第286話 楽しくはない話
「お前の友人からの伝言だ。善性を信じるのはいいが、だから迂闊が直らないとな。」
「ええ。承知していますとも。」
ダンジョンの問題がある、代官かと思えば、そう経験を積ませると公爵も言っていたではないか。
ならば絶好の機会があり、それをしない物がいるわけもない。
「ミズキリも、随分と信頼を得ているようですね。」
「さて、それは自身への過小評価が過ぎると思うがな。」
「全く、人に変わらぬと言っておきながら、当の本人もではありませんか。」
少々疲労を感じて、背もたれに体を預ける。
「正直、私には分からない話なのだけれど。」
「闘技大会への参加が決まりました。」
「さっきの話で。」
「はい。」
説明は、此処でするものでもないだろうが、そう告げれば楽しそうにするアイリスの姿はある。
彼女にとっては、そうであろう。
「御言葉の小箱に、私たちの日々を保証するものが入っているはずです。」
そう、後は神に縋るしかオユキにはない。
「抜け目のない事だ。」
「一応最悪の予想、それくらいはしますとも。私が言った事でもありますからね。」
「ほう。聞いてみたいものだな。」
勿論それに比べればはるかにましではあるが。
「最たるものは、このまま戦と武技の神、その神殿にとなる事でした。巫女として。」
そう、それがどのような物かは分からぬが、始まりの町、そちらは自由にしているようではあるが、信仰を捧げることで舞と歌を授けられるというのなら、奉仕を求められるだろう。こちらの価値観として。
そして、それに否と言えば神殿の観光は無しえない。
さて、そこで費やすことになる歳月はどの程度か、正直オユキとしても考えたくない。
「流石にそこまではせんよ。望まぬ役目を与える、不自由を人の都合で与える、それこそ神の教えに反するからな。」
「ええ。勿論お勤め頂けるなら喜ばしくはありますが、我が教会の巫女も気ままな物が多く。
特に戦と武技の神ともなれば、戦いの場からどうしても離れる教会は望まれぬでしょう。」
「その、折り合いがつく範囲であれば、協力はしますよ。」
そう、それはオユキの本音だ。
あくまでも自身にも目的がある。それとのバランス、そこが大事なのだ。
だからその最たる勤めとして、闘技大会、恐らく王都を離れる前に行われるそれ、こちらの戦と武技の神、その神職の物が神からの頂き物よりも優先しなければいけない事、それに今も邁進しているだろうそれへの協力はする。
「そうですね、今回の件、ギルドへの報告が終われば短剣と共に祭祀の次第を学びに行きましょうか。」
「私も、なのよね。」
「アイリスさんからですよ、今回は。」
ため息がどうにも漏れてはしまうが。
有難い事と喜ぶ司祭、楽しそうにしている王太子、公爵は頭が痛そうだが、諦めてもらう他ない。
恐らく彼が最も大変になるだろう。そういった人材を抱えている、それを示すことになるのだから。
「後は、そうですね私どもの去就については、王太子殿下と公爵様の間で。」
「結論は出ている。」
「さて、話し合う余地はまだありそうだがな。」
「後は、ご令孫との顔合わせについては。正直、明日には一度魔物の相手をしたいと考えてもいますし。」
「結局、それが気晴らしじゃない。」
「いえ、流石に移動で色々と不都合も多かったので。技を見せるならせめて調整は。」
そうオユキが言えば、トモエも頷く。
「あの子たちも望めば出場させますし。」
「よくやるわね。望むかしら。」
「3人は、出るというでしょうね。」
トモエが簡潔にそう答える。オユキとしてはシグルドくらいかと思っていたが、残りはパウとセシリアだろうか。
「我が孫も、どうだろうか。」
「お答えしかねます。本人が望むなら止めませんが、どの程度となるかは分かりませんので。」
「そこは指導者に預けよう。明日戻った時に引き合わせる。」
どうにも慌ただしい日程にはなりそうだ。
「後の調整は申し訳ありませんが。」
「ああ。あの子供たちと合わせてこちらですべて手配しよう。リース伯爵には悪いが、今回の滞在では纏めてこちらの用意した屋敷で過ごしてもらう。」
「使用人については、そうですね。最低限として頂ければ。」
「ほう。」
トモエの言葉に公爵が興味深そうにするが、正直そこまで深い理由もない。
「教会の子供たちばかりですから。世話をされる、いきなりそうなると疲れるでしょう。特に今回は慣れないことが多いですから。」
「ああ。そうであったな。側には執事を一人、そうしておくか。それも煩わしければ。」
ただ、それに対しては、オユキが応える。
「いえ、何かと連絡も必要でしょうから。」
「そうであるか。」
そう、何もないわけがない。
幾つか既に思いつくこともある。シグルドたちにしても今回よくしてくれたからと、あれこれあるだろう。
「そういえば、訓練をする場所は。」
「そこそこ広い庭がある、そこを使うといい。一応我らも幼少期には体を鍛えはするからな。
移動については馬車を用意しておく。世話などはそもそも分かれているから、気になるほどではないだろう。
後は護衛か。顔なじみの者は、構わんのか。」
「ええ。」
