第291話 大暴れ
さて、領都でもやったことではあるが違いはと言えば、前に立つ姿にアイリスとアベルの姿があることくらいだろうか。
何やら背後からは少々熱の入った視線を感じるが、まだ教え子たちには真似をしてほしくない事ではあるのだが。
「それにしても、多いですね。領都以上に。」
「公爵家と、王家からの依頼でな。」
「そうなりますか。今後もと、そうなりそうですね。」
「近衛の一部を使う、そんな話もあるからな。ま、二人は側につく。悪いがお前らに選択肢はないからな。」
「近衛の方には、申し訳ない事になりそうですね。」
さて、そうであるならその人物達にも得られるものを示さねば、トモエからそんな意識を感じはするが、この機会にとオユキがアベルに話す。
「昨夜の事ですが。」
「何かあったか。」
「ええ。私たちへの届け物が、神殿に用意されているそうです。魔術に関わる、そういう物がまずは一つとなりますが。」
「一つ、じゃないのね。」
「ええ。あの子たちにも係る物、それと私たちは別ですから。」
さて、トモエには子供たちに関わる事だけを先に話したが、無論それ以外もあるのだ。
「そもそも短剣だけ、そうはならないでしょう。」
「闘技場、そこにも神像を置きますか。」
そこまで含みを持たせれば、トモエにも伝わったようではある。
そして、慣れでオユキの考えを読んだトモエが口にすれば、他の二人もそれに気が付く。
「ま、短剣だけ、そうはならないよな。」
「全く。それで、自分たちがある程度自由を得るために、切り出さなかったのね。」
「言ってしまえば、あの子たちは放って置かないでしょうから。」
そして、それを口にすれば公爵もそう動かなくてはならないのだ。
だからとばかりにオユキがアベルに視線を向ければ、幸い、同意を得られる。
「神殿から報告は行くと思うぞ。」
「神々よりの言葉を優先するでしょう。」
「全く。」
そういってアベルとアイリスがため息をこぼす。
合意が形成できたようで何よりだ。オユキとしてはそれを喜ぶしかない。
「それにしても、アベルさんもとなると、取り合いになりそうですね。」
「ま、俺も参加するだろうからな。」
どうやらそういう事であるらしい。さて、今まで見た中で技量として最も優れていたのは始まりの町の門番。槍でなら負けるだろうそうトモエに言わせたのはアーサーだけではあるが。
それにしても、刀、剣でなら負けぬとその裏返しでもある。槍の方が3倍は強いとそう言われることもあるが、そんな話が通じる段階はオユキですら抜けている。
「成程。あの子たちのいい目標が増えそうですね。」
「貧乏くじなんだよなぁ。」
どうやらそういう事であるらしい。守りは堅そうではあるが。トモエからしてみれば抜けないほどの物では無いのだろう。
そうして話しながらも、まずは距離を取ろうと当たるを幸い魔物を蹴散らしてはいる。
確かに一時の領都、その南よりは少ないが本当に獲物には困らない。
それに狩場が広すぎるために、移動している間は他の狩猟者も見かけるが、居ない場所などいくらでもある。
今も遠目に、まばらに、見えてはいるが、本当に密度が低い。まだ多い場所は門の周辺だが、少し離れてしまえば、そんな状態だ。
「そろそろ、良いですかね。」
「ま、楽しそうで何より。一応護衛として動かざるを得ない時は動くからな。」
「勿論です。流石に変異種は、今なら白玉兎くらいなら、辛うじて、その程度ですから。」
さて、話は終わりだ。今回に関してはオユキはあくまで固まった体をほぐす、そう位置付けているために流派の物に拘らない。
それに、王都でお土産であったりと、そういった物を見繕おうと思えば、それなりの金銭は必要になる。武器にしても、幸い今の領都で拵えたものに不具合などは無いが、それでも数度研がなくてはいけない、そうもなっている。
ならばこの場はそういう事だ。そうとばかりにオユキとトモエがまずは無造作に前に出る。
群れ、10を少し超えているだろうか、そんなグレイウルフの群れを潜り抜ける様に体を運びながら、トモエがまずは刃が届くものをと次々に切っていく。
そこから少し離れた数頭のプラドティグレはばねを貯めるために体を沈めたところをオユキが手早く首を落とす。
時折、ふと、考えることもある。トモエと話すこともある。師に尋ねたこともある。
さて、後進を育てる、そんな事を考えずに、ただ己の道を進めばどうなるのかと。
前の世界、そこで求道者と呼ばれた者にもそういった気質の者はいた。己の能力、才能、その果てを求めるのならば恐らくそれも正解の一つ。
しかし、その道はあまりに分かり易い終わりがある。彼らの流派、その開祖にしても師がいて、弟子がいる。つまり個人で不足する積み重ね、それがこの道にはあるのだ。時間が足りぬ、だからこそ、後から来るものが敷いた道の先にと。
