漏れないと考えているようだが、アベル、昨夜の内輪での話し合いにも顔を出した彼がいる以上、夫人にも話は行く。そういった事も含めて、大変そうだとオユキとしては視線を送るしかない。

彼個人として好ましくは思う。個人と個人、関係性というのはその上にしか成り立たない、オユキにしてもそう考えてはいるが、場を弁える、その重要性も嫌というほど理解はしているのだから。メイの時との違いとしては、それが需要な決断、ともすれば己と他の大事にしたい相手の進退に関わるのか、その差があまりに大きい。ミズキリ至ってはそれが分かって乗ってきていたのだから。

悪癖、そう理解はしているが領都での出来事以降、周囲に耳が増えているため互いに隠すべきことを隠しながら、そうした振る舞いを取らざるを得ないし、そういった振る舞いが不審を招いているのはオユキも理解しているのだが。


「正直、さっぱりだ。」

「えっと、今朝の事だと私たちの意見を尊重してくれようとしたのかなって。後は分からない事が有るから、教会で話を聞いて来てほしいって、そう言われたのかなって。」

「何故そのように。」


ファルコがアドリアーナにそう尋ねる。

もともとギルドでのやり取りでも前に立つことが多い少女でもある。生来こういった事を得意としているのだろう。足りない部分はあるが、夫人が伝えたい、その最低限は理解できているようである。


「だって、私たち相手なら決まったことだったら、そう仰るでしょう。」

「しかし、客人だぞ。」

「約束があるのは、王都での生活だけのはずですから。」


そう、新たに発生した事柄、それについてはゲラルドとの約束の範疇を超えている。それそのものは伯爵と公爵の間で継承されている、そうでなければ屋敷の準備なども行わなかったはずであるから、恐らくされているとしても、それ以外は話が違う。


「しかし、軒を貸すのだ。」

「私たちを特別だと、そうする理由は必要ですから。」


さて感覚的な理解と、知識不足。その両者ではどうにもならないだろうとオユキが口を挟む。


「ファルコ様、本来であれば巫女の職務について責任を持つのは教会です。そして本来であれば今後の事についても、招く側が手配を。」


そう、本来であれば、いくら時間が無いと分かってはいても公爵夫人自らが行うような事ではないのだ。王族の血縁、それも女性。そんな人物が王太子妃の出産、それにまつわる事柄を投げ打って、本来であればそのようなことはありえない。それこそ、今も屋敷で慌ただしく赤子へ向けた贈り物、トモエを始めとして公爵に納めたトロフィーをいかに加工するのか、その手配を慌ただしく行っている事だろう。


「確かに、そうですが。」


さて、初対面からシグルド達にも気安く接している彼としてはどうにも納得しにくい、貴族としての説明を受けた様子。公爵夫人にしても、そうとしか言葉をかけられない物ではあるのだろうが、対価として求められているようだとオユキは言葉を重ねる。


「ファルコ様、今後については理解されていますか。」

「ああ、御爺様から話も聞いた。」

「ならば、改めて理解を深めていただきたく。私たちは今後あなたに仕える立場の者です。」

「私が教えを乞うのにか。」

「これまでファルコ様に用意された教師、それと変わりません。」


そう言えば、ある程度の理解が進んだのかファルコはただ頭を抱える。


「なぁ、それってどういう事なんだ。」

「私とオユキさんは公爵様、今の公爵様ではなく、家に仕える事を望まれ、それを受け入れたので。」

「それだと、もう一人の方が家を継ぐんじゃないのか。」

「ええ、家督、公爵家を名乗るのはリヒャルト様でしょうが、私たちは政治ではなく魔物やダンジョン、そちらに対応しますから。ギルドも色々でしょう。」

「あー、前も言われたな、そっか、家でも大きな家なら分けるのか。」


トモエがシグルドの疑問に答える言葉を聞いているうちに、ファルコの顔色がさらに悪くなる当たり、知識は持っているのだが経験は伴っていない、理解して実行できないとそういうところだろう。


「とすれば、今朝の事は。」

「はい、朝、私たちとの時間が用意されていたので、本来であればあの場で事前に話して置けと、そういう事です。」


そして、途中で切り上げて食事の席に先に付き、公爵夫人に事前に聞いた内容を概略として伝えていれば満点だ。後は夫人がそれを基にオユキ達に話しかける体を取って、より詳細や、伝達の不備がないかを確かめればいいのだから。