「だとすると、俺がそっちか。後は道中一緒に来てたダビとマルタで良いか。」
言われた人物を思い出す。
「ええ、よくして頂いていましたし、あの子たちも慣れているでしょう。」
特にダビにはシグルドが武器の、最初に領都に行ったとき柄に入った罅からではあるが、手入の仕方などを習ったこともある。
少女達にしても夜を過ごすときには、マルタが何かと世話を焼いてくれていたし、面識もある。
特に河沿い、領都と、何度か道中を共にもしているのだから。
「これで、どうにか落ち着く時間はとれそうですね。」
「ええ。」
そう、一先ずはこれでオユキ達はひと段落ではある。
御言葉の小箱、それらの関係でどうしても今はそれ以上を決められるものでもない。
加えて主として忙しいのは、今ここにいる二人と、少年たちの庇護者となるリース伯爵家なのだから。
「この後は、何か決めているのか。」
「先にもお伝えさせていただきましたが、神殿の観光、ですね。他にも武器、土地の物、そういった物を楽しむつもりです。加えて、大会に向けて調整を。」
「あなた、土地の物に魔物を含めるのはやめなさい。」
トモエの言葉にアイリスがそんなことを言うが、しかたない。そういう物なのだから。
「ほう。武器か。此度の礼に下賜しても構わんぞ。」
「我らもそう言っては見たが、装飾の多い美術品は好まんとのことだ。」
「屋敷位、用意するんじゃないのか。」
「まずはリースに貸し出すことになるからな。始まりの町では、あちらが用意する。」
どうやらその約束は生きているらしい。
「おや、王都ではインスタントダンジョンについてはまだ先ですか。」
トモエが不思議そうにするが、まぁ、それも仕方ない。
トモエの思う首都機能を持つ都市、それを考えればそういう発想になるのだろうから。
「そうか、初めて王都に来るのだったな。事資源、それに関しては不足していないからな。」
そう。都市の広さに対して人口も足りていない。本来であれば溢れれば他にとなるのだろうが、神の使命があるためそうもいかないのだから。
「密度という意味では、領都よりも低いのでしょうね。」
「流石にな。貴族区画にしても空き家ばかりだ。今後は居住区、外周区からにぎわってくれればいいのだが。」
「成程。特に急ぎではないと、そういう事ですか。」
「加えて王都には鉱山が二つある。それとお前らは領都ではいったらしいが、アレと似た廃鉱山もな。」
加えて河も近くに、それでもそれなりの距離はあるが、存在する。
凡そ資源という意味でこの都市が困ることは無い。
その辺りはゲームの設計というものが根底に見え隠れするので、成程確かにこういった歪、王都だから最も資源が豊富、輸送に難があるというのに、そういった物を解消するための作りはこうして現れているらしい。
「なんにせよ、陛下にお渡しして、それからですか。」
「そちらは流石にすぐに済むといいのですが。」
そういって王太子を見れば頷かれる。
「受け取れば、陛下こそやらねばならぬ事が続くからな。」
「メイ伯爵令嬢は、大丈夫でしょうか。」
公爵の馬車に乗って同道していたはずが、そもそも神からの言葉を伝えなければいけない身だ。
場所も、本人も、整えるべきことがある。
「何、今頃報告をしていよう。とはいっても大枠は流石に書面で受けている。実務的な話であれば、それこそ一週間は解放できんが、今はそうではないからな。」
「つまり、後はそちらで引き取って頂けるという事ですか。」
「むしろ、そうしなければ余計な火種が生まれる。」
つまるところそういった火種はしっかりあるらしい。王太子の子供、それに対してのこともあるのだろうが。
流石にどちらになれば楽なのか、それについてはオユキも判断がつきかねるし、超えるべき国境が増えれば手間も増える。それを思えばどうにかなって欲しいとそんなことくらいは考えるが。そちらについては完全に範疇外だ。
結果を聞けばよいだろう。後はその者達が強硬手段に出るのを防ぐ手配だけをしておけばよいのだから。
「またぞろ何か考えているようだな。」
「トモエも関わる事ですから。」
そうして少し話をしながら時間を過ごせば、後は先の練習通りに改めて入室した国王に、神からの預かり物を渡して今日の急ぎの仕事は終わりとなる。
この後は出産の予定もあり、長々とというわけにもいかず。本当に事前の取り決め通りの簡単な言葉を交わして、直ぐに来た道を戻ることとなった。
「さて、使命を再び達成した、そうなるわけですが。」
「そうなるのかしら。」
帰る道、少々少年たちも気にはなるが、来た時と同じ四人で馬車に揺られる。
「そうなるかと。」
「また、かしら。」
そしてその中で巫女二人、そんな話をする。
「難儀なもんだな。」
「一応、休みたいとはお伝えさせていただきましたし、それを頷いてもいただいたので、直ぐにというわけではないと思いますが。」
「そうね。流石に他の予定もあるものね。」
「ただ、何かはあるでしょうね。」
そう、そんな予感くらいはある。具体的に何というわけではないのだが、そもそも何故オユキ達が急がなければならなかったのか、それはまだ疑問として残っている。
王太子の言葉で生まれたその疑問は残っているのだから。