そんな事をオユキは考えながらも、体を揺らし、跳ね飛び、空中ですら武器が触れるところがあれば己の移動にと、文字通り縦横無尽に動きながら当たるを幸いと魔物をただ蹴散らしていく。
トモエはトモエで、離れた位置、それこそオユキが一度に跳ねる間合い、それよりも遠い位置からアベルが見せた物とは違う、斬撃が飛ぶわけではなく、ただ刀を振ればその位置までが切れると、オユキにしても見たことが無い武技を存分に振っている。そうして道を空ける先には、中型迄後数歩、そのような大きさのヘラジカ、グレートムースがいる。その角については武技を使わず、そんな欲もあるのかもしれないが。
アイリスは草原に鬼火を浮かべて寄ってくる数を減らしながらも、ただただ間合いに入った魔物を一刀で確実に両断していく。その姿は、確かにその流派に込められた理念、それをわずかに体現し始めているようにも見える。
無論技だけで成しているわけではないが、口を開いて飛び掛かればただその頭から、腕を前に出して爪を使うなら、そこから頭までを。角を振り立てて突っ込んでくるならば、ただその角毎。
ひたすらに一刀でもって魔物を両断していく。
アベルについては、正直余裕がありすぎてまだまだ全力で、その上でとなれば底は全く見えないが。見覚えのある、剣を前に立てた構えを作り、ただただ近寄る魔物、それを次々とねじ伏せていく。
己の守る線、それを決めたと一目でわかる。そこから後ろに魔物が通ることは無い。その線を超えて下がることもない。前に行くこともない。
ただその場に立ち、襲い掛かる万難その一切を打ち払う。守護者、それを体現したような有様だ。つまるところそれがこちらでの、まさしく物語に謳われるような騎士の剣なのだろう。
遂には、狩猟者、まさしく狩る側の立場として目標を手に届く位置に収めたトモエが、グレートムースの角を無造作に切り落とし、返す刀で、その首を裂く。
しかし、その程度で消えることは無く、噴き出す血をまき散らしながらも動こうとするのを、もう一刀でその姿を消し切る。
トモエにしては、初めて返り血を浴びてしまった事もあるのだが、そうして楽しそうにする姿はまさに修羅の様相ではある。神にあっては神を、等と嘯くものも居はしたが。
オユキの方でもグレートムースをまずは四肢を切り離し、転がしたうえで首を落とすなど工夫は行っているがそれで返り血を避け切れる訳でも無い。
生き物、そう呼んでもいいかは分からないが、それを狩っているのだから武器ばかりとはいかない、それについての理解はあったし、ゲームの中でも確かに問題にはなっていたが、現実とその認識があればなおのこと不快感が増す。
武器を操る手も、置く足も、独特の粘性が邪魔をするのだから。特定の魔物の様に血液に毒や酸が含まれていないのが救いではあろうが。
アイリスとアベルについては、その辺りは実にうまくやっている。つまりはそこに在るのが、加護、それを含めた際の差ともいえる。
虎だけではなく、群れを形成する獅子の魔物、これまでの灰色だけでなく黒い毛皮を持つ狼、それが出始め、少々相手をしたところで、流石に戦闘の継続には支障が出る、そう判断したトモエとオユキが下がり始める。
そうすればすぐにアベルが前に出て、それを補助してくれる当たり、何とも頼もしくはある。
正に死屍累々、そこらに転がる魔物の部位、それが作る道を少し下がり、他の護衛が魔物をこちらに追い込むのをやめたため、辺りからはすっかり魔物の姿が消えたそこで、ようやく少し気を抜く。
「オユキさん、酷い格好ですよ。」
「トモエさんこそ。」
お互いに返り血にまみれ、互いに手に持つ得物にしても血と脂が酷いことになっている。
「分かってるなら、そうなる前に退きなさいよ。」
「馴染んだこともあって、興が乗ってしまいましたね。」
「それで完全じゃないって言うんだから、本当に。」
「ルイスから聞いちゃいたが、すごいもんだな。拾い集めるのはあいつらに任せるとして、お前らはまずは少し身ぎれいにしろ。向こうで流石にお前らの教え子も腰が引けてるぞ。」
散々に魔物を、護衛がこちらに向けて周囲から集めてくれたこともあり存分に魔物の相手をし、返り血で汚れている、そんな人間がにこやかに話していれば、オユキにしてもトモエにしても、それは流石にと、苦言を呈するだろう。
どうにも、思い通りに体が動き、身に着けた技を、全てを存分に試せるその喜びに、未だに興奮しているらしい。
それを自覚すれば、二人互いに軽く笑って、心を落ち着ける。
戦いの場、武に身を置く、人によっては、流派によっては、その興奮に身を任せる向きもあるが、どこまでも冷静に、それが二人の得た教えなのだから。