第297話 明くる日
ファルコについてはそのまま残ることとなり、残る公爵一家は引き上げていった。
弟子入りについては、これまでの最短記録が16年そう伝えた所考えさせてくれと、そう言われて弟子入りとまではいかず、少年たちと同じ扱いとなった。
平均、最長を聞かなかった当たり、魔術と同じ気配を感じたのかもしれないが。
そして、その日は何事も無く安らかな夜を超えて、朝、朝食の席が終われば、一同揃って改めて自己紹介を終え、今後の話にと移ることになる。
「えっと、昨日公爵様から、特に予定は伝えられませんでしたけど。」
「まずは礼儀作法、それもありますからね。」
少年たちの用事にしても、王妃に同行しての物となった以上、求められる事は当然ある。
「今回は、アナさんとセシリアさんは。」
「はい。司祭様に言われて、ちゃんと教会の用事をするときの服を持ってきてます。」
「後で恐らく公爵夫人、失礼、奥方様がいらっしゃいますので。」
すっかりトモエの門下生、頭の中でそう分類してしまったため、一度ファルコに頭を下げてオユキが続けようとすれば、それを彼が止める。
「いや、オユキ殿。私にはそう気を遣わないでくれ。それで教えに手心が加えられて困るのは私でもある。
それに、よく分かりましたね。御婆様が来ると。」
「では、お言葉に甘えまして。他に人がいませんから。それこそリース伯爵家からと、他はそれしかありません。」
可能な限り干渉を避ける、その方針が決まっている以上外部の接触は減らさざるを得ないのだから。
公爵夫人にしても、婿を取ったのかは不明ではあるが、それにまつわる系譜からの手間は増えるだろうが。その辺りは家を優先したところで、むしろするからこそ避けられない類のものも出て来る。
特に伯爵家、そこの娘と数度会う事になる、加えて王太子からの誘いもある。その話がどうしたところで漏れたときに、少々の煩わしさは生まれる物だろう。
「私は正直そのあたりは苦手なのですよ。」
「あー、ファルコもか。俺も、正直オユキがなに言ってるかたまに分かんねーんだよな。」
「いえ、政治の話とは分かりますが、その辺りの力関係というのはどうにも。」
公爵家に生まれて、その辺りの教育がされないはずもないだろう。早々に剣の道に移ったというのであれば、そうではない方に実務に触れさせているはずだろうから、経験不足が原因、そうとしか言えない物だが。
「そのあたりは置いておきましょうか。今日は一先ず公爵夫人をこのままお待ちして、改めて日程を確認しましょうか。」
「私もある程度聞いていますが。」
「一晩で変わることもあります。おそらく、離れもありますから公爵夫人はこちらで過ごすことになるでしょうし。」
「うーん、色々ご迷惑、かけてるのかな。」
オユキの予想に対して、セシリアが少し複雑そうな顔でそういうのだが、その辺りは事実でもあるし、公爵家の都合もある。どちらが悪いというものでもない。
「前にもアマリーアさんから聞いたと思いますよ。」
「ああ。そういえば、高貴な人の前に出る前には、準備を向こうがすると。」
「ええ、今回は経緯は省きますが、公爵様がトロフィー、毛皮を求めた事から始まっていますので。」
「そっか。だから公爵様が色々してくださるんですね。」
「ええ、一先ずはその理解で大丈夫ですよ。」
実際にはより多くの思惑が働いてはいるが、その辺りまで説明するのはオユキとしても気が重い。
「恐らく今日は採寸、余所行きの服を作るための準備が終われば、一先ずは終わりです。
礼儀作法の学習の時間については相談がいるでしょうが、訓練の時間をなくすことにはなりませんから。」
「そっか。にしても、一昨日のじゃないんだな。」
「私たちはともかく、ジークとパウは流石に。」
「まぁ、な。」
似合っていなかった、その自覚はあるようで、アドリアーナに言われてシグルドとパウが顔を見合わせて苦笑いしている。
「ってことは、ファルコを付き合わせることになるのか。」
「私も新しいものはどのみち必要だからな。同じく採寸だよ。」
「そうなのか。」
「学院性、騎士見習いの見習いの立場ではなく、今後はマリーア公爵家の次男、その立場として立たなければいけなくなるからな。そのための衣装は必要になる。」
「そっか、身分や位が変われば、そうなるか。」
少年たちにその理解があるのは教会という環境のおかげだろう。
さて、政治向きの話も教会の関係性で説明できればと、そんな事をオユキとトモエはそれぞれに考えたりもするが、今度は二人がそれから遠すぎるので困りものだ。
「私たちとしては、いつ戻るのか、そこだけを先に決めて伝えるのが誰にとっても良いでしょうね。」
「えっと、次のお祭りが。」
「戻るのにひと月かかるなら、一月半、かな。」
