第302話 先の話し
「今の話から、どうしてそれが。」
リヒャルト、政治向けの話を多く聞いている孫と言えども、そもそも基礎であったり、実際のそれを理解するためにと、それ以外の事を学んでいる最中なのだろう。
年齢自体は聞いてはいないが、見た目通り、特にこの世界では長命な種族もいるためあてにはならないそれを前提とすれば、まだ年若い相手にオユキは簡単に、あくまで予測できる学習の範囲を元に話す。
かつてオユキ自身がミズキリに言われたように。
「そもそも、闘技大会、それに関連していない事であれば、公爵夫人が私共と時間を持つというのも考えにくいですから。」
「ですが、あなた方は客人です。」
「客人と、こうして私的な時間を取る、それも他になすべきことが多い中で。それがあなたの知る公爵、人を使う立場としてあるべき姿ですか。」
考えるべきことが多い為、どうにもオユキ自身自覚はあるが言葉遣いにまで意識がさけていない。
最初に公爵夫人の言葉があり、可能な限り考えろ、そちらに思考を使うぐらいなら、そういった言葉があるにせよ、良識ある大人の振る舞いとしてはどうだろうか。そういった思考も片隅から声を上げて来るが、実際問題オユキにはその余裕がない。
それこそミズキリであれば、上手くやるのであろうが。
何処か心配げなトモエの視線を感じながらも、オユキは続ける。
「他人ごとのよう、そう聞こえるかも知れませんが、現在対応せねばならない状況を抱えている人は非常に多いのです。それこそ、公爵がこうして自身の伴侶に任せなければならない状況が出るほどに。」
そう、本来であれば夫人にしてもあくまでマナーの教師、それで済むはずではある。だというのに、こうしてオユキ達、孫、それらから話を聞かなければならないほどに手が足りていないのだ。
「勿論、リヒャルト様、ファルコ様に機会を、そういった思惑もあるのでしょうが、それにしても見極め役というのであれば、他に適任がおられます。」
「実に遠慮のないものいいですね。」
さて、少々踏み込みすぎたようで、公爵夫人から声がかかったため、話の向きを変える。
「失礼しました。闘技大会、その詳細についてですが、アイリスと私の準備が整えば改めて広く告知という事でしょう。」
間違いなく内々に連絡は行っているのだろうが。
この国の広さ、その移動に伴う時間まではオユキにしても把握しきれてはいないが、あまりに遠い領地、それについては今回は諦め、次回以降とそうなるのだろう。
特にそういった場所は魔物が強い事も多く、加護抜きで、その前提で何かをすることには慣れていないのだろうから。トモエの不安、有利な状況についてはこの日程を考えれば、どうやら習熟のための機関、その場所が用意されることでもあるらしい。
恐らくそのあたりに必要な物品を神殿に撮りに来いと、そういう事なのであろう。
「そうであるなら、私どもとしても先に行いたいことが。」
そこまで考えてオユキは新しく得た神からの言葉、それを伝え日程の調整を公爵夫人に頼む。おそらくこういった突然の日程の変更、その采配を振るうためにとこの場に用意された人物であるのだろうから。
どうにも公爵その人からの信頼が重たいのだが。
「全く。どうしてそれを先に言わないのですか。」
「流石に私たちも街歩きの時間などが。」
「神々の言葉もあるのです。配慮しないはずがないでしょうに。」
夫人から少々釘を刺されはするが、オユキの考えにも理解はあるようでそれ以上の言葉は無い。
つまり、伏せていなければ不安が現実となったともいうのだが。
「ただ、公爵様としては、私たちに対して成果を求める物でもあるでしょう。」
「それについては、既に十分と、そう聞いています。」
「魔石、その数で見ればとてもではありませんが。」
なんだかんだと始まりの町ではメイやミズキリに連れ回されたため、オユキとしてもダンジョンに必要とされる魔石、その数であったり質についても理解が深まっている。
それを考えれば、とてもではないが一度の狩り、それも大した人数でもないのだから、半分どころか10分の1にも満たないことは分かっている。
特に領都でもダンジョンの作成を行うかどうか、その指標とするために、始まりの町に戻ればメイを始め、ダンジョンに関する情報を集めるためにと、また毎日のように作らなければならないのだから。
