第293話 権力者と
狩猟者ギルドに到着したところで、未だに後を任せた相手が来ておらず、同行していた執事の補佐の一人に一先ずその場に待機してもらい、公爵が先に来てしまったとき、その対応を任せて門の外へと向かう。
底では荷物そのものは一先ず集め終わり、結界の中に退避はしていたが、少々耳目を集める中、荷物をどうにか詰めようと奮闘している姿があった。
「移動はこちらとして、もう一つにも積みましょうか。」
「ま、それしかないよな。」
「魔物が大きくなったから、そのせいですよね。」
「おっちゃん、大型とかってどうすんだ。」
トモエとオユキも混ざり、荷物の積み込みを行う中、シグルドからの質問がアベルに向けられる。
「基本人力だな。そもそも大型がいるところだと、馬車が通れないところも少なくないからな。」
「大変だな。」
「正直、その辺りの遠征は本当に大変でな。補給部隊の手配や、道中の獲物の収集品の後送の手配、それこそ半年近く計画だけで時間を使うからな。」
「おー。」
「で、その見返りがあるなら良いんだが。」
そういってため息をつくあたり、なかなか難しい問題であるらしい。
「これよりも大きいのか。」
「プラドレオンにしても、グレートムースにしても中型じゃないからな。個体によっては中型程大きい個体もいるが。」
「これで、小型か。」
パウがトモエの切り落としたグレートムース、その頭部を見ながら感嘆の声を上げる。
「あなた達、品評はほどほどにね。この後ギルドで騒動もあるんだから。」
「公爵様にご足労願っていますから、その辺りはどうにかなりますよ。」
「どうにかするの間違いじゃないの。」
「権力者の後見人、有難い事ですね。」
オユキとしてはアイリスからの言葉には、そう返すしかない。そもそもそんなことを言うアイリスにしても、なかなか愉快な量の収穫があるのだから。
「かなり鋭さが増しましたね。」
トモエが、アイリスの得た物を運びながらそう評する。
「こればかりは、あなた達に感謝ね。もともとあったはずの鍛錬、それの意味がよくわかるわ。」
「あー、うん。なんて言うか、狐のねーちゃんのは分かり易いよな。」
そうシグルドが言うように、アイリスの得たトロフィーはトモエたちのように斬りやすいところから、そうではなくオユキやトモエが伝えた源流、その流れに沿った届く場所を切った、そう言わんばかりの物なのだから。
「断面がつぶれているので、まだまだ足りないと、そう言わざるを得ませんが。」
「えー。」
そうして話しながら荷物を積んでいけば、どうにかそれも終わり、狩猟者ギルドへと向かうこととなる。
都合それなりに大きな馬車三台分、それに山と積んだ荷物と共に。
「王都の狩猟者の方、方々からきているのでしょうが。」
「ああ、まぁ、そうだな。」
「領都で見たのよりは、強そうだったけど。」
「ええ、間違いは無いでしょう。準備もしっかりしていましたし、かなり質が良いと思いますよ。」
「んー、でも、正直怖いとか強いって思う人はそんなにいなかったかも。」
そうして馬車の中ではこちらで目にした狩猟者、その話題が出る。
「どうでしょうか。総合でとなると、少々上手、そう見える方もいましたが。」
「へー。」
「そのあたりは、加護を何処まで考慮するか、ですね。当たり前のように、皆さん武技の使用はされていましたから。」
「そういや、俺ら誰も覚えてないな。」
トモエの寸評に対して、シグルドが不思議そうにつぶやく。
かなりの数の魔物は彼らも討伐してはいるのだが、未だに武技は得られていない。
勿論、トモエとオユキに比べてしまえば、その討伐数は微々たるものではあるのだが。
「流石にトモエさんとか、オユキちゃんに比べると。」
「数、調整してもらってるもんね。」
「あのな、普通はそれこそ年単位だからな。お前ら、一度普通の狩猟者がどんなもんか、ちゃんと学んだほうが良いぞ。」
アベルからそんな事を言われれば、アイリスを始め、他の二人の傭兵もそれに頷く。
ただ、それ以外にも、彼らが今の所それを求めていない、だから武技が与えられない、それもあるのだろうなとトモエとオユキは踏んでいる。
あくまで神の加護は求めに応じて発揮されるのだから。伸ばされた手を取る、そういった物なのだから。
今はまだ、二人の教える通りに、それを十全に、その心の働きが武技ではなく身体能力の強化、技の習得の助け、そういった方向に働いているのだろう。
「先延ばしになっていましたが、借りている屋敷で訓練できる場所もあります。外の目も無いので、一手それぞれに教えましょうか。」
「そういや、型増やすって。」
「なんだかんだと、忙しない日々でしたからね。」
「あ、それで思い出したんですけど、私こっちでもあのお酒作ってお供えしたいです。」
さて、アナのその言葉に不安が募るのは何故だろうか。
「流石にこちらの森は難しいと思いますよ。」
オユキがそう言ってアベルを見れば頷かれる。