「ああ、降臨祭か、そうだな教会で暮らしているなら勤めもあるだろう。」
匂わすだけで伝わる程度には、いや、四大祭りなどという話もあったのだから、それではあるのだろう。
「となると、領都よりも少し長いくらいか。」
「いや、でもさ。」
そうして算段する少年達をシグルドが止めて、アナが言葉を引き取る。
「えっと、オユキちゃん、帰りはゆっくり戻りたいって言ってたけど。」
「申し訳ないのですが、未定です。始まりの町、領都を長く離れる訳にも行きませんから、戻るのはそれに合わせて、そうなるでしょうが。」
帰り道も強行軍、その可能性だけは否定しきれない。荷物が増えるならゆっくりと、そういった願望に近い希望もあるが、それこそ信頼できるものによって後送すれば良い物でもある。
「えっと、用はほとんど決まってないって事か。」
「その、お祭りまでに戻る、それは問題ありませんよ。」
「あ、うん。オユキちゃんが言うなら、多分それはそうなんだろうけど。」
少年たちの信頼と不信、いや後者も間違いなく何かが起こる、そういった意味合いでは信頼ではあるのだが、それがオユキを傷つける。
「今決まっているのは、晩餐に関わる事、教会と神殿への訪問、闘技大会。この3点については確定です。
後は、ちょっとした茶会などに参加を求められることもあるでしょうが。」
その辺りは公爵の調整に任せるしかない。執事の方を見れば、どうにも難儀な相手もいると、そういった返答が表情と目線で返ってくる。
特に王太子の出産、それに遅れて気が付くこととなった手合いについては、公爵と改めて対応の確認をしておかなければいけない。加えてトモエにしてもアイリスにしても、外に常に意識を向けている以上、そうしなければいけないだけの緊張感が、この屋敷の護衛に与えられているという事でもあるのだから。
「なんにせよ、大枠はそこまで変わりませんよ。領都の時と同じく、体を動かしてそれから休む前に明日の予定を確認して、そうなるでしょう。」
さて、少年達、被保護者に対してはオユキは一先ず情報はここまで、そうとしておく。
ただ、付け加えるべきこともあるのだが、そちらはどうしても気が重い。
「私とアイリスさんは、皆さんと別行動となることも増えるでしょうが。」
「あー。」
栄誉な事だと、それに対しての理解はあるのだが、オユキが疲れたように言えば、アイリスもため息をつく。
そして、今ここにいるものは、あとから付けられた執事を除いて既に物を見てもいるのだから想像もつくだろう。
「闘技大会、戦と武技の神の巫女二人、そういった職責もあるでしょうから。」
「えっと、オユキちゃんもアイリスさんも、そう呼ばないようにって言ってなかったっけ。」
「避けられない事、それはあるのよ。」
「公爵様に見目を変える準備はしていただけるようですから、街歩きに不都合はないと思いますが。
アイリスさんは自前の魔術で。」
狐、その特徴を持つのだからと思ってオユキが尋ねれば、アイリスからは不思議そうに返ってくる。
「あなた達の前で見せたかしら。」
「いえ、異邦ではアイリスさんのような方は、人を化かす術に長けている、そういった話もありましたからね。」
「そういえば、私が炎を使っても驚かなかったわね。私はそこまで得意ではないけれど、種族としての物はあるから、それを使うでしょうね。」
「その、大変だね。」
そう心配そうに言われるが、そればかりはどうにもならない。
「王都を離れてしまえば、すむ話ではありますから。」
「しばらくは、ね。」
今後闘技大会の規模が、今回は短い準備期間で行うために、まだ少ない、限られた日数でどうにかたどり着けるものだけに限られるが、今後はそれも変わってくる。
そうなってしまえば、トモエにしても嫌でも目を引くようになってくるだろう。
アイリスにしても、その辺りは想像がついているようで、ただため息をつく。
「その、トモエ殿、私の参加については。」
「弟子と、そうなるわけではないので、望むのなら。」
「そうですか。」
ファルコはトモエの言葉に嬉しそうにするが、直ぐに真顔になる。
「その、トモエ殿も、参加は。」
「はい。しますよ。」
そう、彼では確実に勝てない相手、それがこの場にいるのだから。
「まぁ、そうなんだよなぁ。」
シグルドも複雑そうな表情ではあるが、その目にははっきりとした熱が見える。
「私の方でも、見なさんようの名乗りは考えておきますから、希望される方は参加しましょうか。
その、短い期間ですから、全員が出られるものになるかは分かりませんが。」
オユキ、アイリス、トモエについては完全に別枠として参加権はあるだろうが、他は分からないこともある。
その辺りはそれこそもう少し準備が進まなければ何も決まりはしないだろう。