「そうか、それで誰も私を止めなかったのか。しかし、そうであるなら事前に言ってくれればいいものを。」

「ファルコ様、貴方様に指示を行えるのは。」

「御婆様だけだな。」


そうして、少し肉付けをすれば理解できるだけの素地はある。ただ肩を落として、今は落ち込む。


「ま、いいんじゃね。」

「いや、これでも私は公爵家の一員だ。」

「いや、あんちゃんも良く言うけど、足りない物は身につけりゃいいだろ。今全部できてないといけないって、誰か言ったのか。」


シグルドの言葉に笑い声を上げたのはアベルだけではある。その彼は。これまでイマノルが浮かれたお子様、そう評する相手をどれだけ叩き直してきたのかしれた物では無いのだ。


「しかし。」

「そりゃ、怒られたら反省して、次は無いようにとは思うけどさ。」


そこで言葉を切ってオユキの腕に視線をシグルドが向ける。


「ばーさんも、神様だって失敗はあるって言ってたし、俺らも無理だろ、失敗しないなんてのは。足りない物の方が多いだろ、お互いさ。」

「もう、もっとちゃんと話しなさいよ。」

「いや、なんか色々言われたけど、用はそういう事だっただろ。」

「あのね。」


そうしてシグルドとアナがいつものようにやり合い始めるのを、トモエが微笑ましく見守っている横でオユキがファルコに声をかける。


「昨日、枠組み、その話をさせて頂いたかと。」

「ええ、身につまされる言葉でした。」

「そうであればいいのですが、用はそれなのです。」

「つまり、如何なる場であれ、それがあるという事ですね。」


そういうファルコの表情は暗い。要はオユキもそうであるように、彼もそれを好む気質ではないのだろう。オユキの言葉に納得した風でもない。ただ他の見方、その端緒を得た、今はそこまでなのだろう。


「ええ、自分で用意もできます。」


そう、そしてそこからは昨日は語らなかった部分だ。


「今は、今朝にしても、屋敷という場にしても、ファルコ様以外に用意していた場、枠なのです。」


オユキは、そう告げたときのファルコの反応に、本当にこちらに来て周りの、言葉を交わし生活を一部とはいえ共にする、そんな相手に恵まれていると、そう思う。

彼はただ、そう告げたオユキの言葉に反発するでもなく、ただ額を抑えて馬車の天井を仰ぐ。


「そんな事にも気が付けないとは。」

「足りない物は、これから身に着けるしかありませんから。」


そう、今の場は公爵が用意して公爵夫人が整えている。だからそれを逸脱すれば注意される。それだけでしかない。そしてファルコという存在が持つもの、それも公爵の孫、それ以上の何かを示せてもいない。だから彼の振る舞い、その全ては公爵家という枠の内側から出ることは無いのだ。


「しかし。」

「狩猟者、その活動で得た物は、ファルコ様の物ですよ。」

「そう、なりますか。」


ではどうすれば、そう尋ねる彼にはどうしろというでもなく、ただそういった新しい枠を作る、その用意ができる物が手元にありますよ、オユキはただそう告げる。

少年達の方では、今の会話の大枠の流れや、仕組みについてトモエが説明を行っており、それを教会という制度に置き換えながら話し合いが進んでいる。そんな様子迄はまだ認識できていないようだが、その様子をアベルはただ楽しげに眺め、アイリスはめんどくさそうにしているあたり、それぞれ、その背景を伺わせる反応ではある。


「良く学べ、それはこちらもですが。」

「ただ、私の言葉はあくまで私の理解によるものです。」

「自主的に学べ、成程、これまでの言葉は、そういう意味ですか。」

「そうですね。言葉、伝え方、その方法はまさしく人それぞれです。心に響く、納得がいく、そればかりは受け取る方に任せるしかない物でしょう。」


そう、本当に教えるという事は難しいのだ。

10人を集めて、同じ話をしても理解度は変わる。しかし別の者が同じ内容をその人物なりに説明するだけで、その理解度は変わるのだ。新人教育、それを何度となく行ってきたオユキはそれが分かる。そして教える相手、それに合わせて全てを変えて正しく伝えるトモエ、皆伝の者の理解との差を、だからこそ理解もできる。


「聞くことは、分からぬという事は。」

「場を選ぶ必要はあります、しかし学ぶという場においては。」

「兄上が理解しても、私は、そうか。分からぬと、そう言えばよかったのか。」


ファルコがそうして頷けば、馬車も目的地にたどり着いたようでゆっくりと止まる。そして、アベルが馬車から降りた後、合図があれば彼がまずは先に馬車から降りていく。これまでのようにトモエとオユキを待つのではなく。


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