「ああ。そういう事ですか。」
そういった諸々を考えているうちに思い当たる事が有り、オユキは一人でその事実に納得する。
贈り物、それをただ受け取るだけで済ませる事が出来ない、そんな立場の人間なのだから。
「そうであれば、戻るまでにこちらで十分な量の消耗品の確保を行いたいですね。」
「私どもの街でと、そうではないのですか。」
「どういえばいいのでしょうか。」
確かに、オユキにしてもトロフィーの加工は領都、満足のいく得物を用意してくれたウーヴェに頼みたい、その気持ちはあるのだが、それとただ狩りに使うための使い捨て、普段使いは何処か分けておきたいと、そういった腹積もりもある。
特に始まりの町に戻ってしまえば、丸兎やグレイハウンド、今となっては子供たちですら脅威に感じることは無いそういった魔物を、とにかく大量に狩らねばならないのだから。
「奥方。どうしたところで武器は消耗品です。そしてダンジョンのためにと乱獲を行う必要があります。
そして、痛むのです、勿論差はありますがそれが避けられない以上は。
日常の衣服と、夜会の盛装、どちらも質が良い物であれば、当然そこには用途に合わせた差がありませんか。」
トモエから補助の言葉がかけられ、公爵夫人からも理解が得られる。
「成程。一点物と日常の品、確かに。
そうであるなら、確かに繕う事も出来ないのであれば、数が必要になりますか。」
「正直に申し上げれば。」
「いえ、分かります。彼の町は資源に乏しい。つまりはあなた方以外、そちらにも回る量という事でしょうが。」
「やはり。」
「軍事物資、その買い付けを大量に行うのは難しいでしょうね。」
公爵でもそのあたりはどうにもできない領分があるらしい。
「領都で手配は。」
「品質が私では分かりません。」
そう言われてしまえば、オユキとしてもどうにもならない。せっかくいるのだからとアベルに目線で押し付ける。
本来であればこのあたりの事からリヒャルトに行ってほしい、経験を積ませたい、そういった事も考えはするが、人の命にかかわり、今後は失われない事、それを目標に掲げなければならない以上、今はまだ。
「奥方、そちらについては私が采配を行いましょう。」
「予算については、そうですね。此度のオユキ、トモエが得た物は全て利用して構いません。」
「承りました。後程詳細を伺います。」
「加えてマリーア公爵より、褒賞としての武器、その用意を行いたいとも聞いています。」
勲章、そういった話をオユキがしたときに興味を持たれたようではあるが、一先ずは実用品からとそう言ったつもりであるらしい。実際、そうでない品については、喜ぶものも限られているのだろうから。
加えて、ともすれば話が上がって、そちらもややこしい事になっているのかもしれないが。
「委細承知。」
どうにもアベルがそういった振る舞いを行う、普段と切り替える判断基準については少々考えるべきものをオユキは感じてしまうのだが、それはひとまず置いて起き、話を進める。
「となると、荷物はある程度後送ですか。」
「ええ。」
「であるなら週に一度くらいは、私たちも本格的に狩りを行うのが良いでしょうね。」
後進の育成も重要ではあるが、オユキとトモエの得る物が予算として成立するのであれば、ある程度計画的な狩猟は必要になってくるだろう。特にトロフィーそれを得るための手段が一部明かされてしまえば、今後は価格も落ち着きを見せる、そのような考えもあるが、同時に魔物の狩猟、その需要が否応なく上がることもあり、高騰する品もある。
その辺り、市場の調整や予測迄は流石にオユキには難しいが、その辺りはそれこそ公爵がいいようにするのであろう。
「主人からは、5日に1度は考えて欲しいと。」
「武器の消耗もあるので、そちらについては返答が難しいですね。」
「今最も良い物を使っていますが、これを失う、それを覚悟すればとなるでしょうか。こちらでとりあえずの物を用意して、そちらを用いてとなれば量も減るでしょう。」
「成程。」
その辺りは調整が必要そうだとオユキは考え、まだ残っている確認すべき事柄に話を進める。
「闘技大会、その前後で気を付けるべきことは。姿を変える手立てはご用意いただけると伺っていますが。」
「数日中に魔道具の用意を行います。」
「巫女として務めた後は、神殿に向かった事になるわけですか。」