「えっと、それだと買って準備するしかないのかな。」
「ま、森の恵みも普通に売ってるし、王都の中で育ててるから、それなりに値は張るが手に入る。」
アベルにしても、アイリスから報告が上がっているのだろう。何をするかは把握している様子だ。
ダビとマルタは知らないようで少々怪訝な面持ちではあるのだが。
「ただ、王都だと、どこの教会になるのでしょうか。」
「えっと。」
「どこでもいいとは思うが、こっちは9柱の神々、それぞれを主として祀る教会があるからな。」
除かれた一柱は、神殿とそうなるのだろう。
「オユキちゃん。」
「分かりそうなものではありますが、さて。」
分かりたくない事でもある。
それについては少々複雑だ。
「そうですね、神殿、旅の無事のお礼、その折に教会を巡ることになりますので、それまでに用意しておいて、それぞれにとしましょうか。」
「それが最も角が立たないでしょうね。私達からもとして、今日色々と用意を頼んでおきましょうか。
借りている屋敷には台所もありますから、たまには料理をするのもいいでしょうし。」
「私も、少しは覚えたいですからね、ただ。」
案内された屋敷には台所もある。当然過去に見た物とは全く違う様相ではあるし、そちらも使用人がいはしたが、彼らが自分で用意すると、そう伝えればそれも許されるだろう。
問題としては、やはりこちらの成人の平均に合わせてあるため、全体的に背の高い造りになっている事だろうか。
「私たちは、台がいるかな。」
「ね、教会よりも高かったし。」
「おや、教会は違うんですね。」
「うん。ちっちゃい子も手伝えるように、低く作られてる場所があるから。火を使うところは高くなってるけど。」
「成程、合理的ですね。」
「でも、そっか、自分たちで料理もできるんなら、私も色々作てみたいかも、珍しいものもありそうですし。」
「土地の物も色々あるでしょうからね。私も少しは覚えてみたいのですが。」
「オユキちゃんには、私も教えてあげるね。」
「ええ、お願いしますね。さて、そろそろ到着ですか。」
そうして賑やかに話していれば、目的地にも直ぐにたどり着く。今朝がた移動の報告を済ませた場所ではあるが、どうにもこれまで見た物よりも倍近い大きさを誇るその建物は、これまでの役所の様な建物ではなく大型の商業施設といった様相でもある。
事前に訪れたときの説明であれば、食事を行う区画だけでなく宿泊施設も備えられているようであるし。
外周区にも存在すると、そういった話は聞いているがそちらはまだ目にしたことは無い。王都の中央から西、行政区と呼ばれる区画からは外れている、商業区、そこに在る施設に馬車がつけば、そこでは彼らの到着を待つ人物がいた。
「公爵様が、既に場を用意されています。」
「では、私たちはそちらに向かいましょうか。荷降ろしは。」
「皆様でどうぞ。私とこちらの職員で。」
「お願いしますね。」
さて、贈り物とするべきもの、それについてはこの人物が選り分けてくれるだろう。
後は公爵と共に、諸々の交渉を行えばよいとそう考えて、案内されるままに向かえば、そこでは既に話がついてしまっていた。
「何とも。」
「我の得意とするところだからな。」
「王太子様の恨みを買いそうですね。」
「そのあたりの調整は行うが、魔石ばかりはな。」
魔石については少々手間がかかるかと思えば、半分は公爵が領都に持ち帰ると、そう既に決まっていた。貯めておくと淀みが、そういった話もあるが、それは処理が行えるものだというのは、魔石を魔道具で利用する、その事実からも推察は出来る。
大した数ではない、個人が得られる量で考えれば十分に多いだろうが、それでも高々10名ほどが主体となって魔物を狩った結果でしかないのだから、それこそ騎士団が動いた時、それに比べてしまえば大した量でもないだろうが。
「後は、トロフィーか。」
「申し訳ございませんが、武器に使える物については。」
「相分かった。それも重要であるからな。こちらで誂えるのか。」
「御身の庭にて、既に知己を得た相手にお願いできればと。」
「ふむ。確かにそのほうがよかろうが、荷物が増えるな。」
その問題はあるのだが、やはりオユキとしても、簡単に視線で確認を取ったトモエにしても、頼めるなら既に納得のいくものを用意してくれると分かっているウーヴェにと、そういった気持ちはある。
移動の問題が解決しないのであれば、やむを得ないとは思うのだが。
「他に運ぶものも相応にあるからな、少々増えても問題なかろう。」
どうにも戻るときは、それなりに大規模な隊列になりそうではあるが。さて。
一体公爵は、何をそこまで運ぶつもりなのか。
嵩張るもので言えば、オユキとトモエに与えられる住居、そこに置く家具かとも思うが、そもそも領都で用意すれば済むものでもあるし、森、木材の入手場所が近い始まりの町でも十分だ。
どうにも、あれこれと思惑が動いているのを感じながらも、公爵と共に荷物が運び込まれている倉庫へと向かう。